第6話:邪な気
「ハァーイ、B級ヒーローのスネーク・レイだよ!」
撮影前日の夜。豪華な撮影スタジオで、スネーク・レイはカメラに向かって完璧なウィンクを飛ばした。背後の大型モニターには、彼のキメ顔と派手なエフェクトが躍り、コメント欄には『スネーク様!』『今日もセクシー!』という賞賛が弾幕のように流れている。
「さて、明日のコラボ相手だけど……今、SNSで話題沸騰中の元気系ヒーロー、Mapleちゃんでーす!いつも明るくて一生懸命な彼女、本当にかわいいよね。守ってあげたくなっちゃう。
明日はMapleちゃんの素の顔を引き出せるように頑張るね!
コラボ討伐でも素敵な動画撮れるように応援してて!本編も見逃しちゃ、ダメだぞ〜」
ここでスネーク・レイは1度カメラを切る。
そして、改めて会員専用の動画を撮り始める。
彼は無料のメインチャンネルと別で有料チャンネルを持っているのだ。
「さて、明日は皆さんお待ちかね、Mapleちゃんとのコラボ動画!会員さんからの人気も絶大、明日はどんな動画が撮れるかな?」
会員からのスパチャやコメントが飛び交う。
よく見るとコメントをしてるのはほぼ男のようだ。見るに堪えないような下品なコメントが飛び交っている。
『Mapleのスーツ、粘液系に絡まれたら最高だろ』
『絶望顔に10万スパチャ用意してるわw』
『あの新人特有の正義面が泣き顔に変わるのが最高なんだよなぁ』
「ちなみに、明日のコラボ討伐で設定してるのはこの妖魔!いつもより触手と粘液マシマシの、ヌレカガリちゃんでーす。
あぁ、この触手がMapleちゃんに絡みつくと思っただけでワクワクしちゃうよねぇ!
C級のMapleちゃんにはちょっとキツイ相手だけど、どうなっちゃうかな?
もし勝っちゃいそうになっても安心して!いつものドッキリも用意してあるからね〜
明日もコメントとスパチャよろしく!」
撮影を終えたスネーク・レイのPCに、会員専用チャンネルのサムネイル画像が並んでいる。
そこには、女性ヒーローが妖魔に絡みつかれて泣き叫んだり、攻撃を受けて悲鳴をあげている画像がずらり。
彼はコラボ相手の女性ヒーローがピンチになったところの動画を集め、有料会員に売り捌くことで荒稼ぎしていたのだ。
予告動画を撮り終えたスネーク・レイは下卑た表情で呟く。
「……一般動画用のヒキの画と、エグい角度から撮った会員用の画。この2つを撮るだけでこんなに稼げるんだからなぁ、止められねぇよ。
しかもピンチの演出のあとで俺が助けに入ってやれば、むしろ感謝されるまであるからな、女ヒーローなんかバカばっかりだよ、ホント。
ま、何人か自信失って辞めちゃったのもいるみたいだけど、それは俺には関係ないからね〜。
Mapleちゃんはどんな表情を魅せてくれるかな?会員さんたちの嗜好を直撃するような表情を頼むよ〜」
スネーク・レイの下卑た笑い声が、スタジオにいつまでも響き渡っていた。
翌日。
カエデと剣一郎が宿泊している街から、すこし郊外に出たところにある資材置き場。
ここがスネーク・レイとMapleのコラボ動画を撮影するところだ。資材置き場の一角に簡易なブースを組み、まずはトーク部分の撮影からスタートした。
「はい、スネーク・レイch、本日はコラボ動画です!今回のゲストはコチラ!!」
「Mapleです! 本日はよろしくお願いします!」
朝陽の下、カエデは元気よく頭を下げた。
B級ヒーローとのコラボにやや緊張気味だ。
スネーク・レイは優しい笑顔で迎える。
「やあやあ、Mapleちゃん! 改めてよろしくね。僕も君の活躍には注目してたんだ。そしたらまずはすこしトークを撮らせてもらってもいいかな?」
「はい!頑張ります!」
「ははは、元気がいいねぇ。最近大活躍じゃない、よく動画見てるよ!サブチャンネルも始めて、調子いいみたいじゃない」
「あ、そうっすね。まだ動画は少ないんすけど…」
「……まぁ、でもあのふんどし動画はちょっとやりすぎかな?僕らにとっちゃファンとの交流のための神聖な配信なのにさぁ、あんな恰好で映りこんじゃって。
ふんどし一本でバズってるけど、正直汚いよね、見た目も、やり方もさw
あのおじいちゃん何者なの?パパ活?それともボケ防止のボランティアかなんか?w」
「なっ……!あの人は、その、侍なんです!私は師匠って呼んでて、ちょっとデジタル音痴なんですけどとっても立派な方で……!」
