第99話 モアの『基準』
グォールさんに案内されたのはエナリア商会が所有する何も入れていない倉庫。
そういう場所を希望したのは俺だ。
フォーリアだけでなくモアさんとベネデッタさんも連れ立っての訪問となった。
「こちらのフォーリアは空間魔法が使えるのです」
「なるほど、そういうことだったのか」
「じゃあ、フォーリア」
「うむ。見ておれ」
フォーリアが片腕を挙げると、突如として異空間が現れた。
彼女がその異空間に入ると、雑にワイバーンをこちら側の空間へ放り投げてきた。
ワイバーンの特盛りの完成である。
「まずはジンイチロー殿」
「はい」
「その女性の怪力は一体どんな仕掛けがあるというのだね」
「あ・・・」
しまった。ワイバーンのことで頭がいっぱいでそっちの『言い訳』を考えていなかった。
「はははっ!このフォーリア、実を言うとりゅぶぐぐぐうぐううぐもぐう!!!」
間一髪。
「りゅ・・・りゅう?」
「何を言いますかグォールさん!彼女は「りゆうもなく強い力がでているから魔法の作用が働いているのかも」と言ったのですよ。ははは」
「ふむ・・・」
じたばたするフォーリアの口と鼻を抑えつつ、空笑い。
そんな中、グォールさんの興味は俄然ワイバーンへ移った。
「うん、確かにこれはワイバーンだ!ちなみにいつ狩ったのだね?」
「えーっと・・・2日前ですかね」
「・・・にしては息絶えてから間もないように見えるが」
グォールさんがそういうと、フォーリアは俺の抑えを振り切って自慢げに腰に手を当てた。
「それはそうだ。空間魔法によって収納されたものの時の進みはこの空間とは違うからな。時間差はないに等しい」
「なるほど・・・。つまりはつい今しがた死んだものと見てよいのですな」
「そういうことだ」
「いやしかし、これは・・・本当に素晴らしい・・・」
死んだ魔物に価値を見出すことができるというのも不思議でならないな。
「ジンイチロー殿、これの売り先を知りたいというのだな」
「はい」
「ならば全て私が買い取る。よいか?」
「え!!いいのですか!?」
「お願いをしたいのはむしろこちら側だ。これほどの美しい状態のまま売ってもらえるのだ。価値あるものを見せてもらえただけでも感謝だ」
グォールさんは子どものように瞳を輝かせながら満面の笑みだ。
「で、どうする?」
「はい。グォールさんに売ります」
「ありがとう!ではコレットを呼ぶので少々時間をいただけるだろうか」
「わかりました」
グォールさんはコレットさんを呼びに行き、すぐに戻ってきた。
大きな箱を二人がかりで運び込み、それを俺の前に置いた。
あぁ、この音は聞き覚えが・・・。
「この中に金貨1800枚入っている。これでいかがか?」
「1800!?」
貨幣の価値というものが崩壊した瞬間でもあった。
あんな魔物になぜこれだけの売却金が発生するのだろうか。驚きのあまり口が開きっぱなしになってしまった。
「こんなに・・・」
「宝石のないワイバーンは金貨200枚。宝石のついたワイバーンは400枚だ。ある程度高く見積もったつもりだが、気に入らないかね?」
「いえ!とんでもない!これだけいただければ食べていくことが―――あ~いやいや、十分な活動費に充てられますよ」
「そうか、では成立だな」
コレットさんが安心したようにほっと肩をなでおろした。
「ちなみにですが、どうしてこんなに高値で買っていただけるのですか?」
「うむ。宝石は上位の魔道具生成に必要なものと言われていて、値のほとんどがその宝石だ。あとは皮と肉、爪と血と・・・つまりは余すところなく使える部位があるということだ。それも上位級でね」
「はぁ・・・こんな魔物にねぇ・・・」
「宝石のついていないものはジンイチロー殿が持っているのか?」
「はい。くり抜きました」
「大変価値あるものだ。売らずに持っているなら大切に保管することを勧める」
「わかりました」
「よし、コレット。解体については任せたぞ」
「はい。すでに店の者にこちらに向かわせていますのであと少しで到着かと」
