第80話 正体
イリアを迎えたのは、心配して彼女を待ち受けていた一同の拍手喝采だった。
メルウェルが一番にイリアの目の前に立ち、そして跪いた。
イリアはメルウェルの肩が震えていることにすぐに気付いた。
「メルウェル・・・」
「申し訳ございません・・・。大切な王女様を守る義務すら果たせない私は・・・」
かすかに嗚咽する喉の唸りが聞こえたイリアは、跪くメルウェルと同じく膝を突き抱きしめた。
「イリア様・・・」
「何を言うと思ったら・・・。あなたがいてくれるから私はいつも立っていられるの。それに謝るのは私の方よ。我が儘に付き合わせてしまって心配をかけさせてしまって・・・」
「滅相もない!すべて、すべてこのメルウェルの不徳の致すところ・・・。いかなる処罰も覚悟しております」
「もう・・・こうと決めたら本当に動かないのね。でもそんなところが頼りになるの。いつもありがとう。これからもよろしくね」
「ありがたいお言葉・・・感謝いたします・・・」
イリアがメルウェルの肩を取り立ち上がらせると、メルウェルは黒の魔装団の二人に深く頭を下げた。
「イリア様を助けていただき、感謝いたします」
すると、イリアも深々と頭を下げた。
「わたくしもまだしっかりとお礼を申しておりませんでした。本当にありがとうございます」
魔装団の二人はうなずいた。
それを見たブランはイリアに歩み寄った。
「イリア様、早速ですが報告します。オーガの猛攻もなんとか撃退し、今晩の戦闘はこれで終了とみてよいでしょう。歩哨を立たせますので、今日のところはお休みください」
「ありがとう。気になるのは負傷者ですが、どれほどに?」
「・・・やはり昨晩のように事は運びませんでした。死者は辛うじていないものの、重体者は9名、重傷者は20名を超えます。オーガも武器を所持していたりこちら側から奪った武器で応戦したりした故、重傷者の中には部位欠損した者もおります・・・」
「そうですか・・・」
「心苦しいのですが申し上げます。今晩はお休みいただき夜が明け次第、イリア様におかれましては王城へ帰還していただきたくお願い申し上げます」
ブランは深く頭を下げた。
「なっ・・・そんな!わたくしはまだ戦えます!」
「無論、イリア様も貴重な戦力です。しかしながら、例え戦場を駆けることがイリア様のお望みであったとしても、イリア様にもしものことがあってはなりません。イリア様は、この国になくてはならないお人なのです」
「ですが!」
「明日、もし今晩と同じくオーガが攻め入ったら全滅するかもしれません。近衛騎士団がいようとも、その危険性は十分に考えられます。もちろん、そうはならないように善処はいたします」
「わたくしと近衛騎士団がここを去ったら、ますますそうなる可能性は高まります!」
「イリア様!!」
ブランの一喝に、イリアは一瞬身を縮めた。
「・・・当初、我々常駐兵はイリア様がご来訪された際、どれほど戦えるのかと正直見くびっておりました。しかし、イリア様の戦われるそのお姿と御心に大変感銘を受けました。魔物の軍勢にも怯えずに立ち向かうその姿はまさしく伝記本に記される『女神』そのもの・・・。イリア様の御心を肌で感じ得られたからこそ、我らは強くあることができました。イリア様が王城に戻り手腕を振るわれ、民の為に動いてくださるのであれば、我ら単独でこの地を守ることに何の躊躇いもありません」
「ブラン殿・・・」
「どうか、この一兵の願いを聞いてはくださらぬでしょうか」
イリアは両手を組んで強く握る。
固く瞳を閉じて、ため息をついた。
「・・・その前に一つだけ確認したいことがあります」
「はっ」
「わたくしがこの地で続けて戦うとしたら、何が条件になりますか」
ブランは目を閉じて小さく唸り、開眼してイリアを再び真っ直ぐ捉えた。
「・・・怪我を追って倒れている穀倉地帯常駐兵全員の完全なる回復復帰です。それ以外はありえません」
「・・・そうですか」
伏し目がちにイリアはうなずいた。
それはありえないこと―――――イリアはそう思った。
ブランは当然ともいえる戦力の見解を伝えることで、これ以上のイリアの戦闘参加を危険であるとも伝えたかったのだ。
全滅はブランにとっても避けたくとも、イリアを失うことの方がこの国にとっての損失は大きい。ブランの切なる願いを感じたとともにイリアは我が儘だけでは通らない現実も実感した。
