第3話:デジタル音痴侍
ついてくるなとは言ったものの、若い女性…それも、楓姫と同じ顔をしたカエデをそのまま放っておくわけにもいかず、
「泊るところはあるのか?一晩なら置いてやってもいい。朝になったら出て行けよ」
と、言ったことを、剣一郎はすでに後悔していた。
カエデのおしゃべりが止まらないのだ。しかも、7~8割がた、剣一郎には何を言っているのか分からない。
「……え、師匠。マジで言ってるんすか?HERO TUBE知らないんですか?」
妖魔の脅威が去り、不気味なほどの静寂が戻ったハジコ村。
村の外れに建つ、剣一郎の質素なボロ家……もとい、風情のある家には似つかわしくない、若い女性の声が外まで漏れ出している。
「『ひーろーちゅーぶ』……?聞いたことないな。何に使うものなんだ?」
剣一郎は煙管を吸いつつ昼間使った刀の手入れをしながら、カエデの話を聞いている。
その流れるような所作は、間違いなく超一流のそれだ。道具の使い込み方を見ても、恐らく刀の手入れはずっと続けてきたのだろう。同時に、刀の鍛錬も欠かさなかったに違いない。
だが、その所作とは裏腹に、最新のヒーロー事情には全く疎いようだ。今や全人類の8割以上が見ているHERO TUBEの存在を知らないのだからかなりのものである。
カエデは目眩を覚えたように頭を抱え、自身の携帯端末を起動した。画面に映し出されたのはHERO TUBEのトップ画面。華やかなエフェクトとともに、様々なヒーローが画面を彩る。その中にMapleもいた。
「 『HERO TUBE』は、私たちヒーローが妖魔と戦う姿を世界中に配信するアプリです。
トップヒーローになるとスパチャ――あ、投げ銭ですねーーを沢山もらえたり、スポンサーがついたりします。今やヒーローは子ども達の憧れの職業No.1!さっき、この村の子ども達も、私のこと知ってたでしょう?私も知名度はそこそこあるんすよ」
カエデは流れるような指さばきで、画面をスクロールさせていく。そこには、極彩色のエフェクトを纏ったヒーローたちが、これまたド派手な演出で妖魔を倒し、大げさに勝利を叫ぶ動画が延々と並んでいる。
「いいですか、師匠。今の時代のヒーローは、強さだけじゃダメなんです。いかにカッコよく、いかに視聴者の心を掴むか。演出、編集、カメラアングル! 人気ヒーローになれば、スポンサーのロゴをスーツに入れるだけで、何億っていう契約金が動くんすよ」
彼女の説明によれば、現代のヒーローシステムは極めてシステマチックだ。
まず、ヒーローは全員ヒーロー協会に登録し、公式ヒーローとなる。その際、『Halo』という自律型ドローンが支給される。これは戦闘を自動で、最も「映える」角度から撮影するためだ。
また、HERO HUBというアプリもヒーロー全員に支給される。
これは、妖魔出現の情報がヒーロー協会に入ると同時に、近くにいる出現した妖魔のレベルに合わせたヒーローに通知がいき、現地に急行して妖魔と戦うというアプリ。
要はお仕事マッチングアプリのようなもので、こちらの世界で言うとUberEATSといったアプリに近いものだ。
「でも、Haloに頼ってるだけじゃダメで、ヒーローたちは日夜『魅せる戦い方』を研究してるんす。攻撃を当てる瞬間のポーズとか、スポンサーの製品をカメラに映し出すタイミングとか。強さや人気でランク付けがあって、私の強さはC級ですけど、人気があるから、そこそこいいスポンサーが付いてるんすよ」
「……かつて、侍達でその様なことを気にするものはいなかったがな」
剣一郎の眉間に、深い溝のような皺が刻まれる。
部屋の空気がピリリとする。
「……師匠」
剣一郎の雰囲気に負けず、カエデは目をまっすぐみて答える。
「時代は変わったんす。もちろん、今の平和な時代は、師匠達侍や、当時の戦士達のおかげです。そこを否定するつもりは無いです。
師匠から見たらお遊びみたいなもんかも知れませんけど、妖魔の危険は完全に無くなった訳じゃありません。
エンタメ化して、しっかり稼げるコンテンツ化して、妖魔と戦うヒーローを増やしたり、新しい対妖魔武器を開発する資金を作ったり。これが今の時代の妖魔との戦い方なんすよ」
「………うーむ」
「でも、それはそれとして!