「ジンイチロー殿、本当にありがとう。良きものを見せてもらった。これからも何かあれば私を尋ねてほしい。こうした貴重なものが手に入るだけでこの街はさらに活気づくのだ」
「お役にたてて何よりですよ」
このあとグォールさんとはカフィンのことについてベネデッタさんと一緒に話し合った。
ベネデッタさんはフィロデニア王都に入ったことがないというので、ひとまず王都行きを果たした後にミニンスクに戻ることになった。
次に向かった先は、幌馬車を購入したモーゼルさんの店。
フォーリアがいち早く倉庫の中で幌馬車と馬を異空間から解き放っておいた。
馬は俺の目から見ても呆然としているように思えた。
「モーゼルさんはいますか」
「いらっしゃい―――って、こいつはこいつは・・・」
下唇を丁寧に舌でなぞるその顔・・・。
「この前お話しした幌馬車の貸し出しのことで・・・」
「あぁ、待ってたぜ・・・」
待っていたのは本当に『商売話』だけだろうか。
とはいえモーゼルさんもいろいろそのあたりのことについて考えてくれていたらしいが、結局のところ俺が以前提示した額面で幌馬車のレンタルをしたい、とのこと。俺の幌馬車を使うわけだが、取り分はモーゼルさんと俺とで6:4の割合にした。
モーゼルさんは目を丸くさせたが、俺にとっては商売を始める気はあまりないし、第一馬の飼育や幌馬車の整備を任せる以上はしっかりとした収入もなければできないことだろう。幌馬車購入の際に約束した部品交換の永年サービスにしても、金はやはりかかるものだ。
「というわけで、幌馬車と馬の所有権は俺にありますが委託金を払ってモーゼルさんに馬の飼育等を依頼するのと変わりありませんね」
「いいのか?取り分が所有者を上回るなんて・・・」
「儲けようなんて思ってないんで、思い出してふらっと来たときにもらうようにします」
「恩に着る。これで余裕をもっての飼育が可能だし、馬車の整備も可能だ」
話が付いたところでそろそろ行こうかな。
モーゼルさんの俺を見る目が異常にキラキラしているし。
「じゃ、俺はこれで」
踵を返して歩こうとした俺の肩が、モーゼルさんにがっちりと掴まれてしまった。
「まぁ待てよ、茶の一杯でも飲んでいかないか・・・」
「遠慮します」
「何も入れてない純粋なお茶だからさ・・・」
ぞわ。
「さよならっ!!」
「あぁっ、待ってくれよぉ!!」
しばらく世話になった馬への挨拶も短く、モーゼルさんの店をあとにした。
そして俺達は再びイリアのもとへ向かった。
フォーリアは外で待っているというので庭園に野放し。
給仕の女性に応接室に案内されソファに座ること数分、イリアが入室した。
「ごめんなさい、待たせてしまって。お父様への手紙をまとめていたの」
確かにイリアが紙の束をいくつか持っている。イリアがソファに座るとそれをテーブルに並べた。
「3通あるんだけど、もしよければジンイチローから渡してくれないかしら?」
それを聞いて俺はうなずいた。
「いいよ。そんなふうにお願いされるんじゃないかなって思ってたし」
「ありがとう」
「それにカフィンを届けて披露しなくちゃいけないからね」
「ふふ、そうね」
「まだここに就いて間もないのにもう3通も手紙を書いたの?」
「そうなの。ここ最近のミニンスクの情勢について、エナリア商会から聞いたことをまとめてみたの」
「ふ~ん・・・」
そういうイリアの顔が浮かない。
「何か気になることでもあったの?」
「気になる・・・というほどのことでもないのだけど・・・まぁ気になるといえば気になるのかしら・・・」
「どんなこと?」
「・・・ここ最近街の中に盗賊風情の者が現れるようになったっていう話があって、それを懸念しているのが鉱山の作業夫たちらしくて、酒場でそれらしき男達を頻回に目撃するようになったっていう情報」
「そっか・・・。でもそれを王に報告する理由は?」
「特にないわ!」
ガクッと崩れ落ちる俺。
