第85話 カフィン農場
はやくも日が傾きはじめ、エルドランにこの歩みを進めないと夜になってしまう。
エルドランに到着してからまだ1日とも経過していないので無理もないか。
結局盗賊は現れなかった。
もちろん、ルートを大人数で押さえているわけでもないし、『ここに盗賊が現れる』という確信を持って立っていたわけでもない。実のところエルドラン公爵からは運送する時間までは聞いていない。聞いていないというよりも、なぜか教えてくれなかった。
それだけ機密事項なのだと自己納得しようとしていたが、どうにも何かが引っかかるような気がしてならなかった。
まず第一に、この『討伐依頼』自体が妙だ。
なぜなら、盗賊に出くわしたいのならキリマン村から運送に同伴すればいいだけのことだから。
確かに人手は少ないかもしれない。
俺達が依頼を引き受けるのが遅すぎたのかもしれない。
しかし、ルートに現れるかどうかもわからない盗賊を、運送隊の到着時刻もわからないまま延々と草原を彷徨って探すのでは効率が悪すぎる。
これじゃあまるで盗賊を捕まえてほしくないみたいだ。
いや、下手をすれば俺達が盗賊だと疑われてしまう。
公爵からもらった確認書を持っていてつくづくよかったと思う。
「ジンイチロー様、もうエルドランに戻らないと日が暮れてしまいます」
「そうだね・・・」
「・・・」
「ねぇモアさん」
「はい」
「この討伐依頼、おかしいよね」
「・・・よかったです」
「え?」
「運送隊に同伴すればカタがつくこの仕事を、何の疑問も感じずに野原を彷徨っているだけで「盗賊いないよね」と話されたとしたら目もあてられません」
「はは・・・」
「今日のところはエルドランに戻り、公爵様に報告をなさってはいかがでしょうか」
「そうだね」
俺達はエルドランに戻り公爵邸に向かった。
入り口の兵士に公爵への面会希望を伝え、伝令の兵士が邸宅に入ることおよそ5分後、出てきたのはベネデッタさんだった。
「ジンイチローさん!」
「ベネデッタさん」
奥から手を振りながら走ってきてくれた。
「いかがでしたか?」
「申し訳ありませんが、ルート上を探索したものの盗賊は現れませんでした」
「そうですか・・・」
「明日も運送はあるのですか?」
すると、ベネデッタさんは俺の腰に手を当てて兵士に聞こえないところまで俺を連れ出し、耳元まで口を近づけて小声で話してくれた。
「はい。明日も予定されています。ルートは同じです」
「そうですか。できればキリマン村からの出発時間を教えていただけると助かります。キリマン村から同伴しなくても、おおよその時刻にキリマン村付近にいるようにしますので」
「それなんですが、大変申し上げにくいことで・・・。出発時間はお伝えすることができません」
「・・・それはなぜです?」
「あまりにも盗みがひどく、いつどの時点で話が漏れているかわからないのです。機密事項とさせていただいているのはそのためです」
「そうですか・・・」
「依頼を受けてくださる方々には盗賊を討伐できなくてもほんの気持ちばかりの報奨金は差し上げております。疑問を感じる方は少なからずいらっしゃいますがね」
疑問を抱くのも無理はない。歩いても歩いても、盗賊だけでなく運送隊の影すら見えないのだから。
「わかりました。それじゃあまた明日も同じルート上を辿ってみます。ただし運送隊と合流したらエルドランまで護衛しますよ」
「えぇ。よろしくお願いします」
この時、モアさんはいつになく鼻を気にしていたのか、鼻頭を手で押さえてすぅすぅと音を立てて息を吸っていた。
翌日―――――
俺達は再びルート上を歩いた。
もとより盗賊はいない。
今俺達がいるところは広い草原地帯。
目の前には聳えるフィロデニア大山脈。
丘陵地帯もあるが、比較的なだらかだ。
何時間もルートを彷徨うが一向に盗賊に出くわさない。
本当に盗賊などいるのだろうか?と疑問に思えてしまうほど平穏そのものだ。
「ジンイチロー様、一旦エルドランに戻りましょう」
「もう?まだ日はあるよ?」
「いえ、少し気になる点があります」
「気になる点?」
「昨日の運送は成功したのでしょうか」
「そういえば・・・」
モアさんの言う通り、昨日は一向に運送隊に出くわさなかったが、結局どうなったのだろうか。
