まだ色づきの途中
「ギルティア、調子はどう?」
「まだこっち見ないで」
「はーい」
──自分の拒絶がなんのことはなしに受け入れられること、体調など気に掛けられていること、同じ空間から逃げていかないことに、ギルティアはなんともいえない満足感に包まれる。
同時に、この満足感を自分などが味わっていていいものか、自虐的な気持ちも現れるのだが、そんなところにとどまらせないくらいに、レナパーティと暮らす時間はいそがしい。
りんりん。
泊まっている部屋の呼び鈴が鳴らされた。
レナが立ち上がる。
「ノアが出てきますよ」
「ありがとう。対応おまかせしてもいい? ギルティアの様子を見てあげたいから」
「もちろんです。進化後の魔人族は繊細ですから、レナさんが寄り添ってあげるのがいちばんいい」
ノアが出ていった。
大所帯のレナパーティ……魔物使い旅団は、いつもいちばん大きな部屋を借りるので、いわゆるスイートルームのように部屋内にしきり壁がいくつもあるのだ。壁はカーテンや室内ドアで区切られていて、お風呂があることも多い。
ヒトの国家でかつて感染症が流行ったことがあり、その際には”不潔こそ原因”とつきとめられてから、入浴をする習慣がついたそうだ。
ギルティアはバスルームにいた。
風呂桶のふちに腰掛けて、すっかり伸びた髪を切っていた。
しょき、しょき、しょき。
髪を切るのは気持ちがよかった。長くなりすぎた爪を切るようにすっきりとする。植物のツタも一緒に切ってしまっているが、痛みの神経はないので問題ない。
しょき、しょき……。
みずみずしい音がするのは、主にツタの音だ。
「なんだろう。モヤモヤしてたんだけど、切ったツタの分だけ、頭がはれていくような感じがする」
「……!」
レナが駆け込んでくる。
ごめん!と言いながら。
そして、胸を撫で下ろしてみせた。
ギルティアは半眼になり、主人の思考回路が読めた。
「さ〜て〜は〜、ハゲていくような気がするって聞いたな? そして、進化のストレスで髪を切りすぎていることを想像したな?」
「うわあ~。ピンポイント。ピンポーン……☆」
「当たっても嬉しくはないが。まあいいや」
時間がなくなってきたであろうことは、ギルティアにも察しがついた。
「髪、進化前くらいまでは切ったから、毛先揃えるのやってよ。他の従魔が髪を伸ばしすぎたときもアンタがやってたんでしょ。そりゃ、ハサミ握ったやつに首元差し出せる魔人族はいねーからな……。……」
「はい、ハサミもらうね。整えちゃうよ」
レナはさっぱりと返事をした。
ここでもしギルティアに、ご主人様のこと信用してくれて嬉しいっ! なんて言おうものなら速攻でヘソを曲げるに違いないのだから。たまにデレ発言をしてくれるようになったギルティアが、言ってから頬を赤くしている場合、ただ受け流すのが一番なのだ。
レナだってさらに従魔への理解度が深まっている。
どこまで深まるのだろうか、床を突き破って中核まで行ってしまいそうな溺愛ぶりなのだから。
少なくとも、ギルティアにはそれくらい愛情深くみえていた。
さりさりさり、ハサミが小さく動き、髪だけが細かく切られていく。
「ノアちゃんが言うには、ギルティアの進化は正統進化に近い様子だってね。これまでのような方向性がぶっ飛んだレア進化というよりも、種族のままグンと伸びているって」
それはギルティアが現在の自分の種族を気に入っていて、進化のタイミングがまさに緊急事態だったから、よけいな雑念なく背伸びをした結果なのかもしれなかった。
(元がレア種族だからさらにレアになっちゃったのは事実だけどね)
レナはそう言いたそうな気がした。
「レアって口に出しすぎると、よくないもんな」
「そうそう。とくに、ギルティアと関連付けさせちゃダメ。例が一つしかないなら消えやすいらしいからね。名前をいっぱい呼ぶのはいいよ。ギルティア~」
「うるさ……」
「そういう反応懐かしいな」
「アンタにそんな対応したやつも居たのかよ」
「初期オズくんとか」
(よくもまあ、現在の姿まで懐かせたもんだぜ)
ギルティアは呆れた。自分はそうなっていない、ぜえーったいになっていかないのだ。理由は、なんとなく気に食わないからだっ。
「あ、つぼみの数が増えてる。いくつも花が開きそうだよ」
「ああ……そうかもな。何かしらの攻撃系魔法を使うとき、樹人族の花は開く。魔力が全身をめぐるからだ。中には、香りや花粉で幻覚や毒を吐き出すものもある」
クドライヤのことをギルティアはぼんやりと思い出した。
クリスティーナとそういえば似てないか?……気のせいだ。ぜえーったいに気のせいなのだ。理由は、なんだか鳥肌が止まらないからだ。
レナの指先は優しい。
大事なものを扱うときの手つきはこういうのだろうと、知らなかったはずのギルティアが察してしまうくらい、包んだり撫でたりする頭の形に沿った力のこめ方。髪の流れに沿いながら動く指先に、うとうととさせられるくらいだ。
引っ張られたり叩かれたりしない、安心しながら誰かに頭を預けるだけのことが、なぜこうも充足感を与えるのだろう。
まだ知りたくないと、ギルティアは決意していた。急激に変わるには、過去に後悔が多すぎる……。
ぽふん!
