第87話 疑念
水を口に含ませ、喉奥に流し込んだモアさんがつぶやくように話した。
「私たちは確認しなければならないことがいくつかあります。その一つが、カフィンの運送に関することです」
俺とモアさんは旧城の庭で遊ぶ子供たちを見ながらの、視線を合わせないひそひそ声で打ち合わせた。
「あぁ。運送については誰の口からも全くと言っていいほど聞こえてこなかった。カフィンを生産するキリマン村でさえ、運送者が誰なのかは全くわからなかった」
「そうです。そしてそのカフィンの運送に関してオズワンド商会が関わっているかどうか、という点。そしてそもそもの疑問として、この街に他に商会があるのかどうかという点です。カフィンの扱いはオズワンド商会だけが握っているという話を聞きましたが、何も商会が一つしかないということはありません。ということは、カフィンの運送に関していえば、複数の商会または業者が担っているということも考えられます」
「そうなると不思議に思えるのは、いつどの運送隊のときに『盗賊』に遭遇しているのか、ということになる」
「はい。これがはっきりすれば、『盗賊の正体』がはっきりするでしょう」
「証拠集めか・・・。ふふふ、これじゃあまるで『カフィン探偵団』だな、俺達」
オズワンド商会の扉をおそるおそるくぐる。
客人が一人もいないことを確認した俺達は、先日から世話になっている受付の男性に声をかけた。
「あぁ、あなた達は・・・」
「こんにちは。また来ました」
「いつもいつも気にかけていただいて助かります」
「カフィンの運送のことで今日は聞きたいのですが・・・」
「えぇ、構いませんよ」
「ちなみに会長さんは?」
「会長はまたカフィンが心配で、また街の外で首を長くして待っていると思います」
「そうですか・・・」
「立ち話も何ですからおかけください」
男性に促されるままテーブル席に着座した。
「今日お伺いしたいのは先ほども申しました通り、カフィンの運送についてです。単刀直入に聞きますが、運送を手掛けているのはこちらのオズワンド商会ともう一つの商会ですよね?」
あくまで予想の範囲であるが、違っているのならそれはそれでいい。
だが、男性はあっさり応えてくれた。
「はい、そうですよ。このオズワンド商会とエルズ商会になります。この二つの商会でカフィンの運送を担っているんです」
「そうですか・・・。でもカフィンの取り扱いはオズワンド商会だけが担っているのでは?」
「はい、それも間違いありませんね。カフィンの焙煎までの製造過程、販売も我々オズワンド商会が担っています」
「どうしてエルズ商会はそれができないのですか?」
男性は難しい顔をして、首を横に振った。
「それはわかりません。製造や販売の許可をもらっているのは我々だけで、許可を出しているのは公爵様だということしか・・・」
『公爵』が許可を出している・・・か。
「ちなみにですが、公爵からの製造販売許可をもらったのはいつごろですか?」
「う~ん、あれは私が勤め出したときと同じくらいだったから・・・2年前くらいですかね・・・」
「そうですか・・・。それと、公爵の執事として働いているベネデッタさんはご存知ですか」
「もちろんです。彼女は私と入れ替わりで公爵邸に勤め出しましたからね。会長の肝いりで公爵様の側近として精力的に働いていると聞きました。わが社の誇りですよ」
「じゃあ、同じ2年前というわけですね」
「そういうことになりますね」
俺とモアさんは小さくうなずき合った。
「それと申し訳ないのですが、ここ最近の運送の記録のようなものを見せてもらえるとありがたいのですが・・・。盗賊の出没について、ある一定の動きがあるように思えてならないんです」
「そうですか!それは素晴らしい!お待ちください、ただいま帳面を持ってまいります」
受付に重ねていたノートの一つがそれだったようで、ペラペラと捲ってみせてくれた。
「このあたりが・・・ちょうど一週間前くらいの運送ですね。はぁ・・・悲惨だなぁ・・・」
頭を抱える男性を横目に、俺とモアさんはここ最近の運送状況を確かめた。
今日はオズワンド商会。
昨日は運送なし。
一昨日はオズワンド商会。
その前もオズワンド商会が受け持っていた。
ここ最近で運送に成功したのはエルズ商会の運送で、俺達がこの街に来る一週間ちょっと前だ。
ちなみに、俺達がこの街に来たときはオズワンド商会。会長が頭を垂らしてこの建物に入ってきた日だ。