「わたくし・・・最後まで皆さんと共にありたいのです・・・」
「その御心だけでも、我々は最後まで戦えます」
伏し目がちのイリアに歩み寄る者がいた。
ジーンだった。
「イリア王女」
「・・・なんでしょう」
「あなたはまだここで戦うことを望むのか」
「もちろんです」
「ブラン殿、さっきの言葉に二言はないな」
そう言われたブランは、大きくうなずいた。
「もちろんだ。本当の事だからな」
「わかった」
ジーンは少しだけイリアから離れると、黒の纏いの中から剣を取出し、天へ突き出した。
イリアはハッとした。見覚えのある細い剣・・・。
「まさか・・・あなた・・・!」
「『この地で魔物に抗う全ての人間よ。命の炎をかかげ、力と魂の源泉となり、幸福に満たされたまえ!エリア・フル・ケア!』」
大きな光の筋が剣の切っ先から伸びると、上空でたくさんの光の塊となって拡散した。
拡散した光は、この地にいるすべての人間へ降り注ぎ、光の繭に包まれた。
やがてそれが収束すると、その場にいた皆がジーンを見やった。
「ふぅ・・・」
ジーンは大きくため息をついた。
「ブラン殿、これでイリアの願いは叶った」
この一言をきっかけにあちこちで歓声が上がった。特に腕を無くした者や片目を潰された者達は抱き合いながら涙を流した。
ブランは呆気にとられていたが、無意識に口から漏れ出た。
「回復魔法じゃないか・・・しかもとびきりの・・・」
イリアはジーンに詰め寄った。
「あなた!その面をとりなさい!」
ジーンはおもむろにマスクをとってイリアに顔を見せた。
イリアの瞳が瞬く間に大粒の涙で溢れた。
「ジンイチロー・・・ジンイチロー!!」
「よくがんばったね、イリア」
「ジンイチロー!!!」
ドスっ、という鈍い音を立てて勢いよく抱きつくイリア。
「もうっ!!なんでもっと早くに!!」
「ごめん。なんかよくわかんないけどこれで登場することになっちゃってさ」
ジンイチローは黒いローブの裾をもって苦笑いした。
「あぁ・・・ジンイチロー・・・あなたが助けてくれたのね。いつも見ててくれたのね」
「『赤獅子』にさらわれた時はさすがにヒヤリとしたけどね。何かあっちゃいけないと思って目を配らせてたよ」
イリアのジンイチローを抱きしめる力がますます強くなる。
兵士も冒険者も、イリアの見慣れない行動に目を丸くさせていた。
すると、イリアは咄嗟にジンイチローから離れ、残りの魔装団のメンバーに目を向けた。
「待って・・ということは残りの皆さんは・・・」
「ふふ、つまりはそういうことさ」
ジンイチローが目で合図すると、黒の魔装団の面々が集まり、それぞれがマスクを脱いだ。
「ミルキー様!アニーさんも!・・・まさかのモアまで!?」
「いつ気付くのかと待っていたんだけど」
「そうだねぇ。意外と気付かれないもんだね」
「そうでしょうか。メルウェル様はお気づきになられていたのでは?」
モアの言葉に、イリアはメルウェルを見た。
メルウェルはわずかに口元を緩ませた。
「メルウェル?本当にあなたは気付いていたの?」
「申し訳ございません。ジンイチロー殿ではないかと勘繰っていたのは初日からでした。剣を抜いて手合いしたあの時から、なんとなくそうなのではと思っておりました。剣筋と動きがあまりにも似通っていましたので」
「もう!メルウェルまでそんな!どうして言ってくれなかったの!?」
「申し訳ございません。黒のローブで身を隠していたので、何かしらの事情があるのかと思い・・・。それに人違いということも十分に考えられました。正体が分からぬ以上は『ジンイチロー殿』と仮定して戦に臨むのも危険と判断したのです」
「だましていたわけじゃないけど、結果的にはそうなっちゃったね。言葉使いも変えてたから息苦しかったよ。黙っててごめん、イリア」
流れ落ちる涙を、ジンイチローは指で拭った。
「いいのよジンイチロー。あなたがいてくれたと思えば何もかも許せる・・・」
あのイリア王女に女の顔をさせるあの男は何者だ、と所々から声が漏れてきた。
ブランはそれを聞いたところで、合点の表情でうなずいた。
「そうか、あなたは『大賢者』ですね。王城襲撃事件で王城を守ったという・・・」
ざわめきが広がる。
『大賢者』ジンイチローを誰もが驚きの目で見つめた。
