ミカンの町 ★
キーユウは最近よく働いている。
ローランド辺境伯に会いに行ったこともそうだし、ミエネット王国からすみやかに出国するときの手続き(教えてもらったノアがやっと慣れてきたところだ。やがてキーユウが居なくともヒト国家群を移動できるようになるだろう)、そしてシズルとロマンに職を斡旋するツテとコネまで。
そもそも二人を加え続けておくつもりなのか?
旅の人数は少ないほうが小回りがきくだろう?
キーユウは祖父ごっこのようにちゃかしてレナに尋ねたことがある。
「私たち……レナパーティに関わって雰囲気を知ってくれているヒトたちです。そのようなヒトが親しみの眼差しを向けてくれているだけでも、ラナシュ世界の消失現象の予防になると聞きました。理屈としてはそれで、気持ちとしては、無理なくいられるうちは大人数でも楽しいんじゃないの? って思ってます。無理かなぁ?」
(いつも冷静な部分はあるのだ)と思いつつ、(結局感情面が大きいことも間違いない。これを維持するために頑張っているのだよな。頑張ってもらいたいものだ、面白いから)ニヤリとさせられた。
今の所、ロマンとシズル、キーユウというよそ者参加勢。
同盟者らしきノア外交官。
従魔の監督者ともいえるハマルに、チョココ、ギルティア、バニラという成長途中のレア従魔。
さらに下に従う形で同行させているアヌビス。
記録管理官のキラ。
これらの情報は、レナパーティの同行を引き受けたときにアリスから渡されている。
知らないことばかりでは大勢のコミュニティで支障をきたす。上流階級のサロンでは話題の入りから家格と血縁から始まることもあるほどなのだから、メンバーがレア魔人族であることくらいは共有するものであった。
人数としては10名。
しかし、魔物型になっているなども含めれば面積もそうとらず、なにより統率されている。
揉めることがまずないグループならば、10名程度の移動はキーユウにとって手配を難なくこなせた。
食料、移動手段、通行許可証、賄賂の現金──。
さらに地図はめったに姿を見せない「キラ」が完璧に道を案内する。
今の所、キーユウにとって一番興味深い対象はキラであった。
「キラ」
レナが話しかけて、小声で内緒話をしている。
周りに音は聞こえない。
どのようにしているのか、キーユウが身につけている魔力探知魔道具にもあらわれない技術だ。
おそらくレア魔物の固有技能で、ラナシュ世界的にもまだまだマイナーなものだろうと察する。キラが表現するならば<周波数を変えているから。マスターレナの周りの空気の震えもですね……>と表現するだろうか。
さて、ロマンとシズルの左胸のあたりには、新しいバッヂがついている。
この周辺では見かけやすい「警察補助官バッヂ」だ。
本来であれば、身元が保証されている貴族血統にしか支給されないものだが、キーユウがいれば手に入れることはたやすい。なにせキーユウの家系がこの制度を望みつくられたのだから。
逮捕権限があるのだ。
治安を荒らすものがいたら逮捕し、街の権力者のところまで連れていくことが許可されている。
荒れ始めているヒトの街で、上流階級たちが自らの周辺を守るためにつくられた新たなルールであった。その後は事情聴取、裁判にかけられ、ときには罰を与えられることもある。
貴族は法律の勉強をそれなりにかじるものだ。
というわけで、ロマンとシズルには教え込んだ。
二人とも、勉学能力は優秀で(仕込みのときに後ろにモスラが立っていたこともありましたね。余談だけれども)必要最低限は暗記した。その補償をキーユウがにっこりと証言すれば、どうぞどうぞとバッヂが運ばれてきたのである。
ロマンとシズルはまだ、時々、信じられないような青い顔で自分のバッヂを見下ろすことがある。
「まさか……私が、表向きの警察になるなんて……」
これまで裏向きのスパイだったような発言してる!
