第4話:ふんどし侍
「じゃ、まずは次の大きな街を目指しましょう!今は師匠のチャンネルは私のサブチャンネルだけですけど、旅をしながら動画を撮り溜めて、実績を作って……最終的にはヒーロー協会本部に行って、公認ヒーローになるのが当面の目標っす。
師匠の実力なら、即B級ヒーロー……いや、A級だって夢じゃないっすよ!」
意気揚々とそう言い、軽い足取りでハジコ村を飛び出したカエデと剣一郎。
だが、その意気込みは、旅の初日からつまづくことになる。
「……ちょっと、師匠! なんでそこで斬っちゃうんですか!」
カエデの絶叫が、夕暮れの街道にこだました。
足元には、たった今、剣一郎によって一刀両断された巨大な蜘蛛型の妖魔が転がっている。切断面からは紫色の粘液が噴き出し、周囲の草木を枯らしていた。
カエデは頭を抱え、空中でホバリングしている『Halo』を力任せに引き寄せると、自身の携帯端末と同期させ、先ほど撮影したばかりのプレビュー動画を剣一郎の目の前に突きつけた。
「ここ! 見てください、ここっす! ここは私がわざと追い詰められて、
『くっ、このままじゃマズいかも……でも、諦めない!』
って呟いた直後に、スポンサーの新作レーザーブラスターで大逆転勝ちするっていう、一番の『見せ場』だったんすよ! コメントが一番盛り上がるゴールデンタイムだったのに!」
「……なんだかよく分からんが、今ヤツの毒針がお主の眉間をねらっておったぞ。それを見過ごすなどできん」
剣一郎は、事もなげに刀身を懐紙で拭い、鞘に収めた。
彼にとって、敵が殺気を放ち、攻撃の予備動作を見せた瞬間に斬り伏せるのは、呼吸をするのと同じくらい当然の理だ。そこに「演出」や「逆転劇」という余計な概念が入り込む余地はない。
ましてや、その妖魔がカエデを――姫と同じ顔を持つ少女を狙っていたのだから、なおさらだ。
「それは私も分かってましたよ!でも、それが動画的な『お約束』なんす!
苦戦して、視聴者のハラハラが最大になったところで逆転するから、みんな応援したくなるし、スポンサーだって喜ぶんすよ!
師匠が横からサクッと斬っちゃったから、私の新武器の紹介、一秒もできなかったじゃないっすか!」
「……そ、そうなのか。それは……すまんな。良かれと思ってやったのだが、戦の作法というものは、時代と共に随分と変わったものだな」
剣一郎は、心底「理解不能」という顔をしながらも、少女のただならぬ剣幕に押されて申し訳なさそうに頭を掻く。
だが、その後の戦闘でも状況は一向に改善されなかった。
カエデが最新スーツの防御性能を見せるためにあえて攻撃を受けようとすれば、剣一郎が「危ない!」と割り込んで瞬時に細切れにする。
カエデが華麗にジャンプしてヒーロー着地を決め、決め台詞を吐こうとすると、着地地点にいた妖魔は既に剣一郎の手によって塵へと還っている。
「あーっ、もう! 師匠、このくらいの妖魔なら私、自力でなんとかできますから! 大人しく見ててくださいってば!」
カエデは半泣きになりながら、その日の撮影データをチェックした。
メインチャンネル『Mapleチャンネル』で使うはずだった華麗な討伐動画は、一秒一秒に剣一郎が親切心で割り込むせいで、見せ場が全滅。
しかも、撮影機である『Halo』はMapleを起点にオート追尾しているため、剣一郎の動きは速すぎてフレームアウトしまくりだ。画面の端っこで、謎の閃光と共に妖魔が消える怪現象動画になってしまっていた。
「……今日はもう、これくらいにしましょう。ホテルで作戦会議っす。じゃないと私のチャンネルが死ぬ」
その日の夜。街に着いた2人はその日泊まるホテルに向かう。
カエデは奮発して、高級ホテルの一室を予約していた。C級ヒーローながらA級並みの人気を誇る彼女にとって、この程度の出費は広報費の一部だが、剣一郎にとってはすべてが未知との遭遇であった。
「……カエデ。お主はいつも、こんな豪華な部屋に泊まっているのか? この……入るだけで勝手に蓋が開く便器は何だ。拙者を威嚇しておるのか。それにこの寝床、柔らかすぎて体が沈む。敵に襲われたらどうするのだ」
