第97話 デップ・ワイバーン
「そろそろフォーリアも戻ってくる頃だろう?」
「まだ日は暮れませんが、最初に降り立ったところにいたほうが無難ですね。デップ・ワイバーンを連れてくるならなおさらです」
俺とモアさんは並んで街中を歩いているが、ベネデッタさんは数歩後ろを歩き、街並みを観察していた。
時折メモしていることからも、カフィンを広める手がかりを彼女なりに見つけようとしているのが覗える。
やがて街を出て最初に降り立った森の中に身を寄せていると、モアさんが空に向かって指をさした。
「ジンイチロー様、フォーリア様です」
見上げると、黒い影がだんだんと大きく降りてきた。
よく見ると、小さい影もいくつかその周りに見えた。
『待たせたな』
「フォーリア、おかえり。どうだった?」
地面に降り立ったフォーリアは、人化した途端に腰に手を当ててのけぞった。
「ジンイチロー、褒めてくれ。我は3匹も見つけてきたのだぞ!」
「おおっ!!さすがフォーリア!!」
「ふふん!」
鼻高々に鼻息を鳴らす。
それとあわせて空から舞い降りたのは、ワイバーンだと思われる魔物3体。『思われる』というのは、俺の知っているワイバーンとは少し様相が違うからだ。
討伐したワイバーンとの大きな違いは、まず体表。
普通のワイバーンはゴツゴツしたような皮膚だったのに対し、このワイバーンは馬のような滑らかな毛に覆われている点だ。
そして何よりも違うのが毛の彩りだ。
3体はそれぞれに赤・白・青の毛色を誇り、傾いた陽の光を鈍く反射させている。
さらなる違いは、もう一つ。見ただけでもわかるほどの賢さにある。
俺たちを見ても襲うことなく静かに鎮座している。ただのワイバーンならフォーリアに倒された状態で連れてこられただろう。生きてここに居るということ、フォーリアに説得されたからに違いない。
「フォーリア、この3体が『デップ・ワイバーン』なの?」
「そうだ。ただのワイバーンとは違うだろう」
「確かに。色もそうだけどとても賢そう」
「それはそうだ。知能は人間並み・・・いや、それ以上かもしれんな。まぁ我には及ばんがな!」
得意気になるフォーリアを他所に、ベネデッタさんもモアさんもワイバーンから目を逸らさず見入っていた。
「それに凄く大人しいよね」
「あぁ、それはだな・・・」
ばつの悪そうな顔でポリポリと頭を掻くフォーリア。
「人間であるジンイチローが我を負かしたという話をしたからだ」
「えっ?」
「つまりだな、奴らは少々緊張しておる。よく見ろ、震えておるだろ?」
それは緊張しているんじゃなくて怯えているからだ!
「・・・フォーリアは他に何を話したの?」
「ジンイチローに従属するかどうか、従属しなければ我が喰らう・・・と話した」
うん、それ説得してない。それは脅迫というものだ。
よくよく見ると、ワイバーンの目が不安を訴えている。
本気で死を恐れている目ではないだろうか。
「まったく・・・ガチで怯えてるじゃん・・・」
俺はデップ・ワイバーンに歩み寄った。
ワイバーンが体をビクリと反応させたが一度きりだった。
体が硬直していて動けない、と言った方がいいだろうか。
近くで見ると本当にきれいな体だ。細いつやのある毛がキラキラと光っている。
白毛のワイバーンに寄った俺は、その大きな体の首の付け根に手を伸ばした。
大きな頭を俺に向けている。
そっと、その震える体に手を置いた。
あたたかい――――
「怖がらせてごめん。食べるなんてさせないから、安心しな」
撫でると震えが収まった。
肌触りはまさしく毛艶のよい馬を撫でている感触に似ている。
「無理に従属なんてしなくていい。怖がらせたことを謝るよ」
大きな頭が俺の顔の横に来た。
目を向けると細い目が俺をしっかりと捉えている。
ここでようやく額の宝石の色が淡いピンク色であることがわかった。
確かに他のワイバーンとは違うようだ。もしかしたら『ワイバーン』という名は同じであっても、生態系的には違う魔物の種族かもしれない。
白毛のワイバーンが何やら唸っている。
「ジンイチロー、そいつがお前に従属したいと言っているぞ」
「え?」
「気に入られたようだな」
フォーリアに向けた顔を再び白毛のワイバーンに戻すと、巨頭を俺の体に擦り付けてきた。
「ジンイチロー、額の宝石にお前の魔力を流し込め。それだけで従属契約が完了する」
フォーリアの言葉に、白毛のワイバーンが唸って応えた。
「・・・お望みならば・・・」
俺は白毛のワイバーンの額に手を当て、宝石の感触を確認した後、その宝石に向かって魔力を流し込んだ。
すると宝石から淡いピンク色の強い光が、当てた手と指のすき間から漏れ出した。
どこまで魔力を流せばいいのだろうか・・・。
しばらく流し続け・・・・・・・
「フォーリア、これいつまで続けるの?」
「え?わざとやっていたんじゃないのか?」
「え?そんなわけないでしょ?どれくらい流せばいいのか聞いてないんだよ?」
「・・・・・まぁ、大丈夫だろ」
おぉい!フォーリアさん!