「バブゥ」
「う、うわあーっ! 頭に花満開の赤ちゃんモードが、きたーっ! ギルティアの頭の中で処理落ちしちゃったのかな……お疲れ様。進化したばかりだと体調も混乱してるよね。よしよし……」
「きゃっきゃっ」
「か、かわいい~……!」
レナの萌え。
理屈ではなくキューンとしてしまうポイント1、無防備に笑う姿を見たとき。かまってあげたくなる、その笑顔を守りたいと思ってしまう性分だ。
「「ギルティアに花満開? みせて!」」
▽チョココ と バニラ が 現れた!
「あ、こら、女の子がバスルームにいる時にノックなしはダメだよ!?」
「そうなのか? チョココ」
「言われてみれば? そんな気もしますし、そうじゃない気もします。脳みそ生クリームなのでわかりませんね」
「便利だなそれ。我は常識を育てている最中なので、そのような言い方はしないが、好奇心ゆえ世界樹の花満載姿が気になる!」
「まず、なんて言うのかな?」
「「ごめんなさい」」
ぺこり。
二人が頭を下げたので、レナは背後に庇ったギルティアに尋ねた。赤ちゃんのままだったら判断力がないかと心配していたが、いつの間にか思春期の様子に戻っていてホッとする。
「どうする?」
「花冠はもう閉じちまったよ。べろべろば~」
「気になっていたのに!」
「新しいフレーバーの可能性が!」
「チョココ、いくつまでテイスト増やす気だよ。あとバニラはリリーに向けた花かどうか知りたいだけだろ。あたしは誰かのために生きたりしない」
ギルティアはふんと鼻息を漏らしてまっすぐ立った。
レナの髪のカットも終わり、うねりが少しある髪が肩の辺りでサラサラと揺れていた。ギルティアによく馴染んだ若草色できれいだ。
そして樹人族がとにかく伸びるのが早いのは、背も同じ。
虫の成長が早いのも、また同じく。
三人並んでみれば、チョココはすっかりバニラとギルティアと同じくらいの身長だ。140センチくらい。
ムッとしてチョココが靴の踵をチョコレートで造形すれば、ギルティアが膝カックンして高さを減らし、争いにワクワクしたバニラが混ざる。
レナが「魔物姿になって!」ととっさに命じたので、三人は小さな魔物姿になりポカポカと喧嘩遊びをした。
140センチのまま床に倒れ込めば、さすがに宿の迷惑になる。まだ魔物姿の方がいい。
レナは(やれやれ)と思いながらニコニコした。
魔物姿にしてやれて良かった。
こちらが本来の姿といえるので、たまにはのびのびとさせてやりたい。
窓からモスラが飛んでいくのがみえている。
──あちらはのびのびとしすぎで笑えるくらいだ。
それは、アリスが入念に法整備をしてモスラの場所を守っているからできることだ。
(私も頑張らないとっ。従魔のみんながのびのびしていられる場所を保ちたい。でも、頑張りすぎないようにもだ)
今朝の早朝、モスラと別れの挨拶をした際には花編みをした。
椅子に座ってささやかにツル花を編むだけの時間だったが、宿の屋上でキャンプ風の椅子に背中を預けながら手先を動かし、なんてことない雑談をするのはとてもいい時間だった。そうして肩の力を抜いて、レナもモスラもこれからの毎日を頑張ることができる。
さようならを言ったけれど、お互いにまた会うつもりがあるのは十分通じ合っていた。
モスラの手先で芸術的に編まれた花の首飾りは、レナがしばらく身につけたのち、宝物としてルージュ邸の壁に飾られたりするだろう。
そういえば、モスラの呼び笛は壊れてしまった。
影蜘蛛の呼び笛も、端の方が砕けて消えている。
これらはただのお守りのようにカバンにつけられていて、レナの首周りはすっかり身軽になってしまっていたのだ。
