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第88話 カフィンの行方

 

 キリマン村を出た俺達は、朝と同じぐらいの速度でエルドランを目指した。

 到着して馬車を預けると、俺達はまず入り口の番兵に尋ねた。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう」

「ここの入り口では、この街に入ってくる人や物について記録をしていますか」

「えぇもちろん。決まりですから」

「見せていただくことはできますか」

「構わないと思いますが・・・」


 そうして連れられたのは兵士詰め所。兵士長らしき人に先ほどの番兵が許可について確認してくれた。兵士長は乱暴に帳面を投げて、「勝手にみてくれ」といわんばかりにそっぽを向いてしまった。

 番兵からは申し訳なさそうにされたが、気にしないからといってお礼を言った。


 昨日や一昨日何が通って何が運ばれてきたのか、どんな人が何人やってきたのかなどが記録されていた。

 俺達はある項目に注目した。

 それはほぼ毎日欠かさず同じような時間帯に馬車で運搬されている『オズワンド商会』の物資だ。

「すみません、確認したいんですが」

「あぁ!?」

「この街に物資を運ぶ時に馬車が使われると思うんですが・・・」

「物を運ぶ時に使うのは馬車だろう。そんなの常識だろ!」

「はい・・・常識ですよね。それと、どんな物を運んでいるかは必ず確認は――――」

「するに決まってんだろう!!」

「はい!わかりました!すみません!」


 モアさんに目配せすると、怖い兵士から逃げるように詰め所を後にした。



 そして俺達はオズワンド商会に向かった。

 建物の入り口には会長が難しい顔をして数人の男性と話をしていた。その一人は運送について教えてくれたいつもの男性だ。いつも名前を聞き忘れてごめんなさい。

「皆さんどうかされました?」

「あー、ジンイチローさん」

 いつもの男性が俺達に気付いて笑顔をむけてくれた。

「おや、この前の王都の方ですか」

 会長も思い出してくれたが、笑顔がひきつっている。

「皆さん難しい顔をしてどうかなされたのですか」

「いやはや、面目ない。またもやカフィンが盗まれましてね」

 会長はそういうと肩をすくめた。

「カフィンが・・・そうですか・・・」


 その時だった。通りの向こうから一台の馬車がこちらへ向かってくるのが見えた。やがて俺達の前に停まると、中から出てきたのはエルドラン公爵だった。慌ててもう一人出てきたのはベネデッタさんだ。俺にウインクを飛ばしてきたので、少しだけ口角を上げて見せた。


「ロサーノ、いたか」

「公爵様・・・!」

 会長は慇懃に頭を下げた。

「その顔は・・・またしてもやられたか」

「・・・はい。申し訳ございません」

「運送の皆の者は?」

「怪我はありません。無事にございます」

「それならばよい。ちょうどロサーノがいたから話ができてよいな。実は私の部屋に妙な手紙が置いてあってな。嫌ないたずらとしか思えんが、気になって運送の成否を聞きがてら伝えようと思ったんだ」

