第1話:戦わない侍
「ヒーロー。それは今、世界で最も新しくて、有名になれる最高の職業!」
世界最大級の動画配信プラットフォーム『HERO TUBE』。そのトップページには、今日も極彩色の特殊スーツを纏ったヒーローたちのサムネイルが踊っている。
かつて人間と妖魔が存亡を懸けて戦った「妖魔大戦」。
大戦が人間の勝利に終わり、平和になってから四十年以上。
妖魔と最前線で戦っていた、侍や騎士といった戦士達はもういない。
代わりに台頭してきたのが、ヒーローと呼ばれる者たち。
ヒーロー達は、ド派手なコスチュームに身を包み、スポンサーから支給された武器を使って妖魔と戦い、その様子を配信する。
再生数の多い人気ヒーローには大口のスポンサーがつき、スパチャも集まる。
トップヒーローになると、年収は億を超えるほどだ。
決して妖魔が絶滅したわけではない。とはいえ、もはや妖魔は人間の脅威たりえない。
各地に散発的に現れる妖魔を、ヒーローが狩り、その様子を配信する。
かつての凄惨な殺し合いは、今や最新のガジェットと巧みな編集によって皆が楽しむ、エンターテインメントへと姿を変えていた。
「はい、みんな見てるー? 皆大好き、Mapleだよ!」
浮遊する自律型撮影ドローン『Halo』のカメラに向かって、女性ヒーロー——Mapleは満面の笑みでポーズを決める。
彼女が身に纏うのは、スポンサーから支給された最新型のバイザーと、ピンクを基調とした光沢のあるサイバー戦闘スーツだ。
「今日はね、北の果てにある『ハジコ村』に妖魔が出たって聞いて、急行してきたよ! 今日の装備は、新作のレーザーナイフ。使用感もバッチリレポートしていくから、みんなチャンネル登録とスパチャよろしくね!」
Mapleが装着しているバイザーには、リアルタイムで視聴者数とコメントが流れていく。
『Mapleちゃん今日も可愛い!』
『また辺境の村かよ、もっとデカい妖魔出せよ』
『新作装備のレビュー助かるー』
『買おうか迷ってたんだよね』
Mapleは内心で数字を計算する。今の視聴者数は五万人。まずまずの滑り出しだ。アンチもいるようだが、アンチも再生数である。
「こんなのどかな村にも妖魔が出るなんて!村の人を脅かす妖魔は許せないね!」
村の広場に、泥の塊のような醜悪な妖魔が三体現れた。サイズはデカいが、下級なので大した相手ではない。
Mapleは華麗にステップを踏み、レーザーナイフを構える。
「Maple、頑張れー!」
広場の隅から、村の子ども達の声援が飛ぶ。
「ありがとう!すぐにやっつけるからね!」
目の前の妖魔の体をレーザーナイフで少しずつ削って小さくし、コアがある胴体に鋭く突きを入れてトドメ。
振り向きざまに背後の妖魔を一閃。これは一撃で倒す。
最後の一体の触手がレーザーナイフの柄に絡みつき、奪われそうになるものの、柄の反対側からもレーザーナイフが出てきて触手を焼き切る。
柄の両サイドからレーザーナイフが出た武器を、棍のように振り回して妖魔を滅多切りにするMaple。
実は柄に絡みつかれたのも、レーザーナイフの機能のお披露目のための演出だったのだ。
MapleのHaloが最も映える画角で一連の妖魔との戦いを撮影する。
「よっと! はい、撃破! 新作レーザーナイフ、切れ味最高っす!柄の両サイドからナイフが出るから、戦い方にも幅が出ます!みんな、妖魔対策に買ってみてね!」
『今のコンボ、スクショ不可避w』
『Mapleちゃん、新武器の宣伝上手すぎ、絶対買う』
『アンチ乙、今のはガチだろ』
コメントも盛り上がっているようだ、今回の配信も結果は上々。
この世界では、妖魔対策として一般人もある程度の武装が認められている。
レーザーナイフがこの動画のリンク欄から売れれば、売り上げの5%が入ってくる。
動画案件で扱うものには様々なものがあるが、やっぱり割がいいのは武器だ。
