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第95話 奇妙な再会

 

 エルドラン付近の森の中に着地したフォーリアはすぐに人化。

 俺たちは歩いてエルドランの街へ入った。


 街の様相はあのカフィン事件以来さほど変わっていないものの、それでもとある変化には目がいった。


 それは、これまで貴族通りと呼ばれるところでしか飲めなかっただろうカフィンが、色々な通りの人がカップを片手に飲んでいるのを見られたことだ。


 早くも手が届く価格に戻ってきているということか・・・。


 公爵邸に着いたところで入り口の番兵に面会を希望。以前のように確認に走ることなくすぐに応接室に通された。

 公爵はすぐにやってきた。

「ジンイチロー殿、待たせてすまない」

「いえいえ、こちらこそお忙しいところ恐縮です」

 公爵が相対するように座った。

「貴殿に依頼された例のアレだが、用意ができている。後でお渡ししたい」

「ありがとうございます。これで自分で淹れられます」

「喜んでいただけてなによりだ」

「帰りにカフィンも買っていかないとな・・・」


 その時、公爵が神妙そうに俺を見た。


「ジンイチロー殿、一つ頼みたいことがあるのだが・・・」

「頼みたいこと?」

「報酬は・・・大袋でカフィン3袋でいかがか?」

「そんなに・・・」


 徐々に価格が下がっているだろうとはいえ、それだけの価値ある頼み事というべきか。


「なんでしょうか」

「貴殿は王都に戻られるのか?」

「えぇ、ミニンスクに寄り道してから―――」

「おぉ!ならば話が早い!頼み事とはそのミニンスクについてだ」


 なんとなく公爵が期待することが見えた俺は大きくうなずいて応えた。


「いいですよ。いずれにしてもエナリア商会に行きますから。グォールさんにもカフィンを味わっていただいて、販促路を確保したいお気持ちはわかります」

「わかりやすい頼み事で申し訳ないが・・・」

「いえ、むしろ歓迎します。ミニンスクに流通すれば王都からでもカフィンを手に入れやすくなりますからね。ただし問題は一つあります」

「わかっている。カフィンだけ流してもカフィンは飲まれないということだ」


 その通り。カフィンの豆だけ流通させても飲み方や淹れ方を知らなければ何の意味もない。

 カフィンの文化そのものの輸出が、豆の流通以上に困難だ。


「グォールさんを通じてカフィンの有用性を広げることについては間違いないと思います。でもグォールさんが例え『カフィンがおいしい』と思っても、生産の知識や文化がわからないままでは広げようもありません。エルドランからも誰か派遣してカフィンの文化を広げられるよう、尽力する必要があります」

「やはりそう思うか。私もそう思って、実は適任者を雇用したのだ」


 ベネデッタさんに代わる人物を雇ったのだろう。またもや商会の関係者だろうか?


「ぜひジンイチロー殿に紹介したい。入ってくれ」


 失礼します、という声がドアの向こうから響き、その開いたドアの向こうにいた人物は、俺にとっては驚き以外の何物でもない人物だった。


「その節はご無礼を失礼いたしました」

「ベネデッタさん・・・」


 あの時と同じ『無表情』ではあるが、間違いなくベネデッタさんだ。


「これはいったい・・・」

 俺は怪訝そうに公爵を見ると、公爵は小さくうなずいた。

()()()()気持ちはよくわかる。例えロサーノの指示によって動いていたとしても、人を傷つけたことには変わりはない」

 俺もうなずいた。

「しかし、そうはいっても『奴隷』という身分では主人の意に反することは許されない。例え心の中では異を唱えていたとしてもだ。だから私はキリマン村から戻ったあと、最初にした仕事がベネデッタの聴取だった。結論から言えば、ベネデッタは奴隷からの解放を望んでいた。自分の意志で動きたいという想いをもっていたのだ」