「ちょっと聞きたいのですが、ここ最近のエルズ商会の運送は失敗していますよね。やはりこれも盗賊が原因ですか」
「そうです。実際に襲われています」
「けが人は?」
「います。詳細はわかりませんが、エルズ商会に聞けば分かると思いますよ」
オズワンド商会を出た俺達は、エルズ商会への道すがら聞いたことを整理した。
俺達がこの街に来る前の日はエルズ商会の運送。盗賊に襲われ失敗。
俺達が来た日はオズワンド商会の運送。盗賊に襲われ失敗。
滞在二日目の運送。オズワンド商会、盗賊に襲われ失敗。
滞在三日目・キリマン村へ行った日の運送。運送計画なし。
滞在四日目・本日の運送。オズワンド商会、成否不明。
滞在五日目・明日・オズワンド商会の運送。
滞在六日目・明後日・エルズ商会の運送。
「この『盗賊に襲われ失敗』したという事実を、誰も疑問に思わないのだろうか・・・」
「その疑問を正当化させるための『盗賊討伐依頼』ではないのですか」
「そして『盗賊』がいくら待っても現れない事実が浮かび上がるも・・・」
「『公爵』によって一蹴されますね。『いないわけないどない』と」
「そして『盗賊討伐依頼』は何度も挙げられる」
「そして『盗まれる』わけです」
こうして話しているうちにエルズ商会へと到着した。失礼を承知で思うのだが、オズワンド商会に比べて建物がやや小さく貧相に見える。
扉を開けて中に入ると、薄暗い中に小さなロビーがあった。客人は一人もいなかった。
「こんにちは・・・」
「ん?どなた?」
カウンターらしきものの奥からしわがれた声が響いた。
ぬっ、と現れたのは、中年の男性だ。
「ここはエルズ商会でよろしいですか」
「あぁ、そうだが・・・あなた方は?」
「申し遅れました。王都から『極秘調査』に参りましたジンイチローとこちらはモアです。カフィンのことについてお聞きしたく参りました」
「王都から・・・?まぁ、おかけくださいな・・・」
促されて丸いテーブル席に腰掛けた。中年の男性もあわせて着座した。
「私はダニエル・ロマンズといいます。エルズ商会の会長をしています」
「会長さんでいらっしゃいましたか。カフィンのことでお聞きしたいのですが」
「王都から来られた方はわからないかもしれませんが、カフィンはオズワンド商会でしか取り扱っていないんですよ」
「えぇ、知っています。だからこその『極秘調査』です」
「はぁ・・・」
「エルズ商会はカフィンの運送のみ行っていますよね」
「えぇ、それだけは許可が下りましたので」
「前回の運送の時は盗賊が現れたと聞きました」
「そうです。何せ私もそこにいましたからね」
何と!当事者がここにいたではないか!
「そうですか。よくご無事で」
「ふふ、年甲斐もなく張り合ったのがまずかったんです」
「え?」
「若いモンには『盗賊が出たら何よりも命が大切だからすぐに逃げろ』と言っていたのですが、現れた盗賊を見ていたら無性に腹が立ってしまいましてね。剣を取りだして立ち向かったんですわ」
「ほぅ・・・」
「そしたら若いモンも血気盛んなものですから我先にと盗賊に立ち向かったんです。最初は善戦していたんですが、途中から入ってきた女にことごとくヤラれましてね」
「女?」
「えぇ。あれは相当腕の立つ者です。布で頭を覆っていたので顔は見えませんでしたがね・・・。髪の長いことと、肌の感じからして若い女であることはわかりました。まぁ・・・その女に斬りつけられましてね、若いモンは重傷。私もちぃっとばかり斬られて怪我をしました」
ダニエルさんは腕を捲ってみせた。緋色に滲んだ包帯が巻かれていた。
「そうでしたか。それでも助かってよかったですね」
「う~ん・・・」
ダニエルさんは納得のいかない顔で首を傾げた。
「どうかされましたか」
「なんというか・・・私にはよく分からないんですが、若いモンがいうには、『アイツは最初から殺す気などない立ち振る舞いだった』らしいんです」
「つまり、怪我だけさせてカフィンを盗むということですか」
「まぁ・・・そういうことになりますかね・・・」
ダニエルさんは腕を組んで再び首を傾げた。
「それともう一つ聞きたかったのですが、なぜエルズ商会はカフィンの製造や販売を行わないのですか」
俺がそういうと、ダニエルさんは腕組みを解いて、急に顔を険しくさせた。
「こればっかりは公爵様に一言いいてぇと思っているんです。カフィンの製造過程を担える施設も造りました。人もいつでも雇える状態にあります。それなのに公爵様はその許可を出してくれないのです」
「設備があるのに許可が下りない、ということですか」
