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皆に、リズの活躍や功績を知らしめないと。
他人の功績をさも自分の功績のように語ったりする奴は、俺は大嫌いだ。
ましてや、他人の功績を奪った挙句に出世したり、報奨金を平然と貰う奴なんか、死ねばいいと俺は思う。
そいつから君も頑張りたまえよとか言われたら、駅のホームから突き落としてやろうかとすら思う。
でもそういう奴に限って、意外に幸運な人生を送るんだよなあ。
美人のカミさん貰って、子供にも恵まれて、おまけに一戸建てを購入する。
絵に描いたような、幸せ家族だ。
神さまは見ていらっしゃると言うけど、何を見ているんだろうと疑問に感じる。
でもそれは、うまい生き方なのかもしれない。
もしかしたら、家族の為なら手を汚すことも厭わない、そんな生き方なのかもしれない。
でも、そいつの家族の幸せの為に、他人が犠牲になっていい訳はない。
俺は、そんな恥知らずな生き方はしたくない。
だから、真実を伝えないと。
魔女と戦ったのは俺ではなく、リズやルスだ。
そして実際に活躍したのは、リズだ。
リズは立派だった。
それにカッコ良かったし。
リズの活躍は、今でも俺の目に焼き付いている。
揺れるポニーテールは光っていて、とてもキレイだったし、戦い方も華麗だった。
まさに、戦場の華だと思う。
足もすらっとしていた・・・・・・いや、それは伝えなくていいか。
とにかく、リズの活躍はきちんと伝えないといけない。
そう決意したものの、ではどうすればいいんだ?
俺の側にはいつもリズかマリーさんが居るし、他の使用人と口を聞く機会がない。
いや、あった。
食事の時だ。
朝食をワゴンで運んでくるメイドさんに、声を掛けようと試みた。
リズが離れた瞬間を狙って。
「ねえ、君」
君って、何気取ってんだか。
でも、メイドさんの名前を知らないから仕方が無い。
「は、はい、殿下。何か、御用でしょうか?」
メイドさんは、若干戸惑っていた。
「うん、あのね」
「おぼっちゃま」
リズが割って入ってきた。
「え?」
もう、戻って来たの?
「御用向きは、リズにおっしゃってくださいませ」
「ええっと」
「はい」
きょろきょろと挙動不審になる俺と、ジッと俺の指示を待つリズとメイドさん。
「ああ、何でもないから」
「はあ、さようでございますか」
リズは俺が呼び止めたメイドさんを下がらせ、給仕の続きをしてくれた。
何故か、リズは俺の方をチラッと見ていたけど。
やりにくいなあ。
リズの居ない場所で真相を語りたいけど、よく考えたらリズが居ない場所って、トイレだけだった。
それで、トイレで何をする?
落書きでもするか?
あの戦いで活躍したのは、他でもないリズであると。
殿下は何もしていないと。
馬鹿か、俺は。
変な噂が立つじゃないか。
いや、立たないか。
だって、俺専用のトイレだから、落書きした犯人はすぐに分かる。
気が触れたと、そう勘違いをされるかもな。
「ああ!もう!」
「おぼっちゃま!!!」
しまった。
「どうされましたか?おぼっちゃま、ここをお開け下さいませ!」
「な、何でもないよ」
「本当でございますか?」
「本当だって」
「襲撃を受けたのではありませんか?」
襲撃って、何それ?
「大丈夫だって」
「本当でございましょうか?」
「本当だって」
しつこい!
「魔女、ではなくって、虫にしゃべるなとか、脅されていませんか?」
もしそうなら、リズの問いに応える方がおかしいだろう。
というか、何だその想像力は。
ドラマの見過ぎでは?
いや、この世界にドラマなんか無かったか。
「本当に何もないから」
「リズは、リズは、おぼっちゃまが心配でございます!」
すると、リズはドアを開けようとしてきた。
俺は焦った。
「もう出るから!お願いだから、リズはそこで待ってて!」
「はい!」
ああ、もう!
