[ローランド・キーユウ]協力
「辺境伯ローランド。──出るように」
牢屋の中にいた男が、振り返る。
ずいぶんとすっきりした身なりだ。
汚れがほとんどなく真っ白に近いシャツに、アイロンの折り目まだ残るスラックス。ビジネスライクな服装だが、布地は見るからに高級品であり高貴な身分であることを疑いようもなかった。
牢の番をしていた男の様子も、口調こそ必要に応じて高圧的であったが、中にいる人物に対して気を遣っているふうに震えていた。
呼ばれたローランド辺境伯は、コキリ、と首を鳴らしてから立ち上がる。
背筋がピンと伸びた長身は、弱さのない立ち姿とも相まって、彼を実際の身長以上に大きく見せていた。
ひょっこりと現れたのはキーユウである。
「なんだ。きみか……」
ローランド辺境伯は目を丸くした。
そこで立ち話でも始めそうな雰囲気であったが、牢の番が耐え切れないといったように口を挟んだ。
「すでに外出許可がおりている。早く出て行って……ください」
ほとんど懇願だった。
釈放される貴族ということは、不手際があれば、牢の番をいくらでも罰してしまえる立場にあるのだから。
「わかった、わかったよ」
気安い言葉で、ローランド辺境伯は牢番をしていた男の肩をぽんと叩き、歩き始めた。
進み始めると、後ろからは、明らかにほっとしたような息の吐き出し方が聞こえた。
「ここには初めて入りましたぞ」
キーユウは瞳の奥を好奇心で輝かせている。
「きみが入ってくるようなところでもあるまい……。よくもこんなところまで足を運んでくれたものだ。はたして、それは私のためであろうな」
ローランド辺境拍は、答えがわかっているかのように挑発をして、
「孫娘が泣くとよろしくないのでな」
「……ふん。泣くものか。意外としたたかだぞ。あの三つ編み……」
ずれた返答をくらったローランド辺境伯がくくっと笑い声を漏らした。
いくつかの牢の中から、とらわれている囚人が、物珍しげにじろじろと2人を眺める。
牢といっても、ここは貴族専用の収容場所だ。
違反をした貴族を、裁判の結果が出るまでしばし隔離しておく、形式的な牢である。
差し入れで物が持ち込まれることが許されているし、それぞれの個室には廊下からは見えないところにトイレと水浴びをするスペースがある。良いベッドと机と椅子があり、一日一回はシーツと便壺が交換される。
よく日が差し込む手入れされた中庭が廊下の反対側には見えていて、けして薄暗くもなく、木々のゆれるそよ風が吹き込み、昼間はランプもいらないくらい明るいという特別仕様の有様だった。
ジロジロとしていた貴族たちの視線は、すぐに逸らされた。
貴族である故に、通り過ぎていったのが”どのような人物なのか”、理解できたからだ。
キーユウはわざわざ目立つ白いスーツを着ていた。
己の身分を誇示している。
こういう場所では非常によく効く。
「そなたがここに入ることを嫌がるものもいただろう?」
「想像の通りだ。いや、予想より遥かにおかしな表情をされたかも」
「そうか。見てみたかったな」
「いやに機嫌がいいな」
「”用事”のついでに、思いがけない良いことがあった。妻と子供が、私の私物を差し入れに来たのだ。もともと持っていたものを返すためだと冷たい表情で言うものだから、不覚にも泣いてしまったものだよ……」
ローランド辺境伯は、口の端をぐいっと吊り上げて言った。
(つまり、嘘をついて会いに来てくれた、ということだろう。ローランド辺境伯は私物を預けてなどいないはずだ。個人的に夫と父親を気にかけて、用意したものを差し入れたに違いない。
その時くらいは牢の番も目を逸らしてくれたはずだ。
一体、家族はどのような話をしたのだろう? 少し気になる。……こんなことまで気にする爺になるとはなあ。人生とは先がわからん。ローランドは大事な家族の話など普段は口にしないが、今は上機嫌だから教えてくれるだろうか?)