確認してみるのもいいのかもしれない。
「オズワンド商会に行ってみようか」
「はい」
俺達は踵を返してエルドランへ戻った。
「ええ!?盗まれた!?」
「はい。昨日も盗まれたと会長が申しておりました。これで一週間連続ですね・・・」
オズワンド商会に立ち寄り、昨日の受付の男性に聞いたらこの有様だ。
「俺達はルート上に張り込んでいましたが、運送隊は見えませんでしたよ」
「私としてはなんとも・・・。運送する時間がわからないもので・・・」
「ですよね・・・」
こうして受付の男性と話している間、昨日のように会長が暗い顔で入ってくることはなかった。
オズワンド商会を出ると日が傾きはじめていた。
「モアさん」
「はい」
「明日は運送ルートをあえて聞かずに、キリマン村へ行かないかい?」
「賛成です。このままだと一生盗賊には出会えないでしょう。盗賊が恋しいですね」
「いや、それはどうかと・・・」
「それに・・・」
「?」
「・・・いえ、何でもありません。それでは公爵様に報告をしたのちに宿へ向かいましょう」
公爵邸入り口へ辿り着いた俺達は昨日同様公爵への面会を希望するも、伝令から戻った兵士は公爵もベネデッタさんも多忙で席を外せないとのこと。盗賊は討伐できなかったことを公爵へ伝えてほしいと伝言をお願いし、宿へ向かった。
その翌日――――――
俺達は厩舎につないでいた馬を戻し、馬車につなげると、キリマン村へ向かった。
馬車の速度でなだらかな景色をのんびりと眺めていたとき、遠くの景色の一端に鮮やかな緑色が広がり始めた。
細目で陽炎の揺らめきの奥に見えるそれを凝視する。
「あれは・・・」
「あれとは・・・あの遠くの緑のことですか?」
「うん、そう。そうだよ、間違いない。あの鮮やかな緑色の葉はコー・・・カフィンに間違いないと思う」
しばらく馬車を走らせるとカフィンの農場に入った。
なんて広い農場なんだ!
一面が鮮やかな緑色に染まっていて、輝く陽の光を眩しく返している。そよ風に揺れる葉が波のようにそよいでいて、まるで水面のようだ。
「モアさん、馬車を停めて」
「承知しました」
広い農場の真ん中で馬車が止まる。
そよ風に揺れる葉の音が、ささらささらと空いっぱいに響いた。
いいな・・・ずっとこの音を聴いていたい気分だ・・・。
「ジンイチロー様、キリマン村が見えます」
モアさんの指差す遠くの向こうに集落があった。
「この景色と音を聴いてると、盗賊なんてどうでもよく思えちゃうな」
「ジンイチロー様は不思議な方ですね。私にはただの広い農場と葉が擦れる音としか思えません」
「普通はそうだね」
何せこんな景色はネットでしか見たことがないから、びっくりするほど感動している。
そんな俺を見てか、モアさんの口角がわずかにあがっていた。
「モアさん、どうしたの?」
「穏やかなジンイチロー様を見ていると、不思議と胸の奥がくすぐられる気がしてなりません。今の私ならどんなご命令でもご奉仕できる自信があります。あぁ・・・お世話したくてたまりません。ご命令をください」
モアさんの心の琴線に触れる何かがあったようだ・・・。
「それじゃあ・・・馬車を出してくれる?」
「ご命令を受けました」
そういうモアさんの口角の上がり幅は過去最大の1.5㎝を記録した。
キリマン村に差し掛かったとき、農場を歩く女性を見つけた。何やら大きな袋を抱えてフラフラと歩いている。村に続く道に出てきたため声をかけてみた。
「こんにちは。農場の方ですか?」
「え?あぁ、はい!こんにちは!そうですよ、私はこのカフィンの農場の者です!」
上から見下ろしながら話すのもどうかと思い、馬車から降りた。女性も持っていた大袋を降ろし、額に滲む汗を拭いた。
「私はジンイチローといいます。王都から来ました」
「まぁ!遠くからよくお越しいただきました!私はディアヌといいます。この『リッケンバッカー農場』の主です」
麦わら帽子を被るディアヌさんはほんの少し日に焼けた顔で目一杯の笑顔を見せてくれた。
「すごく広い農場ですね。それにとても綺麗だ」
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえると嬉しいです」
彼女は少しはにかんで笑った。
「それに綺麗だなんて言われたの初めてですよ~」
