第5話 チュートリアル・後編
「っ!?全員、離れろ!!」
バッ!!
敵のリーダーと思しき男が突然そう命令を下す。焦ったような声色だった。
それを聞くやいなや、他の男達も一斉に距離をとる。何かを察したかのように、冷や汗を浮かべながら。
そんな敵を気にする様子もなく、御織はニッコリと優しい笑みを浮かべながら、再び話し始める。
「この時代にはね、キミのいた時代には存在しない概念がいくつかあるんだ」
御織は、ついさっきまでの元気な声ではなく、やけに穏やかな声色で話す。
その姿につい数秒前までの元気な女の子の姿はなく、可憐な美少女が立っていた。
(.....なんだ?さっきまでとは全然違う雰囲気.....)
黎翔は、さっきまでとは別人のように雰囲気が変わった御織の姿に目を奪われる。
御織は、今度は両手を開いて何かを包み込むような形をつくる。
すると.....
フワ.....
「っ!?なんだ、それ.....」
御織の手のひらの中に、小さな光の塊が出現する。
(あれは.....あれは、なんだ?なにかのマジック?いや違う、あれは.....俺の知らない『なにか』だ)
優しい紫色の光を放つ『それ』は、黎翔に自身の知り得ない不可思議な現象が起こっていることを理解させた。
同時に.....この世界は、自身の知っている法則に当てはまらないのだと再認識する。
「ビックリしたでしょ?1000年前には存在しなかった概念だからね〜」
不思議な光を前に呆然としていた黎翔に、少し嬉しそうに御織が話しかける。その声で黎翔は我に返る。
「これは、人智を超えた不可思議な力。世界中に存在する『マナ』を介して物理法則を書き換えることで生じる、エネルギーの強制互換......て言っても分かんないかな?」
「ひとつもサッパリ分からんな」
頭良さそうな言葉をつらつらと並べられ、黎翔は考えるのを諦める。
(なんとなくスゲェってのは分かったな)
黎翔は余計なことを考えることなく、再び戦況に目を向ける。
すると、いつの間にか敵方がものすごく怯えた様子になっていた。御織を過度に警戒し、距離をとり、腰が引けている人もいるくらいだった。
「あははっ!そんなに怯えなくてもいいよ〜。殺しはしないからさ」
笑顔でそう言う彼女の目は、一ミリも笑っていない。深淵に僅かな怒りを携え、目の前の男達を見据えている。
黎翔は今、御織の背中しか見えていない。だが.....
それでも伝わった。彼女が抱える、深い怒りが。
「ボーイ」
「!は、はい!」
明るい声で、背中で語りかけられる。不意の呼びかけに、黎翔は思わず敬語で返事をしてしまう。
「今から見せるのはこの世界で生き残るための最重要事項。しっかり目に焼き付けるように」
「......!あぁ、分かった!」
ゆっくりと男達の方へ歩き始めながら、御織は黎翔に語りかける。
(絶対見逃さない。この目に、焼き付ける.....!!)
その決意は、自身が今後生き残るためであり.....
彼女がこれから見せてくれる、最高の『チュートリアル』を全力で楽しむためでもある。
「これはあまりにありふれた普通な言い回しで、なんの捻りも面白みもない呼び方だけど.....私はすっごく気に入ってるんだ。この言葉以外に、この神秘は表せないと思うから。さぁ─────チュートリアルその3、『魔法』について。講義開始だよ」
「.......!!『魔法』........」
その言葉を皮切りに───その場の全員が再び臨戦態勢に入る。
「全員、魔法戦に移る!絶対攻撃させるな!!」
「「「「はっ!!!」」」」
敵リーダーの指示を聞き、即座に攻撃を開始する。
「『火炎魔法・フレア』!」
キィン.....
(!?なんだあれ、魔法陣!?)
男の一人が両手を前に出し、何かを叫ぶ───と同時に、手の先に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
紅く光を放つそれは、黎翔にすぐに悟らせる。
(あれが.....『魔法』!)
御織の言う神秘───『魔法』は、あれを指すのだと。
「喰らえぇっ!」
男が叫ぶと同時に、魔法陣の放つ光がより強くなる。そして、その光は魔法陣の中心に集中する。
次の瞬間───
キィィン─────ボォッ!!
(っ!?魔法陣から炎が.....!!)
男の手の先の魔法陣から、炎が猛スピードで発射される。
その炎は空を裂きながらまっすぐ御織の方へ向かって伸びる。
─────が、御織はそれを見ても微動だにしなかった。それどころか.....
迫り来る炎を、笑顔で眺めていた。
「御織!?早く避け───」
「戦士の割にはいい魔法だね。でも───」
バチィィィッ!!
「っ!?」
「アタシには効かないよ」
男が出した炎の魔法は、御織に命中した瞬間.....いや、命中する直前に、突然全て霧散してしまった。
「何が.....」
度重なる超常現象を目の当たりにし、黎翔はずっと目を見開いて驚いている。
「クソ、効きません.....!!」
「構わん!撃ち続けろ!!」
そう言うと、今度は19人同時に手を前に出し、魔法陣を出現させる。
魔法陣は色とりどりで、赤、青、緑、黄色の4種類が見えた。
(あれ.....もしかして属性的なやつなのか?さっき赤いのは炎だったし.....って、そうじゃなくて!!)