珍しいもの、個人的に大事にしまわれているものは、ラナシュにいられないかのように崩れてしまっていく。
(こんな状態だからこそ、道具に頼るだけじゃなくそれぞれが自分の意思で助けてくれるような関係を築いておけて、よかったなあ。モスラは手が空いた時にはまた空いにきてくれるらしい。サディス宰相はノアちゃんの近くにいる限り私たちのことも気にかけてくれるだろうし。きっとまた、ちょうどいいタイミングで会えるだろう)
そして、ハトモデルは消える様子もない。
混沌とした時代の中において、レナの持ち物の中でもっとも存在感を放っている。黒々とした澱みを増しているようでもあった。
(キラ)
<はい>
▽小声モードへ……。
(私たちがいいタイミングで幸運に見舞われるために、悪運をこなしておく必要がある。けれど、誰かの大きな悪運を解除してあげることでも、アヌビスの秤は誤魔化しが効く。アヌビっちゃんだからオマケしてくれてるみたいな。で、あってるよね?)
<そーです☆>
(おい。誰がアヌビっちゃんだ)
(ツッコミが丁寧〜)
(そこかよ!)
(もはや少々のことではノッてもらえないのでね)
レナたちは、切り終わったギルティアのツタを、袋に詰める。
これを研究者ギルドに持っていって解析してもらうのだ。
その後、ギルティアに一番ちょうどいい──存在が消えにくい、名前の方向性も見つかるだろう。
みんなが身支度を終えて、宿を出る。
ローランド辺境伯領と王都の間の街にとどまっているのだ。
王都からは早めに撤退したものの、もっと離れておきたい。
なんとなく、都会すぎるところはレナパーティは好きじゃなかった。
モノと見栄と権力が集うギラギラしたオーラが苦手な時の方が多い。
ハトモデルが刺激されすぎるという事情もある。
用事(ローランド辺境伯のフォローとキーユウのお迎え)も終わったことだし、肩は軽くなった。
急ぎの用事がなくなったことだし、答えのない追求──研究の成果が出るまで、やるべきことをして待とう。
研究者ギルドのクレハとイズミに会いたかった。きっとずいぶん心配をかけた。あちらも手紙だけにとどまらず自分たちの成果を誇りたいことだろう。
研究者ギルドが、周辺ギルドと辺境伯と連携し、チュナ帝国王族の横槍をかわして研究を守ったことはたいへん素晴らしいことである。研究に誠実だし、レナたちにも誠実だった。
晴れやかな気持ちでレナたちは外に出る。
別の部屋に泊まっていたロマン・ティブや、シズル・タリアテッレも集ってきた。
さて、ローランド辺境伯領まで問題なく進まなくてはならない。
ただ、用事がなければいいというものでもない。
世界には目に見えない天秤がある。
アヌビスは理解しているし、レナは感覚的に知っている。
自分が気持ちよく過ごしたいなら、周りにも気持ちよさを分けてゆくことだ。
「道中、引き受けられるクエストを探してからいこっか!」
「「「えいえいおー」」」
これは、ハマルが教えた。
先輩は(にーんまり)して、小さな後輩を見ていた。
あいあいさー、より、今の後輩トリオにはこれが似合うらしい。
冒険者ギルドによっていく。
ウワサのレナパーティを目の当たりにした受付の目玉がキラキラして、キーユウがギルド長にニッコリと圧をかけて、ロマンとシズルが周りを固めるのがここ最近の慣れた流れである。
読んでくれてありがとうございました!
ロマンとシズルの事情入らんかった汗
またそのうち入れます!
今週もお疲れ様でした。
良い週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