「活動報告が目的だから特に意味はないけど、こうして手紙にすると、不思議と頭の中が整理できるのよ。まったく関係ないと思っていた点と点が、実は裏で繋がっていることってあるでしょ?そういうことがわかるような・・・」
「それならまずは活動日誌を書くといいよ。そうすれば王に宛てる手紙の内容も整理できて、王もイリアが何を言いたいのかがわかるよ」
「活動日誌・・・そうね、試してみるわ」
俗にこれを『記録』という。サラリーマン時代も一日の活動と受理依頼、スケジュールを一元に管理していた。出来事を忘れにくくできるし、将来的に引き継ぎもしやすくなる。
俺は手紙を魔法袋に入れ、しばらくイリアと雑談をしたが、来客を給仕が伝えてきた。
「じゃあ俺達もこれで出立するよ」
「・・・しばらくここにいてもいいのよ?」
「そうしたいところだけど、王への手紙も預かったしね」
「私ったらもうそんなことを忘れてしまったわ・・・」
すると、モアさんが立ち上がった。
「ベネデッタ様、先に参りましょう」
「へ?あ、はい。イリア様、それでは失礼いたします。カフィンは必ず王にお贈りいたします」
「ありがとう。よろしく」
そういうと、モアさんはソファから一歩引き、あらためて深いお辞儀をした。
起こした顔はイリアに向けられていた。
イリアは何かを悟ったのか、にっこり笑った。
「ありがとう、モア」
「いえ、礼にはおよびません」
二人が退室したので、俺も立ち上がった。
「イリア、急な来訪だったのに色々手配してくれてありがとう。助かったよ」
「・・・ふぅ、やっぱりこの方はわかっていませんのね」
「ん?」
「モアさんて不思議ね。あの人は本当のところ私のことをどう思ってるのかしら」
「・・・あの、なんで急にモアさんの話?」
イリアは深いため息をついた。
「モアは二人っきりにさせてくれたのよ!にぶちん!!」
「え!?そ、そうだったんだね・・・」
「まったく・・・」
イリアはそういって立ち上がり、そのまま俺に飛び込んできた。
「アニーさんと行くんでしょ?」
「・・・そうだね。王都に帰ったらエルフの国に行くことになるかな。それと・・・考えたくないけど、魔王にも会わなきゃいけない・・・」
「私も一緒に行きたかったけど・・・お勤めがんばる」
俺の背中に回している腕に力を込めてきた。
「ジンイチロー、また来てね」
「もちろん。魔王のところから帰ってきたらまたお邪魔するよ」
「約束よ」
「うん」
「・・・私はもう、色々と覚悟してるんだから・・・」
「覚悟?」
「聞き直すなっ!!」
回されていた腕が突然ボディーに炸裂!
「おぶぅ・・・」
「ここは王城じゃないからいい機会だと思ってるの。察してよ、もう・・・」
イリアは再び腕を回して俺を抱きしめた。
あぁ・・・なるほど・・・やっと理解できました・・・。
「ということで約束。わかった?」
「はい。わかりました」
「じゃあ、私はこれで行くわ。ジンイチローも道中気を付けてね」
「ありがとう。イリアも体に気を付けて」
抱擁を解かれたと思ったら、イリアが力強く唇を押し付けてきた。
その時、扉をノックする音が割り込んできた。
その音に思わず体をビクリと震わせてしまう。イリアは唇を離すと、俺の耳元でくすぐるような小声で、一言囁いた。
その言葉を聞いたとき、途端に鼓動が高鳴った――――
「イリア・・・」
「じゃあね!ジンイチロー!」
「う、うん・・・またね・・・」
「ジンイチロー様」
「ごめん、待たせて」
「外で待たせているフォーリア様が『龍化』するぞと脅しておられました」
「え・・・」
「ベネデッタ様が気を利かせてフォーリア様を連れて庭園を散策してくださっています」
「そっか・・・それは悪かったね」
確かに、遠くに2人の姿が小さく映った。
「モアさん・・・」
「はい」
「イリアと二人っきりにしてくれたんだね」
そういうと、モアさんは俺の顔を黙って見つめた。
「・・・その見解は、イリア様からお聞きになったのですね」
「はい、そうです」
「でしょうね。そうであるならすでにキリマン村でお気づきのことと思いますので」