俺は大急ぎで身支度をして、トイレから出ることにした。
リズは俺の姿をみとめると、少しホッとしたのも束の間、俺の脇をすり抜けてトイレに入った。
リズもトイレかなと思ったけど、トイレの中をきょろきょろと何かを確認していた。
「魔女、ではなくって、虫は・・・・・・・あら、本当に居ませんわ」
「だから、大丈夫だって」
何だ、虫って。
「良かったあ・・・・」
俺の目の前まで戻って来たリズは、膝から崩れ落ちてしまい、もたれかかるように俺の腰にしがみついてきた。
「ほんとうに、ほんとうに、ほんとうにごぶじでよかったですぅ・・・・・・」
やれやれ。
どこまで過保護なんだか。
だいたい、どうやってトイレなんかに侵入するんだ?
ありえないだろう。
そんなリズを疎ましく思うものの、邪険に出来ない俺だった。
俺の腰にしがみつくリズの頭を、ただ撫でていた。
ため息が出そうになるのを、懸命にこらえながら。
ため息すら吐けない生活って、どうよ?
ふと、視線を感じた。
マリーさんだった。
「あ、マリーさん、居たんだ」
「マリーで結構でございます」
お願いだから、そんな冷たい目で俺を見ないでよ。
マリーさんの後ろに控えている少女メイドは、何故か顔が赤かった。
何で、顔を赤くしているんだよ。
だって、これはそんなに色っぽいシチュエーションじゃないから。
子供には、刺激が強かったかな?
襲撃を受けたかもしれないっていう、そんなドラマに。
やれやれ。
「リズ、リズ?」
「はい、おぼっちゃま」
「もう、大丈夫だからね」
「あら、いけませんわ。リズとしたことが」
「ええっと、何が?」
「このような隙をお見せしたら、おぼっちゃまもご不安になると思いますわ。もっと、しっかりしないといけませんわ」
「別に不安はないよ」
「いいえ、いつどこから魔女、じゃなかった、虫がおぼっちゃまを襲うか分かりませんわ」
虫じゃなくて、魔女ね。
だって、虫に襲われたって、いくらなんでも微妙じゃない?
世間は噂好きだから、尾ひれが付くこともあるだろう。
「なんでも大公家のおぼっちゃまは、虫に襲われたそうよ?」
「虫に?」
「そうそう、虫に襲われたって腰を抜かして、メイドさんにおんぶしてもらったそうよ」
「いやだわあ、男の子なのに」
「大公家も大丈夫かしら」
「メイドさんがしっかりしているから、大丈夫なんじゃない?」
「でもねえ」
「ねえ」
「虫ぐらいでねえ。おほほほほほほほ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あ、これは死んだかも。
いかん、今はそれどころではない。
「でも、ルスや兵士が警護しているんでしょう?」
「ルスなんか、当てになるか、分かりせんわ!」
「そうなの?」
「はい!でもリズが、必ずおぼっちゃまをお守りいたしますわ!この命に代えて!」
「奥さま、このマリーもお供いたします」
「マリー!頼りにしていますわ」
「はい!」
何だろう、マリーさんのその態度。
極端すぎないかな?
まるで、別人みたいだ。
そうだ!
「ねえ、リズ」
「はい、何でございましょうか?」
「魔女に襲われた時だけど」
「はい、魔女、ではなくって、虫のことでございますね」
いや、もういいから。
面倒だから、もう虫でいいや。
「うん、まあ、そうなんだけど、実際に戦ったのはさあ・・・」
「ああ、あの時のおぼっちゃまは、大変にご立派でございましたわ!」
「へ?」
「身を挺して、このリズを守ろうとしておられました!」
「ちょ、ちょっと、ねえ」
「魔女、ではなくって、虫の前におぼっちゃまが颯爽と立ちはだかったお姿は、本当に凛々しくていらっしゃいましたわ!」
ええっと、記憶に無いんだけど。
「ねえ、リズ」
「おぼちゃまのご勇姿に、リズはただただ感動いたしましたわ!」
「は、はなしを」
「魔女、ではなくって、虫が繰り出す攻撃を物ともせずに、リズのことを身体を張って守り通していただきましたわ!」
「ねえ、話しを聞い・・・」
「リズは僕が守るっておっしゃった時は、リズは、リズは、リズは、もううれしくてうれしくて、感動でどうにかなってしまいそうでしたわ!!!」
「り、りずぅ?」
「お怪我をしていても、リズの為に身を挺して魔女、じゃなくって虫と戦おうとされたこと、リズは一生忘れませんわ!」
いや、忘れていいよ。
というか、その記憶、おかしくないか?