二人はさっさと歩き、堂々と城の正面玄関から出て行くと、王都の立派なカフェで特別な注文をする。
周りの着飾ったお客にチラチラと見られながら、特別席へとその身を収めた。
曲線の美しい背もたれのふかふかしたソファだ。
「さて、傍聴の設備もないようだし、のびのびと話ができますな」
「──先に行っておくと、”通報”は私がさせた。耳にしているだろうが、辺境伯邸では政府からの補助を不正に得ていた、という内容である。正確には、現王権と対立意見を持つ一部勢力と僅かによろしくやっていたのであるが」
「そのようなつながりは一代では築けない。先代や先先代から、あなたの代まで降りてきたものだろう。清算できてよかったな」
「まさか精算できるとも思わなかったのだがな。もっと長い間捕まることや、嘘で貶められることまで想定していた。妻子ともども粛清されるかとも。そなたが来てくれるかは、多めにみて半分の確率だった」
”あの一族”がきた。
それゆえにあっさり解放されたのだ。
「吾輩が今所属しているのがレナパーティであること。レナパーティのトップが、一度縁があったヒトを助けようとする性質があること。そなたが通報を許した理由が、研究者ギルド内の”隠し事”から目を逸らさせるためのオトリでなったこと。このあたりがうまく噛み合ったのだ。おめでとう」
「ありがとう。まぁ消え去ってもよかったのだが……」
「これこれ。拗ねるな。吾輩は素直におめでとうと言ったろうに。
今、世が滅びるか再構築するかという刺激的なギャンブルの最中だぞ。矮小な不安で逃げ出すようなことは、もったいないにもほどがある。奮い立って、興奮しようではないか。きっとどの世代の特権階級も味わったことのないスリルだ」
「やっと肩の力が抜けたから、つまらぬことが口に出ただけだ。冷静になってみれば、キーユウの言う通りだよ。今降りるなんてとんでもないよな」
まだくすぶっていた”根源的な怖さ”を忘れようとするように、部屋にあらかじめ用意されていたカクテルを、ローランド辺境伯は1口、口に含む。
魔方銀で作られた器は、もしも毒が盛られていた場合変色する仕組みだ。
あらかじめ部屋に用意されていたこれは、口にして問題ない。
もしこれが魔法銀ですらない別物で作られているとか、悪意の細工が施されているのだとしても、それすら見抜けない間抜けなものは、淘汰されるにふさわしい。
10年ほども前であれば、貴族1人死ねばなかなか大きなニュースになっただろう。しかし最近の世は、不審死があったとて、時の流れにまたたくまに揉み消えゆくだけなのだ。
そんな中にあってこそ、知人を助けようとするレナたちの行動がより光った。
研究者ギルドとのやりとりについて、ローランド辺境伯は想いをはせる。
「研究者ギルドには週に1度は通うようにしていた。通いすぎてしまうと、不平等を不満に思われるし、行かなすぎては、繊細なギルド員たちがやる気をなくしてしまうかもしれないからな。
現在まででわかったことを、せっかくだから私の口から告げよう。
あれらが研究している”宝物”の影響力は、強くなったり、弱くなったり、波を繰り返しているらしい」
「ほう。波は、どちらかと言えば激しくなりがちか、浅くなっているのか?」
「まだ1年すらも研究していないのだ。統計を出そうにも弱い。しかし現状のところであれば、波の差はしだいに大きくなっている」
「ぴんとくるものがありましてな。レナパーティとともにいるアヌビスは、主人が幸運な状態か、悪運な状態か、計ることができるらしい。その天秤の傾きも、また大きくなっているそうなのだ」
「ふむ、いや、つながりがあるのかもしれないと一度考えてみたが、そうでもないだろう……。……思うに、大きな不安を持ったものが世の中に数多いから、どこの波は大きく揺れるのだろうさ。時代的なものだよ」
「なるほど。しかし、妙に引っかかる、世の中が不安定とて、波があるということは良いほうに触れる動きもまた大きいわけだろう? もしかして、それはちょうど10日ほど前のことではないか」
「まさにそうだ。そして、私が捕まることを決意したタイミングでもあるな。……」
