第79話 まさかの追撃
夜目が利く部下を先頭に馬を走らせる『赤獅子』達。
こんな暗闇の中を疾走することになろうとはつい先日までは夢にも思わなかった。
転機はたまたまフィロデニア王都の近くを通ったときのこと。
歩いていた冒険者の口にした『イリア』の名が、ドナートに火をつけた。
かつて色々な物を盗んでは使い、換金し、財を繋いだ。
部下を従えつつの放浪の旅も、決して金銭面が尽いたわけではないのだが終わりが見え始めた頃合いだった。
―――イリア王女自ら穀倉地帯の魔物を討伐に行くんだって。しかも王に黙って抜け出したみたいだよ
ということは、王女に番のようにひっつく護衛が少ないということ。
ということは、黙っていても王女は勝手に城を飛び出して王都も飛び出してくるということ。
ということは、確保して奴隷都市『アナガン』の闇競り市に出品すれば、莫大な金貨が入ってくるということ。
馬上で思わずにやけるドナート。
短期間の荒々しい計画にもかかわらず最上の獲物が自分の背中に背負われている。
だがこれからだ。
フィロデニア圏外に出るまでは油断してはならない。せいぜいそれが叶うのはエルドランの街を北上してからだろう。
そこには各地に散らばる隠れ家のうちの一つが街道のはずれに置いてある。
そこで簡単な祝賀会と洒落こもう。『アナガン』の街はすぐ目の前だ。
『アナガン』には厄介なマーリン水晶もない。
取り締まり兵もいない。
(いかんな・・・気を引き締めてもすぐににやけちまうぞ)
ドナートは背中の重みを今一度確認し、気を持ち直す。
油断したらおしまいだ。
今までの経験上、油断すると『可能性』を見失ってしまうのだ。ありとあらゆる不測の事態の『可能性』が見えないようではチャンスも失ってしまう。
ドナートは十分すぎるほど学んできた。
だからこそ次の段階の計画を馬上で繰り返していた。
(王都に張り付かせた面々を回収。食糧と武器、大きなずた袋を確保。王女をずた袋にいれて隠し、ミニンスクへ移動。ミニンスクでは・・・仕方がない。馬車を買おう。ずっと背負子というわけにもいかんだろう)
ドナートは王都に入ることが出来ない。
マーリン水晶に触れればたちまち職業欄に『盗賊・殺人』と映されてしまう。
王都に入るどころか捕まってしまうのだ。
だからこそドナートは『盗みも殺人もしていない、意を同じくする一般人』をメンバーに加えているのだ。メンバーは王都にも入ることが出来るし、ギルドにも登録できる。発行される証明書が『綺麗』すぎるほど、ドナートには都合がいいのだ。
今も王都に蔓延らせている部下は盗みも殺人もしたことのない『真っ当な』人間だ。
しかし、先頭を走る馬が速度を落としやがて止まってしまった。
「どうした?」
「何も見えない暗闇の中を走ると負荷がかかりすぎて疲れやすくなりやすです、はい」
「なるほど、馬の方か。じゃあ少し休憩して出発だ」
「「「 へい 」」」
背負子の王女は未だ目を覚まさない。起きても構わないが暴れられると馬を操るのに少々難が生じる。ドナートは馬から降りず、部下の休憩の様子を静かに見ていた。
―――――ズン・・・
「・・・?」
ドナートは妙な音のする方へ顔を向けた。
(なんだ・・・)
胸騒ぎを覚えたドナートは手綱を持つ手を締めた。
―――――ズン・・・
(間違いない。何かが来ている・・・何だ?)
部下たちはこの音に気付いていない。
ドナートがしばらくその音のする方を注視していると、妙なものが見えた。
(光・・・光!?)
大きい。遠く離れているがその光の大きさは十分すぎるほど伝わる。
それに、ぼんやりとしか見えなかったものが急に『こちら』に向かって前進したようにも思えた。
―――――ズズン!!
