第98話 鈴は鳴らされた
ベネデッタさんの手によってカフィンが淹れられ、応接室は香りで満たされた。
「豆がこんな香りを作るなんて信じられない」
「はい。これがカフィンの魅力でございます」
ベネデッタさんはグォールさんの時よりも緊張の面持ちだ。応接室に入ってからイリアから正式に身分を聞いたとき、ベネデッタさんは座っていたソファから飛び上がり跪いたほどだ。
フォーリアは全く反応しなかった。龍だしね。
「イリア、王都に持っていくときにアルマン王に献上したいんだけど」
俺がそういうとイリアは大きくうなずいた。
「お父様もきっと気に入るはずよ。この香りはとても気分が落ち着くわね。紛糾しそうな会議にはもってこいの飲み物ね」
「王にもお飲みいただけるのですか・・・」
ベネデッタさんが目をパチクリさせた。
「えぇ。ちょうどわたくし、お父様にお手紙を送ろうと思っていたところです。もしよければこの品と共にと思うのですが、いかがですか?」
「ありがとうございます!ではカフィンとあわせて淹れるための器具、淹れ方を記したものを添えて献上いたします」
「こちらこそありがとう」
イリアが微笑むと、ベネデッタさんも緊張の中でもわずかに口角を上げていた。今の彼女の精いっぱいの笑顔だろう。
さて・・・。
「ところでイリア、どうして君がこのミニンスクに?」
そういうとイリアは居直り、話をしてくれた。
このミニンスクに着いたのはつい昨日とのこと。ミニンスクに自分がいるのは半分自分の意志だが、半分は『命令』であるという。
その『命令』をだしたのは他でもないアルマン王だった。
なぜそんな命令を下したのかといえば、先の穀倉地帯でのイリアに対する『罰』だというのだ。
イリア曰く、そもそもアルマン王は『相応の罰を下す』と言いながらもそうする気はさらさらなかったようで、待ちあぐねたイリアがアルマン王に有言実行を求めたという。
さすがに王女を牢獄に入れることは適わぬとして考慮に考慮を重ねた結果、ハピロン伯爵没後の資産管理のための王城からの人材派遣が遅れていることもあり、周辺貴族の不満を抑える目的も兼ねて、『仕事をするという罰』として一時的に『王城を出ろという命令』として下されたそうだ。
罰を与えるなどもってのほかという意見も数多くあったものの、イリア自身が喜んでその『罰』・・・いや、責務を全うすると宣言。エナリア商会と王城との橋渡し役としても活動することになった。
「そして着任した昨日と今日は貴族との面談を行っていたのだけど・・・」
そう、よく見るとイリアは少しやつれているようにも見える。
「予想外にハピロン伯爵の資産はいらぬと言いだして・・・」
「だったらいいじゃないか」
「よくないわ。わたくしと面会する貴族は皆、わたくしを目的に会いに来たのです」
「ん?」
「つまりは、求婚されたのですよ・・・?」
イリアは窺うように俺を見た。
「きゅ、求婚・・・か・・・」
「振り払っても求められるので疲れてしまって・・・」
「無理もないさ。イリアは美人だからね」
「・・・・・・それだけ?」
「へ?」
「・・・はぁ、疲れが余計に溜まりそう。・・・アニーさんと話したいな・・・」
イリアはぐびっとカフィンを飲み干した。
「ベネデッタ、悪いけどもう一杯いただけいただける?」
「はい、喜んで」
・・・
・・
・
ここはどこだろうか。深い森の中のようだが・・・。
木漏れ日が射しているけれども、高く、深く茂った木々に遮られて弱弱しい。
そういえば・・・このあたりの景色に見覚えがある気がする。
いつだったろう・・・覚えがない・・・でも来た記憶はあるのだけど・・・
しばらく歩くと木々のすき間が大きくなり、やがて木のない広場のようなところに辿り着いた。
ここは確か・・・そうだ、大きな木があった場所だ・・・。
ほら、確かに大きな木。弱弱しかったはずの陽の光がまぶしいほどに辺りを照らしている。
俺はここで誰かと待ち合わせをしていたような・・・。
大きな木に向かって歩くと、木の陰から誰かがひょっこり顔を出した。
淡い水色の髪の毛の女性・・・そうだ、どこかで会ったよね。
女性はいつの間にか俺の目の前まで来ていて、うんうんとうなずいている。
手を引っ張られた。
おぼつかない足取りでよたよた走ると、木の前に立たされた。
女性が大きな木の陰に入って、何かを探していた。
りん――――――
心の奥底まで響きそうな鈴の音・・・。
女性はその鈴を俺に渡した。
くれるのか?
