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第73話 テンラク

 その奇行に、3人は目を奪われていた。意図を理解出来ず、呆然とただ待ってしまった。

 何かが起こるのを。『ボス』が、何かを起こすのを。


 一度目の振りで地面に大きなヒビを入れた『ボス』は、再び刀を大きく振り上げた。そして、再び全力で振り下ろした。


 ズシン。腹の底まで響くような轟音と揺れは、無意識的に恐怖を感じさせた。何をしているか分からないという不気味さも相まって。

 ひび割れは、更に大きくなった。最初の振りでは『ボス』の足元が凹んでいただけだったが、二度目の振りで黎翔たちの足元にまでひび割れが広がった。もういつ地面が崩落してもおかしくない程度には、深くなっていた。


(なんだ、何が目的なんだ……!?まさか、地面を割って下に逃げる気か?いや、そうなったらそうなったで逃げる背中を狙える。そもそも、一階分ぶち抜いたところで大して逃げれないはず。じゃあ、一体……?)


 困惑のあまり立ち尽くす。次の一手への警戒こそ解いていないものの、能動的な動きは取れなかった。


 『ボス』は、再び大きく刀を振り上げた。その目線は明らかに黎翔たちから逸れており、ただ一点、ひび割れの中心だけを見つめていた。突然黎翔たちへの関心を無くしたのかと疑われる程に集中していた。

 その絶大な集中力を維持したまま、『ボス』は───


 再び、刀を振るった。


 さっきより一層強い揺れがショッピングモール全体を襲う。ミシミシと軋むような音と、バリバリとガラスが割れたような音が、下から聞こえてきた。


 同時に───ビキビキと、硬いものが割れる音がした。この音も下から聞こえたが、他の音とは異なり、非常に近く───足元から、聞こえてきた。

 ひび割れが、地面に深く突き刺さっていた。


「崩れるぞォ!!」


 紀章の声を聞くまでもなく、その場の全員がそれを理解した。足場が崩れても体勢を崩さないようにと身構える。


 直後───バラバラと音を立てながら、地面が崩落し始めた。

 『ボス』の足元、ひび割れの中心が崩れ、そこから連鎖的に一気に崩落。同時に、4人の身体はふわりと一瞬宙に浮き、そのまま瓦礫と共に落下した。


 その間、3人は『ボス』の奇襲を警戒し続けた。攻撃しに来ても大丈夫なように。

 だが、『ボス』は何の攻撃もしなかった。ただ、3人と同じように無抵抗で落ちていった。


 5m程落下した後、瓦礫は下の階に次々と着弾した。砂埃を立て、落下の衝撃で割れながら、高く積み上がった。


 4人は体勢を維持したまま着地した。瓦礫まみれで足場は悪いが、これといった問題にはならなかった。


(結局、何が狙いだったんだ?崩れる足場を利用して攻撃する気なのかと思ったけど、そうでもなかったし……)


 頭上に空いた大きな穴を見ながら考える。

 今の崩落は、黎翔と『ボス』周辺が綺麗に崩落していた。まだ屋上の端の方は結構残っており、崩落部との境目からパラパラと欠片が落ちていた。


(何はともあれ、こっからは俺も参戦するんだ。ちゃんと気を引き締めないと……)


 ナイフをいつも通り順手に構え、刃先を『ボス』に向ける。そして、荒れた瓦礫の足場で、ぐっと踏ん張ろうとした。


 その時、気づいた。足元の感触が変だった。

 表面が丸い。元は硬い地面だったはずなのに、明らかに自分の踏んでいる面は球のそれだ。しかも、なにか液体を踏んでいるような感覚がある。はっきり言って不快だった。


 「うわっ!?」と飛び跳ねるように足を上げ、自身が足場にしていたものを見る。


 黒く艶のある、きめ細かい糸がいくつも貼り付けられ、それはある一点を中心にバラバラと散っていた。砂埃と紅い液体に汚れたそれは、やけに生命的だった。

 その隙間からは肌色が覗き、周囲には紅い液体が流れ出ていた。ほんのりと熱を帯び、生物的だった。


 ───女性の頭だった。


「……??………!?!?はぁっ!?」


 それを理解した瞬間、黎翔は驚きのあまり大きく飛び跳ねた。一瞬黎翔は、自分が踏んで殺したのかと思い激しく動揺した。慌ててその場から離れようとして、瓦礫に引っかかって転びそうになる。だが、よく見るとそうでは無さそうだった。