「え?キリマン村?」
「やはり・・・」
モアさんはイリアのように顔をしかめることはなく、静かな雰囲気そのままに俺を見やった。
「イリアが言っていたよ。モアさんは不思議な人だって。イリアのことを内心どう思っているのかってね」
「・・・」
「モアさん?」
「私が皆さんに対して気を利かせるような態度をどうしてとるのか、ジンイチロー様はお分かりになりますか」
「え・・・といわれても・・・」
「基準はただひとつ、『ジンイチロー様に好意を抱いているか否か』のこの一点のみです」
「はぁ・・・」
「私が仕えるご主人様に好意を抱く方とのお付き合いは今後の活動に有用性があります。さらにはあなた様を慕う方であれば『危害を加える』ことはしないと思うからです」
モアさんは遠くにいるフォーリアとベネデッタさんに視線を飛ばした。
「ですが、私が未だにその点に関して危惧している方がいらっしゃいます」
モアさんは視線の先から顔を背けない。
「まさか・・・」
「そう、ベネデッタ様です」
「ベネデッタさん・・・」
「ジンイチロー様、悪いことは言いません。あの方と縁を切るべきです」
「そこまで!?」
「はい。確かにあの事以後ジンイチロー様に危害を加えたということもありませんし、カフィンのために尽力するお姿も心を打ちました。ですが、根本的なジンイチロー様への感情が未だに理解できません。ベネデッタ様の心は閉ざされたままにあるのでしょう。ジンイチロー様に対する『慕う心』は、今のところ見受けられません。むしろ感じるのは・・・」
モアさんは俺を見た。
「ジンイチロー様を利用しようとする思惑を感じます」
「俺を利用?」
「ええ。今のベネデッタ様からは一言でいえばそのような形で表現できます。ゆえに今後の危機管理を考え、ベネデッタ様から距離を置くことを勧めたのです」
「でも心が閉ざされたままであるなら、何かできることがあるんじゃ・・・」
モアさんは首を振った。
「それはジンイチロー様がしなければならないのですか?」
「・・・」
「偶然に彼女と出会い偶然にも帯同することになっただけであって、ジンイチロー様がしなければならないこととは思えません。ジンイチロー様がしなくても他の誰かがそれを成すかもしれません」
「それはまぁそうだけど・・・」
「ジンイチロー様はお優しい方ですが、様々な出来事に対して抗うことなく受け入れすぎていらっしゃいます。今のところはそれが功を奏しておりますが今後はわかりません。とてつもない代償を払うことだってありうるのです」
静かな面持ちで話してはいるものの、モアさんの固い意志が言葉と共に溢れるようだった。
「ですが、私はジンイチロー様の決断に対しては常に賛意を表しますゆえ、どうお決めになろうとその後の活動を支援いたします。出過ぎたことを話してしまい申し訳ございません」
モアさんは深々と頭を下げた。
「何を言ってるんだモアさん。ありがとう、そんな風に考えてくれていたなんて知らなかった」
「私の心は・・・常にあなた様と共にあります」
「ありがとう。これからもよろしく」
「・・・はい」
一瞬の間があったものの、はっきりと返事をしたモアさんは再び頭を下げた。
ベネデッタさんの件は・・・おいおい考えるとしようか。
なんとなく気になるのはワイバーンに名づけた名前。彼女の心に深い傷を負わせた原因になる人物の名かもしれない。
今は聞けなくとも、いつか機会があれば聞いておいた方がいいかもしれない。
モアさんとの話のあと、フォーリアとベネデッタさんを迎えに行った。
龍化するぞと息巻いていたフォーリアだったが、置いていくよと真顔で言ったらしゅんとしてしまった。
龍のくせにかわいいところがあるなと思わず笑ってしまった。
そんなやり取りがあっても、ベネデッタさんは笑みを浮かべるでもなくどこか遠くでも見るような目で俺を見ていた。
いつもありがとうございます。
次回予定は1/8の予定です。
よろしくお願いします。