「大したことじゃありませんよ、ブランさん。とにかく皆のケガが治ってよかった」
「礼を言います。ありがとうございます」
ブランが深々と頭を下げると、ジンイチローも自然と頭を下げてしまった。
暗闇の第二地域は温かい拍手に包まれた・・・。
翌朝の雰囲気は明るかった。
未だ魔物の討伐は完了していないにもかかわらず、倒れていた兵士や冒険者の劇的な復活は士気の高揚に十分だった。
念のため中央にある兵士詰め所にブランとイリアと共に立ち寄ったジンイチローは、意気揚々とした兵士達を見てあらためて回復魔法の効果を実感した。
今すぐにでも戦えると息巻く兵士達をブランは満面の笑みで制止した。
昼を過ぎたころであろうか、穀倉地帯に100名近い兵士が馬車と共に表れた。
ブランが知らせを聞き駆け付けると、馬車から降りたのは農務大臣のアーバインだった。
その姿を見たブランはほんの一瞬だけ面倒くさそうに舌打ちするが、風の音にかき消されてアーバインには届かなかった。
アーバインたっての希望で、すぐに第二地域へ案内するブラン。
やってきた軍勢に第二地域にいた兵士や冒険者は何事かと訝しげにその様子を見やった。
「ここが第二地域か」
「はい。王城に嘆願したのはここに現れる魔物の駆除のための増員でありました」
「うん・・・」
バツの悪そうな顔で小麦の揺れを見るアーバイン。
彼はハッとした顔でブランを見た。
「王女・・・王女はどこに!?」
「あちらにいらっしゃいます」
ブランは小麦のある方を指差した。
「え?」
「ですから、あちらに。皆で刈取り作業をしていますが、王女が率先して作業に携わってくださっております」
「な・・・なにぃいい!?」
「何か?」
「だって・・・王女だぞ!?」
「・・・王女様が作業をしておられることの、何がおかしいので?」
「『何が?』じゃない!!王女に過酷な労働をさせるとは何事だ!!今すぐここへお連れしてお休みいただくのだ!!」
「・・・と申されましても・・・」
「何だ!!」
「先ほども話しましたとおり、『率先して』取り組まれております故、無理や止めさせたとあっては私のクビに係りますので・・・。ご自身でおっしゃられてはいかがですか?」
「ぐぬぬ・・・」
言い返せぬアーバインはずかずかと作業場へ単身歩いて行った。
農務従事者も、冒険者も、手の空いている兵士すらイリアと共に汗を流し、小麦の刈取りを行っていた。
その上イリアの格好といったらとても気品溢れる王家の娘とはいいがたいミニスカート姿。さらにはがに股で作業に当たり下着すら見えそうなその姿勢に、彼はめまいを起こしそうになった。
「イリア様!!!」
アーバインの声に、作業をやめて振り返るイリア。
「あなたは・・・農務大臣」
「なにをしておられるのです!!」
「何を?小麦の刈取りですわ」
「今すぐおやめください!!」
はぁ?と顔をゆがめるイリア。
「来てそうそう何を言うと思ったら。なぜやめなければならないのですか」
「あなたは王女ですぞ!!平民がするべきことをなぜあなたが!!」
イリアは持っていた鎌をアーバインに向けて突き出した。
「ひっ」
「口を慎みなさい、アーバイン!!」
「は・・・ははっ!!」
アーバインはイリアの一喝に跪いた。
「アーバイン、聞きなさい。第二地域は連日の戦闘によって極度に疲弊していました。農務従事者も他地域の刈取り作業に追われる中、なんとか第二地域の刈取りも急ごうとしていました。しかし、戦況の悪化がその作業の効率を落としていたことも事実。農務従事者だけでは刈取りの作業は到底間に合わない状況でした。そこへ来てのゴブリンの大群による穀物の盗難、オークやオーガの襲来が続けば、あなたでもこの地域がどうなるかわかるでしょう」
「は・・・」
「あなたは・・・今朝は何を食べましたか」
「・・・パンとスープであります」
「でしょう?たとえ平民であっても王家の者であっても、食べるものは皆一緒です。私たちの大切な食糧の確保は平民のすることだといって区別することは、汗を流して命を懸けて作業に当たった者達に対して失礼とは思いませんか!」
「はっ・・・確かに・・・」
アーバインの顔が見る見るうちに青ざめる。
