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第70話 練習試合

「———30」


 そのカウントが刻まれた瞬間、『ボス』は紀章への攻撃を中断して即座に身体を反らした。

 何か考えがあったわけではない。無意識に、直感的に、反射的に、気づいたときには動いていた。


 その行動がなかったならば、戦いは既に決していただろう。


 鈍い銅色の輝きが一条、放たれた。

 その閃光は『ボス』の左腕を根元から切断した。音もなく、紙を切るかの如き軽やかさで。

 紫色の体液をばら撒く傷口を抑えながら、『ボス』は即座にその場から飛びのいた。苦し気に「ググ……」と声を漏らしながら。


「チッ、仕留め損ねたかァ」


 その閃光を放った紀章は、残念そうな声色でそう呟いた。その右手には……

 銅色に輝く一振りの刀が、固く握られていた。


「あれは……まさか、今まであれを作ってたのか!?」


 その一瞬の斬撃を遠目に見ていた黎翔は、ようやく紀章の秘策が何かを理解した。

 紀章が剣道に精通していることは、初対面の時に察していた。なのに刀や剣の類を持っておらず、なぜか銃を使って戦っていた。そのことに違和感を感じていたのだが、想定外の方法で刀を入手したために、黎翔は少し驚いていた。


「『汚泥魔法・スラッジア』。本来は泥の塊を創り出すだけだけど、紀章くんは創り出した泥を粘土みたいに造形できるんだ。とても精密な魔力操作が求められるから時間はかかるけど、その分生み出された武器はとっても強いんだよ」


 驚きを露わにする黎翔に、駆け寄ってきた妃が説明を加える。

 さっきまで戦いに集中していたが、紀章が戦線復帰したため、黎翔に構う余裕ができたのだろう。すぐにしゃがみこんで黎翔の怪我を調べ始めた。


「ごめんね黎翔くん、こんな大きなダメージ負ってるのに放置しちゃって」

「いや、俺は平気だよ。それよりお前、あんなに強かったんだな。俺が戦ってる時もあれくらい本気で援護してほしかったぜ」

「あはは……ごめんごめん。怪我直してあげるから許してね———『治癒魔法・ヒーリア』」


 そう唱えると、黎翔の足元に緑色の魔法陣が現れ、眩い光が黎翔の全身を包んだ。

 その光はとても温かかった。全身を毛布に抱きしめられているような感覚だった。


「私、一応回復魔法も使えるんだ。練度は全然だから時間はかかるけど、しばらく休めば傷はなくなるから」

「おぉ~、妃って本当にスゲーんだな」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃ、アイツ倒してくるから待っててね」

「随分強気な発言だな。ま、期待して待ってるよ」


 妃はにこりと笑って振り返り、再び紀章の後方へと走っていった。


 今の二人の会話中、紀章と『ボス』は互いに一歩も動いていなかった。紀章は妃を待っていただけだが、『ボス』は切断された腕を再生させていたため動けなかった。


(妃が空けた右腕の穴も、紀章が斬った左腕も、綺麗に治ってる。これは……また『自己再生』持ちってことか?)


 最悪の可能性が脳裏を過ぎり、慌てて『ボス』のステータスウィンドウを見る。と、


──────────────────────

POW:4103 DEX:2358 DEF:781

HP:1703/1897 RES:-2012 INT:0 Total:7127

──────────────────────


 ……となっていた。

 一応HPが減ってはいたため、自己再生は無さそうだと考える。

 が、これだけ戦って200程度しか減っていないことに若干落胆する。


「……そういや、あの『ボス』の弱点ってどこなんだろうな」


 ステータスウィンドウを見て、ふと前回の『ボス』戦を思い出した。そして、気づいた。

 目の前に立つ『ボス』には、赤い点が───弱点と思しき部位が見当たらないことに。


 一応自身のステータスウィンドウを開いて『狩猟者の勘』の効果時間を確かめたが、『アクティブ化 1357s』と書かれていたため、まだ発動中だ。

 首を捻って考えるが、それらしき答えは思い浮かばない。弱点が無い、という可能性が最も有り得る気がしてきて、嫌気がさしそうになった。


 そこまで考えていた時───ついに、止まっていた戦いが動き出した。


「行くぞォ、妃ィ!!」

「了解!」


 妃が合流したため、紀章が開戦の雄叫びを上げる。


「グギョオオオオオッ!!」


 そのタイミングで、ちょうど『ボス』の肉体も、刀を含めて完全に再生された。


 一気に緊張感が高まる。同時に、今から強者同士ほ激戦が幕を開けるという、興奮に近しい空気が流れた。言うなれば、インターハイ決勝の開始直前のようだった。観客はいないし、行われるのは本気の殺し合いなのだが。


 『ボス』は、今まで通り左上段に構えた。対して、黎翔は……


 右手をグッと内側に捻って少し突き出し、左手を身体の中心より右に置いた。剣先は、上段の右小手に合わせるように斜めに構えた。


 それは、アニメや漫画に見られるような、身体を真横に向けて両手を顔の前に持ってくる構えではない。実際に剣道の中で対上段の構えの一つとして用いられる、攻防一体の変則的な構え。


