第82話 先が思いやられる
先に家に帰っていたばぁばとアニーは俺の青ざめた顔に驚き、すぐに俺の部屋のベッドに寝かせた。
「王城で何か悪いものでも食べたのかい?」
「大丈夫?ジンイチロー」
二人とも心配そうに俺を見ている。よほどひどい顔をしているみたいだな・・・。
「モア、ジンイチローは何を食べたの?」
アニーが怪訝そうにモアを見た。
「ジンイチロー様は何も食しておられません。アルマン王からの依頼を流されるまま引き受けてしまったことに具合を悪くされているようです」
「アルマン王?一体何の依頼を?」
皆の視線が俺に集まった。
俺はため息をついてから口を開いた。
「魔王に会うことになった」
部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
「魔王って、あの魔王よね」
「どの魔王か知らないけど、魔王といえば魔王なんじゃないか?」
「どうしてそんな依頼受けたの!?」
「どうしてって・・・アルマン王がマーリンさんから魔人石のことを魔王に聞いてみろっていわれたみたいで、アルマン王じゃ太刀打ちできないから俺に行ってくれって・・・」
アニーはおもむろに短剣を抜いた。
「自分でやらなきゃいけないことを・・・あいつブッコロス!」
アニーは部屋を飛び出した。
彼女は本気だ!!
「モアさん、止めて!!」
「かしこまりました」
部屋を出て行ったアニーを確保したモアさん。肩の下に腕を入れられ、もがくアニーを部屋に連れ戻してくれた。猫みたいにフーフー言ってる。
こりゃあ、冗談とも本気とも取れないイリアのあの件を言ったら恐ろしいことになりそうだ。黙っておこうっと。
一方、ばぁばだけは顎に手を当て、妙に冷静だ。
「ばぁばは何か知ってるの?」
「うーん・・・」
顎に当てていた手を降ろしたばぁば。ぽりぽりと頭を掻く。
「あれから心変わりしていれば、何の危害もないから会ってみてもいいんじゃないかねぇ」
「「 えっ!? 」」
俺とアニーは声をそろえて驚いた。モアさんは・・・いつものモアさんだ。
「長くなるからこの話はジンイチローが大山脈から帰ってきた後にするさ。簡単に言えばだね、私は魔王と戦ったことがあるんだよ」
「「 ええええええっ!! 」」
ばぁば!!あんたやっぱりレジェンドだよ!!
「かつてフィロデニアの地に魔王が降臨・・・飛んできてだね、難癖つけられてフィロデニアの存亡をかけた戦いになっちまったのさ」
「「 はぁ・・・ 」」
「その時に一緒に戦ったのが、ロード・ハンスという男さ」
ロード・ハンス・・・ハンス?
「ばぁば、ハンスって・・・」
「そうさ。ハンス孤児院を設立したカルヴィン・ハンスの伯父にあたる人物さ。ロードと私は一緒に魔王と戦ってねぇ・・・ははは、懐かしいね」
アニーは先ほどの驚きの表情とは一転、静かに覗うようにばぁばを見つめていた。
「それ以来魔王はどの地にも降り立たず、静かに魔王国で暮らしているはずさ。しかし・・・不思議なのはどうしてマーリンは魔王に聞いてみろと言ったのか見当もつかないねぇ。何か思い当たる節でもあったのか・・・」
すると、モアさんに腕を回されているアニーがその腕を軽く叩いて『大丈夫』の合図を送って解いてもらうと、俺の枕元に寄ってきた。
「ねぇジンイチロー」
「なに?」
「魔王の名を聞いて驚いちゃったけど、実は思い出したことがあるの」
「思い出した?」
「私のエルフの国はね、魔王国と交易があるのよ」
「・・・エルフの国が?」
「えぇ。大山脈から帰ってきたら、私と一緒にエルフの国に行って、そこから魔王国に渡ってみてもいいかもしれないわ」
「・・・アニーも一緒に行ってくれるの?」
「もちろんよ。そのかわり、大山脈にはモアと行ってきてね。エルフの国に帰るには事前にしておかなくちゃいけないことがあるの」
「何か準備するの?」
「強大な精霊魔法を使わなくちゃいけないの。そのために精霊の力を時間をかけて集めるのよ」
「そっか・・・」
まぁ、もとより大山脈には一人で行くつもりでもあったし、アニーも付いていくとは言っていなかったしな。もちろんモアさんは問答無用で随行する気でいるけど。
「わかった。アニーも一緒なら心強いよ。ヘタレでごめん」