そろそろ動画編集ソフトの一段いいのを買ってもいいかも知れない。
妖魔の脅威がなくなり、避難していた村の子どもたちが歓声を上げて集まってくる。
「Mapleちゃん、かっこいい!」
「さすがヒーローだ!」
子ども達に囲まれ、優しい笑顔をみせるMaple。こういった子どもたちとの触れ合いも、視聴数を伸ばすには欠かせない。
握手したり、サインしたり…と、ファンサービスをしているMapleの視界の端に、1人の老人が映った。
広場の外れ、古びた切り株に腰掛け、煙管をすっている。
古臭いという言葉すら生ぬるいほどの、色褪せたクタクタの着物に身を包んだ老人。その腰には、大小の刀が差されていた。
「…ねぇ、あのおじいちゃんって……?」
「あぁ、あいつ?剣一郎って言うんだ、 侍だよ。でも、あいつが戦ってるのなんて一回も見たことないよ。いつも畑仕事してるか、ボケーっとしてるだけ。」
カエデはその言葉を聞き、瞳を輝かせた。
「侍?妖魔大戦の英雄の?うわ、ホントにいるんだ!しかもその侍を助けたヒーローなんて、絶対バズるじゃん!」
Mapleはつかつかと剣一郎に近づき、仰々しく話しかけた。
「おじいちゃん、危なかったですね。ヒーローの私が来たからにはもう安心ですよ!」
剣一郎はゆっくりと顔を上げた。深く刻まれた皺、濁りのない瞳。
先ほどまで子ども達に囲まれ、賞賛を受けていたMapleに対し、全く興味のない…というか全く知らない様子だった。
「……やかましい娘だ。なんだ、その妙な格好は」
「んなっ……! 」
Mapleが言い返そうとした時、背後の妖魔の死骸が爆ぜた。
「ガアアアァッ!!」
倒したはずの雑魚妖魔の死骸を三体分喰らい、巨体となった寄生型の妖魔が暴れ出したのだ。
その際の衝撃でHaloが破壊され、Mapleの配信が途切れる。
「ちょ……っ!?HERO HUBの事前情報には、こんなの載ってなかった……!」
Mapleは慌ててレーザーナイフを構え、子ども達の前に立つ。
Haloが破壊されてしまったので、この戦いは配信には乗らない……が、子どもたちを見捨てて逃げる訳にもいかない。
「みんな、早く逃げて!」
妖魔の咆哮が空気を震わせ、複数の触手がMapleを襲う。
「くっ、なんてスピード……!」
何本かはレーザーナイフで切り落としたものの、触手の内1本がMapleの頭部を襲う。
「きゃぁぁッッ!」
間一髪直撃は避けたものの、触手がMapleのバイザーを砕き、素顔があらわになる。
「ガアアアァッ!!」
妖魔は獲物を仕留めるべく、倒れ伏したMapleに向かって再び触手を振り上げる。
Mapleは動くこともできず、目を閉じてただ死を待つしかできなかった。
その時——。
——キィン。
冷たく、澄んだ金属音が、広場の喧騒を切り裂いた。
直後、Mapleを襲うはずだった妖魔の複数の触手が、空中で全て切られて力なく落ちる。
Mapleが恐る恐る目を開けると、目の前には剣一郎の…先ほどのしょぼくれた爺さんと同一人物とは思えない…大きな背中があった。
「な……なに、今の……」
村の人々も呆然としている。剣一郎のことをバカにしていた子どもも、腰を抜かして立てないほどだ。
素早い、どころの騒ぎではない。
先ほどの金属音は、剣一郎が刀を鞘に収める時の鍔鳴りの音。
Mapleの前に立ち、刀を抜き、触手を全て切り払い、刀を鞘に収める。
剣一郎の一連の動きの中で、周囲が確認出来たのはその鍔鳴りの音だけだったのだ。
「信じられない……」
そうつぶやくMapleの方を、剣一郎は振り返りもしない。
腰を落とし、刀に手をかけ、戦闘態勢に入っている。
「めいぷると言ったか。すこし下がっておれ」
剣一郎の視線の先では、寄生型妖魔が切り落とされた断面からズブズブと音を立てて汚物のような粘液と共に触手を再生させていた。
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