ミカンハエとの戦い
▽ミカンハエを 駆除しよう!
▽ミカン畑の 50%ほどが本日の目標。
▽悪質なものから 退治したい。
レナの指示にみんなが耳を澄ませた。
口を挟むものはいなかったし、レナの主導権を奪ってしまおうという対抗心もなさそうにみえた。レナはレナで、丁寧に話して、最後に質問を求めるということまでしていた。
指導者が命令を下し黙って従うことと、順列があるから上に登ろうとするのは都会のあたりまえ。だから、貴族然としてみえるレナたちが、これまで見てきたどのようなグループとも様子が違うことが農家には不思議だった。
ミカン農家たちは気がつけばレナの声にともに耳を傾けていた。
ミカン畑で暮らすヒトのことまで考えられていたので、驚くばかりだった。
彼女らにとって、通り過ぎるだけの場所のはずなのに。
嬉しかった。
さぞかしかわいげのある退治をみせてくれるのかと、少々馬鹿にしていたところもあったのだが、説明を聞くうちに、
「それでは、毒餌をミカンハエに食べさせます」
(毒ぅ!?)
現実味があるじゃあねぇか、と農薬を扱う農家たちは気を引き締めた。
レナが振り向く。
「あっ、みなさんにも伝えておきますねー! 私たち今から毒をちょっぴり使うんですけれど、これ商業ギルドでも認定されて流通しているもので、ミカンの木には影響がありません。ですからご安心くださいー!」
(何か行うにしても、周りのヒトに納得してもらう手間は惜しまないこと──。キーユウさんに叩き込まれておいてよかった。私だけなら、こういう部分には手が回らない。技術を伸ばしたりするのはできても、昔……両親がやっていたような近所との関わり方とかは学ばないままここに来てしまったから)
アリスもその辺りを勉強中だ。
人生暦のぶん経験しているお爺ちゃんは、その点でアリスより適任であった。
詳しくない分野では、その街の権力者にやりようを教えてもらう機会も得られる。
▽キーユウがいればね!
▽でも従魔は 技能の面で 前例なく優秀なのでェ!
▽協力していきまっしょい。
「質問もあれば、ぜひ!」
「お、おーう。そうだなぁ、お嬢さん、いいかい? その毒はミカンハエ対策なのだろうが、受粉するハチに影響はないのかな……と」
レナはバニラに虫のことを、ギルティアに花のことを、チョココに香りのことを尋ねた。
「ミカンハエを減らした後、改めてミツバチを呼びますねー!」
「そんなことができるんかい?」
「まあ、冒険者って大道芸人みたいなところありますし」
▽ありません。
「できるんですよ、珍しいことが」
「へえ。助かるなぁ」
「冒険者ごとに得意なことは違うから、私たちならできるって感じです。他の方に依頼するときには、できることとできないこと、相談して尋ねたらいいと思いますよ。商業ギルドと冒険者ギルドが連携するようになって、説明スキルが上がってる冒険者は多いです」
「昔は"アンタら"も無口だったからなぁ」
「いや、若い子は昔の冒険者のことは知らねぇか」
「そうですね。また、仕事終わりに、昔のことも教えてください。ひとまずは今からのことを頑張りますね」
「頼んだ」
レナたちは”ちゃかちゃか”と仕事に入っていった。
網目のこまかいネットの中にピンポン玉くらいのオレンジカラーボールを入れて、一番おおきなミカンの木に吊るしていく。
(あんな木、あったっけ?)