師匠みたいな『本物』が、誰にも知られずにこんな田舎で埋もれてるのは、もっと許せないんす。動画配信者として、私のプロデューサーとしての血が騒ぐんすよ!」
カエデは一人で盛り上がり、納得いってるようないってないような剣一郎を尻目に、手早く端末を操作し始めた。
「早速、私のチャンネルに、師匠のコンテンツを投稿するサブチャンネルを開設したっす!
ゆくゆくは師匠も公式ヒーローになって、自分のチャンネルを持った方がいいですよ、そうすればランク登録もできるし、Haloとかのガジェットも支給されます。ただ、今はまず師匠の知名度を上げるのが最優先なんで、私の方でサブチャンネルを作っておきました!」
「なんだかよく分からんが……ワシはこの村を出る気はないぞ」
剣一郎は大きなため息をつき、再び刀の手入れに戻った。四十年間、この村の土を耕し、静かに余生を過ごしてきた。一度刀を抜いてしまったとはいえ、また元の隠居の爺に戻るつもりだった。
しかし、カエデは止まらない。
「師匠、そう言わず旅に出る準備してください! 村の外には、もっとヤバい妖魔も、もっと稼げる案件もゴロゴロしてるんすよ!
こんなところで燻ってちゃダメっす。師匠は最高のヒーローになれるんすよ!」
「……行かぬと言っておろう。ワシは、そのひーろーになんぞ興味はない。」
押し問答が続く中、剣一郎の視線がふとカエデの顔に止まった。
汚れを拭い、バイザーを外した彼女の素顔。囲炉裏の揺れる火に照らされたその瞳は、やはり驚くほど楓姫に似ている。
「カエデ。お主は、ワシが行かないと言ってもこのままひーろーとやらを続けるのか?」
「…え?…もちろん、私はヒーローを続けます」
「しかし、今日のような危ないこともあろう?」
「そうですけど……私、やりたいことがありますんで」
「やりたいこと?」
「私、ヒーローチームを作りたいんです。
現状、このハジコ村みたいな僻地には妖魔が出てもヒーローが急行することは難しい。
そんな時、私のチームのヒーローが僻地に常駐するようにしたいんすよね。ハジコ村に常駐してるだけじゃなかなか生活できない、なんて場合のためにチームを作って常駐する場所をローテーションするとかすれば、僻地に妖魔が出てもすぐ対応できると思うんす。
そうすれば、妖魔に怯える人が減ると思うんすよ!
ま、たかがC級ヒーローが何言ってんだって話っすけど…でもこれから有名になって、力を付けていけば実現できると思うんす!」
「………」
剣一郎が煙を吐き出しながら改めてカエデの顔をまじまじと見る。
人類の勝利のため、自らを囮に差し出し、民を守るために妖魔の前に立ちはだかったかつての楓姫。
ヒーローの目が届きにくい、僻地の村人のために働きたいと願うカエデ。
ド派手な見た目から似ても似つかないと吐き捨てた剣一郎だが、今夢を語るカエデの目に、かつての楓姫と同じ輝きを感じていた。
が、それは同時に危うさでもある。
もちろん、今日のような強い妖魔に当たってしまうことも危険だが、
カエデも楓姫のように子どもや民のために自らの身を投げ出すことを厭わないだろう。
剣一郎の脳裏に、自らの腕の中で冷たくなっていく楓姫の様子が思い出される。
……あんな思いは、二度とごめんだ。
「……はぁ」
煙とともに深いため息をつく剣一郎。
「…分かった。ついていってやろう」
「…え、マジっすか!?やった、よろしくお願いします!」
「ただし。ワシはお主の言うようなひーろーとやらになるつもりはないぞ。妖魔と戦う時も好きにさせてもらう」
「大丈夫っす、大丈夫っす!その辺は追々学んでもらえれば……
やった、師匠と動画がつくれる、これでさらに有名になるぞぉ〜!そうだ、Haloも修理しておかなきゃ!」
剣一郎の部屋ではしゃぎまわるカエデ。
そのあまりの浮かれっぷりに、楓姫との面影が重なったのは気のせいだったのではないかと早くも疑い始める剣一郎だった。
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