第74話 足手まといの足掻き
「落ち着いて避難してください!今すぐ危害が及ぶことはないですから!!」
21階に避難していた人々に、極力明るめの大きい声で呼びかける。心中に渦巻く不安を押し殺しながら。
黎翔は、25階から下の避難所を一つ一つ順番に回り、そこにいた人全員を下の階へ避難させていた。またさっきのように25階の天井を落とされでもしたら、25階の人が避難した意味が完全に無に帰すからだ。
避難者は25階が最も多かったようで、それより下の階は10人程度ずつだった。一番上の階が一番安全である、という本能的な行動によるものだろう。それが完全に裏目に出る形になってしまったという訳だ。
「……ごめん、黎翔くん」
「いいんだよ。あんなグロいの見たらそうなるのも仕方ない」
「いや、それは……ううん、やっぱり何でもない」
黎翔に背負われたままの妃は、何かを言いかけてすぐに飲み込んでしまった。
避難誘導している間も、妃はずっと気分が悪そうだった。顔色は真っ青で呼吸が深く速い。声も覇気がなく、全身から力が抜けてしまっている。
(妃は歴戦の猛者だし、人が目の前で死ぬ経験もあったはずだ。それでも、まだ慣れてなかったのか……?あるいは、別になにか要因が……?)
妃を心配はしているものの、黎翔を行動を止めることはなかった。態度に出すこともなく、極力明るい態度で最善の行動を続けた。
そして、5分ほどの間に全避難誘導が完了した。
「とりあえず21階も全員避難誘導できたな」
「うん。でも……別に下が安全って訳じゃないよ」
「ああ、わかってる。それでも、上で戦いに巻き込まれるよかマシだ。なんせ下は御織がいる」
「そ……っか。うん、そうだね」
少しうつむいて、暗い声で、そう呟いた。それは少し悲しそうで、少し悔しそうにも見えた。
「とりあえず、このまま一階まで連れていく。ちなみになんだが、モール内の人って全員上に避難してたって認識で合ってるか?」
「ううん、多分出口より上の方が近かった人だけ。下の階にいた人は、地下避難所に逃げてる」
「ん、地下にも避難所があんのか?」
「うん。ここは『ソルクティス』が発生しないよう特殊な魔法が張ってあるから、避難所として最適だった。だから、かなり広いの」
「なるほど……納得だ。ところで、その地下避難所は……」
「非常階段から行ける」
「分かった。んじゃ、地下まで送り届けるか」
そう話しながら、もぬけの殻となった21階の重い扉を閉める。そして、100人近い人の足音とざわめきが響く非常階段を下る。
「……なあ、妃」
「……なに」
黎翔が少し気まずげに名前を呼ぶと、妃も何か察したかのようにくぐもった声で聴き返した。
「あの人、知り合いだったのか?」
「……ん」
小さく、本当に小さく呟いた。
「あの子は、私と紀章くんと同郷……って言ったら変だけど、そんな感じの子。小さい頃から仲良かった子で……だから……」
「分かった、もう大丈夫だ。聞かせてくれてありがとな」
泣くのを堪えながら話した妃に、優しく声をかける。
その後、黎翔は自身の背が少し濡れるのを感じながら、無言で階段を下った。
「ここからどうするの?」
黎翔の背から降り、赤くなった目頭を擦りながら、妃は問う。
「この人たちはもう安全なはずだ。俺がここに留まる必要はもうない。そうなれば、今やるべきことは……必然的に一つだけになる」
黎翔は、天井を睨んだ。見据えるのは、ただの蛍光灯ではない。
「紀章に加勢する」
今尚一人戦っている勇者を、一直線に見ていた。
「妃、お前はここに残ってくれ。多分かなりショックを受けただろうし、今は休むことが優先だ」
黎翔は、優しく諭した。決して本音を———足手まといになってしまうから来ない方がいい、という言葉は言わなかった。さっき妃本人がそうしてくれたように。
それを聞いた妃は、一瞬反論しようと前のめりになった。だが、すぐにそれを無理やり飲み込むかのように身を引っ込めた。そして、
「そう……そう、だね。うん、分かった」
と、悔しそうに唇を嚙みながらうなずいた。黎翔の意思を理解察してしまったのだろう。
「……ごめん」
「……黎翔くんが謝ることじゃないよ」
俯いて、服の裾をぎゅっと握り締めて。悔しそうに、苦しそうに、自分の思いを殺す。そんな妃の姿を、黎翔はこれ以上見ていられなかった。
「……俺、行くよ」
