第94話 ご機嫌
「フォーリア♪フォーリア♪」
フォーリアはよほど俺の与えた名前が気に入ったのか、ご機嫌に名前を連呼しながら洞窟をスキップした。
気に入ってもらえて嬉しいのだが「付いてこい」とは一言も言っていない。
それにしても・・・フォーリアが女性の姿で人間に変化したということは、龍にも性別とかあるんだろうか。
それは後々聞いてみることにしよう。それよりもまずは・・・。
「あのさ、フォーリア」
「なんだ?」
「・・・なんで付いてくるの?」
フォーリアは不思議そうに俺を見つめた。
「なんだ?ジンイチローはこの洞窟で子作りをしたいのか」
龍の思考回路は飛んでいるとみられる。
「そうじゃなくて、付いてきてとは言っていないのにどうして一緒に来るの?」
「人間は子育てをつがいで行うのだろう?」
子作り前提ですか・・・。
「俺はまだ子どもを作る気はないよ」
「そうか・・・。しかし、マーリンがいうにはこの着物を着ていれば人間の男などすぐにイチコロだと言っていたぞ」
マーリンさん・・・。あんた何吹き込んでんだよ・・・。
実際にフォーリアは白い着物一枚だけ羽織っているだけだし、胸の谷間を見せびらかすように胸元を緩くしている。
「まさかその着こなしもマーリンさんから?」
「そうだ。これがこの服を着る時の決まりだそうだ」
今度話す機会があれば絶対に叱ってやる。
「ジンイチロー。それはいいとしてこれからどうするのだ?」
「大山脈の入り口に待たせているメイドのモアさんのところへ一旦戻るよ」
「なるほど。承知した。歩いていくのも面倒だから龍の姿へ戻ってふもとまで下りるぞ」
「やっぱり付いてくる気まんまんだな。さて・・・あのワイバーンはどうしようかな・・・」
途中で倒したワイバーンを持って帰ろうとも思ったが、あの図体では持つに持てないし引きずっていくことも叶わないだろう。
「ワイバーン?そんなもの我が掴んでそなたと一緒に下ろしてやる」
「え?俺も掴まれるの?」
「そなたは我の背に乗るといい」
おお、龍に乗るなんてまさに大アトラクション。
「ついでに飛んでるやつも倒していくか」
「え?それは・・・」
「ふははは!遠慮するでない!」
フォーリアがすたたたたっと駆けた先で、漫画のようにドロンと変化した。
『さぁ乗れ』
「はぁ・・・」
よじよじと背に登る。
『しっかり掴まれ』
そう言われたので首根っこに掴まった。
ふわっと感覚に身が包まれた気がした。
まだ洞窟内だというのにもう飛んでいるのか?
『いくぞ』
ぐぅううっと体が後ろに引かれた。初速の勢いが良すぎるためか、それだけで背から転がり落ちそうになる。
暗い洞窟の中を器用に飛行している。
「おおおおおおおお」
そして光が差し込んできたと思ったら、あっという間に陽の光の元へ飛び出した。
フォーリアがその身を天空へと掲げた。
「ふぁああああ!すごい!すごいよ!」
あっという間に大山脈の頂上の高さも越え、雲の流れる高みにまで昇ったようだ。
この世界も球体だということが地平線の弧を見てわかる。
『お、目当てのワイバーンがいるぞ』
「あの、そんなに欲しいわけじゃないから・・・』
『またまた~』
そういうとフォーリアは天空の高みから一気に急降下した!!
「おおおおおおお!!」
『久々の感覚だ!準備運動には最適だな』
「俺を乗せたままやめ――――うおぉおおおお!」
ぐりんっ、と旋回軌道!!
そこからのバレルロールぅぅぅううううう!!
「ちょ――――これ――――うわ、うわぁあああああ!」
『ふははははは!!』
・・・はぁ、戻った―――――と思ったら!!
『ふははははは!!』
インメルマンターーーーーーン!!!!
「フォーリア!いい加減にしてくれぇ!」
『久々の外出なのだ。少しくらい遊ばせてくれ』
「やるなら俺を降ろしてから―――おおおおおおおおっ!」
『んん!!なぜだかこの上なく調子が良いぞ!!』
調子がいいだなんて、もしかしたらフル・ケアを何度もかけたせいか!?