すると白毛のワイバーンが地面を揺らして倒れてしまった!
「ちょっ・・・大丈夫か!?」
俺はわけもわからぬままに無意識にフル・ケアをかけていた。
光の包みから戻った白毛のワイバーンは倒れてはいるものの、具合の悪そうな雰囲気はなくなった。
「ほぉおお、なるほど・・・」
フォーリアが感心しながらうなずいていた。
「ジンイチロー、デップ・ワイバーンとは面白きものだな。流した魔力の質や従属しようとする者の魔力量、流した魔力の多さで強さが格段に上がるようだ。なるほど、従属することで得られる利益が大きいから「従属する道」を選んだのか・・・なるほど・・・」
フォーリアはうんうんとうなずきながら白毛のワイバーンを見た。
「ジンイチロー、間違いなくこのワイバーンはそなたに従属した」
「そっか・・・これからよろしくね」
ワイバーンがその巨頭を俺の顔にこすり付けてきた。どうしてか人懐っこいな。
「あとの2体の従属は?」
俺がフォーリアにそう尋ねると、彼女はワイバーンと見つめ合い、そして俺の方を見やった。
「ほぉ・・・。赤いヤツがベネデッタに従属したいらしい。青いのは・・・ここには従属したいものがいないらしいな。白と赤に付いていたほうがおもしろそうだ、と言ってるぞ」
ベネデッタさんに目を移すと、不安げに俺を見ていた。
「ベネデッタさん、できる?」
「・・・無理です」
ですよね。お気持ち察します。
「ということでできないそうだけど」
「仕方ないの。ベネデッタは魔力を流すことができんと言っておるぞ」
フォーリアの言葉に赤毛のワイバーンが唸ったと思った途端、ワイバーンが地面を蹴ってベネデッタさんのすぐ近くまで飛んで来た。
モアさんは俺の傍まで兆速で駆けてきて避難完了。
ベネデッタさんは突然のことに固まってしまっていた。
無理もない。大きい魔物が自分の間合い近くまで一気に詰め寄ったのだから。
面白かったのは彼女の手がわずかに腰のあたりを探っていたこと。事件前のベネデッタさんはおそらく腰に帯剣していたのだろう。そのときの名残が見えた。
「手を出せと言っているぞ、ベネデッタ」
フォーリアの言葉にハッとしたベネデッタさんは、おずおずとワイバーンに手を差し出した。
赤毛のワイバーンはその手の平に自らの額を添える。
すると、魔力を流していないにもかかわらずワイバーンの宝石が輝きだし、先ほどと同じように光が筋となって漏れ出た。
「従属完了だ」
フォーリアの言葉と同時にベネデッタさんが尻もちをつき、地面に倒れ込んでしまった。
「ベネデッタさん!」
駆け寄って上体を起こすと、真っ青な顔をしていた。
「魔力切れだ、ジンイチロー」
「魔力切れ?・・・そうか、このワイバーンは宝石を媒体にベネデッタさんの魔力を吸ったということか」
「そういうことになるな。デップ・ワイバーンが従属を求める人間ということは、魔力の質に魅力を感じたということなのだろう。普通ならジンイチローを選ぶはずだがこの赤毛はそうしなかった。こいつらにも個性があって好みがあるんだろう」
俺はベネデッタさんにフル・ケアをかけた。
目を覚ましたベネデッタさんは、すぐにハッとした顔で起き上がった。
「粗相をしてしまいました。ごめんなさい」
「気にしないで。大丈夫?」
「はい・・・」
それにしても、従属したからといってずっと付いてくるわけではないのだろう。それについてフォーリアに尋ねると、まさにその通りと言われた。遠く離れているワイバーンを自らの元に来させるには『呼ぶ』ことが大事だという。
「『呼ぶ』か・・・。あぁ・・・つまり、名をつけろということか?」
「その通りだ。我のように名をつけるのだ」
とても簡単に言うけれども、実際はとても気を使うのだ。
名前ねぇ・・・。
ふと、元の世界にいたときの情景が脳裏をよぎった。
幼いころにこんな夕暮れの時間まで遊んで帰る頃、母がよく庭先で水を撒いていた。
その時に綺麗な花が咲いていると思った俺は、母にその花の名を尋ねたことがあった。
アリッサム――――白い小さな花をたくさん咲かせる春の花だ。
そうか、あの花を思い出させたのは体の温かさが春のそれと重なったからか・・・。
「フォーリア、この白毛のワイバーンは雌かな?」
「・・・・・そのようだぞ。みんな雌のようだ」
「それじゃあ、君の名は・・・アリッサ。アリッサだ」
すると、『アリッサ』の体がほんのりと発光したと思ったらすぐに治まった。