「なんだ!?今の音は!?」
うろたえはじめるドナートの部下達。
『こちら』に向かって伸びてくる大きな光の玉。
ドナートは結論付けた。
あの光は明らかにこちらを探るために打ち上げられている。
馬の走った後を発見されたかもしれない。
「行くぞ!!見つかっちまった!!」
部下たちは慌てて馬に乗りこみ、走らせた。
ドナートは苦虫を潰す。
(この暗闇で追ってはこないと思い込んでいたのが間違えだったか。いや、それにしてもあの光はなんだ?ただの火炎球じゃないぞ。魔法であんなもの打ち出すとしたら何魔法なんだ?)
「ぅぐ・・・むーー!むーー!」
背負子に背負うイリアが暴れ出すのが背中に伝わった。
「ふん、起きなさったか」
「むーー!」
「あんたを売ろうと思っていたがとんだ邪魔が入っちまった」
「む・・・むーー!!ぐぅーーー!!」
「そう怒るなよ王女様。もしものときは・・・ふん、考えたくもないが・・・」
その時、光の玉がドナート達の上空で炸裂した。
昼間のように辺りが明るく照らし出された。
「親分!!」
「くそっ!」
ドナートは光の玉を打ち出した魔法士よりも、突然の事にも動ぜず一心に走る馬たちに感心した。
逃げられるのはこの馬たちのおかげだ。
(こんな時に馬の褒美を考えるなんざ、俺もヤキが回ったってことか)
ドナートは後方を視認。
遠くから馬が駆けてくるのが見えた。こちらの馬よりも速い。それは無理もないことだった。先の見えない暗闇を走る馬と、目の前が明るく騎乗者の明確な意思ある手綱のある馬とでは差が見えるだろう。ここまでよくぞ逃げ切った、とドナートは思った。
それでも必死に馬を走らせる彼らであったが、ドナートはもう一度後方を見ると、先ほどよりも距離が縮まっている。
(黒いローブが見える。近衛騎士団ではない・・・そうか、あいつらか!ジーンとかいう黒いローブを纏った男がいた、確か『黒の魔装団』とかいうパーティーの・・・)
ドナートは決断を迫られた。
まさかの早々の失敗が目前に見えてしまった。このままデキそうな奴らと戦闘をして敗けたら牢獄に入れられるだけでは済まない。人生の終わりがすぐそばに見えた気がした。
一獲千金を夢見たら、本当に夢を見ながら人生を終えるなんていうシャレにならない夢の終わり・・・。
馬の走る音も近づき、黒いローブの顔が見える位置にまで迫った。
この距離なら魔法を放たれてもおかしくなかっただろうが、イリアがいることでそういうことはなく幸いした。黒いローブは剣を抜いた。見慣れない細い剣だ。
このままでは部下が全滅する・・・。
潮時だ。
「一同、止まれぇぇえええ!!」
ドナートが叫ぶと、手綱を引いて馬を止まらせた。
突然のことに馬も驚いたのか暴れ気味に止まった。
ドナートが追手をよく見ると、黒いローブは二人いた。
一人は手綱を握る受付の時にいた女。もう一人が剣を抜いたジーンだ。ジーンは手綱が握れないようだ。
「王女を返してもらおうか」
ジーンがドナートに剣を向ける。
「取引と行こうじゃねぇか」
「・・・」
『取引』という言葉に反応するジーンを見て、ドナートは内心ほっとした。関係なく部下たちに魔法を放ったらおしまいだった。
「イリア王女は無傷で返そう。そのかわり俺達のことを追うのはここまでにしてほしい」
部下たちは驚愕の顔を隠さずにドナートを見るが、彼は意に介さない。
「まさかこんな暗闇を追っかけてくるなんて想定外だったぜ。光の玉を打ち上げたのはあんたか」
「・・・そのとおりだ。今すぐあんたに魔法をぶっ放したいところだ」
「へっ。王女に当たっちまうからそれはできないだろうがな」
「・・・」
「どうだ。取引に応じるか」
「・・・取引に応じなければ、王女をどうするつもりだ?」
「ふふ・・・そんなこと聞いてどうするよ?『取引』はあくまで『取引』だ。双方ともに良い取り分があるからこそ提案するものだろう?」