 その人は、どうやら身体の大半が瓦礫に埋まっているようだった。偶然頭だけが助かっており、その後頭部を踏んでいたらしい。

 ピクリとも動く様子がないその人は、死んでいることが伺えた。ただ、髪の艶や血の色、肌の感じから、ついさっきまで生きていたであろうことは明白だった。


 なんでこんな所に人がいたのか、と辺りを見渡す。

 この階は、随分と無機質だった。一面灰色のコンクリートで覆われており、商品のしの字も見当たらない。足元には所々に消えかかった白いラインが等間隔で並んでおり、見覚えがあるような気がしないでもなかった。天井には蛍光灯が付けられているが、その光は弱々しくそこまで強くはなかった。天井の穴から差し込む陽射しが異様に強く、そこから離れれば離れるほど薄暗くなっていた。

 ショッピングモールの中とは思えぬそのフロア。その、壁際には……


 50人近くの老若男女あらゆる人々が、小さく震えながら身を寄せて黎翔たちを見つめていた。


(……!?こんな所に人が残ってたのか!?モール内の散らかり具合からして、大体の人は避難したと思ってたのに───いや、待て。そういえばここは……っ!!そういうことか!!)


 黎翔は、御織のある言葉を思い出して理解した。

 11階で作戦会議をした時、御織は言っていた。


『エレベーターは止まってるから、途中までは吹き抜けから行くといいよ。でも20階より上は避難所シェルターになってるから、そこからは階段使うしかないね』


 ───と。


 そう、ここはショッピングモールの販売フロアではない。

 『ソルクティス』の魔の手から逃れるための、避難所シェルターだったのだ。


(そりゃ人もいる訳だ。恐らく『ボス』は、一般人を巻き込んで俺たちを不利な状況に追い込もうとしたんだ。もしくは、人を喰って力をつけるとか?モンスターがなんで人を喰うのかは知らねーけど、その可能性も十分有り得る……なんにせよ、これだけの人数守りながら戦うのは骨だ。よそ見してて足元掬われないようにしねーとな)


 冷静な現状分析の末、黎翔はすぐに戦闘態勢に移った。こうして考えている間に攻められる可能性もある───といっても、黎翔はほんの1秒の間にこれだけ思考を回していたため、隙も何もない訳だが。