『よし、ワイバーンを狩るぞ』
「うえ・・・ヴぇ・・・」
こみ上げるものを何とか我慢しつつ、薄眼の中進む先に捉えるはワイバーンの群れ。
掴まる首筋に微細な振動が伝わった。
不思議に思ったその瞬間、蒼穹に一筋の光が伸びた。ブレスだ。
黒ごまのように見える粒が次々と落下していく。
『うむ、調子よい』
「そんなにワイバーン狩ってどうするんだよ・・・」
『肉は美味だぞ』
「うぅうう・・・今は食べたくない・・・」
『人間は脆弱なものだな』
「脆弱だから強いものを崇めるんだろ――って――ヴヴヴぇ!!」
フォーリアはワイバーンが落下した地点へ急降下。生き残ったワイバーンは遁走してしまったようだ。
そして巨体に似合わずふわりと地上に降り立った。
凄惨な光景だ。息絶えたワイバーンが何匹も横たわっている。
乾いた地に乾いた風の音が響き、なんともいえぬ悲しさがこみあがってくる。
「これ・・・どうするのさ」
『今は腹が減っておらん。どこかの街で売りさばけばよかろう』
「売るっていったって・・・まぁ・・・仕方ないよな」
売るよりほかない。でなければただ単に殺生しただけになってしまう。肉が欲しい人にでも売ればいいか。
「掴んで持って行ける?」
『この数なら片手で十分だ』
フォーリアは器用にワイバーンを摘まむと、一か所に集めたと思ったら一気にワイバーンを鷲掴み。いや、龍掴みか?
『乗れ』
「・・・頼むからさっきみたいな機動はやめてくれよ」
『仕方ない。我慢する』
今度はゆっくりと飛び上がってくれて、大山脈の入り口までの間も静かに飛行してくれた。
フォーリアに会う前に討伐したワイバーンもフォーリアに掴んでもらい、再び飛行。
ほんの少し飛んだだけであっという間に『死の入り口』が見え、そこに天幕が張られているのも覗えた。
「フォーリア、あの天幕の横に降りて。あそこにモアさんがいるんだ」
『承知した』
「ゆっくり降りてね。吹き飛ばされちゃうから」
『心配せずともそれぐらい気を使う』
気を使っても吹き飛ばしそうだからくぎを刺しているとわかってほしい。
天幕から少し離れたところでフォーリアが降り立った。いつの間にかモアさんがその傍らで手を前に組んで立っていた。
フォーリアの背中からよじよじと降りた俺は、モアさんに手を振った。
「モアさん!」
「ジンイチロー様!」
モアさんが兆速で駆けてきた!
そして何事もなかったかのように澄ました顔のまま俺の前に立った。
「ジンイチロー様、ご無事で何よりです。ここで一人夜を明かすものと覚悟しておりました」
「ただいま。案外簡単に会えたんだよ」
「これが・・・青龍ですか」
「そうだよ」
『フォーリアだ』
「えっ・・・」
モアさんが目を丸くさせた。
『我の名はフォーリアだ』
「喋るのですね。フォーリア・・・様」
『うむ。それでいい。我の名はフォーリアだ。覚えておけ。フォーリアだ』
モアさんがポカンとしている。
「ジンイチロー様、この方はよほどご自身のお名前が好きなのですね」
「・・・実を言うと俺が名付け親なんだよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
納得したのか、モアさんはいつも通りの面構えに戻った。
「そうそう、モアさんに聞きたいことがあるんだけど」
「なんなりとお申し付けください」
「ワイバーンって、売れる?」
「・・・フォーリア様の隣に横たわっているそれがワイバーンなのですか?」
「そのとおり」
「初めて間近に見ますが・・・なるほど・・・なるほど・・・ふむ・・・なるほど・・・」
モアさんは徐々にワイバーンに近づき、最終的にはペタペタとワイバーンに触れて感触を確かめていた。
「なるほど・・・ふむ・・・」
「モアさん、そんなに見てどうしたの?」
「申し訳ございません。つい知的好奇心が勝ってしまいまして・・・文献との比較を行っておりました」
「文献?」
「魔物に関する詳細が綴られている本でございます。ワイバーンに関する記述も載っておりました故、その整合性を確認しました」
「で、売れるかな?」
「ではワイバーンについてお話しします」
ワイバーンは生息域を高地に広げ営巣する魔物で、狩りが非常に難しく攻撃的なところからもこの地が『死の入り口』と呼ばれる所以でもある。
そしてその肉は大変美味のようで、これはフォーリアも話していたことだ。
額の緑色の宝石は非常に高値で取引されていて、主に魔道具に使うらしい。だが実際に売られているところを見たわけでもないので価格については不明のようだ。
分厚い皮膚は皮鎧の材料に使うことができ、皮鎧の中でも超高級品扱いになるという。
他にも使えるところがあるようなのだが・・・。
「問題はそんな高級品揃いのワイバーンを買い取ってくれるところがどこにあるのか、という点でございます」
「そうだねぇ・・・」
『肉などすべて喰らえばよかろう』
ぐるぅ、と喉奥を鳴らしながらフォーリアが呟く。
「それもいいんだけどさ。働いていない俺がお金を得るにはこういう方法しかないかなぁって」
「大賢者とはいえ定期的な収入がない以上、飢えてしまいますしね。有り金を切り崩して生活するのは限度がありますし、もしものときの備えも必要です。ジンイチロー様にはその余裕がありません」
しれっと刺さる言葉を言ってくれるよね。
「ということで・・・心当たりがあるといえば、やっぱりミニンスクのエナリア商会かな」
「賛成です」
「よし、じゃあまずはエルドランに戻って公爵と会って・・・ミニンスクに行こう」
『我も行くぞ』
「はいはい。でもその格好でエルドランに行っても・・・」
『しかし、ワイバーンはどうするのだ?』
「うーん・・・幌馬車に詰める大きさではないし・・・」
『あ、忘れていた!!』
びくっと体を震わせて、硬直するフォーリア。そんなに大事なものを忘れていたのか?
