第17話:神の失墜
「ボス、飲みすぎです。さすがに体に悪いですよ……」
「うるさい!余計なお世話だ!!」
マネージャーを怒鳴りつけるゼウス。
調印式から数日。
ゼウスの酒量は増え続ける一方だった。
「クソッ、なんなんだ、あの侍ジジイ・・・」
酒を飲んでも飲んでも、ゼウスの中の剣一郎が消えない。
最初は、時代遅れの小汚いジジイを笑ってやるだけのつもりだった。
報道陣も、コメント欄も、ミューズ達も、全てがゼウスの味方だった。
……それが、あの一太刀で全てひっくり返った。
直接斬られたわけでもないのに、あの圧倒的な敗北感。
「なんだってんだ……やっていいことと悪いことがあることを教えてやるだと……?」
まるで、父親が聞き分けのない幼い息子に諭すようなあのセリフ。
さらに腹が立つのが、あの時何も言い返せなかった自分だ。
ネット上の声はまだゼウス支持が圧倒的だが、「ゼウスやりすぎじゃね?」「ミューズってほんと下品だよな」「Mapleちゃんかわいそう、侍頑張れ」といった声も徐々に増えている。
「クソッ……クソッッ!!」
今日もゼウスはウイスキーボトルを1本空けている。それでも全く酔わない。
「ボス……今回のエキシビションマッチは中止にしますか?幸い、調印式であの侍はサインをせずに帰りました。そこをついてゴリ押しすれば、中止にすることは可能かと……」
「中止だと!?バカなことを言うな、そんなことしたら僕が逃げたと思われるだろう!!
そうなれば、あの時侍に向けられていた嘲笑が、今度は僕に向けられるんだ……
ヒーローランキング1位の!神の名を持つ!!この僕にだぞ!!!」
新しいウイスキーボトルの蓋を空け、ラッパ飲みにするゼウス。
その姿をマネージャーは心配そうに見ていた。
「お困りのようですね……」
マネージャーがビクリとして振り返った先には、屍がいた。
「おぉ、戦略顧問さんじゃないですか。今日はどんなご用事で?」
座った目で屍に話しかけるゼウス。
「今日は新しい提案をお持ちしました。よろしければ2人きりでお話したいのですが……」
「わかった。おい、席を外せ」
「え、でも…… 」
マネージャーは、屍をあまり信用していない。胡散臭い男だと思っている。
「いいから!僕の言うことが聞けないのか!!」
「は、はい……」
2人きりになった屍は、やたら丁寧にゼウスに話しかける。
「荒れてらっしゃいますね。…やはり、例の侍の件ですか?」
「……そうだよ」
「調印式は私も見ました。完璧なゼウス様が、あのような……」
「前置きはいい!何か、あの侍を仕留める新たな武器を持ってきたんだろう?早く出せ!」
「おぉ、怖い怖い。そう焦らずともお出ししますよ…」
仰々しく屍が取り出したのは、ビンに入ったおぞましいアメーバ状の妖魔だった。
「これは妖魔の技術を流用して作った、あなた専用の妖魔です。コレをあなたのバックパックのバッテリーに寄生させておきます」
「………で?」
「フルグル…あなたのガントレットにこの妖魔の起動用のボタンを付けておきました。起動しなければこの妖魔は外からは見えませんし、存在しないのと同じです。しかし一度起動するとあなたの血を少量吸って、一気に成長します。
成長すると触手が伸びて、地面や壁に刺さり、給電システムから直接電気を吸い取ります。無線充電より一気に、凄まじい量の充電が可能ということです。アイギス・ハローの出力限界を超えて攻撃が可能でしょう」
「……」
「ただし、吸収する電気によってあなたの体にも負担がかかります。より充電しようとしたら吸血の量も多くなりますので、負担はさらに大きくなります。なので、これはあくまでも奥の手として……」
「それは、僕の体から触手が伸びるってことだよね?あまりにも美しくない……」
「……そんなことを気にしている余裕が今のあなたにありますか?調印式ですごまれただけで、酒浸りになっているあなたに?」
「…………」
「なに、私としては給電スポットとフルグルによる刀破壊で充分勝てると踏んでます。この小型妖魔はあくまでも奥の手です。奥の手があると思えば、夜もぐっすり眠れるでしょう?」
「……分かった。受け取るだけ受け取っておこう」
屍からビンを受け取るゼウス。その手はかすかに震えていた。その震えは、恐怖からのものなのか、アルコールの影響なのか、ゼウス本人にすら分からなかった。
一方、ホテルの部屋にいる剣一郎とカエデ。
剣一郎は煙管を吸いながら、刀の手入れをしている。ヒーローランキング1位と戦うというのに、完全にいつも通りだ。
