第18話 儀式───『名前を呼ぶ魔法』・後編
「完全に抹消って.....一体、どういうことだよ?」
黎翔は恐る恐る御織に尋ねる。
「言葉通りの意味だよ。君が生きた時代における君の歴史が完全に消滅する.....要するに、『蒼井黎翔』っていう人は、1000年前の世界には存在しなかったことになるんだ」
「..........っ!!」
『自分の存在を消される』───その言葉を聞いた途端、黎翔の背筋が凍てつく。
「この魔法は、あの悪魔の言う通り『ステータス』を見るために必要なのは事実だよ。でも.....それとは別に、この魔法にはもう一つ目的があるんだ」
「目的?」
「そう。この魔法を召喚者に使用する真の目的は.....『心を折ること』なの」
「は...........?」
黎翔の心臓が、さらに大きくドクンと跳ね上がる。
「この魔法を一度使ったら最後、二度と元の世界には戻れなくなる。辛うじて残ってた繋がりが断たれちゃうからね。その事実を突きつけることで、召喚者の心を折って完全に服従させる。それが『名前を呼ぶ魔法』の真の目的だよ」
御織は、真面目な表情と声色で話す。とても冗談とは思えない様子で。
だが.....
(嘘だ、ありえない......っ!!)
黎翔は、御織の言葉を信じたくなくて、即座に聖の方を見る。
視線の先の聖は、さっきまでと変わらない柔らかな笑みを貼り付けたまま、黎翔を見つめていた。
「......なぁ、嘘だよな?御織の言葉は」
「.............」
「おい、なにか言えよ」
「..............」
「答えろっつってんだよ!!」
「..................」
聖は、黎翔が何を聞いても、どれだけ声を荒らげても、微動だにせず立っていた。
(じゃあ、本当にコイツは......っ!!)
やられた、と思った。騙されて悔しい感情と裏切られたことへの落胆でぐちゃぐちゃの感情のまま、聖を見つめ続ける。
そんな黎翔の恨めしそうな視線を感じ取った聖は、呆れたように笑った。
「そんな目で見つめないでほしいかな。なにも僕は、君を騙してはいないのだから」
「なに......?」
「あの魔法を使おうとしたのは、君を守るために他ならないのだよ?結果的に元の世界との繋がりを断つことにはなるけれど」
「んだと.....!?」
黎翔はギロリと聖を睨む。聖は表情一つ変えず続ける。
「この魔法を使わないと、君はこの世界の法則────『ステータス』や『マナ』といった、1000年前に存在しなかったルールを利用することが出来ない。それが意味すること.....既にモンスターに殺されかけ、御織に助けられた君なら分かるかな?」
「.........っ、それは........」
黎翔はすぐに思い出した。この世界に来て間もなくモンスターに襲われ.....
絶対的な力───『魔法』を扱う御織に助けられたことを。
(今の俺じゃ、運悪くモンスターに出会ったら最後、なにも出来ずに死ぬだけ。それは間違いないだろうな.....)