「そうです。オズワンド商会に勝るとも劣らない施設です。それなのに・・・」
「ちなみにですが、許可を取る際に公爵邸に出向いたと思われますが、公爵自身が応対してくれましたか?」
ダニエルさんはややきょとんとした顔で俺達を見て、それからすぐに首を横に振った。
「いえ、実は一度も公爵にお会いしたことがないのです。打ち合わせをするときはベネデッタとかいう執事が公爵の代理として話を聞いたり書類のことや手続きについてもやったりしてくれましたね」
なるほど・・・。あとは・・・。
「会長さん、我々も極秘の調査で活動を公にできないので、協力していただきたいことがあるのですが・・・」
「まぁそれは構わないですが・・・あなた達は本当に調査のためにこの街にいらっしゃったのですか?」
至極真っ当な疑問だ。コホンと咳払いして居直った。
「名乗り遅れました。私は『大賢者』のジンイチローといいます。アルマン王とは懇意にさせていただいております。怪しいとお思いならば王都へ確認でもなんでもしていただいて結構です。あぁ、ミニンスクのエナリア商会でも構いません」
「あのエナリア殿の!?噂に聞いたエナリアに光を戻したといわれる『大賢者』なのか!?」
ダニエルさんの言葉の後、ダニエルさんにフル・ケアを浴びせた。許可なくすみません。
光の繭から戻ったダニエルさんの腕をとり、包帯をほどいてみせると綺麗に治っていた。
「もしよろしければ傷を負った皆さんも治しますよ」
「すごい!頼みます!」
ダニエルさんに連れられ、各々の家を訪ねた。
命に別状はないものの、苦痛の面持ちの中見せてもらった傷口は変色し、とてもすぐに働ける状態ではなかった。
フル・ケアをかけるときれいさっぱり治ってしまった。いつ見ても不思議なものだ。
本人からも大層感謝されたが、それ以上に喜んでいたのがその奥方だった。
「よかった」と連呼し、泣きながら俺に固く握手をしてくれた。
全員の完治を終えたところで、ダニエルさんは本題に戻してくれた。
「で、協力してほしいことってのは何だ?」
「連れて行ってほしいところがあるんです」
「何か見たいのがあるのか?」
「えぇ・・・できればこっそりと、お願いします」
ダニエルさんに案内してもらったあと、エルズ商会の建物に戻り、モアさんに頼んで手紙を書いてもらった。
相手はエルドラン公爵等々だ。
小声でモアさんに書く内容を伝え、すらすらと筆を流してくれるモアさん。
とてもきれいな字だった。
エルズ商会を後にした俺達は、再び公爵邸に向かった。
番兵は同じ人間だった。
「こんにちは」
俺が声をかけると、番兵は笑顔で迎えてくれた。
「これはこれは。ベネデッタ様をお呼びしますか」
「いえ、今回はちょっとお願いしたいことがありまして」
「お願い?」
「えぇ・・・」
きょとんとする番兵に、先ほどモアさんに書いてもらった手紙を渡した。
「これは?」
「『エルドラン公爵様宛』の手紙になります。これを、確実に公爵自身に渡してほしいんです」
「え・・・」
番兵はぎょっとして身を引いた。
「もちろん、ベネデッタさんを通さないやり取りはあなた達にとって恐ろしいことこの上ないでしょう。なので、これでお願いしたい」
俺はモアさんを見やると、小さくうなずいたモアさんが小袋を二人の番兵に渡した。
「これ・・・金貨じゃないか!」
「はい。それぞれ20枚入ってます。」
「「 えっ!! 」」
手紙のことを話した時よりも大きいリアクションだ。
「それだけこれは重要なことなんです。これからのことを考えれば金貨20枚でも安いものです」
番兵は互いに顔を見合わせ、「どうする?」と小声で話し合うも、やがてまとまったのか俺達を見るとうなずいた。
「わかったよ、やってやる。ただしこれが最初で最後だ」
「ありがとうございます!」
「長年ここの番兵をしているが、こんなことをお願いするのはあなた達が初めてだよ」
それはそうだろう。『公爵』に対して楯突く者などいるはずもない。
滞在六日目――――――
エルドランの宿から出た俺達は馬車でキリマン村へ向かった。
しかも早朝、馬の足も速く、そのためか幌車も時折乱暴に地面を蹴った。
途中途中休憩も挟みつつも急ぎ足で向かった。
日が天頂に差し掛かる前にキリマン村に到着。
ディアヌさんの農場に差し掛かったところで辺りを見回すが誰もいないようだ。
村に入って『リッケンバッカー事務所』に立ち寄ると、ディアヌさんがいた。
テーブルに突っ伏している・・・。
「ディアヌさん」
