第71話 土竜の刃と氷妃
「ここまではあくまで練習試合、小手調べッてやつだァ。だが……こッからは『本番』だぜェ」
紀章は再び霞の構えをつくり、剣先に全神経を集中させる。
対して『ボス』も、懲りることなく上段の構えをつくった。
そして2人は、今までと違いゆっくりと間合いを詰めた。そして、互いに一歩足を踏み込んでギリギリ届くか届かないかの距離を維持する。
一足一刀の間合いの僅か外側。2人の達人は、互いにその間合いを完璧に把握しコントロールしていた。そして、その間合いを維持したままより完璧な構えへと近づけていく。
『ボス』は両足に体重をずっしりと掛け、一気に飛び込めるように。紀章は比較的軽く構え、いついかなる時も、いかなる方角にも飛べるように。
視線と視線が交わり続け、互いの集中力と構えが最高潮に達したその瞬間に───
『ボス』が、先に動いた。
「ギィッ!!」
一歩前に踏み込みながら、刀を一気に振り下ろす。
その角度と狙いは、今まで通りの真っ直ぐな面ではない。霞に構えられた紀章の刀と垂直の角度で、面より手前かつ低い位置を狙う。
高速で、小手を狙ったのだ。
踏み込みで地面はミシミシと軋みひび割れ、その振りで空気は揺らいで突風を生む。凄まじい威力と速さのその一振りを、紀章は……
当然のように見切っていた。
左に小さく一歩動きながら、振り下ろされる刀を紀章の刀で僅かに弾く。それだけで、軌道は逸れて空振りとなった。地面まで刀は振り下ろされ、少し前傾姿勢になった。その衝撃波により、地面は再び軋んでいた。
紀章はすぐに追撃を狙って刀を振りあげた。が、『ボス』はそれを許すまいとすぐさま紀章に体を寄せた。体当たりで体勢を崩すつもりだ。
それを理解した紀章は、追撃する前に少し大股で一歩後ろに下がった。それにより、『ボス』は体当たりも空振りになってしまった。紀章にぶつけるはずだった運動エネルギーの暴走により、前にぶらりとよろける。
今度こそと言わんばかりに、紀章は刀を振り下ろした。間合いは完璧、『ボス』も回避は不可能で防御も難しいタイミングでの追撃だ。紀章は全力を込めて刃を振り抜こうとした。
だが、『ボス』は一筋縄ではいかなかった。紀章の振りより遥かに速く、『ボス』は右手一本で握っていた刀を頭上に持ってきた。POWの差がここでも大きく響いていた。
それにより、紀章の一振りは辛うじて防御されてしまった。これだけの追撃を凌ぎきった『ボス』は、「ギィ……」と僅かに笑ったように見えた。
それは、一瞬の気の緩み。紀章がようやく全力で放った攻撃を、完璧に防ぎきったという達成感から来る安堵。
もう攻撃は来ないだろうという安心感のもと、崩れた体勢を立て直そうと左足に力を込める。そして、次の一手を考え始める。
その瞬間、『ボス』の意識に防御の二文字は存在しなかった。
「甘ェーッつッてんだろォ?」
「……!?」
ブシュッ───華麗なる銅色の斬撃が、紫色の血飛沫と共に空を切り裂いた。
「ギィッ……!!」
『ボス』は苦しそうな声を漏らした。同時に、口と腹の傷口から大量の体液を零した。
紀章は、それを見てニヤリと笑った。狙い通りだ、と。
紀章は、全力の一振りが防がれてすぐに追撃の準備を始めていた。否、防がれる前から既に追撃の準備は始まっていた。
防がれたあの一振り、その防がれる瞬間、紀章は手首の返しでトドメを刺そうとしていた。深く重く、そして柔らかいその振りは、刀で防御された瞬間にその反動で空中に剣先を浮き上がらせていた。
特段意識せずとも刀を振り上げられた紀章は、そのまま油断している『ボス』に向けて刀を振り抜いた。
その技は、恐らく剣道の技の中で最も威力の高い技。通常の胴は打突の瞬間手首を返すが、この技は違う。上半身の捻りと剣先に乗った遠心力に任せて相手の胴ごと刀を振り抜く、文字通り必殺の大技。
逆胴。向かい合って左側ではなく、右側から打突する技だ。
必殺の一振りにより、『ボス』の腹部には深い傷が入った。致命傷には至らなかったものの、大ダメージを与えられたことに変わりはない。
即座に大きく距離を取り、傷口を抑える。そして、ゆっくりと修復を始める。
「油断したなァ?一流の剣士ってェーのはなァ、常に一手先を見てンだァ。いついかなる時も気を切らさず、勝利の瞬間まで貪欲に致命の一撃を狙い続ける。それが出来ねェーやつァ三流以下だぜェ?」
修復中の『ボス』に対しても、紀章は霞の構えを解かなかった。強い警戒心を持ったまま、相対していた。
その姿を見ていた黎翔は、強く感心していた。
(昨日紀章と戦った時に見た、あの無限とも思える追撃の手数。あれは、剣道の中で会得したものだったのか……!!)
