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第2話:誓いの記憶

40年前。

若き日の剣一郎は主君・楓姫を探して燃え上がる城内を駆けずり回っていた。


「姫!どこにおわす!…楓姫!!」


剣一郎、一生の不覚。

侍大将として、城に攻めかかる妖魔を切り捨てて回っているうちに、楓姫を見失ってしまった。


最強の侍などと持て囃されているくせに、一番守らねばならない主君を見失うとは。


この戦いは、妖魔との一大決戦。妖魔王の城へ攻め込む別働隊を支援するため、楓姫は囮となり、妖魔の大群を引きつける役を買って出た。

城に妖魔を引きつければ引きつけるほど、別働隊は動きやすくなる。しかし当然、楓姫の危険度も上がる。


それでも楓姫が囮役を引き受けたのは、最強の侍、神威剣一郎が城にいたからだ。


しかし、現実は甘くなかった。

押し寄せた妖魔との圧倒的な戦力差。物量差。


最強の侍が負けることはなかったが、城内の混乱はいかんともしがたかった。


結果、剣一郎は楓姫とはぐれ、燃える城内を走り回っている。


楓姫を守れなかった自責の念が剣一郎を襲う。城内を走り回りながら、襲いかかってくる妖魔を焦りながらもむちゃくちゃに切りまくっていた。


城内の一角。

城下から逃げ込んだ民達を集めていたスペース。そこにも妖魔が入り込んでいた。


妖魔には人間の情などない。戦闘員か、非戦闘員かなど妖魔には一切関係ない。

護衛の兵を皆殺しにし、今まさに民に襲いかかろうとしている妖魔。

その前に、震える手で刀を握る楓姫が立ち塞がっていた。


「……消えなさい。民には指一本触れさせません」


「楓姫!!」


剣一郎が駆けつけた時には遅かった。

妖魔の触手が楓姫の腹を貫いていた。


「………ッッ!!」


妖魔を切り捨て、楓姫を抱き抱える剣一郎。しかし楓姫の傷は致命傷だった。


「姫!……姫っ!!」


「……剣一郎………民達、は………?」


「無事です。妖魔にやられた者はおりません」


「良かった……あなたが間に合ってくれて……」


「楓姫………!」


最後の力を振り絞り、剣一郎の頬に手を添える楓姫。


「妖魔との……大きな戦いは、これで終わり。……この戦いが終われば、誰もが笑って過ごせる平和な世が来るわ……」


姫の白い着物は、溢れる血で無惨に染まっていた。

剣一郎は、間に合わなかった己の無能さに歯噛みしながら、自らの刀の柄を強く握りしめる。


「剣一郎…あなたは誰よりも強く…そして優しい人。平和な世になったら、もう、刀は抜かないで。一人の……ただの男として、穏やかに生きて……」


そう言って、楓姫の全身から力が抜けた。それが、彼女の最期の言葉だった。


妖魔に勝つために囮役を買って出て、自らの身を危険にさらす。死の間際まで、民のことを思い、一家臣に過ぎない剣一郎のことを思う。

若いが誰よりも優しく、誰よりも誇り高い楓姫を……守ることが、できなかった。


だが、剣一郎は崩れ落ちる城の中で、慟哭を押し殺す。まだ、戦いは終わっていない。主君を失った感傷にひたっているヒマなど今はないのだ。


楓姫の骸を抱えて民たちを避難させる剣一郎。

その目からは血の涙が溢れていた。


それから1年後。楓姫の言った通り、妖魔大戦は終結していた。


身分を隠し、ハジコ村で暮らす剣一郎。


刀を鍬に持ち替え、慣れない野良仕事にせいを出す。

村人に助けられ、子どもたちにバカにされながら、剣一郎は人生で初めて穏やかな時を過ごしていた。

楓姫との誓いを守りながら。


それから40年、現在のハジコ村。


「ギ、ギ……ィ……」


剣一郎が切り捨てたはずの触手が驚異的なスピードで回復し、再び戦闘態勢をとっていた。


「信じらんねぇ、剣一郎ってあんなに強かったのかよ……」

「昔は強かったらしい、って噂を聞いたことはあったけど……」

「ただのボケジジイだと思ってた……」


なかなかひどいことを村人たちが口々に言う中、Mapleも目の前の光景が理解できずにいた。


今、何が起きたの?