「公職につけるなんて人生わかんねぇ。でもなんか重いんだよな、圧が!」
姉に喜ばれまくってしまったのでヤンチャしてきたシズルは姉孝行の蟻地獄に落とされたように逃げられない。
レナは二人がそんな様子だと、進んで絡みに行く。
ご主人様でありつつも、妹らしい甘えがのぞく。
「いやー、警察さんが守ってくれるなんて安心だなあ! うちの従魔たちがやらかしても目を瞑っていてくださいよね」
「いいのかそれ!?」
「いい悪いじゃないんです。時として嘘も方便だって習いました。そこのお姉さんに」
「くっ! レナちゃんもう一回言って!」
「売り切れです~」
「いやいや飲み込みが早い。そうですぞ。警察が見張っていたのだから法律違反の騒動が起きたはずもないのです。まさか魔物をヒトと偽ってあちこち連れ回していたわけでもありますまい。警察が見張っていたのですから。と言えるのも、孫娘がひどいことはしないだろうと信じていられるうちだからですな。信頼を裏切らないで下さるよう」
「はい。ほどよく悪い子になります」
「「叱られそう!」」
ロマンとシズルのWツッコミ、勘は合っている。
二人が想像したのは主にモスラだが(何余計なこと教えとんじゃい、と凄まれたら恐い。嘘をつくこととか我々が教えました)例えば、アリスからのお叱りや、美化したレナファンが暴走する可能性だってあるのだ。
警察補助官バッヂによって、騒動のごまかしがやりやすくなった。
どうしたって定期的に目立つ運命にあるレナパーティにとってはありがたい状況だ。
そして、この状況をくれたキーユウを裏切らないように、という基準をレナは胸に抱くことができた。
▽レナたちは ローランド辺境伯領を目指している。
▽町と町の間の道をゆく。
▽分かれ道の先 ある中くらいの町にたどり着いた。
▽建物は少なく 農業地があちこちに見られる中規模少人数の町である。
▽チュナ帝国の方針で 整備はよくされている。
▽レナたちは 商業ギルド横のカフェで軽食をとった。
▽オレンジジュースが名物。
▽冒険者ギルドのクエストチラシを見つけた。
▽レナの目配せに みんなが頷いた。
「こんにちはー! 冒険者ギルドのクエストを見せてもらえますか?」
レナが先陣で入っていくと、民家の一階部分をそのまま改装したようなギルドで、カウンターの向こうの若い女の子が目を丸くした。そして、レナの後ろのロマンとシズルに目を向けた。
「ああ、警察補助官の方もいらっしゃるんですね。合同でクエストしてくださる感じ……?」
「はい」
「よかったあ。嬉しいです。田舎だとなかなか、信用できる方に依頼するのも難しくってえ」
「ですよねぇ。偽造ギルドカードを持った山賊もいるみたいですし。お姉さんも気をつけてくださいね」
「ありがと〜! 物騒な世の中になっちゃってね~! ほんと……」
すぐに受付嬢と打ち解けたレナ。
慣れたものである。自分の”無害そうな容姿”の使いどころも、”派手派手赤の女王様”の使いどころも、たくさん経験してきた。
レナはクエストの相談を聞けることになった。
多少だらっと世間話をする受付嬢の言葉から内容を把握するのも、なんのそのだ。
レナパーティは雑談が多いしネ。
「大きな街と街の間にあるでしょう、ココ。でも道ができたのって1年前くらいなんですよね。これまでいなかった生物の持ち込みがでちゃってさぁ……」
────
依頼:ミカンハエの駆除
状態:幼虫 ただの虫
蛹 防御力が高い
成虫 魔力を帯びる
必要ランク:D以上
────
(このクエスト表はそうとう詳しいな。レギュラークエスト(常態依頼)のようだし、私たちが初めて受けるものでもない。数が多いともいえるのか)
「侵略的外来種ってやつ?」
「そうなんです~! 許せません! うちのミカンを……っ!」
かなり鬱憤が溜まっているらしい。
レナは気づいた。なんとなくバニラが気まずさを抱えている。
さまざまな虫は自分を構成する一つでもある。
(しかし、リリー姫への愛情でわりきる。細胞の一部であるのは確実だとして、自分は悪いようにふるまわなければいいのである。……)
言葉をこねくり納得しようとしても、心のモヤモヤは晴れない。
レナはそれとなくバニラの手を繋いだ。
主人の安定がバニラに伝わり、言葉にはできないような根拠のない安心感がしっかりと足を立たせた。
レナパーティの中にいるということは、まずレア進化をして自信満々になり、周りに優しくなって悩み、両極端のあいだのどのあたりを自分の居場所にするのか決める──その時間を持つことである。
(バニラには悩む時間がいる。その時間を私は守ろう)
「地図にある、小高い丘のところでミカン栽培が行われています。大きな街のものよりも厳守に近くて、ワイルドで濃い味が人気です。ただ最新品種のように防御の品種改良されていないぶん、虫に狙われやすい。よろしくお願いします」
「お姉さんも詳しいですね」
「ウチ、ミカン農家なんですよ。ジュースを出してるのもあたしんち。けどあたしね、ミカン農家になりたくなかったんです。それでおしゃれな受付嬢に就職して、給料は安いけど満足してました。ミカンの木が無くなるかもって親父に言われてからは、そんなんならミカン農家になっておけばよかった! 守りたいのに! って、勝手ですよね。でもあたし若かったし、前なんて幼かったんですもん。せめて今、レナさんみたいな高ランク冒険者が気にかけてくれて嬉しいです。お願いしま……いてーっ」
ごちん!