女性はうんうんとうなずいた。
りん―――――りん―――――
鈴を指差している。
―――鈴―――鳴らす―――私――――走る―――
そうだ、いつか前もこんな風にこの人と話したっけ。
鈴を鳴らせば私は来る――――そう言いたいんだな。
パァッ、と顔を明るくして飛び跳ねた。よかった。当たったみたいだ。
小さな光が徐々に舞い降りてきた。
なんだろう・・・そう思った時、女性が手のひらを口元に近づけたと思ったら、ふぅっと息を吹いた。
俺の体がみるみるうちに光りだした。
――――これであなたも大丈夫よ
え?なんのこと?
あれ?目の前が真っ白になって―――――
やわらかい・・・あれ?あれ?夢――――?
手の平の柔らかい感触がとても生々しくて、森の中のぼんやりとしたあたたかさがふんわりとした布団のぬくもりと一緒で――――
あぁ、イリアも森に来ていたんだっけ―――
こうして一緒にいるだけですごくあったか―――――
「!!!」
飛び起きるなんてほんと久しぶり。サラリーマン時代に遅刻しそうになったあの時以来ではなかろうか。
その拍子に被っていた布団もめくれあがり、露わになったイリアの肢体と俺の――――
え?なんで俺裸なんスか?
「ん~~、おはよう、ジンイチロー・・・」
眠そうに目をこするイリア。俺はといえばどこへ目を向けていいかわからずオロオロする始末・・・。
「そんなにあわてなくてもいいのにぃ・・・」
「いや、だって、その、ははは・・・」
「ジンイチローとお話しようと思ってたらもう寝ちゃってて・・・」
イリアが俺の腰に腕を回して抱きついた。
「いや、だからといってなんで服着てないの!?」
「だって、私がきたときにはもうジンイチローもそうだったよ?」
あのメイドめ・・・。
「ということでぇ~、もうちょっとゆっくりしましょ!」
「うわぁあああ!」
上半身にもっていかれ、俺はイリアの横に再び寝かされる格好に。
―――――りん
「え?」
「なぁに?今の音?」
今確かに鈴の音が・・・。
俺はベッドを腕で何度か圧してみた。
――――りん、りん・・・りん
ころころ、と圧している俺の手の甲に滑るように転がる小さな鈴。
手に取ってよくみると、夢の――――あれ?何の夢だっけ・・・?
鈴をもらったような・・・。
「綺麗な音ね。こんな小さい鈴なのにどうして大きく響くのかしら」
「うん・・・」
――――りーん、りーん
イリアの言う通り、澄んだ音が全身に響くくらい大きく聞こえる。でもうるさいなんて思わない。むしろずっと聞いていたいくらいだ。
「あれ?」
どうしたものか、宙に目を泳がせると不思議と何かが見える。
飛蚊症??
「どうしたの?」
「なんか白いのが・・・」
「白いの?」
「ふわふわしてない?」
「・・・埃かしら・・・。お掃除したはずなんだけど。またしてもらうわね」
「うん・・・」
埃にしてはどうしてか・・・掴めないし、光っているようにも思えるんだけど・・・。
寝たのに疲れているのか・・・。
そのあとイリアはしばらく俺をからかうも、給仕達が慌ただしく廊下を走る音を聞いてかようやく起き上がってくれた。
朝食の後大事な話があると言って、ドレスを着たイリアはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
その朝食後、俺一人でイリアの部屋を尋ねた。
イリアはお茶を淹れて待っていてくれた。
「座って」
「うん」
テーブルにお茶を置くと、イリアは俺の隣に座った。
「本当は昨日話したかったんだけど・・・」
「ごめんね、寝ちゃっててさ」
「いいのよ、あなたも長旅で疲れてたのでしょうし」
「それで話って?」
「・・・メルウェルのことよ」
「メルウェルさん?」
イリアはややうつむきながらも話を続けた。
「メルウェルが・・・王城を去ったの」
「・・・」
「メルウェルは・・・もう自分は必要ないと言って・・・。近衛騎士団だけじゃなく、王城勤めまで辞めて去ってしまった・・・」
「メルウェルさんが・・・」
ふと、穀倉地帯での朝の出来事を思い出した。
あの時も確か、そんなことをにおわせるようなことをいっていたような・・・。
「メルウェルがそういうならと思って、自信をもっていこうとこの地に来たんだけど・・・自信がないの。いつも一緒にいたメルウェルがいないだけで、こんなにも寂しいだなんて・・・」
「イリア・・・」
「ばかね、わたし。全力で引き止めればよかったのよ。意志を固めたからといって、私が許さなければメルウェルはいてくれたはずよ。でも私はそれをしなかった。・・・ふふ、もちろんそうする気もなかったんだけど・・・でも・・・やっぱりそうしておけばよかったのかなって、いなくなってから思っちゃって・・・」