 陰の構え───霞である。


「来いやァ、俺がおめェーの腕前を見定めてやるよォ」


 自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべながら、そう挑発する。

 言葉の意味は理解していないはずだが、『ボス』は雰囲気で察したのだろう。自身が舐められていることを。

 すぐに、動いた。


「ギギッ!!」


 『ボス』は、さっき同様ものすごいスピードで距離を詰めた。警戒を捨てた、攻め全振りの最速移動だ。


 10m程の距離を一息に詰め切り、紀章の眼前に一瞬で迫った。そして、剛力の一振りが紀章を襲い───


「甘ェ」


 左足を斜め後ろに下げつつ、手首だけで『ボス』の刀を軽く払うことで、ほとんど最小の動きで攻撃を回避した。

 更に、右足を引き付けることで身体の向きを『ボス』の正面に向け、刀を払う動作から流れるように少しだけ振り上げ、そのまま体勢を崩すことなく『ボス』に向けて真っ直ぐ刀を振り下ろした。


「ギィ……!!」


 空振りして体勢を崩していた『ボス』は、刀で防御することはおろか回避行動に移る時間すら無かった。

 が、『ボス』は咄嗟に膝をガクリと落として左膝を地につけ、姿勢を一気に低くした。それで斬られるまでの猶予を稼ぎ、辛うじて刀での防御を間に合わせた。

 振り下ろされる紀章の刀に対し、約30度の角度をつけての防御。地面と垂直に振り下ろされる刃を綺麗に受け流すその動作は、黎翔にとって見覚えしかないものだった。


「アイツ、さっきの俺の動きから学習したのか……!?」


 モンスターは知能がない。その認識が覆されそうな現象を目にして、黎翔は驚きを隠せないでいた。

 しかし、たとえ受け流すのに成功しても体勢は崩れたまま。優位なのは紀章の方だ。


 黎翔と違い、紀章は『ボス』の動きにそこまで驚いていなかった。受け流されることに気づいて直前で力を加える角度を受ける刀と垂直の角度に修正していた。そのため、地面まで振り抜く前に止めていた。

 膝をつく『ボス』に対し、上から刀を押し込む紀章。脚力と腕力しか使えない『ボス』に対し、全体重を使って負荷をかけられる紀章。完全に紀章有利な盤面だ。

 

 そのはずなのだが……


「グギィ……!!」

「チッ、流石にパワーじゃァ勝てねェー……!」


 紀章の全体重があっても、『ボス』の圧倒的なパワーには及ばない。徐々に『ボス』が紀章の刀を押し返し、右足からゆっくりと立ち上がっていく。


 結局そのまま体勢を戻され、対等な状態での鍔迫り合いに戻されてしまった。否、体勢のアドバンテージが消えた分、実質的に『ボス』が優位な状態だ。


 このまま鍔迫り合いを続ければ、紀章は確実に押し切られる。その場の全員が理解していることだ。

 そんな状態で、紀章が無策で待つはずがない。


 熾烈な鍔迫り合いの中、ふと紀章は左足を斜め前に一歩出し、右足を引き付けて身体を捻った。同時に、左拳を『ボス』の右拳目掛けて振り抜いた。

 それにより、鍔迫り合いの中に2つの変化が起きた。

 1つは、紀章に体重を掛けていた『ボス』が前方によたついたこと。もう1つは、右拳を殴られて身体の中心からブレたこと。


 この2つが重なり、『ボス』はほぼ無防備な状態になった。紀章は、そこに向けて僅かな動作で刀を振った。


「ギッ……!!」


 それでも尚、『ボス』は刀での防御を間に合わせてしまった。POWが高いため、刀を持った状態でも素早く腕を動かせるからだ。


 紀章が放った振りは、簡単に防がれた。手首だけで打った面は、大した威力が無かったからだ。

 しかし、紀章は当然それも織り込み済み。


 防がれた瞬間、ニヤリと笑って再び刀を振り上げた。手首のみで振ったため、防がれた時簡単に弾かれて高さを確保出来たのだ。

 刀の高度が上がると同時に、紀章は左足を一歩後ろに下げて『ボス』との間に空間を作った。そして、振り上げた刀を半月型に回し───


 『ボス』の胴に、斬撃を加えた。


「ギャァッ……!?」

「はッ、防御が甘ェーんだよォ!!」


 苦悶の表情を浮かべる『ボス』に対し、紀章は堂々と煽る。


 その斬撃の威力は凄まじかった。先程の面とは異なり全力で振り抜いたことと、剣先を回すことにより遠心力が乗ったためだ。

 『ボス』の外殻を簡単に貫き、ヘソあたりまで切り裂いた。そのまま貫いてしまえる程の勢いに見えた。


 が、そうはならなかった。

 紀章が完全に振り抜いてしまう前に、『ボス』が紀章の刀を右手で掴んだ。外殻を貫く時に勢いが落ちていた紀章の刀は、それで簡単に止められてしまった。


「チッ」


 紀章は、仕方なくそこで刀を引き抜いた。握り締めていた『ボス』の掌を僅かに切りつけながら。


 直後、2人は一気に距離を取った。下手に動けばカウンターを狙える位置だったからだ。


 互いに向き合い、構え、視線を交わす。

 『ボス』は少しだけ息が上がっていた。対して紀章は、悠々と構えつつ不敵な笑みを浮かべていた。


「……今のやり取りで分かったぜェ。おめェーのパワーとスピードは確かに俺より遥かに格上だがァ……剣の腕は、俺より遥かに劣るなァ!!」


 確信に満ちた発言を吐き捨てる。そして───


 紀章の攻勢が、更に激化する。




──────────────────

桐生紀章 ID:2121225

Lv.39

POW:??? DEX:??? DEF:???

INT:??? MP:??? RES:??? Total:????

武器:魔法剣・汚泥……土属性 物質化

職業:無し 魔法適正:土魔法

スキル:無し

習得技術:魔力操作

──────────────────

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