「こら! 余計なことまでお客さんに聞かせるものじゃないよ」
「先輩、失礼しました~。愚痴ってごめんなさい」
「この子が話しすぎちゃってごめんなさい、私からも謝らせてくださいね。クエストのお引き受け、感謝申し上げますわ!」
「大丈夫ですよ。色々とうかがえて楽しかったです。それでは、クエストに行ってきますね! いったん夕方くらいには戻ります」
大物一体倒せば終わりなのではなく、何匹もを駆除する内容だ。
「行ってきまーす!」
「しっかりした子たちだったねー! 感心しちゃう」
「若いのにちゃんとしてた。今時冒険者って荒らんだヒトも多いのに、心洗われるわぁ」
「しばらく泊まってくれないかな? 少なくとも今日の夜は止まってくれそうだし、気持ちよく過ごしてもらえたら、滞在期間も伸びるかも……」
「それいいわね。商業ギルドにいい宿を押さえさせるわ。親戚だから顔がきくのよ。広い部屋の片付けをお願いしておきましょう」
「ミカン畑のクエストも上手くやってくれるかなぁ?」
「旅をしてきたってことは、虫を怖がるような女の子ってこともないでしょうし。期待して待ってましょう」
「かっこいいなぁ。期待されて、素敵な仲間と一緒に、しゃれた服装で旅生活かぁ。ああいう才能ある子は、望まれるべくしてそうやっているんだろうなぁ」
「──という感じで、夜はもてなされそうだぞ」
シズルがレナに伝える。
冒険者ギルドの扉を閉めてからの道中、シズルは途中で立ち止まっていた。
このように評判を聞くためだ。
万が一、おかしなクエストをつかまされてしまっては嫌だからだ。
ヒトの悪意は魔物のそれより自然でおそろしいこともある。
シズルは話を聞き終わると、[トライ・ワープ]を使って一気にレナたちの近くへ。
ふだんならばノアの蜘蛛たちが行ってくれることだが、この街はミカン被害のためか、虫除けスプレーがギルド建物にかけられていたのだった。思いがけず課題を痛感したノアである。
(仲間の技能のバリエーションが広いと助かる〜)レナはニコッとした。
「了解。お招きがあるなら、夜はちょっとおめかししておく感じかな。キーユウさん、ドレスコード合っていますか?」
「ええ。この規模の街で誘いとなれば、だいたい町長が食事の席を用意してくれるものです。あちらとしては強い冒険者がこの街をよくよく認識してくれたら広報にもなる。名物のミカン料理が出るでしょう」
「嬉しい~! そうだったらいいなぁ。よーし、クエスト頑張りましょう」
「半分くらいこなすのがいいのではないかしら?」
「ロマンさん」
「だって全部一掃するのは多すぎるわ。私の感覚ならば不正を疑うレベル! 英雄視されるだろうけど、悪目立ちにもなりかねない。穿った見方をすれば、虫が全部いなくなったとしてその後にミカンの不作が起これば、あの冒険者たちがやりすぎたんだって悪評になることもあり得る。実際今さえよければいいって旅人は多いからね。逃げちゃえって思ってるの」
「その旅人にも依頼をお願いしたくなるくらい、ミカン畑のことを困ってるんですよね」
(レナちゃんの見た目を見てから依頼出してきたから、人徳だと思うけどね)
「じゃあ、二日かけて駆除をしましょう」
「オッケー! ハトモデルは?」
「使います。とくに悪質な虫を呼び寄せたいな。その後安定させるためには、ロマンさんに光を灯してほしいです」
「わかったわ。あなたたちの中で役割があるとホッとしちゃう。ただ可愛い子たちと同行できるだけだなんて、私得すぎて、悪いことしてる気になっちゃうんだモン……」
「ロマンさんああ見えて社畜でしたもんね……」
「社畜って言わないで。レナちゃんから意味を聞いて目ん玉飛び出したわよ。あまりにも私たちのためにある言葉すぎて。言葉を創生したのかと思っちゃった」
「今のラナシュでそんなリスキーなことしません」
<社畜はラナシュの地方方言として存在します☆ 世界が不安定になる前に流行らせておきました。スカーレットリゾートでは”社畜にならない働き方を”と従業員に徹底しております。以上、キラがお伝えいたしました>
たまに割り込んでくるアナウンサーキラ。
シーン、とロマンとシズルは口を閉じた。
どうしたらいいのかわからないのだ。
これまで二人が生きてきた業界では、何も見えないところから聞こえてくる声といえば死地に向かわせられそうな悪い知らせばかりだったから。