「公爵様のお部屋に!?いたずらにしては度が過ぎますぞ!」

 公爵は大きくうなずいた。

「だから直接話そうと思った。ここでは何だから中で話さないか」

 公爵がそういうと、会長はハッとした顔で頭を下げた。

「これは気づきませんでして、申し訳ありません。どうぞ」

 すると公爵は俺たちをみて笑顔を向け、握手をしてくれた。

 両手で固く、笑顔の眼差しの向こうに強い光を感じた。

「ジンイチロー殿、ありがとうございます」

「私は何もしていませんよ」

 すると会長が不思議そうに俺達に顔を見やった。

「この王都の方とは何かあったのですか?」

「ロサーノよ、この方はアルマン王から絶大な信頼を寄せられている『大賢者』ジンイチロー殿だ」

「なっ!?あのエナリアに光を戻したと言われる!?」

「そうだ。此度も盗賊討伐に御尽力いただいているのだ」

「それとは知らずに大変失礼しました」

 会長が俺達にも慇懃に頭を下げる。

「会長さん、まだ私達は何にもしていません。盗賊にも一人も会えずにいますし」

「何をおっしゃいますか。さぁさ、皆さん中へお入りください」

 公爵とベネデッタさんのあとに続いて建物に入ろうとしたとき、ベネデッタさんが俺の脇を通るその瞬間、皆から見えないように俺の手をぎゅっと握った。

 そして彼女は俺の耳元に顔を近づけた。

「お食事の約束、忘れないでくださいね」

 小さくうなずく俺に、彼女は目を笑わせて公爵のあとに付いていった。



「ロサーノよ、早速だが手紙の中身だ」

「拝見いたします」

 名前を聞いていないあの男性がカフィンを人数分淹れてくれた。それぞれに給仕しているところで、会長は外で見せたあの難しい顔をここでも見せた。

「『盗んだあと火を放つ』とありますが・・・」

「そうだ。どう思う?」

「あれだけのカフィンを盗むなど到底できる所業ではありません。しかもどの倉庫から――――」

 会長はそういうと、突然口を噤んだ。

「・・・まぁとにかく、いたずらに過ぎないでしょう」

「だがロサーノよ。番兵も誰も見ていない中、どうやって私の部屋にこの手紙を置いて行けたと思う?」

「それは・・・」

「相当手練れの者が侵入したとみるべきではないか?」

「まさか・・・公爵様の御命を狙う不届き者が!?」

「ふふ、それは行き過ぎでいる。それならば私を直接脅迫するだろう。それに本当に命が欲しければ、すでに私はここにいないと思う」

「確かに・・・」

「それに『カフィンを盗む』ということ自体、おかしいとは思わんか?」

「えぇ。私が盗賊だったら、カフィンの無事と引き換えに金貨を要求します」

「その通りだ。だがこの手紙を置いた者は敢えてカフィンにした。そしてそれをわざわざ私の部屋に直接置くという、見つかったら処罰を受ける危険を承知の上の行動をした。だから、私はこの者に別の目的がるのではないかと思った」

