第5話:映えない一撃
「……ふふ、ふふふふ。キテる、キテるっすよ、これ」
翌朝。ホテルのビュッフェ会場。朝陽が差し込む優雅な空間で、カエデは昨日の不機嫌な顔から一転、ギラギラした目でスマホを凝視していた。
「師匠、見てください! サブチャンネル、一晩で登録者2,000人突破っす!……まぁ、バズった理由が師匠のカッコいいところじゃなくてふんどし放送事故ってのがなんですけど……」
「……ふんどしが、何かしたのか?」
剣一郎は心底どうでもよさそうに聞き返す。彼はいまだにホテルの豪華さには慣れないようだが、ビュッフェは気に入ったようだ。白米と納豆と焼き鮭と味噌汁をもう3回もおかわりしている。
「そうっす! 『現代に現れた筋肉ふんどしジジイ』って、切り抜き動画が爆速で回ってるんす。
まぁ、ちょっと不本意っすけど、滑り出しとしては上々っすね。……これからしっかり師匠の剣技をアップできれば、どんどん登録者も増えていきますよ!」
「よく分からんが、お主が良かったのなら良かった」
「あ、でも、ふんどしウケだけじゃなくて、師匠の剣技にもコメントついてますよ!
『なんか画面のはじですごいこと起きてない?』
『なんで今妖魔切れたの?何も見えん』
『カメラワークが下手過ぎ』
………ま、いいっす! この勢いで今日は、私じゃなくて師匠メインのアクション動画を撮るっすよ!今度は放送事故じゃなく、ガチでかっこいいやつっす!」
「相変わらずやかましいな、お主は。飯は落ち着いてゆっくり食べなさい」
「わ、分かりました、でも朝ごはん食べたらすぐ出かけましょう!てか師匠めちゃくちゃ食べますね!?」
剣一郎の4回目のおかわりには、味のりと温泉卵もそえられていた。
朝食後、二人が向かったのは、次の街へと続く街道沿いの、古びた資材置き場だった。
錆びた鉄骨が山積みになり、重機の残骸が沈黙するその場所は、ヒーロー協会から警戒区域に指定されている。
HERO HUBでわざわざアラートは来ないが、常に低級妖魔がウロウロしているからだ。駆け出しのヒーローが妖魔狩りの練習をするのに使われることもある。
カエデは慣れた手付きでHaloを起動し、周囲に展開させた。
「いいっすか、師匠。今日の撮影コンセプトは『覚醒の老剣士』っす。妖魔が出てきたら、まずは大きくジャンプ! 空中で一回転して、着地と同時に一閃っす! その後、カメラに向かって刀を向けて、決め台詞をバシッと言う。これっす!」
「……カエデよ。この場所には随分妖魔がいるようだな。強いのはいないようだが、あえて危険を犯すこともあるまい。離れよう」
「あ、あれ?師匠聞いてます?この場所は低級妖魔の巣窟で、撮影の練習をするにはもってこいってさっき言ったじゃないすか…」
「あまりいたずらに危険な場所に行くものではない。だれかが襲われているわけでもなし、早くここから離れよう」
剣一郎はおろか、Mapleでもここに潜む妖魔程度に遅れをとることは無いだろう。
しかし、剣一郎の侍としての本能が、あえて危険な場所にいることを許せないようだった。
「や、待ってください、せめてもう少し撮れ高を……」
その時だった。
資材の陰から、シュルシュルと不気味な音が響く。
ハジコ村に現れた泥のような妖魔……よりもふた周りほど小さい低級妖魔が姿を表した。
「来た! 師匠、来ましたよ!アイツをカッコよくやっつけてください!」
「シャアァーッ!」
低級妖魔の触手が剣一郎に襲いかかる。
が、剣一郎は刀を抜くことすらしない。
刀の柄を僅かに動かして触手の力をそらし、妖魔の攻撃をかわしている。
「……え、あれ?師匠?」
「ウガガッ!」
妖魔が怯んで離れると、剣一郎は地面から小石をいくつか拾った。
「ウシャァァーッッ!」
気を取り直して襲いかかる妖魔に対し、剣一郎が親指の力を使って小石を飛ばす。
凄まじい勢いで打ち出された小石は妖魔のコアを正確に撃ち抜き、そのまま塵となって崩れ落ちた。
「あ、あの、師匠……?」
「ガァァァァァァァー!!」
さらに同じような低級妖魔が3体、剣一郎の背後から襲いかかる。
(来る、今度こそ『映える』一撃が……!)