「へー、すごいおじいちゃんなんだね!ごめんごめん、ジョークだよジョーク!怒った顔もまたステキだねぇ」
スネークは軽薄に笑いながら、その後も雑ないじりを続ける。カエデは愛想笑いをするしかなかった。
「さて、お喋りはここまで。次はメインの討伐コーナーだ! 今回、僕がB級権限で受注した『ヌレカガリ』の討伐。Mapleちゃん、本来は君ひとりじゃ受けられない討伐だけど、まずは君だけで華麗にキメてごらん。
本当に危なくなったら、この僕が助けてあげるから。じゃ、やってみよう!」
「……はい!やってみます!」
カエデは力強く頷き、資材置き場の奥へと踏み込んでいく。
その背後で、スネーク・レイは本編動画を撮っているHaloとは別の、小型カメラの準備を始めていた。
「ガアアアァァッ!!」
廃材の影から、不気味な粘液を垂らす無数の触手を持つヌレカガリが姿を現した。
「……っ、出た……!」
一瞬、足が竦みそうになるが、カエデは剣一郎のあの厳しい一言を思い出した。
『戦場をナメるな』。
「……ナメてないっす、師匠。これが私の戦いなんす!!」
カエデは得意武器のレーザーナイフを抜き放ち、鋭く踏み込む。
ナイフが空を裂き、妖魔の触手を正確に断ち切っていく。予想外の善戦。カエデは必死だった。……師匠をトークコーナーで馬鹿にされ、ここでさらにみっともない戦いを見せるわけにはいかない。
面白くないのはスネーク・レイだ。善戦されては有料チャンネルのニーズを満たせない。
しかし彼には秘策があった。
彼の手に握られているのは弱い電流を流すテーザーガン。くらっても気絶するような電流ではないが、一瞬動きは止まる。
これで女性ヒーローのスキを作り、触手に絡み取らせる。これがスネーク・レイのいう悪趣味な「ドッキリ」なのだ。
(がんばるね~、Mapleちゃん。でも、必死に闘う女の子が一気に逆転されるってのもそれはそれでウケるからね)
小型カメラの方に小声で話しかけるスネーク・レイ。
「有料チャンネルの皆さーん、お待たせしました!お楽しみのドッキリコーナーですよぉ。この弱電流で動きが止まったところに、あの触手が絡みつくと……。あぁ、たまらないね!」
Mapleにテーザーガンの狙いをさだめる。
「じゃ、Mapleちゃん、最高の表情、よろしく!」
そう言って引き金を引こうとした……その時。
パァン!と鋭い音をたてて、テーザーガンが爆ぜた。
「うわ、びっくりした、何だ!?」
慌てて周囲を見回すスネーク・レイ。その視界に、煙管を吸いながら資材置き場のトタン板を無造作に踏み越えて歩いてくる一人の老人が入る。
「……お主。何をする気か知らないが、ワシの連れに邪な気を向けるのはやめてもらおうか」
テーザーガンを破壊したのは剣一郎の指弾。
剣一郎はテーザーガンがどういうものかは把握していなかったようだが、スネーク・レイがカエデに向ける邪気を感じてテーザーガンを破壊したようだ。
「びゅっふぇとやらが終わったのでカエデが何をしているのか見に来てみれば……お主、カエデと一緒にあの妖魔を倒すのではないのか?」
「な、なんだこのジジイ……こんな時間までビュッフェ食ってたのか、もう昼近いぞ、迷惑客過ぎるだろ……あ、コイツ、Mapleちゃんの配信に映りこんでたふんどしジジイか!!」
「見たところ、あの妖魔はカエデがなんとかできそうだが……それを助けるならともかく、邪魔するようならワシも黙って見てるわけにはいかんぞ」
煙管を懐にしまい、剣一郎の眼が鋭く光る。
「なんだとこの、古臭い侍ジジイが……そんな刀なんて骨董品で、B級ヒーローの俺にかなうと思ってんのか!?」
スネーク・レイが自らの装備を展開する。スネーク・ワイヤー・システム。スネーク・レイの両腕のガントレットから射出される、その先端に多機能ヘッドが装着された、高圧縮炭素繊維のワイヤーだ。
見た目はまさに大量の蛇。電流を流すもの、神経毒を流し込むもの、といった多機能ヘッドが、ワイヤーからスネーク・レイの脳波を受け取り、剣一郎を取り囲むように浮かんでいる。
対する剣一郎は、大小の刀をさしているのみ。あとは、周囲に指弾に使えそうな小石がいくつか落ちているくらいだ。
カエデの戦いの裏で、また別の戦いが始まろうとしていた。
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