「うん。紀章くんをよろしくね」
逃げるようにその場を離れようとすると、妃は弱々しい声で激励した。
それを聞いて、黎翔の足はピタリと停止した。
「来なくて……いいのかよ」
「うん。今の私が行っても足手まといになるだけだから。黎翔くんもわかってるんでしょ?」
背中越しに聞こえた諦観の音色は、黎翔の中の感情と共鳴したような気がした。
黎翔の口から、更に言葉が零れる。
「……それでいいのかよ」
「いいの。今大事なのは、敵を倒すことだから───」
妃が言い切る前に、黎翔は割り込むように言った。子音と母音、計5つのアルファベットを、的確に発音した。
「嘘だ」
それを聞いた瞬間、妃の呼吸が一瞬乱れた。表情も少し緊張した。
黎翔は、振り向いて妃の方を見た。そして、一歩ずつ近づいた。
「……何のこと、かな」
「とぼけるな。俺には分かってんだよ」
「あ……あはは、気のせいじゃない?私にはさっぱり……」
「いーや違わないね。俺の勘がそう言ってんだ。九割九部九厘、お前は嘘をついてる」
「そんなの……!」とまだシラを切ろうとしたが、言い切る前に言葉を止めた。黎翔の真っ直ぐ貫くような瞳を見て、それが無意味だと悟ったからだ。
黎翔は、口を噤んだ妃にさらに追撃する。
「悔しいんだろ」
「………っ!!」
呼吸が乱れる。心拍が加速する。動揺の音が響く。
「親しかった人を殺されてるのに何も出来なくて、親友を一人戦場に残して去ることしか出来なくて、俺なんかに『足手まといだ』って思われて置いてかれて……それで悔しくない奴なんかいる訳ねぇだろ……!!」
「それは、でも……だって、私は……」
狼狽えつつもまだ躊躇う妃に、黎翔は我慢が出来なくなった。
「だっても糸瓜もねぇんだよ!本当は自分で敵討ちしたいし、紀章のサポートをしたいし、足手まといでも戦いに行きたいんだろ!?足手まといの肩書きを払拭したいんだろ!?自分の本心を下らねぇ理性で抑え込んでんじゃねぇよ!!俺は……その悔しさの一端を、さっき身をもって味わった!悔しくて、腹立たしくて……見返してやらないと気が済まないって思った!!お前もそうなんじゃねぇのかよ、妃!?」
感情を抑えきれず、吐露される。その大声は、地下全体に響いて広まった。
「ねぇ、あれ何?」と囁く外野の声は、黎翔には届いていない。周りが見えなくなる程に感情が溢れていた。
妃は、まだ俯瞰できる冷静さが残っていた。周りの目線を気にしながら、それでも反論した。
「今の私には無理なの……!自分で足手まといって理解してるの!敵討ちも私じゃなくていいし、紀章くんの事も心配してない!だから……私の私情なんかどうだっていい!足手まといは足手まといらしく、誰の邪魔もせずに縮こまってればいいのっ!!」
妃も、途中からどんどんヒートアップして声を荒らげた。息を上げ、目からは少量の涙が零れていた。
ようやく激情を顕にした妃に、黎翔はあえて落ち着いた口調で言った。
「理性的に考えれば、お前は正しい。正しすぎるよ。この状況全部書き出してAIに聞きゃ、全AIがお前と同じように答える。でも……」
ふっと息を吸う。ひと時の沈黙が木霊する。
そして、静かに言う。
「その先にあるのは後悔だぜ、妃」
黎翔は、ただそれだけを伝えた。
「………っ、………っ!!」
妃は、それを聞いて目を大きく見開いた。そして、一目で分かるほどに視線を大きく揺るがせ、動揺の色を見せた。
黎翔は、それを見て小さく息を漏らした。そして、静かに妃に背を向けた。そして、ゆっくりと非常口に向かって歩を進める。
「……なにが、言いたいの」
「さぁな。この先は自分で考えるべきだと思うぜ。まぁヒント出すんなら……」
足を止め、背中越しに置き土産を落とす。
「切り替えろ。俺と違って、お前は強いんだからな」
「っ!!」
核心を突かれたような強い動揺を妃から感じつつ、黎翔は非常口の扉を開けた。そして……
扉が閉まる重い音と同時に、光の向こうへ消えていった。
「…………..……」
残された妃は、その場で俯いたまま考えた。
このままでいいのか───と。
「いい訳……ないでしょ」
ぽろり零れた本音は、一瞬で妃の全細胞に伝播する。ふつふつと湧き出る怒りに近い感情が、自身に巣食っていた諦めと恐怖を上書きしていく。
「切り替えろ、か。そう……その通り、だな。あはは、ほんっとくだらない」