「おまえさんポカンとしちまって、説明聞いてなかったのかい?」
農家の新参者に、おじさんは声をかけた。
「今日は遅れて来ちまったからなぁ。すまねぇ」
「いいさ。古いミカンの木があったろう? 災害を免れた縁起もんだが、土砂滑りのせいでミカン畑の列からは逸れちまったやつだ。残してあったけど正直邪魔だったよな。あれ、利用してもいいのか聞かれたんでOKした」
「おいおい」
「別に木を切ろうってんじゃ無いしさ。あの子ら、いい子そうだろ。助けてやりたくなるっていうか。冒険者で俺らを助けようってんだから逆なんだが……こう、協力してやりたくなる。農民だからって馬鹿にしてこないし。それでな、木に手伝ってもらうって言い方をしたんだよ」
「ふぅん。たしかに、木がやけに元気だな……あんなだったっけ?」
「冒険者べつの技能だそうだ。木を元気にできる」
「それで、どうしてやろうって?」
「大きさは一番大きかっただろう。だから虫が集まって来やすい。そこに罠を仕掛けるんだとさ。あの子らが新しく持ってきた農薬だ」
「そういうことか」
「不思議だねぇ。でも、木が喜んでいるような感じがするよな……」
「長らくミカンの木に携わってきた俺らだからわかるってもんだ。木が喜んで……というより、平伏しているような……?」
「枝がしなだれるみたいに下がって、でも前より元気そうな。不思議だなぁ」
「俺らには理解できんことも貴族様らにはいろいろあるもんだ」
「そーだな」
「仕事しよ」
ギルティアは、分け与えるように古樹を再生させた。
かといって成長期の彼女のエネルギーはまるで尽きていない。ただ余分を譲渡したのみである。
古樹を助けようとエネルギーを渡している間、ギルティアの髪は伸び続けた。手を差し伸べているかのように。
幼い頃自分の力がどうにも止められなかったとき、周りの樹人族のエネルギーを吸い取って成長してしまったことをギルティアは覚えている。今は逆のことをしているのに、このやり方でも自分が成長しているのが不思議だった。
元々”そっち”だったらよかったのにと思わない日はなかった。
それに、生まれつきの能力なんだからしょうがないじゃないか、悪い娘になれとラナシュが定めたんだと開き直った時期はあったし、今だって心に清濁併せ持っている。
ギルティアはフワフワした妙な心地を抱いて、伸びた髪の毛を、自らの手でくるりといじった。
自分をいたわるように触るのなんて信じられない。
でも、髪を触る時の仕草なんて、レナがそうして来た時の手つきしか知らないのだ。
「ミカンハエの気配は? バニラ」
「集まって来てるが様子をみてる。まだここに大勢集まっているからだ。あれらはミカンの木に強くとも、ヒトを負かせる力はないから。しかし負けると判断する知能はあって、本能よりすこし成長している」
「それならハトモデルを使えそうだね」
「今はまだ、指揮系統が機能してるようだ。となると、リーダー格がくるえばおおきな虫害となる。引き離したのち、ハトモデルを使おう」
「ロマンさんは虫害が起こっちゃったときに光お願いしますね」
「うえぇぇぇん……ムシパニックの時に渦中なのぉ……!?」
「仲間っていいですよね」
「ここぞと握手を求めないで。握るけど。ついでにキスは?」
「ダメです」
「ですわよね」
「そこでドン引きしてるシズルさん。もし仕事中のおじさんたちがこっちに来そうなら、たどり着く前に向かって、何か質問があるか聞いて来てください。帰ってくる時は[トライ・ワープ]の練習も忘れずに」
「りょーかい」
じゃあ行ってくる、とさっそくシズルは群れを離れた。
(めざといことで……よく気づくよな)とレナに対して思った。
「レナ様……バニラと相談して調香したいですし……」
「チョココ、さっき作ってくれたオレンジボールにすでに効果はあるみたいだけど。もっといいやり方を思いついて試したいの?」
「はい……悔しいので……」
ブラックチョココになっている。どうやら、本物のミカンにくっついたままのミカンハエが許せないようだ。本物のミカンの香りを持ちつつ、それ以上に魅了する甘い香りを検討したらしい。
ハマルはそんな後輩に(あま~い香水を商業ギルドに売れたらー、チョココのもう一つのお仕事になるかもー? チョコレートそのものを売るのは市場が混乱しちゃうらしいですからねぇー……)と今後を見通しすまなざしを向けたのだった。
レナはノアと目配せする。
冒険者の領分は、レナが先導することにしているのだ。
「冒険者クエストはしこみ勝負。本番でぶつかるまえに、どれくらいしたくができるのかが大事だと思うの。
これと真逆なのは調査クエストね。
調査のときには自分たちの身の安全をしたくして、できるだけ情報を持ち帰るのがだいじ。そして対処するときには、相手にぶつけるものを用意するのが大事……、……」