自身を追い詰めた戦闘スタイルの習得方法を理解し、納得した。同時に、少し憧れに近い感情も抱いた。
一時の静寂の後、『ボス』は身体の修復を終えて再び刀を手に取った。そして、上段に構え直した。
それを見て、紀章は小さく笑った。
「さァーて、と。ここまではまだ『試合』の域を出ねェ。そんな段階でヘバッてて大丈夫か不安だがァ……まァいいだろう。こっからは、本気の『殺し合い』をしてやるよォ」
その言い草は、まるでまだ本気を出していないかのようだった。『ボス』は言葉を理解していない為微動だにしていなかったが、代わりに黎翔が少し身構えた。ごくりと、唾を飲んだ。
「さァ───行くぜェ!!」
紀章は、そう言うと同時に地面を蹴った。珍しく、自分から距離を詰める気のようだ。
『ボス』は、自身より遥かに遅いそれを冷静に観察した。どこから、どのような攻撃が来るのか予測するため。
観察の結果、『ボス』が導き出した答えは……
真っ直ぐそのまま、右小手狙いだと判断した。
その太刀筋を潰すため、手首を使って小さく刀を振るう。たったそれだけの動作ではあったが、右小手を狙って飛び込んできた紀章の刀は弾かれた。それにより太刀筋が大きく乱れ、紀章の攻撃は中断された。それだけに留まらず、剣先を足元辺りまで弾き落とされた紀章は追撃にすら移れなかった。そのまま間合いが詰まって鍔迫り合いになり、完全に攻撃が終了する。
「ギィ……」
『ボス』は、今度こそ防御が成功したことに安堵していた。更に、鍔迫り合いという自身が圧倒的有利な状況に持ち込むことができ、心に余裕が生まれた。
対する紀章の表情は───
「キキッ……」
この窮地で、嗤っていた。
『ボス』は、大きな違和感を覚えた。その笑いに。その雰囲気に。その気配に。
辺りに漂う、濃いマナの気配に……気づいた。
「『氷結魔法───フリージア』!!」
「……ッ!!」
紀章の背後10m、『ボス』から見ると完全な死角から、その声と水色の光が感知された。
同時に、5本の氷柱が猛スピードで『ボス』に襲いかかった。鍔迫り合いで身動きの取りにくい、『ボス』の上下左右あらゆる方向から。
鍔迫り合いの有利を捨ててその場から飛び退くことで、『ボス』は辛うじて魔法を回避した。だが、飛び退いた影響で今度は紀章がフリーになった。
「崩しも無しに下がるたァーいい度胸だなァ!!」
紀章は、その場で構えを中断に戻した。そして、左足の蹴りで高速で『ボス』との距離を詰め───喉元目掛けて、高速の突きを放った。
「グギャァ……ッ!!」
貫通はしなかったものの、土の刃は『ボス』の喉に確実に外殻を打ち破って肉を突いた。刺した部位から体液がゆっくりと零れ落ちていく。
更に、喉に刀が刺さって身動きが取れない『ボス』に対して、衰えを知らない攻撃が襲いかかる。
「『氷結魔法・フリージア』!!」
再び5本の氷柱が、バラバラの位置と角度で飛んできた。
「ギィッ!!」
それを見た瞬間、『ボス』は両手で紀章の刀を掴んだ。そして、物凄いパワーで一気にそれを引き抜いた。
一気に溢れ出る体液を無視して、その場から再び飛び退く。魔法の回避を優先するため。
回避された氷柱たちは、そのまま地面にぶつかって砕け散る───はずだった。
ドスッ
「……ギ?」
回避したはずの氷柱の1本が、『ボス』の右脇腹に突き刺さっていた。
じわじわと、無色透明の氷が紫に染まっていく。その様子を、『ボス』は理解不能と言わんばかりにガン見していた。
「その回避方法はさっき見たからね。今回も後ろに下がって避けると思ったから、5本のうち1本だけ軌道を変えたんだ。回避で退く君に当たるようにね」
紀章よりかなり後ろの方に隠れていた妃が、紀章の真後ろまで歩み寄ってそう説明する。『ボス』に伝わることは無いのだが。
「ギィ……」
悔しそうに、苦しそうに。『ボス』は刺さった氷を引っこ抜きながら、2人を睨んだ。
2人は、笑った。
「改めて自己紹介してやるよォ───『土竜の刃』桐生紀章ィ!おめェーを殺す、未来の勇者だァ!!」
「『氷妃』虹崎妃。あなたを殺す魔導師だよ」
泥と氷の刃を向けながら、2人はそう宣言した。
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桐生紀章 ID:2121225
Lv.39
POW:??? DEX:??? DEF:???
INT:??? MP:??? RES:??? Total:????
武器:魔法剣・汚泥……土属性 物質化
職業:無し 魔法適正:土魔法
スキル:無し
習得技術:魔力操作
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虹崎妃 ID:2121226
Lv.37
POW:??? DEX:??? DEF:???
INT:??? MP:??? RES:??? Total:????
職業:魔導師 階級:上級
魔法適性:氷魔法
スキル:???
習得技術:魔力操作
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