「別の目的?」

 会長が怪訝そうに手紙を見る。

 不意に会長の目が驚きに満ちたものになったが、すぐに平静を装った。

「ロサーノよ、なにか心当たりはあるか?カフィンがらみでこの者が何かを訴えようとしていると私は踏んだ」

「いえ、ありませんな。むしろカフィンのことで頭を悩ませているのはこの私です」

「ふむ・・・そうか・・・」

 すると、公爵の隣に座っていたベネデッタさんが立ち上がり、公爵とロサーノの間に入って手紙を手に取ろうとした。

「エルドラン様、あらためて拝見しても?」

「もちろん構わん」

 ベネデッタさんが手に取る間際、会長が手紙に手を置いた。

「まったく、一体だれがこんな手紙を!」

 音を立てて手紙を何度も叩く会長であったが、ベネデッタさんは意にも介さず会長が叩いた手紙を手に取った。

 ベネデッタさんは静かにその手紙を読むが、首を横に振り、テーブルに置いてしまった。

「エルドラン様、私にもこの手紙がいたずらにしか思えません」

「・・・そうか、私の思い過ごしか・・・」

 会長は前のめりになって大きく首を横に振った。

「公爵様が気に病む必要はございません!こんないたずら、今のカフィンの状況を知っている者がしているのでしょう!関係する者達を嘲笑うためとしか思えません!」

「・・・皆がそこまでいうのならそうなのだろう。ではこの件は一切不問にする。不安なことはあまり考えたくないからな」

「その方がいいでしょう」

 会長は大きくうなずくと、カフィンの入ったカップを手に取ってぐびっと一飲みした。




 この日の夜のこと――――


 俺とモアさんはダニエルさんに昨日教えてもらった場所に立った。

 それは、オズワンド商会が様々な場所から購入した物資を保管する倉庫。

 街のはずれにある大きめの建物だ。

 半月が沈みかかる頃、俺達はその建物に正面の入り口から堂々と入った。


 真っ暗で何も見えない。

 用意しておいた松明をそれぞれ片手にして倉庫の中を照らしてみた。


 やはりあった――――


 この倉庫は、オズワンド商会がひそかに蓄えていたカフィンのための倉庫だった。


 俺とモアさんは積まれているカフィンの大袋を一つ一つ探っていく。


「あった」

 俺は松明の明かりの元、ひとつのカフィン袋に向かって思わず頬を緩めた。




「そこまでだ!!!」




 正面の入り口から松明の炎の揺らめきがなだれ込んできた。

「妙な手紙を公爵に寄越したのはお前だったのか、ジンイチロー」


 松明の明かりでもはっきりとわかる小太りの男―――――ロサーノ。


「来ましたね、手紙の中身に気付いてもらえてよかったです」

「ふん、よく公爵が気付かなかったものだ」

 手紙の中身自体は盗んで火を放つぐらいのことしか書かなかったが、改行したときにくる最初の文字にメッセージを込めた。繋げて読むと『公爵にひみつをはなす』になるように。新聞のラテ欄からヒントを得た。

()()を揃えていただき感謝しますよ」

「・・・ここにカフィンがあることがどうしてわかった!?」

「こんな単純な偽装、ちょっと調べれば子どもでもわかりますよ。盗んだ大量のカフィンを保管できるオズワンド商会の一番大きな倉庫はこれしかありませんしね。でもそうなる前に『公爵』から遠ざけていたのでしょうけど」

「・・・ぬぅ・・・」

 昼間の朗らかな顔立ちとは打って変わって、鬼のような外面だ。

「おかしいと思ったのは『盗賊討伐依頼』です。盗賊を討伐してほしいのに運送の時間を教えない。こんなバカげたことがありますか?私も最初は公爵を疑いました。公爵が盗賊を擁護しているとか見ないふりをしているとか、特別な手当てをもらっているから恩恵に与ろうとしているとか・・・。でも妙だと思ったんですよ。カフィンの運送に対してこれほどまで情報が秘匿されているなんて盗賊対策にも程があります。それにさらに疑問に拍車をかけたのは、『公爵』自身でした。カフィンに係る様々な活動が『公爵』の名の元行われていたことです。運送に係るルート変更もね。そしてその活動の一端を担っていた人物・・・」


 ロサーノの後ろから松明も持たずに現れた人がいた。思わず目を細めてしまった。


「ベネデッタさん、あなたですよね」


 無表情のベネデッタさんが、静かに俺を捉えている。


「ベネデッタさん、あなたは『公爵』の名の元、カフィンに係る全ての業務を自身の手中に収めていたのではないですか?『盗賊の討伐』、『運送ルート』、『カフィンの生産許可』・・・。公爵の執事として勤め出したころにはカフィンはこの街の文化として定着しだし、有用性が見いだされたころから『カフィンの高騰』を画策した。『盗賊』について疑問を感じた『討伐依頼受諾者』の意見はもみ消し、キリマン村の公爵への意見書ももみ消した。公爵に情報を渡さず、自分たちに有利になるように『被害者』を演じながらもね・・・。ちなみにあなたは伝手で公爵の執事として迎えられたと聞きましたが、ロサーノの差し金で公爵のもとに派遣された諜報員ですね?」


 ベネデッタさんが一歩前に出た。

 すると、突然いつもの笑顔になった。


「ジンイチローさん、何を言うと思ったら・・・。とても不思議なことをお考えになられるのですね」

 俺は浅くため息をついて続けた。

「話を進めましょう・・・。誰が考えたのかはわかりませんが・・・盗賊は最初からいない。そうですよね?突っ込んだ言い方をすれば、オズワンド商会の運送隊そのものが『盗賊』だった。盗賊討伐の依頼を受けた人たちが盗賊を見つけられないわけですよ。だって盗賊なんて最初からいないし、運送隊が『盗賊』だったんだから」

「・・・何をおっしゃいますか?盗賊は本当にいるんですよ?」

「いるように見せかけていた・・・そうでしょ?エルズ商会の運送の時だけはね。ルートについても牛耳っていたあなたは『公爵』の名の元に、エルズ商会へもルートを指定していたんじゃないんですか?オレたちが公爵と会ったその日のうちに活動報告をしたとき、ルートについてすぐに教えてくれたことも少なからず疑問には思ってました」