案件用の装備だったとはいえ、最新鋭のレーザーナイフを持ったヒーローが対処できなかった妖魔を、あの侍おじいちゃんが止めたの?あんな、骨董品の刀1本で?


「ガアアアアアッ!!」


再生が終わった妖魔が、狂乱の叫びを上げた。


触手を振り回しつつ、再び剣一郎に襲いかかる。


「……ふん」


剣一郎が再び刀を抜く。

剣一郎の周囲に見えないバリアがあるかのように、一定の距離に入った触手は刀に切られてその場に落ちていく。


しかも、ただ守っているだけではない。触手を切り落としながら徐々に本体との距離を詰めていく剣一郎。


「グ…ア……ガアアァァ!!」


本体から2m程度まで距離を詰められた妖魔は、半狂乱になって剣一郎に触手を叩き付けようとする。


「……遅い」


次の瞬間、正面にいたはずの剣一郎が妖魔の背後に立っていた。

と同時に、妖魔の本体が真っ二つに切り裂かれる。もちろん、コアも真っ二つだ。


「……お主程度、40年前ははいて捨てるほどおったわ」


剣一郎は、ふう、と短く息を吐き、何事もなかったかのように刀を鞘に収める。

チャキッ、という硬質な音と同時に、妖魔の体が塵となって崩れ落ちる。


「な……なに、今の……」

「剣一郎……?」


子どもたちが、恐怖と尊敬が混じったような眼差しで剣一郎を見つめる。


「す、すげぇ…!」

「ありがとう、剣一郎!」


少し遅れて、村人達から歓声が上がる。

ただの野良仕事がヘタなモーロクジジイだと思っていた剣一郎に村が救われたことに、ようやく脳が追いついたようだ。


剣一郎は、座り込んで呆然としたままのMapleに歩み寄る。

そして、無骨な手を差し出した。


「……めいぷるとやら。怪我はないか」


「あ……え、ええ。はい」

Mapleはその手を取り、立ち上がる。至近距離で2人は見つめ合う。


剣一郎は考えていた。……やはり、似ている。

髪色等の細かな違いはあれ、バイザーを外したMapleの素顔が40年前に失った主君、楓姫に瓜二つなのだ。


この40年刀を抜かずに生きてこられたのは、もちろんハジコ村の平和さによるところが大きいのだが、剣一郎が誓いを破り刀を抜いてしまったのは、Mapleの顔を見て楓姫を思い出したからなのだ。


Mapleは考えていた。……なんなの、このおじいちゃん。すごすぎる。

このおじいちゃんと一緒に行動出来れば、さらに報酬の高い妖魔と戦うこともできるかも。

何よりヒーローとして、動画配信者として、こんなすごい人が誰にも知られてないなんて許せない!


Mapleはそのまま地面に手をついて叫んだ。


「師匠!」


「……師匠?」


「師匠! 自分を弟子にしてください!その剣技に惚れ込みました!!」


「……バカな。ワシは弟子などとらん」


「それに、師匠はこんな風に田舎で埋もれてていい人じゃない!私があなたをプロデュースします! 師匠を、世界一のヒーローにするっすよ!」


「何を言っとるのかよく分からんが、そんなもんに興味はない。さっさと帰れ」


「自分、ヒーロー名はMapleですけど、本名はカエデっていいます!弟子にしてくれるまで帰りませんよ!!」


「カ……カエデ??」


顔だけでなく、名前まで同じとは。剣一郎の頭の中で楓姫とカエデの顔が重なる。

しかし、民を守るために命を投げ出した楓姫と、目の前のド派手な格好をしたヒーロー、カエデ。その2人が同じ顔と名前ということに、剣一郎の頭は混乱してきた。


「……ふん。似ても似つかんわ」


剣一郎は吐き捨てるようにしてMapleを突き放した。


「そんなぁ、師匠〜」


「師匠ではない!ついてくるな!」


この2人の出会いが、後にヒーローというシステムそのものや、妖魔と人間の戦いを揺るがすことになっていくことを、この時はまだだれも知らなかった。


【第1部 毎日更新中】

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