 ベネデッタさんは動かないまま俺を見つめ、公爵の話にも耳を傾けているようだ。

「ベネデッタ、君のしたいことはなんだ?」

 公爵の質問に、小さく彼女は答えた。

「・・・カフィンを広めること、カフィンのすばらしさをいろんな人にわかってほしいこと」


 驚いた。

 金で吊り上げた文化は似非ものと言ったときに「甘い」と評したあのベネデッタさんが、奴隷から解放された暁にやりたいことに「文化を広めたい」と言ったこと。


 ベネデッタさんはどんな想いで・・・。


「ちなみに、ベネデッタの奴隷解除は主人であるロサーノ自身にやってもらった。多少の恩赦を与えることを条件にね」

「大丈夫ですか、それ」

「なぁに、それほど大した条件じゃないさ」

 公爵は含んだような笑みを浮かべた。そのあたりのことは公爵に任せて大丈夫だろう。

「というわけでこれまでのカフィンの始末は私が仕切るとして、外部での様々な活動についてはベネデッタを送ることにしたい」

「よろしくお願いします」

 無表情のまま頭を下げるベネデッタさん。モアさんの無表情とは『質』が違う。

「ジンイチロー殿、頼みというのはエナリア商会にカフィンをつなぐだけでなく、ベネデッタの活動の支援もしていただきたいのだ」

「俺が・・・ですか?」

「ついてはエナリア商会だけでなく、王都にも足を運ぶ際に同伴させてやってほしい」

「はぁ・・・」

 ちらっとベネデッタさんを見やると、変わらず俺を見つめたまま動かないでいる。

「時折報告のためにエルドランに戻させるが、それについてはベネデッタだけに向けさせる」

「うーん・・・」

 正直に言うと文化活動支援まで考えていなかったものの、それをしない限りはミニンスクや王都にカフィンが広がらないのも事実だ。誰かがやらないといけないのだが、それに手を挙げたのがベネデッタさんだ。

 公爵にはカフィンのお膝元、エルドランでカフィンの安定供給にこれからもがんばってもらわないといけないからなぁ・・・。

「・・・わかりました。どこまで彼女の手伝いができるかわかりませんが、やれるだけは・・・」

「恩に着る!本当にありがとう!」

「ではさっそく支度してください。俺たちはこれで行きますので」

「わかった。ベネデッタ、さっそく出立の準備を」

「はい」

 翻ったベネデッタさんを見て思い出したことがあった。一応けん制しておくべきだろう。

「ベネデッタさん、ちょっといいですか」

「はい、何ですか」

 ベネデッタさんは再び俺を正面に捉えた。

「道中はむやみに殺生しないことと、俺たちの詳細や秘密については誰にも言わないことを条件にしたい。君はそれが守れる?」

「はい。もちろんです。殺生は好きではありませんし、口はこの通り固いので」

「そう・・・ならいいんだ」

「・・・」

 しばらく俺を見つめたベネデッタさんは、踵を返してドアの向こうに消えた。

「ジンイチロー殿」

 公爵は前のめりになって小声で話しかけた。

「ベネデッタを貴殿に張り付かせるのはあんな感じだからということもある。能力は買うが、いかんせん考えていることがよくわからん。カフィンの活動を通じて少しでも心が開き、以前のような・・・いや、本当の彼女に戻ってほしいと思っているんだ」

「そうですね・・・」

「奴隷だったころのことや出身などについては直接聞いてみるといい。()()()きっと貴殿に役立つ情報もあるはずだ」

「役立つ情報?」

「彼女が『暗殺者』としての能力を買われて修行をしたということは、倉庫の中でも聞いただろ?」

「はい」

「彼女に修行をつけたのは、『灰色ローブの男』らしい」



 その後公爵からカフィンセットを貰い受けた。誰かに何セットかあげるかもしれないので、1セットずつ入る袋も所望し、1セットずつ入れたその袋を魔法袋に入れていく。

 公爵は食い入るようにその袋を観察していた。

 それと同時にカフィンも大袋3袋用意されたが、魔法袋の口が若干狭いこともあり、大袋よりやや小さめの袋に小分けしてもらって収納した。

 ベネデッタさんのことがなければもっとホクホクしていられたのだけれど・・・。


 公爵とは公爵邸の入り口で別れ、ベネデッタさん含む俺たちはさっそくエルドランの街を抜け、近くの森へたどり着いた。

「さてと、ベネデッタさん」

「はい」

「公爵がいない今だからこそ聞くけど、本当に君はカフィンを広めるためだけが目的かい?」

「・・・」

「いやなら話さなくていい。ただ、あまりにも突飛な行動をされたり、行く場所が君にとってつらい場所だったりするとなれば事前に知っておいた方がいいんじゃないかと思ってさ」

「もちろん、カフィンの文化を広げることにあります」

「それだけ?」

「・・・もうひとつ」

 ベネデッタさんはうつむいた。

「もうひとつは・・・私の目の前で殺された両親と妹の・・・その仇を取りたい・・・私が男達に組み敷かれているのを泣きながらも止められずにいて、そのまま殺された家族の仇を・・・」


 固く拳を握る彼女・・・。笑顔を見せられないその理由の一端が見えた。

 しかし詳しい話については問うのはやめておく。

 彼女が話したいと思ったときに聞けばいいと、うつむきながらにも彼女の瞳の奥に見えた苦しみからそう思えた。


「わかったよ。ただし、街中でその仇が現れたとしても急に斬りつけるとかはやめてほしい。君はあくまでも『カフィンを広める』ためにいるんだから、『カフィンの顔』ともいえる君が大勢の目の前でそれをしたら大変なことになってしまう。わかるよね」

「もちろん。それは承知しています」

「それならいい。あとは好きなようにすればいいさ」

「わかりました。しかしそれはよいのですが・・・」

「ん?」

「私の仕事はカフィンを広めることです。でも、広めるといってもエナリア商会のあとにどうすればと思っていて・・・。それにミニンスクやはたまた王都に足を運ぶとなれば、そこからエルドランに向かう足もどうすればよいか・・・」

