第84話 エルドラン公爵
店主に教えてもらった『オズワンド商会』に早速向かった。
大きい路地を曲がり本通りを進むと、石造りの大きな建物が見えてきた。
あれが『オスワンド商会』だ。
中に入ると、いくつかの接客用テーブルとイスがあり、何人かが商談をしているようだ。
奥にいる男性に声をかけてみた。
「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「いらっしゃいませ。どういったご用件で?」
「こちらでカフィンの実を扱っておられますか?」
「はい。カフィンはこの商会でのみ扱っております。ご購入を希望ですか?」
「はい・・・できればたくさん」
「なるほど・・・ちなみにですが・・・」
男はカフィンの実が入っている小さな布袋を出して見せてくれた。
「この袋に入っているカフィンの実の量で、金貨10枚です」
「ええっ!!」
まさか・・・たったこれっぽっちで?
袋といっても300gもない程だ。これまで買い物してきて掴めてきた金貨の価値を考えれば、ぼったくりもいいぐらいの値段だ。
「まぁ・・・でしょうね。初めてこの価格を聞いたお客様は大抵そのように驚かれます」
男は苦笑いした。
「そりゃそうでしょう。びっくりな値段です」
「カフィンの実が高騰しておりまして、大変申し訳ございませんがこれ以上はお安く出来ないのです」
「確か・・・盗賊に盗まれているとか・・・」
「えぇ。よく御存じで。盗まれてこちらに流れてこないのです」
「そうですか・・・」
「エルドラン公爵に盗賊討伐・捕縛依頼を提出して配意いただいているのですが、中々捕まらなくて困っているのです」
「公爵に討伐依頼?」
男はうなずいた後、後ろを振り向いて一枚の紙をとって見せてくれた。
盗賊討伐のチラシだった。
「これは街の掲示板各所に貼りだされているものと同じです。盗賊がいなくなれば流通も戻って価格も抑えられるのですが・・・」
大量に購入したくとも金貨10枚はいただけない。この布袋を10個買っても金貨100枚だ・・・。
しかし、盗賊を討伐して流通を復活させられればもっと安く手に入る。
もちろん討伐できるかどうかなんてわからないのだけど・・・。
俺は悩んだ。
大山脈に行くべきか・・・
カフィンの実を大量購入すべく動くべきか・・・
チラッとモアさんを見た。
モアさんはうなずいて応えてくれた。
「ジンイチロー様の思うがまま活動されてよいのではないでしょうか。モアはどこまでも御供いたします」
よし、決めた。
「討伐依頼を受けるにはどうしたらいいですか」
「おぉ!受けてくださるのですね!ありがとうございます!このエルドランにはギルドがありませんので、エルドラン公爵様に討伐者としての登録をしていただく必要があります」
「登録ですか?」
「はい。カフィンの実は現在高騰しているため、大変価値ある貴重なものとなっています。討伐者がカフィンの実を盗賊から奪うことがないよう、宣誓する必要があります」
「へ~・・・。公爵のいるところはどこですか?」
「エルドラン公爵様の御屋敷は旧城です。この街のどこからでも見える白い城です。そこで受け付けています」
「わかりました」
とその時、暗い顔の小太りの男が入り口を乱暴に開けて入ってきた。
「あ、会長」
受付の男性がそういうと、会長と呼ばれた男が首を振った。
「だめだ、またやられた」
「またですか・・・」
受付の男性も暗い顔になった。
「あの、何がやられたんですか」
すると、会長が俺を見た。
「あぁ、お客様がおられたのにこれは失礼しました。私はオズワンド商会の会長をしているロサーノ・オズワンドと申します」
「王都から来ましたジンイチローといいます」
「モアです」
「会長、この方々は盗賊の討伐依頼を引き受けてくださるそうです」
「ありがとうございます。今私もカフィンの実の到着を待っていましたが、空になってしまった荷馬車しか到着しなかったもので、ほとほと疲れてしまいましてね・・・」
「心中お察しします。私もカフィンの実を購入したかったのですが、あまりにも高価なので、だったら盗賊を討伐しようと決めたとこです」
ロサーノさんは大きくうなずいて笑顔になった。
「本当にありがとうございます。もし討伐していただいた暁には特価でご購入のお手伝いをさせていただきます」
俺とモアさんは商会をあとにし、聳える白い旧城に向けて歩いた。
モアさんによると、現在旧城は街の人や来訪者の憩いの場として利用されており、その一部が公爵の住まいとなっているようだ。
というか、モアさんは何でも知っているんだな。
それについて尋ねたら、知識として何でも蓄えておけば、いざという時に主人の役に立てるとして勉強を重ねていたらしい。見上げたものだ。
旧城の大門は開放されていて、長く幅の広い階段を昇ると手入れの行き届いた緑の庭園と白い建物が美しく広がっていた。