それとも、俺の方が記憶障害なのか?
何、虫と戦うって?
普通に恥ずかしいんですけど。
だからさ、忘れてくれないかな?
何なら、すぐに忘れて。
というか、それ何のお話し?
あとね、俺は虫に刺されたのであって、怪我なんかしていないよ。
いや、これだと魔女に刺されたってことになるのか?
リズを庇って、虫というか、魔女に刺されたとか?
魔女が虫で、虫が魔女で?
あれ?
ええっと、虫呼ばわりされた魔女ではありません。
本物の虫に刺されました!
って、何を言ってるんだ、俺は?
「もう!リズは感動いたしましたわ!」
ああ、そうかい、そうかい。
フェイクを流したのは、リズ本人だったのかい。
マリーさんも何だかうっとりしているし、何なら少女メイドも感動して目が潤んでいた。
ただ、その感動を向ける相手が、ちょっと違うようだけど。
「でもでございますわ」
「え?」
「おぼっちゃま、もうあのような危険な真似は、決してなさってはなりませんわ」
いや、そもそも俺何もしてないけど?
ただ、ジッとしていただけだけど?
「お怪我までされて、リズは本当に肝が冷えましたわ」
だから、俺は虫に刺されただけで、怪我は一切していませんけど。
いや、リズから見たら、虫刺されも立派な怪我か?
本当に怪我をしたら、どうなるんだ?
俺ではなく、リズがだけど。
それに何度も言うけど、戦ったのはリズと、それにルスの二人。
俺はただ、リズに庇われただけ。
それが真実です。
危険な行為は、一切していません。
ねえ、聞いてる?
聞いてないか。
「おぼっちゃまがリズのことを大事に思ってくださる、そのお気持ちだけでリズは、リズは、リズはいつ死んでも悔いはございませんわ!」
ねえ、もういいかな?
悔いはあるんだよ、俺には。
いつまで付き合わないといけないんだよ。
「マリーもお供いたします!」
「・・・・・・・・・・・」
「マリー」
「・・・・・・・・・・・・」
「はい!奥さま!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「私に何かあったら、おぼっちゃまをお願いね。これはマリーにしかお願いできないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「奥さま・・・・」
マリーさんは眼鏡を外し、潤んだ目頭を拭っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰、この人?
「はい!このマリーに、すべてをお任せください!」
何を任されたのかね?
少女メイドも力強くうなずいているし。
でもさ、君はいいと思うよ。
まだ子供だし。
この二人に付き合わなくても、本当にいいと思うよ。
というかさ、このままこの二人に付き合わされたら、道を間違えると思うよ?
俺だって、付き合いたくないし。
それに感動しているところ悪いけど、そろそろ俺を解放してくれないかな。
だって、リズは相変わらず俺の腰に抱き着いたままだし、マリーさんも跪いちゃっているし。
俺ではなく、リズに跪いているんだろうけどね。
これって、変だよね?
水を差すようで申し訳ないけど、俺、本当に何もしてないよ?
身を挺して俺を守ってくれたのはリズで、魔女を退けたのは勇者ルスだからね。
そう言いたいけど、どうも俺の話を聞く気がないようだ。
ルスの名前を出すと、リズは何故か不機嫌になるし、話しもおかしな方向に行くし。
夫婦なんだから、少しは仲良くしてよ。
一応さ、結婚に夢見てるんだから。
本当に面倒だ!
何だかもう、どうでもいいや。
もうさ、好きにして。
こうして俺は、真相を語ることもなく、何だか英雄扱いされるようになった。
歴史が捏造される瞬間に、居合わせたような気分だよ。
でもさ、いつになったら解放されるんだろう?
飽きるまでかな。
いや、リズが飽きることって、あるのかな?
問題は、俺がいつまで耐えられるかだ。