対して、レナパーティのそれといえばただの楽しい話だったりする。
けらけらとレナを笑わせるためかのように。
まるでピクニックかのようにミカン畑に向かった。
丘を登って行く途中で、ノアが、
「先に行かせた蜘蛛たちにネットを張らせておきます。そうすれば、めぼしい虫はみつかるでしょう。クエストボードにあったイラストだけではなく、現物を見たほうが捕まえやすいはずです」
「さすが! ありがとう」
「レナさんって虫、平気ですよねぇ」
「生まれつきそうだったわけじゃないけど、今はまったく平気だよ」
ちなみにアヌビスは虫が苦手である。とくに芋虫系。土を食べる血を這うタイプがいて、それがどうにも生まれつきの土偶感情を逆撫でるのだった。
アヌビスの黒猫耳には、さっきまでかすかに届いていた虫の活動音が静かになったことが届いていた。
自分よりもっと早くに変化に気づいたであろうバニラが何も言わないので、そちらを向いてみれば、モニョっと口角を下げているのに気づき、なんとなくいいきみだと意地悪なことを思った。
アヌビスが好きなものは天秤の上でままならなくもがく魂である。
なお、落ちて行くのを見るほうが好みだ。
本人は気づいていないが、その点はまるでルーカティアスと鏡写しのような性格なのだった。
ミカン畑は丘の上方に木々が斜めに並んでいる。
何人かがこちらに向かって手を振っていた。
レナは冒険者ギルドでもらったクエスト受付中の旗をふった。
たまにミカン泥棒も出るのだ。旅人がこっそりと通りがかりにミカンをもいで行くこともあるらしく、こちらは注意をするのだが、さらに悪いケースだと貴族連中が通りがかりにどうどうと妻や子どもを遊ばせようとすることもあるのだとか。
(ワンスタ映えも気にしなくていい世界で、どうしてそういうことをするんだろう? あ、私まだ、ワンスタ映えって覚えてた!)
ちょっと得意げなレナだが、実は言葉の一部が変わっていることには気づかなかった。
迎えてくれたおじさんたちは、きゅうに虫が静かになったのだと語った。
さすがプロの農業人というわけで、耳をそばだてつつ作業もできていたらしい。
ノアが蜘蛛の巣の方に近づき、ぷらーんとぐるぐる巻きになった二匹のミカンハエを持ってきた。舌なめずりしてしまったのは内緒の蜘蛛的本能である。
「おう、こいつらだ、こいつら!」
「ハチのように刺しはしないんだが、まだハチの方がマシだ」
「ミカンの果汁を吸ってカメムシのように台無しにしやがる」
「カメムシ対策の魔法陣は都市の魔法使いを呼んで書いてもらったが、今度はウワサにきくミカンハエだなんてなぁ! ちくしょうだぜ!」
「あっ、おめぇ、カメムシ対策の魔法陣踏んでるぞ。おい、端っこが消えちまった」
バニラが踏んでしまっていたのだ。
「……私が直しますわぁ。魔法使いとしての教育を履修しておりますから、魔法陣の体系的な理解があります。どのように書けば修正ができるのか元の形がわかりますから。魔力を定着させる魔法陣術も得意ですしね」
「おお、おねえちゃん、たのんます」
「魔法使いのヒトがいると助かるねぇ。どうだい、うちの息子の嫁に」
「いんやうちの嫁に来てくれりゃでっかいミカン畑があんたのもんだ」
「ご好意だけいただいて、申し出は遠慮させていただきますわ」
にっこりとして、ロマンは作業に入る。
まさか、魔法使いとしての仕事で、カメムシ対策の魔法陣を描くことになるとは思いもしなかった。
農夫たちは本人たちが扱うことこそできなかったものの、カメムシ対策の魔法陣、雨を地表に留まらせる魔道具、肥料となる有機物の錬金比率など、さまざまな小ネタを知っていてレナたちは驚いた。
話しているうちに、畑の実態が感覚的にもわかってきた。
相手とシンパシーを感じやすいレナである。
今や、気持ちは一人の農業仲間。
そして食い扶持のすばらしいミカンを守るためには、ミカンハエに勝たなくてはならない。
バニラは勇気が湧いた。主人を見上げる。
彼女は決断したのだ。いつのまにかレナのことを随分と認めていた。
勝ちに行く。
ミカンハエに!
今は、そのとき!
「「「えいえいおー!」」」
バニラの横には、みんなが立ち並んでくれている。
▽Next! ミカンハエの戦い&およばれの食卓