「威嚇じゃないっす、おもてなしっす! それにここは妖魔は来ないから、ベッドでゆっくり寝ても大丈夫っす。
このホテル、めったに予約とれないんす。それが私の名前で泊まれるんだから、少しは感謝してくれてもいいんすよ?」
カエデはベッドにひっくり返り、端末を使って今日撮れた「ボツ動画」の山を編集し始めた。
「……うーん、やっぱりこれ、メインチャンネルには使えないっすね。Mapleの威厳がゼロ。……あ、でもいくつか師匠が映り込んでる動画は、せっかくだからサブチャンネルにアップしておきますか。でも、私のメインの方は……しょうがない、今日は生配信で雑談ライブっすね」
カエデは身だしなみを整えてから、配信開始ボタンをタップした。
「はーい、みんなお待たせ! Mapleの夜の雑談ライブだよー!」
画面には瞬く間に数万人の視聴者が集まる。
カエデが調子よくコメントを読み上げ、新作コスメの話や、一緒に旅をする変な侍への愚痴を混ぜながら配信を盛り上げている、その時だった。
「カエデ。何をしておるのだ。独り言か?」
部屋の奥、バスルームの方から剣一郎の野太い声が響いた。
「あ、師匠! 今ライブ配信中っすから、話しかけないで……」
「早く風呂に入ってしまいなさい。湯が自動で沸くなど、この風呂の仕組みはよく分からんが、冷めてはもったいない。
お主も今日は妖魔との戦いで疲れたろう、早めに寝た方が……」
「もう、分かりましたから! ちょっと黙って……って、うわあああああ!?」
カエデが振り返ると、そこには、ふんどし一丁で悠然と部屋に入ってくる剣一郎の姿があった。
画角的には完全にカエデのライブ配信カメラに入っている。
しかも剣一郎はそこで止まらない。カエデに渡そうとしているのか、タオルを持ってずんずん近づいてくる。
「ちょっと、師匠! 何してるんすか! 今ライブ配信中なんすから!!」
カエデは悲鳴を上げながら、自身の顔を真っ赤にして配信終了ボタンを連打した。
『!?!?!?!?』
『今の、ふんどしじいちゃん、何!?』
『放送事故wwwww』
『じいちゃん、筋肉すごすぎだろwwww』
『今の、Mapleの言ってた変な侍か?』
『Mapleちゃんと同じ部屋に泊まるとは、けしからん』
一瞬とはいえ、画面に映りこんだ剣一郎があたえたインパクトは絶大だ。
コメント欄はお祭り騒ぎ。…とはいえ、もちろんそれはカエデが望んだ結果ではないわけだが。
「……もー!! 今日は師匠のせいで、ちっともまともな動画が上げられなかった!」
バタバタの状態で配信を切り、カエデは風呂へ逃げ込む。
風呂から出た後も、彼女は怒りが収まらず、髪を乾かすのもそこそこに寝室へ直行し、枕に顔を埋めてふて寝した。
剣一郎は、「よく分からんが、また怒らせてしまったか」と困り顔で、暗くなった部屋の隅に刀を抱いて座った。
彼にとっては、ふかふかのベッドで寝るなどかえって落ち着かない。寝ている時も常にすぐに反応できる体勢でないと眠れないのだ。
静まり返った部屋。
だが、カエデが床に放り出したスマホの画面は、暗闇の中で時折、小さく光っていた。
通知が届いているのは、メインチャンネルではない。新しく立ち上げたサブチャンネルの方だ。
『さっきの配信の爺さん、この動画のやつか』
『画面端で一瞬映ってるけど、これヤバくね?』
『いや、どうせ加工だろ。今どき侍とかw』
再生数は、劇的に伸びているわけではない。だが、一部の「本物」を知る者たちの間で、小さな、しかし消えない火種が灯り始めていた。
「いいね」と「リポスト」の通知音が、数分おきに、深夜のホテルの部屋に静かに響く。
時代遅れの老侍が、世界に見つかり始めた瞬間だった。
【第1部 毎日更新中】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白い」「設定が新しくて引き込まれる」と思っていただけましたら、執筆の大きな励みになりますので、ぜひ以下の応援をお願いします。
・下の「ブックマークに追加」をポチッと!
・下の「評価する」から、星(☆☆☆☆☆)で評価!
皆様の反応が、第2部への執筆、そして世界展開への大きな動力源になります。
次回更新もぜひお楽しみに!