「綺麗なところだ・・・」
「私もこの城に入るのは初めてです。手入れが行き届いて美しいですね」
「公爵の邸宅はどこにあるんだろう」
「おそらくはもっと奥の方にあるかと思われます。ここは開放区ですので」
「行ってみよう」
最初の庭園を越えて城を廻るように歩くと、別邸のようなものが見えてきた。兵士が数名立っている。
「ジンイチロー様、おそらくはあれです」
「うん」
入り口まで来たところで兵士に事情を説明した。
邸宅に伝令に向かった兵士によると許可が出たとのことで中に通された。
中は邸宅の給仕の女性に案内された。
応接室と思われる部屋に通されソファに座りしばらく待っていると、後ろにあったドアを開ける音がした。
「申し訳ございません。お待たせいたしました」
俺とモアさんは立ち上がった。
「私はドール・エルドランと申します。あなたがジンイチロー様ですね」
「え?えぇ。そうです。ジンイチローといいます。どうして名前を?」
「ふふ、まぁおかけください」
促されるまま俺達は座った。入り口でも名前は告げていなかったのだけど・・・。
「こうして顔を合わせることになろうとは、まさかでした」
「はい・・・」
なんのことかわからずポカンとしてしまう俺。
「実はですね、この街に『王都襲撃』の話が舞い込んできたのはつい先日の話なのです」
「えっ!?」
随分と遅い・・・。
「王都に行く用事もなくしばらく籠っておりましたし、この街にはさほど冒険者が来ませんので、噂もなかったのです。しかしながらその事件の概要や隣のハピロンのこともありましたので、各貴族に緊急にお触れがあったというわけです」
なるほど・・・。王城襲撃だけなら混乱を招く恐れもあったから敢えて知らせなかったにしても、貴族による『叛乱』と『灰色ローブの男』の情報は流さざるを得なかったわけか。そうはいっても王城襲撃もちゃんと知らせておかないといけないと思うのだけど・・・。まぁそんなことはどうでもいいか。
「そして、昨日早馬で『大賢者ジンイチロー』殿が訪ねてきたら丁重に迎えるようにという、王からの直々の書をいただいたのです。そして今日のご訪問・・・驚きましたよ」
そうか、だから『公爵』という立場であってもこんな丁寧に話してくれるのか。アルマン王は大山脈に行くということをイリアから聞いたのだろう。大山脈に行くとなればエルドランにも滞在すると踏んだのかもしれない。
「驚かせてすみません。本当はほんの少し滞在するだけのつもりだったのですが・・・」
「えぇ、聞きました。盗賊を討伐してくださるとか」
「はい。そうでないとカフィンの実をたくさん購入できませんので」
「大賢者もカフィンの実をご所望ですか!?」
「え?えぇ。まぁ・・・」
「大賢者にまでカフィンの実のことが耳に入っているとなれば・・・そろそろ外部への流通を考える時期に来たということか・・・」
「あの・・・」
遠い目をしながら考えに耽ってしまったエルドランさんに手を振った。
エルドランさんはハッとして居直った。
「失礼しました」
「いえいえ。今の話だと、カフィンの実はまだこのエルドランにしかないということですか」
「はい。フィロデニア外についてはわかりませんが、少なくともこの王国内でいえばまだ出回っておりません。ですが、そろそろ王国内にこのカフィンの実を売っていきたいと考えてはいたのです」
「ですが・・・」
「えぇ。あまりにも高価なために、平民には届かないものになってしまうでしょう。もちろんそれでも貴族先行で売ることも考えにはありますが・・・。ロサーノはもうその気でいるようですがね」
「そうですか・・・。カフィンの香りとその効能を考えれば広く勧めたいですよね」
「・・・」
公爵は急に訝しげに俺の顔を見た。
「何か?」
「あの、効能とは?」
「あ・・・」
そうか、こっちの世界ではコーヒーの効能についてはまだ知られていなかったか。
そうはいっても知る由もないけどね。
「カフィンの効能はいくつかありますが、健康面からいえば『脂肪の抑制』ではないでしょうか。お腹周りのブヨブヨが気になる方も多いかと思いますが、このブヨブヨをなくす補助をしてくれます。あとは油料理を食べた後に飲むといいとか・・・。あとは・・・集中力が高まることですかね。飲めば仕事の効率もあがるかもしれませんよ。それに飲んだ人はわかりますが、あの香りは心を落ち着かせる効果もあります。仕事で疲れての一杯は格別ですね」
「・・・」
「あの・・・」
「すごい!そんな効能があったとは!ちょっと待ってください!ただいま記録させますので!おぉい!ベネデッタはいるか!?」
大声で呼ばれてすぐにドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。ベネデッタです」
「ベネデッタ。こちらへ・・・。ジンイチロー様、紹介します。こちらは私の執事を任せているベネデッタと申します。ベネデッタ、アルマン王からの書状にあった『大賢者ジンイチロー』様だ」