「師匠……ゼウスと戦うっていうのに、そんないつも通りで大丈夫なんすか?なんかこう、特訓とか……」
「なに、こういう時に1番大事なのは平常心だ。カエデがいくつかあのゼウスとやらの動画を見せてくれただろう、あれで十分。あとはいつも通りやるだけよ」
「そ、そういうもんすかね……」
「それよりカエデ、ここ数日で少し元気が戻ったみたいじゃないか」
「あ、そうっすね。まだゼウス支持が大半っすけど、少しずつ師匠や私を応援してくれる声も増えてて…」
「そうか、それなら良かった。だが、あんまりそんなよくわからんもんに振り回されんようにな」
実際のところ、状況はそれほど好転していない。
だが、少しずつではあるが応援の声が増えていることと、剣一郎があまりにもいつも通りであることが、カエデの心を軽くしていた。
その後も、剣一郎はいつも通りに過ごしていた。もちろん日課の鍛錬や、カエデに付き合って妖魔討伐をするものの、特訓をしたり、ゼウス対策を立てたりはしない。
近くにいるカエデの方がやきもきするほどだったが、剣一郎が何もしないのだからもう、仕方ない。エキシビションマッチの当日まで、見守ることしかできなかった。
一方、ゼウスの方は事前プロモーションを打ちまくりである。
剣一郎対策の特訓動画をあげたり、インタビューの動画をあげたり。
しかし、動画のゼウスは明らかに精彩を欠いていた。
メイクで隠しきれないほど深い目の下のクマ。
特訓と言いつつキレのない動き。
インタビューの途中で、何も喋らずボーっとする。
ヒーローランキング1位、スーパースターのゼウス神宮寺とは思えない姿であった。
理由は明白で、連日の深酒と、剣一郎との対決が迫ってくるプレッシャー、そして何より……屍から渡された、小型妖魔を使うかどうかということの悩みに支配されていたからだ。
剣一郎の言う、平常心を保つの真逆の状態にいるのが現在のゼウスだった。
そして、あっという間にエキシビションマッチの当日がやってきた。
ヒーロー協会が用意した郊外のフィールドには、世紀の一戦を……正確には侍がNo.1ヒーローに叩きのめされる様を……見に来た数万人の観客が押し寄せていた。
当然、協会のHaloによる中継も行われている。同時視聴数はとんでもない数になっていた。
極彩色のライトがクルクルと光り、爆音でアップテンポの音楽が流れ、花火が上がっている。
剣一郎は先に入場し、フィールドの真ん中でゼウスを待っている。カエデはフィールドわきのセコンド席で固唾をのんで開始を待っていた。
「ふむ。わざわざ戦いを見るためにこれほどのお祭り騒ぎをするとはな。ある意味今が平和だということかもしれん」
数万の観客にも剣一郎は全く動じない。
まさしく平常心である。
一方、ゼウスはいまだに入場できずにいた。真っ暗な控室で、バックパックと屍に渡されたビンを長いことにらみつけている。
「ボス、大丈夫ですか?そろそろ入場ですが……」
「…分かってる。……もう少し待ってくれ」
真っ暗な控室で、ゼウスはビンをつかんだ。
「……あ……、あああ……っ!」
控室の扉の前でゼウスを待つマネージャーが、異常な声に驚いて扉を叩く。
「ボス!どうしたんですか、大丈夫ですか、ボス!」
その声に答えるように、ゆっくりと扉が開いた。
逆光の中に立つゼウスのシルエットは、いつもの完璧なスターそのものだ。
彼はバックパックのベルトをきつく締め直し、笑顔でマネージャーに言った。
「待たせたね。……行こうか」
「レディース・アンド・ジェントルメン! 現代ヒーローの最高傑作、ヒーローランキング1位――ゼウスの登場だぁぁ!!」
地響きのように会場が沸く。多少なり剣一郎やカエデを応援する声が増えたとしても、やはりゼウスの人気は圧倒的だ。
「ありがとう!僕のミューズたち!今日は僕の雄姿をばっちり目に焼き付けていくんだよ!」
さすがにNo.1ヒーローである。観衆の前では完璧なヒーローを演じていた。
「良かった……最近様子がおかしかったけど、本番になったらボスはボスだ」
マネージャーが入場口から中を見て胸を撫で下ろす。
しかし、面と向かった剣一郎はゼウスの蓄積した疲労と動揺を見抜いていた。
「大丈夫か?若造。大事なのは平常心だぞ」
「………黙れ……!No.1ヒーローの僕が、お前みたいな時代遅れのジジイから教わることなんか何も無い……!!」
顔は観客向けの笑顔のまま、そう吐き捨てるゼウス。
世紀の一戦のゴングが打ち鳴らされようとしていた。
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