アリッサは俺に頭を擦り付けてきた。
・・・どうやら気に入ってくれたようだ。
「我も初めて従属契約を見たぞ。よいものを見させてもらった」
「それだけ希少な魔物ということか」
「そうではない。従属とはいっても『従属に値する人間』にしか従属しない・・・とこの青毛は言っている。つまりは、従属できる人間自体が希少だということだ」
「ふ~ん・・・」
こんなやり取りの中、またもやうつむくベネデッタさんが視界に映る。
「名前・・・付けられそう?」
「・・・この子にふさわしい名前が・・・私なんかに・・・」
なるほど・・・悩むのは理解できる。無茶ぶりもいいところだからね。
しかし、ふさわしいかどうかよりもベネデッタさんが本当につけたい名を与えればいいのではないだろうか。
そう助言すると、彼女の瞳が明るく輝いた。
「そうですね・・・。それなら付けたい名があります」
ベネデッタさんが赤毛のワイバーンを見上げた。
「エレナ・・・あなたの名はエレナ・・・」
赤毛のワイバーン、エレナも仄かに体を発光させると、すぐに治まった。
ベネデッタさんの目の前にエレナが頭を寄せてきた。
「エレナ・・・エレナ・・・」
ベネデッタさんはその名を呼び続け、なぜか涙を流してエレナの頭を抱きしめていた。
従属できた喜びではない、悲哀を感じる面持ちだった。
『エレナ』という名に思い入れがあるようだが・・・。
それを感じ取ったのか、エレナはベネデッタさんの嗚咽を嫌がることなく受け止めていた。
夕闇が近づいてきたこともあり、アリッサ達とは一旦お別れとなった。
また会えるよ、と言葉をかけて撫でるとうなずいてくれた。こちらの言葉はわかるようだ。
そして3体のデップ・ワイバーンは空高く飛翔し、雲の中へ消えていった。
「さて、宿に行きますか」
ベネデッタさんは後ろ髪轢かれる思いでいるのか、時折ワイバーンが飛び立った空を切なそうに見上げていたのが印象的だった。
旧ハピロン邸に到着すると、給仕の皆さんの出迎えがあった。
「「「 いらっしゃいませ 」」」
まるで我が家に帰ってきたような出迎えだ。
「ジンイチローは偉いんだな」
フォーリアが感心してくれたが、人間の世界では上客に対しては普通のことだと説明したら不思議な顔をされた。
玄関を開けて中に入った瞬間、紺のサテンのドレスを着た女性が立っていた。
って・・・なんで!?
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
「イリア・・・どうしてここに・・・」
「ふふふ、色々あったのよ、ジンイチロー。詳しいことは応接室で説明いたします」
どことなく青い輝きを纏う黒き髪が歩くたびにふわりと揺れる。
俺の前に歩み寄り、少しの間お互い無言で見つめ合ってしまった。
「イリア、どうしたの?なんかいつもより大人びた気がする」
「本当に色々あったの。でもそう見える本当の理由は、目の前にあなたがいるからよ」
イリアがそっと俺の胸に身を寄せた。
「久しぶりね。あなたも少し見ない間にまた逞しくなった気がする」
「気のせいだよ」
「まさか、また女を作って連れてきたとかそんなこと―――」
「おおありでございます、イリア様」
突然のモアの言葉にハッとして、イリアは俺から離れた。
「モア!いるならいるって言ってよ!」
「私はずっとおりましたが・・・。○○は盲目という言葉は本当でございますね」
「ったく・・・。え、ちょっと、さらに後ろにいるこの人たちは?」
えっへん、と胸を張るのは・・・
「フォーリアだ」
相変わらず表情を見せない・・・
「ベネデッタです」
「まぁ、俺も色々あってね・・・。彼女たちも同伴しているんだよ・・・」
あれ?イリアの目が見たこともないほど細いけど・・・?
「どうしてこの人はいつもいつも歩くたびにどこかの街にいくたびにホイホイと女を見つけては拾って揉んで仕上げて連れ帰っちゃうのかしら・・・」
念仏のようなブツブツが聞こえた気がした。
「仕方がありません、イリア様。この方はどうも棒に当たる気質のようでございます故」
「そうね・・・。あらいけない。立ち話も何だから早速こちらへどうぞ」
招かれるまま俺達は応接室へと通された・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は1/1です。
本年の投稿は今回で最後です。来年もよろしくお願いします。