「黎翔くん、大丈夫?」

「ンだァ、何かあッたのかァ!?」


 黎翔が一瞬よろついたのを見て、2人が声をかける。同時に……黎翔の足元の死体を見つけてしまう。2人は、一斉に目を見開いた。


「………は?」

「えっ、な……え?」


 紀章は、それを見て呆然と固まってしまった。妃は、状況が理解できないと言わんばかりに狼狽えていた。

 その間、黎翔は『ボス』の方を警戒し続けた。今不意打ちされれば、2人は確実に死ぬ。むしろ、それが狙いである可能性まであると、黎翔は考えていた。


 だが、『ボス』が動くことはなかった。黎翔たちの方を、待つようにじっと見つめていた。殺意もまるで感じられなかったため、逆に不気味さを感じた。


「悪い、紀章、妃。驚かせちまった。別に戦闘に支障は無いから、気取り直していこうぜ」


 特段動揺の様子も見せず、平坦な声色でそう告げる。その視線は、真っ直ぐ『ボス』を射抜いていた。

 死体を見た2人は、何も反応を示さなかった。紀章はまだ固まっているし、妃は焦点が不安定になっていた。余程動揺しているらしい。


「ここは避難所みたいだな。結構生きてる人もいるし、多分瓦礫で何人かは死んでる。これ以上死人を出さないためにも、さっさと倒すぞ」


 それを理解し、諭すように伝える。

 だが、それでも2人は動かなかった。間近に敵がいるにも関わらず、ガン無視でただの死体に釘付けになっていた。


「おい、いい加減意識戻せ。じゃないと死ぬぞ───」


 少し呆れたように、苛立つように、2人の方を振り向いてそう言う。

 果たして、その言葉を聞いたからなのか、他の要因があるのかは分からないが……紀章の両腕が、わなわなと震え出した。そして、ぽつりと一言呟いた。


「─────す」

「え?」

「殺す」


 背を向けたままだったが、黎翔はその瞬間にとてつもない殺意を感じ取った。全身を、冷たい何かが走り抜けた感触がした。


「紀章、待っ───」

「死ねやクソゴミがあァァァァァァァァァァ!!!」


 黎翔が制止するより早く、紀章は動いてしまった。

 柄が軋むほどの力で刀を握り、バッと振り向いて『ボス』に殺意の眼光を向ける。同時に猛スピードで走り出し、『ボス』へと突っ込む。

 今までの、勝つための効率的な剣術とは異なり、それは怒りと恨みに満ちた感情の刃だった。型もクソもない、ただ力任せ勢い任せの振りだった。


 当然ながら、POWに差がある『ボス』にそんな考えなしな攻撃が通るはずがない。簡単に受け止められ、鍔迫り合いに突入し、即座に弾き返されてしまう。


「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ………」


 間合い外に出た紀章は、血走った目で『ボス』を睨んでいた。怒りで加速した心臓が、深く速い呼吸を促し、肩を上下させていた。


「紀章!一旦落ち着───」

「黙れェ!!!コイツは俺が殺す。おめェーはとッとと邪魔な奴ら連れて下行けやァ」

「でも───」

「足手まといはいらねェーッつッてンだよォ!!!」

「っ!!」


 目の前で人を殺された紀章は、もう誰かの話を聞ける状況ではなかった。『ボス』のことしか視界に無く、冷静の対極のような状態だった。


「……分かった。絶対死ぬなよ」

「当たり前ェーだァ。勝つのは俺だァ」


 黎翔は、納得もしてないし間違いだとも思っているが、一度紀章の言葉を受け入れることにした。

 『ボス』と紀章に背を向け、端で怯えている人々に声をかける。


「皆さん!ここは危険です、今すぐ下に降りましょう!」


 黎翔がそう言うと、一部の人は小さくこくりと頷いて黎翔の方へ寄ってきた。

 が、大半の人間はピクリとも動かなかった。怯えた瞳で黎翔を見つめ、何かを訴えていた。


「分かってます、下にもモンスターがいることは。でも、ここより安全です。なんせ───そう、なんせ下の階の脅威は、あの暁御織が取り払ってくれてますからね!」


 黎翔は、わざとらしく明るい声色で言った。

 すると、人々の瞳に僅かに光が宿った。暁御織の名の効力を、改めて身に染みて感じた。


「あちらに非常階段があります。俺も一緒に行くので安全です。さぁ、ゆっくり急ぎましょう!」


 指を指して誘導すると、人々はこくりと頷いて動き始めた。

 その人々を守るため、黎翔は『ボス』の方を睨んだ。『ボス』が避難所を戦場に選んだ以上、避難した一般人に何らかの悪影響を与える可能性は十二分にあったから。


 だが、やはり『ボス』は微動だにしなかった。人質とも言える一般人が全員逃げるにも関わらず。

 狙いは不透明でも、今は問題なく避難させられる。その事実を一旦受け入れ、少しだけ安心した。


 全員が非常階段の方に入ったのを見て、黎翔は最後の1人を迎えに動いた。


「お前も行くぞ───妃」


 視線を地面付近に落として声をかける。


「はっ……はっ、ぁっ……」


 その場に座り込み、開ききった瞳から絶え間なく涙を流し、浅く乱れた呼吸を繰り返しているその少女を。


(妃のやつ、相当乱れてる。普段比較的冷静だからこそ意外だな。あんま死体とか得意じゃねーのか?)


 その少女に手を差し伸べながら、そう考える。


「いっ、や……わ、わた、し……は……」

「ダメだ。今のお前に出来ることは無い。帰るぞ」


 伸ばされた手を取る気が無いその少女に、冷たくキツい現実を告げる。


「……っ、…………っ!!」


 妃は、悔しそうに俯いてしまった。

 それは、どうやら戦えない悔しさではないようだった。どうやらそれ以前の問題のようで、最早立ち上がることすらままならぬようだった。


「……クソッ、仕方ねぇな!」


 黎翔は、動けない妃を両手で優しく抱えた。お姫様抱っこだ。


(後で紀章に文句言われ……いや、ないな。アイツ、もう『ボス』のことしか頭に無いっぽいし)


 チラリと、今にも『ボス』に噛みつきそうな程前のめりになっている紀章を見る。そして、心の中で一応謝意を述べておく。そして、


「マジで死ぬなよ。すぐ戻るから」

「戻ッて来る必要は無ェ。俺が殺るのが先だからなァ」


 一応、紀章にも激励を送った。そして、黎翔も非常階段の先へ向かった。


 キィ───バタン。重い扉が閉まる音が鳴った。


「───クソッ、俺がもっと強ければ……!!」


 黎翔のその言葉を、かき消しながら。




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蒼井黎翔 ID: 137438691328

Lv.21

POW:1757+50 DEX:1532 DEF:1168

INT:0 MP:0 RES:0  Total:4458

武器:猟刃……マナ属性 特殊効果なし

職業:狩猟者ハンター 階級:特異

スキル:『狩人の心得』パッシブ

『狩猟者の勘』アクティブ化 1052s

『野性』パッシブ

『獣殺一閃』発動可能


ステータス補正:物理特化

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