『我は空間魔法が使えるのだった』
おおーーーい!! ものすごく大事だよ!?
『ここ何百年もの間使っていなかったものだからすっかり忘れていたのだ。よって幌馬車とワイバーンなど空間に突っ込んで移動してしまえばいい』
旅の醍醐味などおかまいなしのズルさ・・・。
あの飛行速度ならミニンスクまで1日とかからないだろうけど・・・。
「わかった。じゃあその案で行こう。ただし龍の姿では街中に・・・いや、街の外でも目立たないところで降りること。絶対に厄介ごとになるから」
『承知した』
早速エルドランに向かうため出立の準備を整えるモアさんを眺める俺とフォーリア。俺がやるよりも手際とスピードが違うので、むしろ手伝おうとすると時間がかかってしまう。
フォーリアは人間の姿になって俺の傍らに立って一緒にその様子を眺めていた。
「なぁジンイチローよ」
「なに?」
「あのモアとかいう女の能力は珍しいな」
「能力?あぁ、五感が鋭敏になるっていう―――」
フォーリアは怪訝そうに首を傾げた。
「何を言っている?我が言っているのは『予見』の能力だ」
「よけん?」
「知らんのか?というか、そもそもモアにその能力があること自体知らんかったろう?」
はい、その通りです。
「モアは自分の能力について承知しているはずだ。ジンイチローには話していないだけだろう。いや、自身もその能力については不確実性が強く話すに至らんと思ってるかもしれんがな」
確かにモアさんのそれも気になるけど、それがわかるフォーリアも一体何だというのだ・・・。
「我は『鑑定』も持っているからな。おおよそのことはわかる。それと『遠見』だ」
「へぇ~・・・。あ、じゃあ、カフィンのことも・・・」
「うむ。その『遠見』でそなたをみていたからだ。とは言ってもそれほど遠くのものをみられるわけではない。せいぜいそなたがおなごと接吻していたことがわかるぐらいの距離だな」
覗き見、ゼッタイだめ!!
フォーリアとの掛け合いのさなかにモアさんが出立の準備を整えてくれた。仕事が早すぎる。
幌馬車と馬、そして狩ったワイバーンもフォーリアの繰り出した空間魔法の空間に入れ、俺とモアさんは龍化したフォーリアの背に乗る。
そこで俺はようやく気付いた。
「フォーリア」
『なんだ?』
「俺たちも空間に入って、着いたときに出ればいいんじゃないの?」
『・・・』
「フォーリアさーん?」
『ふはははは!もう遅い!』
翼を広げたフォーリアが空の高みへ急上昇した!
「ぐわぁああああ!」
『やはり空はよいな。しっかり掴まれ!』
息つく間もなく、龍化フォーリアは急発進。
モアさんは落ちないように集める俺の体に密着してくっついていて。
モアさんの体重が加速と比例して俺の体を宙に引っ張り出そうとする。
魔力循環して必死にフォーリアにしがみつく俺。
「もっと減速してぇえええ!!」
『これでも抑えているのだ。我慢しろ』
「私はこれはこれでアリかと」
冷静な声が耳元から聞こえてきた。
「こうでもならないとジンイチロー様と・・・だからフォーリア様、寄り道していただいてもかまいませんよ」
『承知した!』
「承知するなぁ!あ・・・・あぁああああああ!!!」
インメルマンターンを繰り返しながら上昇を続けるフォーリア。
俺の叫びは虚しくも風に消えるだけだったのだ・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は12/23です。
よろしくお願いします。