「あなたの助けになるなら嬉しいわ。エルフの国に行ったら交易を担当している高官に掛け合いましょう」
「ありがとう、アニー。よろしくね」
枕元を離れたアニーは、思い出したようにばぁばに耳打ちした。
それを聞いたばぁばは、柔和な面持ちでアニーを見た。
「そうだね、今のアニーになら話してもいいさ」
「ふふ、楽しみ」
何の話やら・・・。
・・・
・・
・
血の気が戻った俺は事前に用意していた物すべて魔法袋に入れ込んだ。魔法袋の使い方はばぁばから聞いているので完璧だ。
「ジンイチローや、空間魔法は毎日練習すればできるようになるよ。道中1日1回はやっておきな」
「うん、わかったよ」
「ジンイチロー、気を付けてね」
アニーが俺に寄ったかと思いきや、ぎゅっと抱きしめた。
あ・・・柔らかい・・・。
「・・・変なの連れてこないでね」
耳元でドスの利いた声が響く。
背筋が凍りついた。柔らかくて幸せな気分が一瞬にして吹っ飛んだ。
「う・・・うん」
「モアも気を付けて。ジンイチローをよろしくね」
「えぇ、承知しております」
「・・・手は出さないようにね」
「手は、出しません」
「・・・色々出さないように」
「それではご奉仕ができません」
「・・・」
アニーは小声で「まったく」とブツブツ漏らし、俺の首に絡めていた腕を解いた。
モアさんはそんな俺達をいつも通り見ていたが、漂う雰囲気がいつにも増して強い・・・。
俺は見送る二人に軽く手を振った。
「じゃあ、いってきます」
「行って参ります」
「気を付けて行くんだよ」
「いってらっしゃい」
こうして俺は笑顔で見送る二人に笑顔で返して出立した。
・・・
・・
・
中央城門を抜けて街道を歩く道中、モアさんと今後のことを打ち合わせた。
「本日はミニンスクで一泊がよろしいでしょう。到着する頃には夕刻です」
「うん、そうしよう」
「諸々の買い物は明日にします。馬車はミニンスクの入り口に業者がおりますのでそこを訪ねましょう」
「馬だけじゃいけないのかい?」
「馬にも食事があります。餌もできれば買い込み馬車の中に突っ込みます。ですからできれば幌馬車を購入したいと思います」
「荷馬車じゃいけないの?」
「ミニンスクをさらに大山脈方面にいくと草原地帯を抜けていくつかの街を渡りますが、その道中は風と雨も強く、濡れたものを食べさせるのも・・・もちろん草原の草も食べるとは思いますが、普段与えられている乾草をもっていきたいと考えます」
「なるほど・・・」
この世界に降り立って『野営』を経験していないからか実感が湧かない。
ここはやはりモアさんに任せるのが一番のようだ。
「餌は街にいけば大抵は売っていると思いますが、ない時もあります。ミニンスクでできるだけ詰めたいと思います」
「わかった。資金は十分にあるから余裕を持って購入しよう」
「それに旅といえば幌馬車です。旅気分を味わうには幌馬車が一番です。いえ、絶対に幌馬車です」
気分の問題か!手段が目的になっていると思う。
「それと言い忘れましたが」
「何?」
「私の魔力が切れそうです」
「え・・・」
いけない。今日は魔力を入れ込むのをすっかり忘れていた。
穀倉地帯に行っていた間は実験の休止期間にして、少しずつ魔力を入れ込むようにしていた。
「さきほどジンイチロー様とアニー様が抱き合う姿を見て、強力な嫉妬心が芽生えました。これまでにないほどの感情でございましたので、これはひとえにエリンの現れとみるべきかと考えます」
「・・・モアさんの中では今どんな感じ?」
「今は『私』です。ですが、心の奥にいるエリンがドアを開け、徐々に侵食しているような気がします」
「どれくらい持ちこたえられる?」
「わかりません。この現象自体初めてですので」
「だよね・・・」
「はっきりしていることは、これまでにないほどジンイチロー様を抱きしめたい気持ちで溢れているという点です」
「結構侵食されてるよ!?」
「あ・・・まずい・・・です・・・。こんな急に・・・」
え?モアさんが急に立ち止まるや否や、何故かメイド服のボタンを外しはじめた。
「モアさん!」
下着姿だけになったモアさんは俺に力強くしがみつき、そのまま押し倒されてしまった。
妖艶な顔をしたモアさんの唇が俺の唇に重なった。
「!!」
何て力だ!掴まれた肩が動かない・・・!
あ・・・まずい。
肩が砕ける!!