Haloを操作しながら、緊張の面持ちのカエデ。
剣一郎の一挙手一投足を撮り逃すまいと集中力を高める。
剣一郎はゆっくり振り返ると、そのまま手の中に持っていた小石を1つづつ低級妖魔に飛ばす。
最初の妖魔と同じように、あとから出てきた3体もあっさりと塵となって崩れ落ちた。
技としては凄まじい。柄を僅かに動かすだけで触手の攻撃を逸らす技も、指で小石を飛ばす技……指弾の、威力もコアを一撃で撃ち抜く正確性もとてつもない。
………が、とにかく、圧倒的に画面映えしない。
今回の動画も、パッと見は剣一郎の近くでアワアワしている妖魔が、剣一郎は何もしていないのになぜか突然崩れ落ちたように見える。
「よし。行くぞ」
「行くぞって……ちょっと待ってください!
今の、動画的な見せ場が全くないっすよ!せめて刀を抜いてくれないと……」
「そんなことは知らん。相手がどれほど弱くても、間合いに入らずに倒せるならそれにこしたことはない」
「いや、それはそうなんすけど…」
しばらく押し問答を繰り返す2人。すると、先程倒した妖魔より明らかに大きな個体が現れた。
「あ、師匠、また出たっすよ!今度こそ、刀でカッコよく……」
慌ててHaloを展開しなおすカエデ。
次の瞬間。
――キィン。
剣一郎の刀の鍔鳴りの音が響き渡る。
「……え。まさか、師匠…」
あっさり塵になる妖魔。剣一郎が目にも止まらない速さで妖魔を切り捨てていたのだ。
「あああぁぁーー!やっぱりーーー!!まだHaloのセットが終わってないんすよーーーー!!」
「ほら。行くぞ、カエデ」
「ダメですよ、まだ全然撮れ高が無い…せめて刀を持って見得を切るシーンとか……」
「……カエデ」
突然真剣な目でカエデを見つめる剣一郎。その無言の圧力にたじろぐカエデ。
「……戦場をナメるな。あえて危険な場所にとどまるなど愚の骨頂だ。戦場をナメた者から死んでいくんだ」
「……分かりました」
剣一郎のあまりの迫力に、カエデもそう答えるしかなかった。
次の街に行き、ホテルの部屋に入る。
しかし、ホテルの部屋でまたカエデは頭を抱えることになる。
「……あーっ、もう!やっぱり使えない!指弾は動きが小さすぎるし、抜刀したシーンはちゃんと撮れてないし……師匠があぁ言うのも分かるけど、それならもうちょっと撮影に協力してくれても……いいや、サブチャンネルだし、もうそのまま投稿しちゃうっすか」
結局、彼女はサブチャンネルに加工なしの動画を一本だけ投げた。
タイトルは『【検証用】街道に出た雑魚を処理しただけ』。
「もういいっす、今日はこれで勘弁してやるっす……。
そうだ、明日はコラボ依頼が来てた日っすね、誰だったかな……」
ふてくされながらスマホのカレンダーを確認するカエデ。明日は前々から依頼が来ていたコラボ動画を撮影する日なのだ。
カレンダーに載っていた名前はB級ヒーローのスネーク・レイ。
実力はそこそこだが、過激なトークと「暴露系」の企画で爆発的なフォロワー数を持つ、知名度は高いがあまり評判の良くないヒーローだ。やたらと女性ヒーローとコラボしたがることでも知られている。
カエデもそれは分かっているが、有名になるためにあえて今回はコラボを受けた。
「よ、よし!このコラボを成功させれば一気に実績が作れるっす!ここんとこまともな動画をあげられてないからここは頑張らないと!」
「何をはりきっているんだ?」
また風呂上がりの剣一郎がカエデに話しかける。散々カエデに怒られたからか、今日は浴衣を羽織っているようだ。
「師匠!明日はコラボ動画の撮影があるんで、一緒に行動はできないっす!ホテルにいるか、一日自由にしててください!」
「……おぉ、そうか。」
「オープニングトークの撮影から、力を合わせて妖魔退治って流れで撮影しますんで、終わりは夕方ごろです。またこのホテルで合流しましょう!」
「うむ。分かった」
久しぶりにまともな動画撮影のために張り切るカエデ。Haloの調整と、装備の確認をしっかりと行うのだった。