ドナートは滅多なことを口にしないように心がけた。
ジーンから発せられる殺気は想像以上だ。ぎりぎりのところで魔法の発動を抑えている、そんな気がしたのだ。下手なことを言ったら命がない。
ジーンは剣を降ろした。
「『取引』に応じよう。下馬しろ」
「いいぜ」
ジーンとドナートは互いに下馬した。
ドナートはゆっくりと背負子を降ろす。
「付け加えるが、追うなと言ったからといって俺達が後ろを向いた瞬間に『それなら魔法攻撃を雨あられ』なんてことはやめてくれよ」
「さすがだな。どうしてわかった?」
「あんたの殺気を見ればわかるさ。今にも爆ぜそうだ」
「見逃す代わりにこちらも付け加えさせてもらう。二度とフィロデニアの地に踏み込むな。王女に近づきでもしたら―――」
「おーおー、こりゃ大層王女様に肩入れしてやがんな。わかったよ。王女にもここらへんにも近づかないようにするさ」
「ならば今すぐ立ち去れ」
「ふっ、こりゃ気が変わらねぇうちにズラかったほうがよさそうだな。いくぞお前たち」
「「「 へい 」」」
ドナートは馬に乗ると、部下を率いてその場を後にした。
ジーンは黙ってその様子を見届けた・・・。
「いいの?あんなやつら野放しにして」
「・・・『取引』に応じた俺も浅はかだったけど、条件を吊り上げられて渋られて、『返還』を反古にされるよりかはマシだと思ったんだ」
「確かにそうね・・・」
「さて・・・かわいそうに。どうしてこの子だけいつも誰かの欲望に晒されてしまうのか・・・一生懸命あがけばあがくほど・・・」
ジーンはイリアの目隠しを解く。猿轡もほどいてやると、イリアを見つめた。
「ジーン・・・?」
「迎えに来ましたよ、王女」
・・・
・・
・
「親分、いいのですか。あのまま逃げられると思ったのに」
「馬鹿か、お前は。あのまま馬で逃げていたらお前たちは殺されていたんだ。俺にもっと感謝しろ」
ドナート達はほんの数分走らせたところで馬を止めて下馬し、部下たちを囲んでの話し合いとなった。
「俺には分かる。アイツはやばい」
「そんなに強いヤツですかね」
「強いといえば強いんだろうが、そういう問題じゃない。きざな言い方をすれば、守るものが傷ついたときにあいつは見境なく剣を振るうやつだ。魔物だろうが人間だろうが関係なく・・・な。なんとなくそう感じたんだ」
「そんなもんですか・・・」
「今回ばかりは仕方ねぇ、急場でこしらえた計画だったからな。護衛の少ない良い機会と思ったが、穀倉地帯というのが痛手だった。王都から出発していればこんなことにはならなかっただろう」
「王女のことは諦めるんですか」
「・・・」
ドナートは口元に笑みを湛えながら首を横に振った。
「まさか・・・。あんないい獲物がいる以上、諦めねぇさ。一人で王城を飛び出す王女様だ。今後そういうことがないとも言いきれねぇ。絶対に機会はある。それまでは大人しくこの周辺をウロウロして様子を見ることにしよう」
「あの男の言っていた『フィロデニアから出ろ』っていうのは?
「へっ。そんなのはどうとでもなる。『取引』で大事だったのは俺達の命と王女の確保、その一点だけだった。俺達があの場から去る時に背後からの攻撃がなかったのは約束を守ったからじゃない。王女をすぐにでも確保したいがためのアイツの焦りだ」
「じゃあ・・・いつか必ずイリア王女を・・・」
「あぁ、俺はやってやるぞ・・・」
ドナートは不敵な笑みを浮かべながら、何も見えない暗闇に向かってうなずいた・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は11/8予定です。
また、感想いただきありがとうございます。
ご指摘いただいた点については後日修正等予定します。
今後もよろしくお願いします。