黎翔はすぐに聖の言葉を理解した。
が、それに不満を呈する者がいた。
「だからって、黎翔から自由を奪うのは違うと思うけどな〜」
そう、御織だ。
聖が話し終わるやいなや、すぐさま反論を述べ始めた。こちらも笑顔のままだが、どこか不満そうな雰囲気を感じた。
「魔法発動後の自由は彼の能力次第だからね。僕にはどうすることも───」
「そっちじゃなくて、『名前を呼ぶ魔法』を受けるかどうかの話。アンタ、黎翔に許可取らずに魔法使おうとしたでしょ?召喚者には人権ないとか思ってるのかな?」
徐々に声に苛立ちを込めながら、御織はさらに言い募る。
「てゆーか、黎翔に事前説明くらいしたらどう?『黎翔を守る』っていうご立派な大義名分もあるんだし、先に内容伝えるくらいはすべきだと思うけど」
「それは.....うん、確かにその通りだね。今後は改善するよ」
「................チッ」
御織が抵抗を続ける中、聖は爽やかに言い切った。御織は不満を全面に出し、舌打ちをする。
「とにかく!『名前を呼ぶ魔法』を使うかどうかは黎翔が決めるべきだよ」
「え、俺?」
「もちろん!黎翔がイヤなら断ってもいいんだからねっ!」
御織は、笑顔で黎翔の方を振り返る。明るく可愛らしい笑顔に、黎翔は少しドキッとする。
「.....確かに、使う使わないを決める権利は黎翔にあるべきだね」
「んむ。ようやく分かったようでなにより───」
「でも、黎翔に『名前を呼ぶ魔法』を断る選択肢は無いんじゃないかな?」
「..............なに?」
聖は、やはり声も表情も変わらないまま優しく話し出す。
「さっきも伝えた通り、『名前を呼ぶ魔法』を使わないと君はすぐに死んでしまう。それに、『名前を呼ぶ魔法』を使おうが使わまいが、君は結局1000年前には戻れないんだよ?」
「.........は?」
聖の言葉に、黎翔の心臓がまたも大きく跳ねる。
それを見た聖は、さっきまでより少しだけ口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「だって、僕たちはまだ『召喚魔法』しか使えないんだよ。『送還魔法』は開発できてない。君は結局帰れないんだよ」
「.....ウソ、だろ.........」
黎翔の全身から冷や汗が吹き出す。少し落ち着いてきていた気持ちが再び緊張で埋めつくされ始める。
(嘘だろ?俺、もう帰れないのか?)
そう考えた途端、緊張が恐怖に転じ始める。それを察した聖は、肉眼では捉えられない程の速度で黎翔の耳元まで近寄る。
そして.....耳元で、優しく、優しく囁く。
「君はもう、両親とも兄弟とも祖父母とも、友人、先輩、後輩、嫌いな人、好きな人、出会うはずだった人.....1000年前の人とはもう会えないんだよ。どう頑張っても、絶対に」
「......!!やめ、やめろ...........!!」
「魔法を使えば彼らから忘れられ、魔法を使わなければ君は死ぬ。どちらの道も茨の道だろうね?」
「やめろっ!!!」
耳元で悪魔に囁かれ、気が狂いそうになった黎翔は咄嗟に払い除けようと腕を振る。が、それが当たる前に聖は少し離れ、邪悪な笑みで黎翔を見下ろす。
「道に光は灯された!さぁ、苦痛の人生を歩むか短い人生を謳歌するか.....どちらを選ぶも君次第だ!!」
手を広げ、大きい声で高らかに宣言した。
それを聞いた黎翔は.....理不尽すぎる選択肢を突きつけられ、絶望の底にたたき落とされていた。
(冗談じゃない.........っ!!)
脳裏に、父の顔が浮かぶ。祖父の顔が浮かぶ。友人の顔が浮かぶ。先生の顔が浮かぶ。
幼い頃死んだ、写真でしか見たことのない母の顔が浮かぶ。
(二度と.....会えないのか?)
過去の記憶が一気にフラッシュバックする。彼らの顔が現れては消える。
(あっ、ぁ......あ.......)
刹那の間に、黎翔の脳内は大量の情報で埋め尽くされた。同時に、『二度と会えない』という事実も脳内を駆け回り、慢性的な恐怖に身を包まれる。
「...........けて」
「?」
その場に倒れふし、肘を床につけ.....黎翔は、泣きながら小さく声をこぼした。
「たすけて...........っ」
誰に言ったのか、なぜ言ったのか、黎翔は分からない。ただ、誰かに助けてほしかった。
この、変わることの無い現状を、自身の感じる孤独を.....
その言葉を聞いて、真っ先に口を開いたのは.....
「当然だよ、黎翔」
「......!!」
恐ろしく低い声でそう呟いたのは、その場に立ち尽くし両手を握りしめ、全身から激しい怒りを漏らす御織だった。