呑気に『魔法』の考察を進める黎翔だったが、そんな場合じゃないことに遅れて気づく。
「おい御織!さすがにアレはやばいんじゃ.....」
「お、そう思う?んじゃ、見てなよ」
黎翔の助言に対し、御織は相も変わらずなんの警戒もせず突っ立っている。
そして........
「放て!!!」
キィィィィン─────ギュオオォォッ!!
四色の光の束が同時に御織に襲いかかる。
幾重にも重なった光は、一目見るだけでも凄まじいエネルギーを持っていると分かった。光の束は、辺りを虹色に照らしながら真っすぐと御織を貫───
「足りない、かな」
バチィィィッ!!
(っ!!また.....)
ついさっきまで凄まじいエネルギーを保っていた光の束は、またしても御織に触れる前に四散してしまった。
「いや〜、いい攻撃持ってるじゃん!戦士ばっかりなのに魔法も行けるんだねぇ」
「クソっ、これでもダメなのかよ.....っ!!」
軽く煽るように拍手しながら、思いっきり煽りの言葉を並べる御織。対して敵のリーダーは、悔しそうに顔を歪めていた。
「さて、と。ボーイ、今キミはとてつもなく困惑しているね?」
「あ、あぁ。そうだな」
敵の攻撃が止んだのを見るやいなや、御織はこちらを振り返って話し始めた。
「......!!全員、攻撃を続けろ!油断してる今なら当たるかもしれん!!」
そして敵リーダーは即座に『魔法』を準備し始める。他の男たちも続いて準備する。
が、当然御織は気にもとめない。
「ではでは、解説タイムといこうか!」
御織は急に元気な声色に戻り、黎翔に向かってそう言う。
そのままの勢いで、どこからともなく取り出したメガネを装着し、どこか得意気に話し始めた。
「さっき、『ステータス』は6種類って言ったでしょ?で、今説明したのは『POW』、『DEF』、『DEX』の3つ。あと3つ残ってるわけだけど.....残り全部『魔法』関連の『ステータス』なんだよね」
「へ〜.....って、半分魔法じゃねぇか!」
「あははっ、まぁね〜。それだけ魔法が大事なんだよ」
とんでもない状況に置いていかれかけていた黎翔だったが、御織の言葉がさすがに聞き捨てならなかったため、素のツッコミが炸裂する。同時に、思考も少し冷静になった。
「一つ目は魔法の威力に関わる『INT』、2つ目は魔法防御に関する『RES』、そして3つ目が『MP』。文字通り、マナの総量だね!魔法はマナを消費するから、マナの量がそのまま魔法の発動回数に繋がるんだ」
「なるほど......」
と適当に相槌を打つ黎翔だが、その実半分くらいしか理解していない。その上、黎翔自身もそれ以上理解しようともしていなかった。
(よく分かんねぇけど、まぁ人によって魔法が強かったり、魔法が効きにくかったり、いっぱい魔法撃てるってことか?)
御織の熱量に対し、全く興味の無い黎翔。綺麗な対比である。
分からないことは深堀しない。それが蒼井家流の生き方なのだった。
「.......つまり、さっきからアイツらの魔法が急に消えるのは.....」
「そ、アイツらの『INT』が低くて魔法が弱いのと、アタシの『RES』が高くて魔法が効きにくいからだね〜」
その場に棒立ちで、今なお魔法を放ち続けている敵に背を向けたままそう言った。ほぼ煽りである。
実は、御織の『ステータス』の解説中も、たった今この瞬間においても、ずっと敵の魔法が降り注いでいた。が、全部御織の手前で霧散してしまっていたのだ。おかげで黎翔もさすがに驚かなくなってきていた。
というか、敵の『魔法』を意に介すことなく話し続ける御織を見てると、
(これが普通なのか?)
とまで思えてきてしまった。感覚の麻痺である。
「さて、とりまこんなもんかねぇ。あとは.....」
御織はぐいーっと背伸びする。そして.....
敵に、顔を向ける。
「そろそろ終わらせよっか。いくら何でも可哀想だし」
そう言い、再び両手に紫色の光の塊を集める。
(......綺麗だ)
黎翔は、何度見てもそう思った。
なぜか目を惹かれるその光は、あまりに美しかった。意識ごと光の中に吸い込まれそうな程、無意識のうちに見とれてしまっていた。
......が、その浮かれたような意識は、すぐに引き戻されることとなる。
「『重力魔法───グラヴィティア』」
御織が、恐ろしく低い声で、そう呟いた瞬間に。
ズドォォォォォン!!!
「がはァッ!!」
「ぐああぁぁっ!!」
ものすごい音と同時に、周囲が揺れる。そして.....
目の前に立っていた屈強な男達が、突然その場に座り込む。冷や汗をかき、顔をしかめ.....苦しそうな表情で。
「っ!?は!?」
黎翔は、一瞬今目の前で何が起こったのか理解出来なかった。が、すぐに悟る。
こんなことできる人間、他にいない。これは───
チラリと、その場に立つ御織を見る。御織も、背はこちらに向けたまま、顔だけ振り向く。
「これがアタシの魔法。アタシが最強と呼ばれる所以のひとつ───最強の魔法、『重力魔法』だよ」
紫色の光を顔に浴び、逆光の中立つその少女の顔は.....
あまりにも逞しく、凛々しく、美しく。
彼女が、本当に『最強』なんだと、黎翔に理解させた。