「・・・」

「エルズ商会に聞きましたよ。盗賊の中に髪の長い若い女がいたって。ベネデッタさん、それあなたじゃないですか?」


 少し俯いたベネデッタさんは、満面に笑みをたたえた。


「もう・・・どうしてそんなに疑うのかなぁ・・・」

「疑うも何も、うちのメイドが初日に言ったことを覚えていますか?」

「・・・」

「『休日は何をされているのですか?』って。公爵邸の応接間でうちのモアさんが鼻をつまんでいたこともどうしてかわかりますか?」

「さぁ・・・」

「モアさん、どうぞ」

 モアさんが俺の横に並んだ。

「私は特殊な能力を持っていて、小声であったりわずかな匂いも嗅ぎ取ったりすることができます。ベネデッタ様、初日にあなた様に会った時、あなたから強烈な血の匂いを感じました」

「・・・」

「俺とあなたが初めて会った日の前日にエルズ商会が『盗賊』に襲われ、隊の皆は重傷を負いました。若い女が斬りつけた際の傷でね。もちろん、これについては証拠などないのですけど」

「証拠・・・そうね・・・証拠がないわね・・・ジンイチローさん。オズワンド商会が盗賊だという証拠がないです」


 俺はくるりと翻って、見つけたカフィンの袋を一同に見せるように置いた。

「証拠なら・・・これになりますかね」

「ただのカフィンの袋に見えますね」

「えぇ、ただのカフィンの袋です。ですが・・・」

 俺はその袋を『印』が見えるように持ち上げた。

「この『印』はモアさんに書いてもらったものですが・・・ベネデッタさん、何て書いてありますか」

「『ジンイチロー初摘み記念』・・・」

「その通り。キリマン村で俺自身が積んだカフィンの袋です」

「ただの袋じゃない。そんなものを書いても・・・」

「この袋を運送したのは今日ですよ。あれ・・・確か今日の運送は『盗賊』に襲われたんですよね?」

 ロサーノは眉を吊り上げているが何も言わない。

「どうして盗賊に襲われた今日の配送物がここに在るんですかね?ベネデッタさん?」

「・・・」

「それとですね、念のため調べましたよ。エルドランに持ち込まれる荷物は一応街の入り口でチェックしてましてね、盗賊にあった日には決まってオズワンド商会は『野菜』を仕入れていますね。『盗賊』にあったと称しながらも、実は普通の物資運搬を装い、カフィンをオズワンド商会の倉庫に保管していた・・・。こうしてカフィンを蓄えながらも、盗賊に襲われたとしてカフィンの供給がままならないと言い高騰を促し・・・まぁ後は想像の域ですが、高騰した価格のまま『これがカフィンの価格だ』といって外の街へ流通を図ろうとしていたのですかね。蓄えたカフィンは外の街の貴族に売り、多くの利益を得る・・・。ちなみに、このカフィン袋の中身はというと・・・」


 俺は袋を開けて中身をぶちまけた。


 あぁっ!と一同が声を上げる中、広がったのは小さな石粒だった。


「カフィンなんか入れてませんよ。敢えて石粒を入れてみたんです。ふふっ、このことには特に深い意味はないですが、石粒だと気付かずに運んでここに置いてあるなら滑稽ですね。石粒を入れていなくても『印』のある袋がここに在るだけで十分な証拠ですし・・・。ちなみに、キリマン村の人達に積み込みを手伝ってもらっている時、俺は敢えてこの『印』を見せています。証言なら得られますよ」


 ロサーノは一歩前に出た。


「単純と言われようと何と言おうと、カラクリに気付いた者は例え『大賢者』であっても消えてもらう!」


ベネデッタさんがロサーノの前に出ると、短剣を握った。


「行け!我が奴隷ベネデッタよ!」



 何だって!?ベネデッタさんが・・・あのロサーノの奴隷・・・!?




いつもありがとうございます。

次回は12/5の予定です。

よろしくお願いします。


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