「そうですか?こんな素晴らしい景色を毎日眺められるなんてうらやましいですよ」
「ふふ!ありがとうございます!」
「元気良く育っているから、しっかり手入れしていらっしゃるんですね」
「大したことはしていませんよ」
「病気とかも心配じゃないですか」
「たまに罹りますがなんのそのですよ。この子たちは結構丈夫ですから」
ディアヌさんはもじもじしている。カフィンのことを溺愛しているのがよくわかる。
「ジンイチローさん、もしよければ私の家に来ませんか?褒めてくださったお礼にカフィンをごちそうします」
「いいんですか?ありがとうございます。よければ馬車に乗ってください。荷物もどんどん載せてください。たくさんあるなら手伝いますよ」
「助かります!この大きいのがあと10袋あるんです」
ディアヌさんの後を付いていくと、大きな口が開いている袋がいくつかあった。赤い粒々が入っている。
これはまさか・・・。
「これ、カフィンの実ですか?」
「・・・カフィンの名を聞いても驚かないからどんな方だと思っていたのですが・・・。王都からいらしたのによく御存じですね!」
「そうだろうと思ったんです。宝石みたいだ」
「そういってもらえると嬉しいです。手塩にかけて育てた甲斐があったというものですよ」
袋の口を縛り、抱えて持ってみると中々の重量だ。
よくこんな重いものを抱えられるな、と感心。
ちょっとズルして魔力循環をする俺・・・。
こうしてすべての袋を幌馬車に載せて馬車をキリマン村へ走らせた。
村は遠くから眺めたよりも大きく、木で組まれたログハウス風な建物がいくつも並んでいた。
デイアヌさん曰く、そのほとんどが農場で働く人たちの住処になっているらしい。一際大きい建物がいくつもあるが、収穫したカフィンの実を保管する倉庫のようだ。入り口や周辺には剣を持った番兵が歩いていた。
そして村に入ってから鼻の奥をくすぐるのは、焙煎したカフィンの香り。
凪ぐ香りと優しい風の心地よさが安らぎを与えてくれる。
「ここが私の家です。どうぞ」
『リッケンバッカー農場事務所』という看板が掲げられているドアを入ると、いくつかの丸テーブルと丸太で作られたイスが並んでいた。
「どうぞおかけください。今日焙煎したカフィンがあるのでお出ししますね」
「ありがとうございます」
座って待つことしばらく。部屋に染みついたカフィンの香りとは違う、淹れたての香りが漂ってきた。
目を閉じて香りに鼻を立ててみる。
あ~、この世界に来てこの香りを楽しめることになろうとは・・・。
いいなぁ、ここは・・・。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
俺とモアさんはカップを手に取り口に含む。
エルドランで飲んだカフィンと比べると、ここで飲むカフィンの方が鮮烈な味わいだ。
「どうですか」
「エルドランで飲んだ印象とは全く違いますね。こちらの方が香りが鮮烈です。実の種類が違うのですか?」
「よくおわかりになりましたね。これはまだエルドランに出していないものなんです」
「この村では実の収穫から焙煎まで取り扱っているのですか?」
「この村では収穫と保管だけです。実の脱肉や洗浄、乾燥はエルドランで主に行うことになります。もちろんこの村でも施設はありますけどね。私は自前で焙煎前の過程をやっちゃいますけど」
「この広い農場にあるカフィンを手摘みするんですよね?すごいなぁ・・・」
「えぇ・・・」
途端にディアヌさんの顔が曇った。
なにやら困りごとの匂いがする・・・。
「ディアヌさん。実は俺達はエルドランに一昨日到着して、一昨日と昨日にわたってエルドラン公爵からの盗賊討伐依頼を受けてルートをまわっていたんです」
「・・・そう、だったんですね・・・」
「ですが、盗賊は現れずじまい。何の収穫もないまま何かヒントがないかとこの村にやってきたんです」
「・・・」
ディアヌさんの表情がますます曇っていく。
「あのー、ぶしつけなお願いで申し訳ないのですが、ディアヌさんから見た『エルドラン公爵』の印象をお聞かせいただけないでしょうか」
「え・・・」
「疑っているわけではありませんが・・・どうにも引っかかっていて・・・」
ディアヌさんは喋りたくても迷っているという顔を見せて俯いてしまった。
