第2話 暖冬がもたらす豊作貧乏
「寒いのは嫌だし、暖冬でも良くない?」
そう考える人もいるでしょう。
それは確かにそうであり、そうした一面があるのも事実です。
暖房を節約できるし、燃料代、電気代を安くあげられる。
着る服だって、ギチギチに着込む必要もない。
しかし、自分にとってはかなりの死活問題です。
自分は白ねぎ農家であり、周年栽培、すなわち年中白ねぎを作り、出荷しているという作付けスケジュールを組んでいる。
当然、冬でも収穫と出荷をしているのですが、暖冬だと困るパターンが多いのだ。
まず、防除、すなわち農薬散布に関する事。
農業には病害虫がつきもので、毎度こいつらに悩まされる。
そのため、定期的に農薬を散布し、病気や害虫に対処するのが農家最大の仕事の一つとも言える。
しかし、冬場に入ると、病気も害虫も低温には耐えられず、大人しくなるものだ。
その為、12月~2月の間は農薬散布をしなくても良いのが例年の流れとなる。
しかし、“暖冬”となると、そうもいかなくなる。
気温が下がらず、病気や害虫がしぶとく居座る可能性があるため、冬に突入しても防除を止めるわけにはいかない。
つまり、例年よりも生育コストがかかる事を意味する。
そして、コストをかけて生育しても、次にやって来るのが“豊作貧乏”という、笑えない状況。
要するに、たくさん採れ過ぎて値崩れを起こす現象だ。
気温の低下と共に成長速度は鈍化してくる白ねぎだが、暖冬であると生育速度を維持したまま冬を突っ走る可能性が出てくる。
そうなると、収穫量が増大するのは当然の流れだ。
それが産地全域どころか、競合産地まで大豊作となると、需要と供給のバランスが崩れ、値段が一気に下落する。
寒いからこそ鍋を囲んで突き合うのが日本の冬である。
しかし、“暖冬”だと鍋をしなくなる人も出てくる。
需要が落ちる、でも、収量は増大する。
たくさん採れて、たくさん出荷しても、全然儲からない状況が出来上がる。
雪で白ねぎがペチャンコになるのは論外だが、そうかといって暖冬で白ねぎが採れ過ぎるのもそれはそれで問題なのだ。
実際、自分も暖冬での豊作貧乏を食らった事がある。
鳥取の白ねぎは1箱3kg単位で出荷される。
このエッセイを書いている10/12現在、1箱1500~1700円だ。
競合産地である千葉が豪雨でやられ、関東の天候不順が重なり、白ねぎの供給が滞っているため、市場の値段は高めになっている。
千葉、茨城、埼玉の上位3県で全体の40%近くを占めている。
天候不順でこの大産地がイマイチの状況が続いているため、値段が高めになっていると言っても良いだろう。
以前、自分が食らった暖冬の時は、1箱3kgで“800円”だった。
これでどう食っていけと言うのか。
経費諸々の事を考えると、1箱1200円は最低欲しいところである。
800円ではとても無理!
出荷量が増えても、薄利多売とはいかないのだ。
なにしろ、箱や結束するテープの出荷資材の価格は“固定”であるため、白ねぎの値段が安ければ安いほど大きく響く。
仮に1箱出荷するのに100円の経費が掛かったとする。
これが固定の出荷費用。
そして、白ねぎの販売価格が1箱800円か、1700円かで、売値にかかる経費の割合が大きく差が出てくる。
800円の中の100円、1700円の中の100円では、同じ100円でも重さが全然違う。
当然、パートさんも雇っているので、賃金を払う。
箱単価がいくらであろうとも、パートさんに払う賃金は変わらない。
出荷資材代に賃金と、経費はどんどん積み上がる。
出荷すればよいというものではない。
“適正以上の価格”で出荷できなければ、農家はやっていけないのである。
赤字! 赤字! 赤字!
先程言った“最低1200円”というのも、ギリギリ利益が出せるかなというラインで、これを下回るとキツい。
厳冬も困るが、暖冬も困るのが、そうした事情による。
特に今年は9月の悪天候が後々まで響く。
日照時間の不足により、11月・12月に出荷予定の白ねぎの生育が遅れ気味で、出荷が滞る可能性が出ている。
最近は好天続きで巻き返しているが、それでも遅れは生じるだろう。
つまり、遅れた分は1月以降に出荷へ回すのだが、そこには1月出荷分の白ねぎもあり、出荷時期が被ってしまう。
つまり、通常量よりも遥かに出荷する事により、値段が下がって来るのだ。
自分一人だけであればさして影響はないが、産地全域や、他の競合産地もこの状態になると値崩れを起こす。
天候不良で遅れていた先発の白ねぎと、暖冬で成長著しい後発の白ねぎの出荷の時期が被ると農家的には悲惨な値段になるのだ。
それこそ上記した“1箱800円”が現実味を帯びてくる。
こうなったら赤字確定で、それでも現金を得るために出荷しなければならないという農家のジレンマ。
たまにニュース映像で、作物が出荷されずに畑で野ざらしになっていたり、あるいはさっさとトラクターで漉き込んだりするのは、“出荷するだけ赤字になる”から処分せざるを得ないという、なんとも世知辛い状況を表している。
人はエネルギーを得るために食事をするが、胃で消化し、エネルギーに転換するのにもまたエネルギーが必要である。
戦国時代、『鳥取の干殺し』と呼ばれる秀吉が毛利方に仕掛けた兵糧攻めの後、開城して食事を振る舞うと、降伏した兵がバタバタと食事中に死んだ事例がある。
これは“リフィーディング症候群”と呼ばれる現象で、栄養失調にある者が栄養を急に摂取すると、それに体が耐えきられずに死に至る状態の事を指す。
“リフィーディング症候群”による集団死の最古の記録とされるのが、この『鳥取の干殺し』と呼ばれる凄惨な戦の締めくくりである。
エネルギーを得るのにエネルギーを消費する。
農家もまた、出荷するのにコストを必要とするので、そのコストと売り上げを天秤にかけ、“出荷しない”という死刑宣告、損切りを甘受する状況もあり得るのだ。
あと、雪が少ないと、後々困るのですよ。
冬の山に“雪”という形で水が貯蔵され、春の訪れと共に雨の少ない時期に少しずつ溶けていくからこそ、川の水が絶えないのだ。
人工のダムと、“雪”と“地下水”による天然のダム、これらが重なり合って、日本の環境と豊富な水資源が確保されていると言っても良い。
しかし、その雪が少なければ、いずれ乾いた時期に手痛い返しが来る。
暖冬だからと、楽できるわけでもないのだ。