「それだけメルウェルさんのことを大事に思っていたんじゃない?」
「・・・違う。ただ単に・・・甘えていたんじゃないかしら。誰かに聞けばいい、自分が責任を負いたくない・・・そんな気持ちがどこかにあったんじゃないかって、そうも思うのよ。いつもメルウェルが私の傍にいて、『どうしたらいいかしら』って聞くの。そうしたらメルウェルは『このようになさってはいかがですか』って、何かと助言してくれた。それがさも私は自分の決めたことのように感じていて・・・確かに自信は付いてきたわ。でもメルウェルがいなくなってから・・・」
イリアは真一文字に口を噤み、しばらく黙してしまった。
「イリアは・・・・・そんな自分が嫌なんだね。知らないうちに誰かに頼ろうとしている自分が・・・」
「・・・そう。私は卑怯ね。いざいなくなってから『ぽっかり穴が開いたようです』なんて言って、自分がしなければいけない仕事の責任を誰かがいないことのせいにしようとしている、そんな自分が恥ずかしいぐらい卑怯で、許せなくて・・・」
はぁ~、とイリアは深くため息をついた。
「・・・いいじゃないか、卑怯で」
「え?」
「ふふ、それぐらいじゃないとこの御屋敷の仕事なんてできないんじゃないか?」
「ジンイチロー・・・」
「みんなそうさ。俺だって同じだよ。他人のせいにするときっていうのは、大抵自分の力量不足を自覚していても認めたくないときさ。でもイリアが俺とか他人と違うのは、力量不足を認めるだけじゃなくて、自分に足りないものをどうやって補えばいいか・・・それを考えた時にメルウェルさんを思い浮かべたんだろ?」
「えぇ、まぁ・・・確かに・・・」
「君の中の『メルウェル』は、何て言っているの?」
「・・・『イリア様の考えるままに行動なさってはいかがでしょうか』」
「ふふ、それは『メルウェル』の言葉でもあり、メルウェルさんのおかげで成長した君自身の答えだ。彼女の言う通り、イリアは成長したんだ」
「・・・」
「大丈夫だよイリア。自信を持って。君ならできるよ」
「・・・ありがとう、ジンイチロー」
イリアはそっと俺の手を取った。
「あなたといると本当に落ち着くわ。あなたに話して本当に良かった」
「あれ?アニーに話したいんじゃなかった?」
「・・・ぷっ、ふふふ!あれは違う話よ!落ち込む私をこんなに気持ちよく励ましてくれるのに、肝心なことは本当に『にぶちん』なんだから!」
「へ?」
「もういいわよ。それがあなたの魅力なんだから」
「俺の?」
「そう・・・だからこんなこともしたくなっちゃうの・・・」
イリアが俺の頬に手を当てると、目を閉じて顔を近づけてきた。
俺もそのまま・・・。
「そう、それがジンイチロー様の魅力でございます」
「「 うわあああああああ!! 」」
俺とイリアの間に割り込むように入り込んだ、メイド・モア!!
「モア!び、びっくりさせないでよぉ!!」
「そうだよモアさん!あぁ、心臓が飛び出るかと・・・」
「失礼いたしました。早急な伝言を預かりましたゆえ、大変よい雰囲気のところ申し訳ございませんがお聞きください」
「はいはい、それで何かな?」
「グォール様より、『ワイバーンはまだかね?』とのことでございます」
あ、忘れてた・・・。
「ちなみにグォール様はこのお屋敷のこのお部屋の扉の前でお待ちでございます」
「「 それを早くいえよ!! 」」
「いやいや、そういうことだったのかね。どおりで他の女になびかんわけだ」
扉を開けたグォールさんは許可なく王女の部屋に侵入しました。
「ちょっと待ってジンイチロー。『他の女』ってどういうことかしら?」
イリアの細い目が光った。
あ、マジでちょっとまって。
「グォールさん、ここでそういう誤解を招くような・・・」
「あちらさんは君の話をしたら俄然燃えているようでなぁ。ははは!!さて、ワイバーンの件だが・・・」
「いやいや、ワイバーンよりもまずはこっちの燃えている方を――――」
「ジンイチロー?説明していただけるかしら?」
口だけ笑ってるヤバイやつだ!!
下手に煽るグォールさんを抑えつつ、結局不気味なオーラを放つイリアも必死に宥めることに1時間くらいを要してしまった・・・。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
駄文がのんびり続く物語でありますので、今後ものんびりとお付き合いいただければ幸いです。
次回予定は1/4・・・にできればと思います。もしかしたら1/5になるかもしれません・・・。
年末年始休業が少なく執筆が進まない!・・・という、年始の挨拶早々ネガティブ発言・・・。
重ねてよろしくお願いします。