「まぁ・・・あなた様が。私はベネデッタと申します。公爵様の下で執事として務めさせていただいています」
「オズワンド商会からの伝手で雇ったのですが、思った以上に仕事が出来て助かっています」
「そうですか。よろしくお願いします」
金髪に白い肌。透き通るような青い瞳が印象的だ。それに美人とくるので言うことなし。
「アルマン王からの書状が届いた時には私も驚きました。どんな方なのかと想いを巡らしておりましたが、まさかこんなに素敵な方だとは・・・」
顔を赤らめてモジモジとするベネデッタさんであったが、ちらっとモアさんを見ると・・・いつも通りの顔ではなく、なんとなくいつもより細い目でベネデッタさんを見ていた。あまり見たことのない顔に、一瞬でもベネデッタさんの振る舞いにデレっとした自分へ冷や水をかけられたような気がした。
「ベネデッタ、ジンイチロー様がカフィンの効能についてご存じのようで、私も全く知らなかったので驚いていたところだ。悪いが効能についてしっかり記録を取ってほしい。ジンイチロー様、先ほどのカフィンの効能についてもう一度お話ししてくれませんか」
「わかりました。ベネデッタさん、よろしいですか」
「えぇ、いつでもどうぞ」
俺は先ほどの効能について話すと、ベネデッタさんからも驚きと羨望の眼差しで見つめられた。
話し終えたあとは公爵の勧めで再びカフィンをいただいた。
至福のひと時の後は討伐について打ち合わせをした。
盗賊の足取りがつかめない理由は、全くわからないという。
カフィンを盗まれないために、日を変え時を変え、あらゆるルートで運搬を試すのだが、ことごとく盗賊に引っかかり盗まれてしまうというのだ。もちろん、さっきまで飲んでいたように盗まれない日もあるようなのだが。
ちなみにカフィンの実はエルドランで栽培されているのではなく、馬車で1日の距離にあるキリマン村で行われているらしい。
こうして打ち合わせたあと登録手続きを行い、依頼を受けた証として確認書をもらった。
「王城を守ったというあなたの力があれば盗賊も一網打尽でしょう」
「買い被りすぎです。お役にたてればよいのですが」
「こうしてお手伝いいただくだけで農家にとっても我々にとっても励みになります。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺とエルドラン公爵は握手をし、退室しようと立ち上がった時だった。
唐突にモアさんが「あの」と言って切り出した。
「ベネデッタ様、ご質問があるのですが」
「はい。なんでしょう」
「お仕事を終えられたあとやお休みの日はどのようにお過ごしでいらっしゃいますか」
「え・・・?」
ベネデッタさんは思いもよらない質問にきょとんとしていた。
「モアさん、急にどうしたの?」
「申し訳ございません。このようにお美しい方はどのように休日を過ごされているのかと興味が湧きまして」
クスクスとベネデッタさんは笑った。
「面白い方ですね。特に私は何もしないですよ。なけなしの小遣いで買ったカフィンを飲むくらいでしょうか」
「そうですか。参考になりました。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。ジンイチロー様、またお会いしましょう。今度はどこかでお食事でも一緒にいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。討伐活動の報告に上がることになりますので、ぜひその時に」
「嬉しい・・・。楽しみにしていますね。・・・はっ、私ったら職務中に・・・エルドラン様、申し訳ございません」
エルドランさんは高らかに笑った。
「はははっ!!たまにはいいのだよ。いつも仕事を押し付けてばかりでこちらも申し訳ないからね。なんならその日は休んでもいいくらいだ」
ベネデッタさんは再び赤ら顔で縮こまった。そんな様子をほほえましく見る俺だったが、モアさんから漂う雰囲気はさっきよりも険が増しているように感じた・・・。
邸宅を出たところで俺はモアさんに切り出した。
「モアさん、さっきのあれは急にどうしたの?あんな風に聞くなんて珍しいね」
「申し訳ございません。ご主人様を差し置いてあのような質問を飛ばしてしまいまして・・・」
「気になったの?」
「気になったといえば気になったのですが・・・。私の妄想の範疇です。今後は慎みます」
その言葉通り、モアさんからその話題に触れることはなかった。
ということで、邸宅を出た俺達は早速エルドラン公爵から教えてもらったカフィンの実の運送ルートを歩いてまわるため、街に出て宿を取り、ルートを辿ることとなった。
いつもありがとうございます。
次回投稿は11/23の予定です。
よろしくお願いします。