瞬間的に魔力循環した俺は彼女の掴みを解き、肩を押さえて立ち上がった。
「モアさん・・・」
モアさんはニヤリとした。
「ふふふ・・・モアはいないわよ・・・」
「エリンか!?」
「そう、エリン。私はエリン。怖い思いをして死んだと思ったらいい男が目の前にいるんだもの。たまらず出てきちゃった・・・」
「モアさんを戻さないと・・・」
「ふふふ・・・やれるものならやってみて」
瞳が紅く光っている。あの時のモアさんと同じ症状だが、唯一違う点は、エリンが意思を持ってモアさんの体を動かしていることか。
「やることやったら魔力でもなんでも入れればいいじゃない。だ・か・ら」
来る!
「ちょっとくらい食べさせて!!」
来ると分かれば避けるのは容易い。エリンから伸ばされた腕は宙を切った。問題は彼女相手に刀を振れないことだ。
仕方ない、アレをやるか・・・。
エリンは俺を掴もうとニヤついた面持ちのまま素早い動きで腕を伸ばしてきた。
傍から見れば下着姿の女が若い男性を攻撃しているように見えるだろう。
俺はその『攻撃』を右、左と繰り返し躱す。
だがそれ自体がフェイントだった。
腕を伸ばしてくると思い躱した動きを見せた途端、エリンは動きを止めた。
何もないのに勝手に体を動かしてしまった俺。
しまったと思い、一瞬だけ固まってしまった。
その瞬間、エリンは俺の頭を両手で掴み押し倒した。
再び俺の唇にエリンが唇を重ねる。
「ぐ・・・むぅ・・・」
不意にその唇が離れたと思いきや、エリンは俺の首筋に噛みついた!
「あ・・・があぁあああああ!」
「ふふふふふ!おいしい!いいわ!あなたいいわ!おいしい!」
「やめ・・・痛ったぁああああ!」
するとエリンは片腕を離したと思ったら、俺の腹部目がけて拳を力いっぱい落とし込んだ!
「ぐぅえっええ!・・・あぅ・・・ぐぎゃああ!・・・・ぐぇえええ!」
何度も何度も落としこまれ、意識が朦朧としてくる・・・。
「もう一発で飛んじゃうからねぇ~!」
まずい・・・これ・・・終わる・・・
俺は無意識に彼女に向かって人差し指を突き出した。
穀倉地帯で初めて使った『水弾』を打った。
彼女の鮮血が俺に降り注いだ。
「ああああああああああっ!!!」
生身のモアさんの体なのに打ってしまった。でもあのまま殴られ続ければ危険だった。
『水弾』が当たったのは肩のあたりか・・・
血の量が多いから、動脈に当たったかも・・・
朦朧とする意識と腹部の鈍痛を堪え、転がって叫ぶエリンの上に乗った。
そして俺は拳を握り、魔力を込めた。
「あ・・・・やめろおおおおお!」
柔らかいお腹の感触を拳に感じた俺は、苦痛で歪む顔のまま意識を途絶えさせた彼女を見やる。
すぐにフル・ケアをかけ、次いで魔力を彼女の中に流し込んだ。
やがて彼女の体に魔力が満たされたことを感触で掴んだ俺は、自身にもフル・ケアをかけた。
・・・終わった・・・。
俺は意識のないモアさんの横に転がった。フル・ケアをかけたにもかかわらず息苦しい。肩で息をしながら横目でモアさんを見た。
エリンは危険だ。
あれほどまでに欲望を前面に出してくるものとは思いもよらなかった。
しかもモアさんの体のままやられると対処しがたい。今回は『水弾』で難を逃れたけど、もし今後同じようなことが起きたらどう立ち回ろうか。生身の人間に『水弾』は使いたくないし・・・。
「ジンイチロー様・・・」
「・・・モアさん・・・」
モアさんは上体を起こすと、自身の格好を確認した。
「私はまさか、ジンイチロー様と事を為したのですか」
「まぁ・・・色々あったけど、なんとか回避したよ」
「なるほど・・・まったく身に覚えがありません。前回はなんとなくでもわかったのですが・・・」
「魔力切れは絶対に起こさないようにしよう。くたびれていてもこれは欠かさずやろう」
「相当お疲れのようですね・・・。実験によるとおよそ約5~6日で『エリン化』するようですので、3日間に1度は魔力をいれていただいたほうが無難かと」
「あぁ、そうしたほうがいいね・・・いや、絶対する」
あぁ、先が思いやられる・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は11/17となります。
よろしくお願いします。