「・・・ジンイチローさん・・・」
「どうしたんですか?収穫は?」
「えぇ・・・それが・・・」
ディアヌさんの話によると、もう少ししたら辞めると言っていた人が、今日辞めたいと言って荷物をまとめ出て行ってしまったらしい。他の人もそれがショックだったようで、今日は臨時休業にしたらしい。ディアヌさん自身も相当落ち込んでいるようだ。
「そうだったんですね・・・」
「もう少し働いてくれれば収穫のメドが立ったんです・・・なのに・・・」
はぁ~~~、と深くため息をついて突っ伏したまま動かない。
「ディアヌさん、今日お邪魔したのはお願いがあってきたんです」
「お願い?」
突っ伏していた顔を少しだけ俺に向けてくれた。
「えぇ。今日の運送、まだですよね」
「多分・・・」
「ちょっとだけカフィンを保管してある創庫に連れて行ってもらえませんか」
「はぁ・・・」
ディアヌさんに案内してもらった倉庫には、数日前に摘み取った実が彼処の農場から集められていた。
「ここが今日運送するカフィンの倉庫です」
「なるほど。いつもどれくらいで運送が始まりますか?」
「いつもどおりならお昼頃だと思います」
「そうですか・・・。ちなみに、一回の運送で大袋はどれほど運ぶのですか?」
「う~ん・・・大体40袋といったところかしら・・・。ちなみに一番多くカフィンを生産しているのではウチの農場ですよ!」
「なるほど・・・およそ幌馬車でいえば2両ほどですか・・・。わかりました。では、ひとつだけカフィンの入った袋に細工させてもらいます」
「えっ!?『では』って何!?」
「モアさん、よろしく」
「はい」
モアさんは『カフィンの実の詰まった』大袋を外から持ち出し、倉庫の中のカフィン袋に紛れ込ませた。
「これでよし」
「あのー、ジンイチローさん?」
「はい?」
「何をしてるんですか?」
「何って・・・、盗賊対策です」
「今のが?」
「えぇ。これで大体はいいです。あとはあの場所さえ掴めればいいんですけどね」
「???」
この約一時間後、オズワンド商会の運送隊が到着した。
商会の面々と村人がカフィンを積み込む中、どさくさに紛れて俺も積み込みに参加。
「皆さん、見てください!」
俺は一際大きい声を上げると、村人の皆がクスクスと笑った。
「俺はディアヌさんの農場でカフィンの実を初めて積みました。これはその記念です」
この場にいた村人が笑いながら「よくやったな」「俺の農場も頼む」と言ってくれた。
それを確認すると、抱えた袋を荷馬車の中に放り込んだ。
そしてその袋はどんどん積まれるカフィン袋に紛れていった。
「皆さんはどこの運送隊の方なんですか?あぁ、僕はこの村に来て間もなくて何も知らないんですよ」
「・・・」
運送隊の面々は顔を見合わせ、苦笑いをしながらもノーコメントを貫いた。
「皆さん、盗賊は怖くないんですか?」
「・・・まぁな。それじゃあ商売あがったりだからな」
ようやく口を開いてくれたのは浅黒い肌のひげを生やした中年の男性だった。しかし目は合わせてくれない。
そしてそれ以降何を話しても言葉を返してはくれなかった。
一通り積み終わると、村人と俺達は運送隊の出立を見送った。
見えなくなったところで踵を返し馬車を留めている『リッケンバッカー農場事務所』に向かった。
事務所のドアを開けて、ディアヌさんを呼んだ。
奥からディアヌさんが顔を出した。
「ディアヌさん、ご協力ありがとうございました」
「どういたしまして。カフィンを淹れましたのでよかったらどうぞ」
「ありがとうございます。いただいたら俺達はエルドランに向かいます」
カフィンをごちそうになっている間も、ディアヌさんは終始不思議そうに俺達を見ていた。
それでも『何を企んでいるのか』は聞いてこなかった。
まぁ、壁に耳ありという言葉もあるくらいだから聞かれても今は話せないけど。
カフィンをいただいたのち、すぐに馬車に乗り込んだ。
「ジンイチローさん、また来てくださいますか」
「えぇ、もちろん。そうですね・・・また明日会いましょう」
「はい!今日あなたに会えてよかったです。カフィンを淹れてたら無性に収穫したくなりました!やっぱり私は農場にいないとダメみたいです」
「お役にたててよかったです。それじゃあまた明日」
「はい!お気を付けて!」
こうしてキリマン村を後にした俺達。
ディアヌさんは俺達が見えなくなるまで手を振ってくれた。
いつもありがとうございます。
次回予定は12/2の予定です。
よろしくお願いします。