「会って間もない俺達にこんな話をさせるのは申し訳ないのですが・・・」
「・・・いえ、お話しさせてください。むしろ先入観の少ない人の方が何かいい知恵が思いつくのかもしれませんし」
ディアヌさんのエルドラン公爵に対する評価は低かった。
キリマン村から提案された対盗賊案や販売促進案がことごとく却下されたからだという。
対盗賊案は俺も考えていた運送隊のキリマン村からの護衛や、ルートや時間の単一化も提案したのこと。ルートがいくつもあれば盗賊の目をくらませることは可能かもしれないが、時間を知らされない限りは討伐のしようがない。ならば同じルートで、同じ時間に運送した方が盗賊の出方を窺えるというのがキリマン村の主張だったようだ。
販売促進案としては、キリマン村から購入希望者に対して直接販売を行う案だったのだが、これも日を待たずに却下の知らせが届いたらしい。
だが、一番は『買い取り価格』の問題が根深く彼女に暗い影を落としていた。
カフィンの価格が高騰しているにもかかわらず、買値が10kg程度で金貨5枚だけだという。しかも、ここしばらく値段が変わっていないというのだ。
「知っていますか?オズワンド商会の特別顧問という役職には、エルドラン公爵がついているんですよ」
「そうなんだ・・・」
「特別顧問には商会の売り上げの率で手当てが出るらしいんです。オズワンド商会の一番の売り上げはカフィンです。カフィンが高騰しているのに買値がそのまま・・・。エルドラン公爵は知っているはずなのに何も変えようとはしない。嘆願書も一蹴されてしまう。お金が入らないから雇った者達が離れていきます。人手が足りない中がんばって収穫してエルドランに持ち込もうにも盗まれ、そして買われずじまい。だからお金が入らずに雇った者達がさらに離れ・・・。もう、悪循環なんですよね」
ディアヌさんはにっこり笑った。
こんな時に笑う人は大抵―――――。
「主であった父の農場をなんとかあそこまで大きくしたのに・・・」
彼女の笑顔を見ていると辛い。
曇りなく笑っているように見えても、心が悲鳴を挙げているように思えた。
「運送ももっと他の人に任せれば少しは変わると思うんですが・・・」
「え?」
ディアヌさんの言葉に思わず反応してしまう俺。
「ディアヌさん、運送は村の人がしているんじゃないの?」
「いえ、違います。運送はエルドラン公爵が指定した方々だったと・・・。ごめんなさい、運送の方々に確認しようと聞いたのですが、教えてくれなかったんです」
俺はモアさんを見た。小さくうなずいたように見えた。
「ディアヌさん、俺がエルドラン公爵にさっきのこともう一度かけあってみるよ」
「えぇ!?公爵に意見できる方などいるのですか!?私たちが嘆願した時も『村の総意』として代表者が書状として渡せた程度だったんですよ!?」
「まぁ・・・訳ありでね。公爵とは顔を合わせられる立場にいるのさ」
「・・・ジンイチローさんて、何者なんですか?」
「ははは、しがないちりめん問屋の――――じゃなくて、ただの旅の者ですよ」
「はぁ・・・」
どこぞやのご隠居のセリフを口走るところだった・・・。
「さてと、私はまたカフィンの収穫に行きます。ゆっくりしていってください」
「あ、ちょっと待って!」
「どうしました?」
「もしよろしければ、俺にもカフィンの収穫を手伝わせてもらえませんか?」
「え・・・?旅の方にそんなことをさせては・・・」
「俺はカフィンが好きなので、ぜひ手伝いたいんです。それにあんな広い農場の収穫は大変でしょう?」
「それはまぁ・・・」
「お願いします」
「そこまでおっしゃるなら・・・」
「よかった!ありがとう、ディアヌさん!」
「あ・・・うん・・・」
ディアヌさんは急に顔を赤くして俯いてしまった。
無理なお願いをして申し訳なかったが、無性に手伝いたくなってしまったから許してほしい。
「モアさんはどうする?」
モアさんは大きくうなずいた。
「もちろん、ジンイチロー様と共に汗を流します」
「ありがとう」
ディアヌさんに笑みがこぼれた。
先ほどの辛い笑顔とは違った、ほっとしたような温かみがあった。
いつもありがとうございます。
次回は11/26の予定です。
よろしくお願いします。




