第34話 新たなる叡智
「..........翔」
遠くから声が聞こえる。
「........黎翔」
聞き覚えのある、女の人の声。今日一日で何度聞いたか分からないあの声だ。
「.....きて、黎翔」
その声は、少しずつ大きく、ハッキリと聞こえるようになる。
「起きて、黎翔!」
「っ!?」
一段とハッキリ聞こえたその声で、黎翔の意識は覚醒する。
「み.....お?」
その声の主は、やはり御織だった。
真後ろから聞こえるその声は、やけに大きく聞こえた。随分声張ってるな〜、なんて思いながら、後ろを振り返る。
すると.....
「まったく、寝すぎだよ!30秒も気絶してるなんて.....実戦なら死んでるからねっ!」
「え.....?」
御織の顔が、本当に黎翔の真後ろ.....左肩の上あたりにあった。
なんでこんな近くに───と少し視点を落とすと.....
黎翔の肩に手を回して後ろから抱き締め、完全に密着していたことに気づいた。
実際はそこまでしっかり抱きしめていた訳ではないのだが.....寝ぼけている上動揺している黎翔には、正しい判断など出来ようはずがなかった。
「なぁっ!?」
驚いて再び顔を上げた瞬間───
偶然、御織の顔に超接近してしまう。
5cm程の距離まで互いの顔が接近した時、目の前に美少女がいる───その事実を理解した瞬間、黎翔の顔が一気に赤くなる。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「わっと.....」
バッと左手で御織を振り払い、距離を取ろうとする。
が、
「あぇ?」
御織の手から離れた途端、黎翔の身体がふらついた。
力が入らなかった。まともに立つことさえままならず、そのまま顔から地面に倒れ───
「『グラヴィティア』」
る前に、御織が魔法で落下を止める。
「まだ動いちゃダメだよ〜っ!だいぶボロボロなんだから!」
少し不満げにそう言いながら、魔法で近くの岩場に座らされた。
(ボロボロ.....?)
そう言われてよく自分の身体を観察する。そして.....
寂しくなった右腕から下を見て、思い出す。
(っ!?そうだ、俺さっきモンスターに殺されかけて.....!!)
自身の敗北と同時に、あのあとの記憶が存在しないことに気づく。
「御織.....たすけてくれたのか?」
「当たり前でしょ?死ぬ前に助けるって言ったじゃん。いくら黎翔を鍛えようって言っても、殺すわけないでしょ?一旦応急処置もしたから、少ししたら戦えるようになるよ」
「そっ.....か、だよな。ごめん、ありがとう」
結局手を借りてしまった───その悔しさで胸がいっぱいになる。
そんな黎翔を見て、御織は笑った。
「気にしないでよ〜!アタシは当然のことをしたまでだし、そもそも『ボス』相手にノーヒントで戦わせたのが間違いだったしさ!」
「え、『ボス』?」
「うん。あのチビ、『ボス』だよ」
「まじかよ.....」
全く聞かされていなかった事実に、驚きと呆れが同時に訪れる。
(早く言えよ!!)
と思わなくもなかったが、少し反省もしていた。
(確かに、アイツの前にやった二匹に比べて遥かに強かった。察せられる場面はあったのに察せられなかった俺のミスだな)
真面目に反省して次への成長を期待しつつ、御織との会話に戻る。
「ちなみに、『ボス』って.....」
「もちろんまだ倒してないよ?」
「ま、だよな.....」
まだ紫色の空を見上げながらそう呟く。
黎翔は、今の質問をするまでもなく『ボス』が死んでないことは分かりきっていた。
まだ終わっていない『ソルクティス』然り、『少ししたらまた戦える』という発言然り。
それでも聞いたのは、理解するため。御織の意志を。
(さっきの言い草と、御織が意図的に『ボス』を殺してないことを踏まえると.....多分、御織は俺に『ボス』を殺らせる気なんだ)
ゴクリ、と唾を飲み込む。
自身の右腕を潰したあの化け物と、また戦わなければならない。その事実を、未来を、想像するだけで全身が震えそうになる。
(そもそも、どうやって勝つんだ?弱点殴っても効かなかったし.....無理だろ、流石に)
今戦っても死ぬ。確実に死ぬ。
黎翔の脳が、血が、神経が、筋肉が、細胞が.....
