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「と、とにかくさ、リズを困らせるような真似はしないからさ」
お願いだから、俺をそんな目で見ないでよ。
「奥さまは、殿下を大切に思っておられます」
マリーさんはため息を一つ吐き、噛んで含めるように言ってくれた。
正直、そんなことは言われなくても分かってるよと言いたいけど、マリーさんが言いたいのはそういうことでは無いんだろう。
ただ、うまく言えないし、俺もよく分からない。
だから、ありきたりな返事しか出来ない。
「うん、よく分かってるよ」
「そうでしたら、御身を大事にしてください」
そう語り終えるとマリーさんは頭を下げ、俺から離れて行った。
良かったあ、解放された。
マリーさんの動きに気が付かなかった少女メイドも、慌ててマリーさんに追随した。
離れ際に、ぺこりと頭を下げたのが意外だった。
普通に、可愛いなと思う。
もしかして、俺ってロリコンか?
そうこうしていたら、ルスが戻って来た。
「大丈夫?」
「もちろんです」
そうは見えないけどなあ。
げっそりしているし。
「では、素振りを始めてください」
通常の訓練メニューに戻ったか。
周りに居た兵士も、俺と並んで素振りを始めた。
何だろうか、触れてはいけないという空気が充満している気がする。
おまけに、ルスまで素振りをし始めたけど、迫力が違ってかえってやりにくい。
別に一緒にやらなくてもいいのに。
ふと、リズの方を見た。
リズも何だか、落ち込んでいるように見えた。
いつもなら俺を見ているのに、少し俯いているからだ。
いえ、自意識過剰なのではありませんよ。
実際、いつもリズに見られているというより、監視でもなく、観察されているんだなあと最近気が付いた。
俺って、そんなに危なっかしいかな?
そんな訳で、対魔女戦の訓練は取りやめとなった。
まあ、魔女と遭遇したら、とにかく逃げよう。
それでいいんでしょう?
リズに泣かれるのは、ちょっと嫌だしね。
次の日には、初めて弓矢の訓練をすることになった。
「さあ、殿下」
「うん」
子供サイズの弓に、子供サイズの矢。
正直、これだったら剣を振り回しながら走る方が、まだ役に立ちそうだけど。
「いいですか、このようにやります」
ルスは弓に矢をつがえ、ビュッと矢を放った。
放たれた矢は、見事に的に当たった。
「すごい!」
俺は素直に拍手した。
「さあ、次は殿下の番です」
「うん」
俺もルスと同じように弓に矢をつがえ、的に向けて放った。
でも、届かなかった。
「よくお出来です」
「届かなかったよ」
「その弓で届いたら、むしろ驚きです」
何それ?
いじめ?
昨日、助けなかったから?
「少しずつ、弦を強くしていきますので、今はそれで慣れてください」
「ルスのような弓は、ダメなの?」
「まだ早いです。もう少し、背が伸びたら大人用の弓をお使えになりますよ」
「ふ~ん」
「初めてなのに的に向かって、矢が真っすぐ飛びました。筋がいいですよ」
褒められてもなあ。
「おぼっちゃま、少しよろしいでしょうか?」
「え?」
リズが珍しく、俺の側までやってきた。
というか、近づく気配を感じなかったけど。
それでも急な気配に俺が驚かなかったのは、相手がリズだったからかな?
リズは俺の側に居て当たり前だと思うと、存在が気にならなくなるのか?
リズは無言で、静々と近寄って来た。
「え?」
するとリズは、俺の身体に自分の身体を密着させてきた。
リズ自慢の豊満な胸が、俺の背中に密着してきた。
自慢しているところを見たことは無いけど、何度やられても中々慣れない。
いつも、いきなりだし。
密着してもよろしいでしょうかぐらい、言ってくれてもいいと思うけどなあ。
まあ、リズだからね。
「本当にルスは、大雑把でいけませんわ」
リズは愚痴というか、ルスに苦情を言いながら俺の身体にぴったりと密着し、手を添えてきた。
リズの手は少し冷えていて、意外に気持ちよかった。
リズに手を添えられながら、俺は弓に矢をつがえた。
不思議と、落ち着いていた。
むしろ、さっきまで緊張していたことに気が付いたぐらいに。
「いいですか、おぼっちゃま。リズがするように、息を整えてくださいませ。大きく息を吸わずに、急がずにゆっくりと細く吸ったり吐いたりしてくださいませ」
「うん」
リズに手を添えられ、リズと同じように息をゆっくりとしかも細く吸いながら、腰のあたりで矢をつがえた弓を静かに構え、流れるように弓を上に持ち上げた。
回転するように。
ゆっくりと細く息を吐き、そして同じように細く吸いながら、弓につがえた矢をゆっくりと引く。
息を吸った時、俺の視線と矢の先端が、まさに同期した。
矢を放ちたい誘惑にかられた。
でも、まだだ。
息をゆっくりと細く吐き、そしてゆっくりと細く吸い、リズと同調したその瞬間。
矢が自分になった。
放たれた矢は、シュッと音が鳴り、吸い込まれるようにして的の真ん中に命中した。
「え?」
「おぼっちゃま!お見事でございますわ!!!」
「これはお見事ですぞ、殿下!」
「ええええ?」
驚いて固まっている俺を、リズは後ろからギュッと抱きしめてきた。
リズはそのまま、強引に俺と踊り始めた。
俺は、訳が分からなかった。
「リ、リズ?危ないよ」
「おぼっちゃま!お見事でございますわ!本当にお見事でございますわ!」
「う、うん。分かったから、分かったから、ねえ危ないから」
「ふっふっふっふふふふん♪ふっふっふっふふふん♪うふふふふふふ♪」
鼻歌交じりで踊るリズは、ものすごく嬉しそうで楽し気だけど、俺一人でやった訳じゃないんだけどなあ。
まあ、水を差すのもなんだろうから、しばらくは付き合うか。
だって、泣いているよりも笑っている方が、リズにはよく似合うと思うから。
そうは思うけど、せめて、前の方に回りたいんだけど。
後ろ向きで踊るのって、相手が見えない分ちょっと怖いし、手には弓を持っているし。
俺は持っている弓をリズに当てないように気を付けたけど、リズは構わず踊り続けた。
まあ、リズに向かない方が、良かったかな。
だって、リズは俺の頭にくちづけするし。
俺は顔だけ後ろを振り向き、リズの表情を窺った。
すっかりご機嫌なリズの頬は紅潮していて、まるで少女のようだった。
今度は、額にくちづけをしてきた。
やれやれ。
リズの踊りは、まだまだ止むことがない。
後ろで編んで束ねたリズの髪が、陽光に反射して光り輝きながら、一緒に踊っていた。
冷たかったリズの手は、いつしか暖かくなっていた。
暖かくなったリズの優しい手と、触れているリズの体温が俺の心を温めるようだ。
まるで、リズの優しさが満ちてくるように。
リズはただ、嬉しそうにしている。
リズがここまではしゃぐ姿を見たのは、初めてだと思う。
それはそれでいいんだけど、問題はいつ俺を解放してくれるかだ。
まあ、そのうちマリーさんが、止めてくれるだろうさ。