言葉尻がやや小さくなっていったレナ。
ポリ、と頬をかく。
「言いながら、ちょっとこんがらがってきた。ちゃんと伝わってるかな?」
「混乱してるってことがわかりましたわ!」
ノアはからかうような微笑だ。
「不安にかられたのでしょう? だって、空が曇ってきてすこし影がありますもの。レナさんもハトモデルが反応しているのではないかしら」
「アヌビスー!! もっと早めに教えてってばー!」
『あー、キヲツケテ』
「今~……!」
『むしろなんで蜘蛛お嬢はあんなにすぐわかったんだ?』
『──それはね。様子をよくみてるからです。あらゆる角度からジッと蜘蛛の目が眺めてる。レナさんの声音が違うとなればわかる、ハトモデルのチャプっとした音もわかる。音って空気の震えですから、蜘蛛の糸が敏感に感じとりますわ。アヌビスさんの猫の声も、どの音の時にどのように震えているのか、そして話していることまで、逆算して計算することが影蜘蛛には可能ですの』
ノアの額の艶やかな蜘蛛のかがやきが向いていることに気づき、アヌビスは『ぞ~ッッ』としたのだった。
「ノアちゃん今、アヌビスと話してた? どうやって? すごい。不思議。私、アヌビスの言ってることはわかるけど、ノアちゃんの言葉はわからなかった」
「蜘蛛の秘術ですわ」
「オッケー。すごいね!」
レナの懐の深さがありがたい、と感じるノアである。
これで済む友人など、生涯に一人えられるかどうか、というほど希少だろう。
レナはノアを信用することにしているし、ノアもまたレナのためにアヌビスに釘を刺す一員になったのだ。
(わーお。キラ先輩やルーカがいない時でも、アヌビス釘刺し係がいてくれるといいねー。何重にも、環境の測量をしなくちゃいけないの、めんどくさいけど要る手順だもんなー。今回のミカンハエだってきっとそうでー。世界がどんな健康状態なのか測るのにも使えるよねー)
こんなことばっか考えてると頭痛くなるけどー、と、今日は早く眠ることを決めたハマルである。
チョココの完璧な調香を、あまーいスプレーに。
すくすくと大きなミカンの木からギルティアが手を離して。
バニラは虫に対して傲慢な命令を下した。
『抵抗なく頭をひれ伏せさせろ』
これに、争おうとして逆に動いたのが、知能ある虫たちである。
ノアはひしひしと感じていた。バニラのぶつける威圧への、虫の燃える反発心を。
その働きに拍車をかけるのは[ハトモデル]だ。
レナが持つハトモデルを、ハマルがその上から宵闇の手のひらで包む。
ラナシュの環境は崩れる。
すぐにアヌビスが『そこまで!』手を離すようにいう。
今回はとくに短かったが、ヒトよりは知能低い虫であること、バニラが煽ったことを含めれば、この辺りで”程よい”塩梅であった。
ヴヴヴヴヴヴ……ビビビビビビビ!!
聞いたことのない羽音を唸らせてミカンハエは大樹に突撃する。
どのような思考をしていたのか……。
バニラには分からない、数多の末端の虫とは考え方が相容れない。
アヌビスにも分からない、虫の天秤がおかしくなった判断ができるまでだ。
レナには、わずかに分かる。受け皿が育ちすぎていて、自分とは全く別種の別の考え方でも、心の琴線に触れる。
「私たちと木の実の取り合いをするつもりだよ。木に向かうフリをして、同じように動いてみせよう。そうしたらミカンハエはオレンジボールに潜り込もうとする。全部が潜り込むまで、ゆっくり、でも走るフリをして」
レナたちがスローモーションのように走って見せるので、おじさんたちは首を傾げていた。
あのようなミカンハエの不気味な羽音を聞いたあととなっては、近づくそぶりを見せないのはよかった。そしてシズルが作戦の範疇であることを伝えた。
(……ミカンハエは猛烈な不安から、安心したがっている。ほんとうは、質のいいミカンでエネルギー補給して強くなるつもりだ。でも私たちの罠にかかる。悪いけど、勝たせてもらう……)
レナは胸がギュッとなった。
一瞬だけど受け止めた。
ひるまないし、自分だって仲間を守るために譲らない。
種族の文化を逆に利用して、できるだけこちら側に損害のないようにとめた。
(ヒトが余分に欲しがっているときと違って、命がかかっていて群れで生き残るための必死さだ。ハトモデルで暗い気持ちが大きくなる効果は変わらないけど、裕福なヒトと、崖っぷちの虫では、現れ方が違うんだな)
この判断ができたのはレナだけだ。
外から見た光景しかなければ、いつものように、ハトモデルを使う=乱心してあばれる、とだけ判断されただろう。
のちにレナの見解は貴重な研究資料になった。なにより「虫属性も率いる魔物使いの見解」であることが信用に足りたのだ。
▽先の話はここまでにしましょう。
▽どうして先のことがわかるのかって?