さっきまでの諦観に満ちた自分が、情けなすぎて最早面白くさえ感じられ、乾いた笑いが零れる。
「そう、私は強いんだ。私は妃。『氷妃』虹崎妃なの。勇者の隣に並ぶ魔導師なの……!!」
妃は、前を向いた。顔を上げ、まっすぐ前を向いたのだ。
「アイツは……アイツだけは、絶対に殺す。私の魔法で氷漬けにしてやる……!!」
迷いなき眼を携え、妃は黎翔の背を追った。
「……あの2人、付き合ってるのかな」
「え、ワンチャンあるくない?」
「ウチ写真撮っちゃった!」
………後日、SNS上で「『氷妃』熱愛」がトレンド入りすることを、2人はまだ知らない………
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「20階までは吹き抜け飛んでった方が早いな」
非常階段を全速力で駆け抜け、出口の扉から一階のフロアに出る。
一階の床は、大量のモンスターの体液で染められていた。御織がモンスターを殲滅した痕跡だろう。それらの中でも特に濃い部分は床が抉れてクレーターが出来ており、御織の魔法の威力を物語っている。
「さすがにバケモンだな、アイツは……なんにせよ、とっとと終わらせねぇとモールがぶっ壊されちまう」
『ボス』の太刀を思い出し、少し焦りながら吹き抜けの真下まで走る。
そして、慣れた様子で飛び上がり、一気に上階を目指す。
3階、6階、9階……2段飛ばしで一気に駆け上がる。
11階を通過しようとしたとき……黎翔の目に、あるものが映った。
「……そうだ。せっかくだし、あれも使うか」
12階の床に手を引っ掛け、11階にダイブする。そして、眼前に転がっている紙袋のうちのひとつに手を伸ばし、ビニールに包まれた『それ』を掴む。
「……誰もいないな」
キョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認し……
その場で、御織にもらったスウェットを脱いだ。
「……悪いな、御織。せっかくもらったのに」
そのスウェットは、さっき『ボス』に吹き飛ばされた影響で肘や背中が少し破けていた。汚れもかなりついており、黎翔は申し訳なさでいっぱいだった。
そんなスウェットを脱ぎ、ついでにジーパンも脱ぎ……ビニールの中身を着用する。
それは、最も戦闘に適した服。貰いたての、兵士の象徴。
「ちょっと重いけど……悪くないな、軍服」
黒い軍服に、身を包んだ。途端に、緊張に近い感情を抱いた。
今からまた戦いに赴くのだ。そう本能が理解したのだろう。
だが、同時に安心感も感じた。ストレッチ性があるうえサイズもピッタリなため、とても動きやすい。私服と違って傷や汚れを心配する必要もない。何より、とても頑丈だ。多少の攻撃なら無傷に抑えられる。
装備としては裸同然だった私服に比べて、随分高性能になった。心強い限りだ。
「こいつらも着けてっと。っし、準備完了……」
色褪せた官帽と外套を身に着け、腰にナイフを差し……気持ちを入れる。
もう一度、吹き抜けに出ようとする。官帽が落ちないよう押さえながら。
だが、それより先に、黎翔を止める声が聞こえた。
「待って!」
「……!妃!」
声の主は、両手を膝に置いて肩で息をする妃だった。「はあ、はあ」と汗を垂らす様子から、相当走ってきたであろうことが分かった。
少し呼吸を整えたのち、妃は黎翔と目を合わせた。
「私も……私を、連れて行って!!」
「へへ、そうこなくっちゃなぁ!!」
真っすぐなその瞳を見て、黎翔はニヤリと笑った。そして、再び妃を背に乗せた。
「足掻こうぜ……足手まといの底力、見せたらぁ!!」
「うんっ!!」
2人は、吹き抜けに飛び出した。
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蒼井黎翔 ID: 137438691328
Lv.21
POW:1757+50 DEX:1532 DEF:1168
INT:0 MP:0 RES:0 Total:4458
武器:猟刃……マナ属性 特殊効果なし
職業:狩猟者ハンター 階級:特異
スキル:『狩人の心得』パッシブ
『狩猟者の勘』アクティブ化 410s
『野性』パッシブ
『獣殺一閃』発動可能
ステータス補正:物理特化
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