「こちらの記憶を語るならば、ちょうどその頃にレナパーティがミエネット王国で大きな働きをしたのだ。ローランド辺境伯からの書簡がミエネットのガラヌスに正式に預けられ、街の者たちは、街にやってきたパレードに楽しそうにしていた」
「パレード?」
「顔を隠しているが、あの子たちが楽しそうに暴れたのだよ」
「あぁ。それは下々は喜ぶだろうな。相変わらず隠れてはいるのか? 彼女、名声を得ずとはもったいない」
「名声など重いだけのこともあるからのう。評価が要らないくらいあの子らは内側で満たされているのだ」
「いつ歯を剥いて威嚇する? 外敵に対して」
「防衛するとなれば確かに苛烈だな。すごいのは、主人が言ってやらずとも従魔それぞれが己の頭で考えて、主人にとって1番良いであろう結果を生むように動き、すぐには報酬を求めず、ときには自分のプライドを下げながら協力することだ。恐るべきネットワークがある」
「王の近衛兵よりも優秀だな」
「世界中の王族が欲しがるだろう。あのような者たち」
「ガラヌスははぐれものだったな。あのものならば無理なスカウトはしなさそうだ……」
「他であれば、主人を捕らえて従魔契約を解除するように迫っただろう。半分ほど契約解除したところで、従魔の魔力を止めてしまい、王家の魔法につなぎ替えてしまえばいい」
「古いやり方だな。首輪でヒトを扱っていた頃のような」
「少し前まではもう終わったやり方とされていたが、今や、一部の王族は古代回帰の動きを見せている。不安定で先行きがわからない現在への反発として、やたらと昔ながらのやり方を掘り起こし、試しているようなものがいる。倫理的にはいけないが、確実に有効である悪の魔法など、王族は必ず握っているものだ」
「まぁわかるよ。そのような者たちと少々会話をしてきたところだから。──話がそれてきたな。愚痴っぽくもなってきた」
「そうですな。戻そう。せっかくレナパーティといるのに、わざわざ楽しくないことを話すのも、もったいないであろう。時間は贅沢に浪費せねば」
キーユウはそう言うと、いくつも並べられているカクテルの中から、赤いカクテルに白いカクテルを混ぜた。
最高級品がまるで中学生がドリンクバーで遊ぶように気安く扱われる。
カクテルは絵の具のようにピンクになるのではなく、お互いがくるくると赤と白のまま踊って模様を描いている。
「そういえば赤の教団は知っているか?」
「今いくつも出来上がっているパチモンの集まりの1つですな」
ローランド辺境伯の返事を聞き、キーユウは笑った。
彼にしては、爆笑と言ってもいい。
時間切れだ。
キーユウは、ローランド家庭の話を。ローランド辺境伯は、赤の教団の真相とやらを。お互いに聞かずに別れた。
また会うことの口実にするために、種を懐にしのばせておくものだ。
それぞれに迎えが来ている。
ローランド辺境伯を迎えに来た街の商人たちがやけに落ち着き払っているのを見て、また駆けつけた街が領主を失った混乱に陥っておらずいつもどおりの活動を続けているのを眺め、キーユウは(辺境伯としてよく信用を積んだものだ。釈放されるだろうと待たれていた)と友人の手腕に満足していた。
同時に、退屈でもあった。
元に戻るばかりで変化のない権力図。
なまぬるいよどみの空気に浸かっているようで。
ぶんぶん! 遠くから手を振られている。
はたと目が覚めたようになった。
沈みかけていた内心がふと、まぶしい現在に浮上する。新鮮な光景が目に入ってくる。
目を擦って、もう一度見た。
「おつかれさまです!」
「……可愛い孫娘が、ひとりで?」
「ノアちゃんの蜘蛛もいますよ。おじいちゃんだって一人でしょ。だから、私と一緒に帰りましょう」
どういうワケかは後で聞こう。
レナの独占を従魔が許したことも。
連絡せずとも隠れ家があっけなく見つかっていることも。
思ってもみなかったサプライズ!!
──面白い時を噛み締めるキーユウであった。
読んでくれてありがとうございました!
思わせぶりだけなのもアレなので、ぐいっと進めていきたいです。
今週も頑張りましょうね!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