「ここにいる皆は農務従事者だけでなく、冒険者や戦いに疲れている兵士もいます。それでも皆で協力して作業に当たれたからこそ、ここまで刈取り作業を終えることができたのです。そしてここにいる皆は、全員が志願して作業に当たってくれているのですよ。ここの刈取りを終えれば戦いも峠を越えます。それを目指して皆頑張っているのです。あなたの立場もわかりますが、農務大臣として、まずは皆の頑張りを褒め称えるべきではありませんか」
「はっ、おっしゃるとおりです・・・」
まくしたてるように言葉を連ねたイリアは軽く嘆息すると、作業に当たっていた皆に言った。
「ですがアーバインの言う通り休憩も大切です。皆さん、一息つきましょう」
「「「 はいっ!! 」」」
すると、アーバインがおもむろに立ち上がった。
「みなさん!!」
アーバインの叫びに、休憩に向かおうとしていた面々が彼を見た。
アーバインは深く頭を下げた。
「連日作業に当たってくれて・・・魔物を撃退してくれて誠に感謝している。ありがとう!!」
作業に当たっていた皆は互いの顔を見てのち、アーバインに拍手した。
あちこちから「いいってことよ」「仕方ないな」など声が上がった。
「アーバイン、こういう皆だからこそ、危機を乗り越えられたのです」
イリアの微笑みに、アーバインはあらためてイリアに跪いた・・・。
木陰に座るイリアに、アーバインは跪きながら彼女に向いた。
「で、お父様は?」
「はっ、お手紙をお預かりしています。これにございます」
アーバインは懐から手紙を出し、恭しくイリアに差し出す。それを受け取ったイリアは無言でそれを読んだ。
「・・・お父様のお考えは承知しました。決してこの地を見捨てたわけではない・・・それだけでも救われましたわ」
「はっ。私も視察を兼ねこの手紙の橋渡しとして参りました」
「あの騎士団は?」
直立不動で立ち、様子を見守る軍団をイリアは見やった。
「今後一週間、王城警備に就いている騎士団の一部をこの地に張り付かせるため連れて参りました」
「・・・確かにあれだけの人数であれば戦力としては十分でしょう。指揮権はいかがするのです?」
「王曰く、現地指揮官に委ねると命令をされました」
イリアは少し離れたところにいたブランを見た。離れているとはいえブランはこの会話を聞いていた。
「ブラン殿、聞きましたね」
「えぇ。王直々に、私が指揮を執れとおっしゃったのですな」
「そうだ」
アーバインは大きくうなずいた。
「はぁ・・・こりゃ責任重大だな・・・」
「・・・」
イリアはブランと騎士団の双方を見て立ち上がり、騎士団の方へ歩み寄った。
騎士団長と思われる者が号令をかけ、あらためて直立不動の姿勢を引き締めた。
『イリア様に敬礼!!・・・・・・なおれ!!』
騎士団長の号令で団員が敬礼をした。
「皆さん、王城の警備から穀倉地帯へ魔物討伐の為に派遣されたと聞き、大変感謝しております。ここでの戦闘は大変厳しいと言わざるを得ないでしょう。松明の炎があるからといっても暗闇に変わりありません。穀倉地帯常駐兵長ブランは、この過酷な戦場においてはあなた方より一日の長があるといっても過言ではありません。よって、ここで通達します。この穀倉地帯に派遣される間、王アルマンの命により、またこのイリアの名においても、ここでの指揮権をブランに預け民の為に命を懸けて戦いなさい!ただし決して無理をせず、この討伐に加わる者すべてと連携を図り任務を全うすること!全員、覚悟はよろしいですね!」
「「「「 はっ!! 」」」」
ブランはイリアのドスの利いた声に口を開けて感心してしまった。
プライドの高い騎士団を取りまとめる難しさを知っているだけに、ブランはイリアの一喝が自分の立場を団員に知らしめてくれたことに感謝した。
「さぁ、ブラン殿・・・」
「お、おう・・・」
ブランは騎士団に歩み寄った。
『ブラン様に敬礼!!・・・・・・なおれ!!』
「あ~、ここの常駐兵を束ねているブランだ。イリア王女の言葉通り今日から一週間、俺があんたたちの指揮を握る。まだまだ魔物が出てくるだろうが、あんたたちの腕があれば百人力どころか千人力だ。全員で小賢しい魔物をブチのめそうぜ!」
「「「「 おおおおっ!! 」」」」
騎士団員の雄叫びを聞くイリアの表情は、先ほどとは打って変わって優しさに包まれていたのだった・・・。
いつもありがとうございます。
次回投稿予定は11/11です。
よろしくお願いします。