髪の毛から爪先まで全身が戦うことを拒否していた。頼むから逃げろと、必死に警告してきているのが分かった。
「怖い?」
その恐怖を煽るように、御織が背中から声をかけてくる。
「.....ハハッ、怖ぇに決まってんだろ」
手も足も声も震わせながら、短く返事をする。
「じゃあ、逃げちゃう?」
再び、煽るように聞かれる。
(.....逃げたい)
心からそう思った。逃げてもいいのか───と。
そう考える黎翔の答えは、至って簡単なものだった。
「ハッ.....!否!」
鼻で笑いながら、笑顔を浮べながら.....ただそれだけ、答える。
(逃げるわけねぇ。逃げられるわけねぇだろ、あんな負け方しといて.....!!)
黎翔の中には、渦巻く恐怖を燃やし尽くすような感情が次々に湧き出ていた。
負けた悔しさ?痛めつけられた怒り?恥をかかされた八つ当たり?
否。
(アイツを.....『ボス』を、この手で仕留めたい!!)
強敵を前に滾る、純然たる好奇心だった。
笑顔を浮かべる黎翔を見て、御織も嬉しそうに笑う。
「いいねぇ、そうこなくっちゃ!!」
そう言うと、瞬時に黎翔の真後ろに現れる。
「これから黎翔にヒントを与えよう!『ボス』攻略に必要な最低限の知識をね。ちゃんと覚えてよ?」
「おけ」
肩に手を置き、顔の上から話しかけてくる御織を見上げ、ワクワクしながら耳を傾ける。
「モンスターにはね、アタシたち人間にはないステータスがあるの。その名も───『HP』だよ!」
「HP.....」
その名前には、見覚えがあった。
(言われてみれば、『ボス』のステータス見た時書いてあったな、HPって)
そのときの数値は、2006だった。高いか低いか分からない.....というか、その数値が何を表しているのか知らなかったため、さっきはスルーしていたのだ。
「アタシたちは内蔵の欠損とか、失血とか、人間としての生命活動を停止したらそりゃ死ぬんだけど.....モンスターたちは、HPが0になることだけが『死亡』にあたるの」
「なるほど.....?」
そう言われて思い出したのは、『ボス』の前に戦った2匹のモンスター。
1匹目は、頭を砕いた瞬間死亡した。これは分かる。人間でも頭を砕かれたら即死だろうから。
問題は2匹目だった。2匹目は、ただ単に腹部を貫いただけなのに、ほぼ即死していた。脳や神経には、ほぼノーダメージにも関わらず、だ。
(人間は、脳さえ生きてりゃ死に際抵抗できる。てか、大半の生物はそうだ。でも.....アイツは、腹貫いただけで動かなくなった。つまり.....あの一撃で、HPをゼロにしたから即死したってことか?)
当時感じた違和感の正体にようやく納得できる解を得た。さらに黎翔は推察を続ける。
(待てよ?てことは、俺が『ボス』に撃ったパンチ.....あれも、実は多少HPを削れてたんじゃないか?殺せなかっただけで.....)
確認は出来ないものの、黎翔は確信じみた自信を持っていた。あれだけの一撃が、弱点に命中した一撃が、完全に無効化されるわけないと思ったから。
(なら、勝てるかも.....!)
少しだけ自信が湧く。勝てるのでは、と思う。
が.....1つ、問題に気づいた。
「.....あ」
「どした?」
「俺.....攻撃手段ねぇわ」
黎翔の攻撃手段は全て物理攻撃。主にはパンチ主体だ。蹴りのやり方など分からない───パンチもよく分かっていないが───からだ。
だが.....黎翔の両腕は、現在使い物にならなかった。
右腕はないし、左腕も表面がボロボロになっている。手を握り締めるので精一杯だ。
「どうすれば.....」
そう呟くと、御織は「コホン」と咳払いする。
「ではここで〜〜〜.....ヒントその2です!」
「おぉっ!待ってました!!」
楽しげに宣言する御織に、黎翔はテンションを合わせる。
「黎翔、君に.....新しい『スキル』を授けましょう!」
「えぇ!?そんなこと出来んの!?」
「うむり!」
「マジかよ最高だな!!」
攻撃手段を増やしてくれると思しきその提案に、黎翔のテンションは爆上がりする。
「さて、では授けましょう。アタシの叡智を!」
「うぉーーーーーっ!!」
ライブ会場のような盛り上がりが辺りを包む。その喧しさは.....
「ギャッ.....?」
遠くを歩いていた、知能のない『ボス』が、若干困惑するほどのテンションだった。
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蒼井黎翔 ID: 137438691328
Lv.7
POW:757 DEX:632 DEF:468
INT:0 MP:0 RES:0 Total:1858
職業:狩猟者 階級:特異
スキル:『狩人の心得』パッシブ
『狩猟者の勘』アクティブ化 2420s
ステータス補正:物理特化
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