▽ホラ 従魔は立体的に分析できる布陣ですからね。
▽途中で運命を変えられない限りは。
「う、うわああああ〜〜……」
息切れもせず、のそのそと大樹のふもとに集まったレナたちは、ゆさゆさと揺れるオレンジボールを少々引きながら眺めていた。
不気味すぎる。風もないのに、凸凹に穴の空いた作りもののオレンジボールが、不規則に揺れている光景は。
この光景だけでホラー映画の導入ができそうなくらいだ。
「……やりたいことがあるんだが。いいか?」
「バニラ? うん、教えて」
「……。どうやら我ら以上に主人は同情しているようだと」
「エッ。そりゃあまあ……私が憎いわけじゃないから。今回はミカンハエに退場してもらうよ、ごめん、って後で手を合わせるつもりだったよ。
虫害にならせないために多めに威圧したから、麻痺のような状態で死んだ幼虫もいたし、まだ何もアクションしていないのにねって気持ちはあるよ」
「それならば、なのだが」
バニラの耳打ちで──、レナは頷いた。
先ほどよりも明るい顔で。
***
「「ありがとうございました!」」
ニコニコと冒険者ギルド受付嬢が言って、レナもニコリとする。
「しっかり成果上げていただいて〜! しかもこれ、オレンジの中にミカンハエの成虫リーダーを閉じ込めるなんて。半透明のオレンジの中に標本みたいに、こんなことできるんですね」
スライムジェルの在庫をうまいこと使用したので、素材が判明したら目ん玉飛び出るくらいの高級品だ。
琥珀の中の虫に見た目は似ている。
「初めてやってみたんですけどうまくいきました。ガラスみたいに硬いし、中の虫は亡くなっているので」
「死んでるなら安心ですね。憎い害虫でしたから、嬉しい〜!」
「酷く困っていらしたんですよね。予定通り、半分ほど駆除しました。明日もまたよろしくお願いします」
「ミカン畑の身内からも、だいたい半分くらいじゃないか? って見回りの声をもらってますから、合ってると思いますよ! 本当に助かりました。夜の食事の招待がありまして、村長の家で宴と、民泊の無料宿泊を提案したいです」
「食事のお誘いはよろこんで。でも宿泊はお金を出させてください」
「そんな。本当に助かったんです!」
「こんなに大勢が泊まったら、オーナーさんもっと助かるんじゃないですか?」
「うぐぐ……」
「歓迎してもらっている気持ちは分かりましたから。ありがとうございます。私たちが無料宿泊させてもらっちゃったら、他の旅人にもウワサが広まるかもしれない。長い目で見たら困ることもありそうですよね。ですから、払わせてください」
「分かりました……。ルームサービス奮発してねって、おばちゃんに言っときますね!」
「ご親戚なんですか?」
「うちの母の妹さんが民泊してるんです。几帳面なヒトだから綺麗な部屋で過ごせると思いますよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ〜」
受付嬢は早上がりだからと仕事を切り上げて、民泊まで案内をしてくれた。
舗装がされておらず土が踏み固められたこの村の道を、草やミカンの匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと歩いていく。
旅の話を少しした。
あちらは、村のことを教えてくれた。
バニラやチョココ、ギルティアのような可愛い幼子と話すのがとても好きなようで、よく腰をかがめて視線を合わせたりなどして、かまってくれていた。自分より何倍も戦闘力があるなんて思いもしていないだろう。
受付嬢よりもヒト型の従魔の手は小さい。
従魔が失言することはあって、レナはヒヤヒヤとしたが、幼い子のたわごとだろうと、受付嬢は気軽に流した。
そして、民泊に案内されると、オレンジと木の色と乳白色を貴重にしたシックな部屋が迎えてくれた。
少しおしゃれ着になって、レナたちは出発の支度をする。
村長の方から玄関まで迎えに来てくれるそうだ。
レナはバニラに話しかけた。
「なかなかエグい作戦を思いついたもんだよね?」
「そなたに似たのではないか?」
「何も言い返せないナー……。ハーくん、どう?」
「サディスティックなレナ様も好きですー」
「やめとこう。これ以上傷を深くするのは。で、さっきのやり方って……」
レナは、バニラが耳打ちした作戦について、復習をしたいようだ。
話しかけながら、伸びたギルティアの髪を器用に整えていった。
読んでくれてありがとうございました!
今年は台風が早かったですね。
夏の暑さも含めて、改めて気象が荒れる一年になりそうですから、一緒に気をつけていきましょう。
今週もお疲れ様でした。₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
よい週末を!