「幌馬車があるから使っていいよ」

「幌馬車もありがたいのですが、本来ならもっと移動速度が速い方がいいのです。おそらく私の予想では、個別に対応したカフィンの受発注がしばらくは行われるのかと思うのです。個別に対応するとなると、生産拠点になるエルドランと一々行き来することになり対応に遅れが生じます。なるべくなら素早い行動をしたいのですが・・・.ハピロン伯爵領内の街道整備は不十分と聞きます。馬での移動もなかなかはかどらないかと」

 ベネデッタさんの言う通り、伯爵領内の街道は粗悪だった。幌馬車の通り道がガタガタだったこともあって、移動速度を制限せざるを得なかったところも実はある。

 空でも飛んでいければ・・・。

 ちらっとフォーリアをみる。

「ジンイチローが乗らないのなら我は乗せないぞ」

 つーん、とあちらの方向を見るフォーリア。舌打ちが出そうになるのをこらえる。

 とそこへ、あっちの方を見たフォーリアが『思い出した』と言わんばかりの顔でこっちの方へ向き直った。

「ジンイチロー、忘れておった」

「今度は何を忘れてたの?」

「お前は知らんのか?ワイバーンは飼えるのじゃぞ」

「え?」

「正確に言えば『デップ・ワイバーン』という種族じゃが、こやつの額の宝石は緑ではなく薄紅色でな。このベネデッタとかいうおなごとデップ・ワイバーンが共鳴すれば従属するのだ。そう簡単にいくかどうかはやってみなければわからんが」

「へぇ~・・・。で、どこにいるの?」

「知らん」

「え?」

「知らん」


 ドヤ顔で知らんことを自慢するなよ・・・。


「昔から『龍の住むところには『デップ・ワイバーンがいる』と言われていたんだが・・・。はて、大山脈にいたかどうか。それはともかく、このデップ・ワイバーンがいれば荷物も運べて高速移動もできてよいぞ」

「デップ・ワイバーンか・・・。フォーリア、何とかできないものかな」

「探してもよいが・・・すぐに見つかるかどうかはわからん。我も出会ったことがないからの」

「ベネデッタさん、ワイバーンが見つかれば乗ってみないかい?」

「・・・努力してみます」


 渋々ながらも了承したベネデッタさん。そうはいっても覚悟を決めたように大きくうなずいた。


「フォーリア、探すのは一人でも大丈夫?」

「むしろ一人の方がいい。背に乗せていると気を使うのでな」

「頼んだよ、フォーリア。頼りになるね」

「ふん!久々に人間どものために動く時が来ようとはな!だが悪くないぞ!特にそなたの頼みとあらばな!」

「ありがとう。じゃあ、まずはみんなでフォーリアに乗ってミニンスクへ行って、そこからフォーリアはワイバーンを探してもらおう。その間に俺たちはエナリア商会のグォールさんを訪ねるとしようか。カフィンを広めるにあたっての助言ももらえるといいんだけどね」


 すると、ベネデッタさんが不思議そうに首を傾げた。


「あの・・・『フォーリアに乗る』とはどういう・・・」


 至極、まっとうな質問である。


「フォーリア、龍化して」

「うむ、ベネデッタよ見ておれ」


 少し離れた所へフォーリアが駆けていくと、突如龍となって俺たちの前に顕現した。

『どうだ』

「・・・まさか・・・伝説の・・・」

 ベネデッタさんは口に手を当てて目を丸くさせていた。

「最強の種族と言われた伝説の龍のひとつ、青龍・・・」

『最強と言われるのは悪くはない。だが、我はそこにいるジンイチローに戦って負けた』

「「 えっ!!! 」」

 これにはモアさんも驚いたようだ。

「ジンイチロー様・・・あなたにお仕え出来て光栄にございます」

「私はそんな人に剣を向けていたなんて・・・身の程知らずもいいところだわ・・・」

「いや、あの、フォーリアと戦ったといっても、ちょっと特殊な場所でね?ねぇ、フォーリアも何とか言ってよ」

『フォーリアはジンイチローに負けた。だから我より強いこの男の子を成すことに決めたのだ』


 その発言もあってベネデッタさんからは少し細い目をされたが気にしないでおく。

 モアさんはいたって普通だったが、「アニー様になんと報告したら」とつぶやいていたのでそれだけが気がかりだ。


 みんなでフォーリアの背に乗ると、空の高みへと巨体が浮き上がった。


『ミニンスクとはどちらにいけばいい』

「えっと・・・あぁ、あの街道にそのまま沿って行けば・・・」

『承知した』


 そしてお約束となった俺の絶叫とともに、フォーリアは翼をはためかせて前進した。


 俺の背中にはベネデッタさんが腕を回して抱きついているが、そのときに耳元に聞こえた言葉にドキリとした。初めて会ったあの時から、もしかしたらベネデッタさんは自分に降りかかる顛末を予想できていたのかもしれない、そう思えた。



「食事に行こうという約束は、本物でしたから」




いつもありがとうございます。

次回予定は12/26日です。

よろしくお願いします。


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