第78話 真の敵
夕刻に行われた第二地域の作戦会議は、昨晩の歓喜を打ち消すほどの静けさを湛えた。
オークとオーガの大群が押し寄せてくる可能性が高い―――――
ブランの言葉は兵士、冒険者関係なく息を飲まざるを得なかった。
特に女性はそれら魔物の残忍さを心得ているため、話を聞くだけで身構えてしまう。
奴らは食料だけが目的ではない。繁殖に使えるとあれば容赦なく連れ去り、そして連れ去られた者のほとんどが人間の世界に戻れることはないことを皆知っているのだ。
「いいか、単独での戦闘は絶対に避けろ。必ず付け込まれるぞ」
念を押すように話すブランに、皆は黙ってうなずいたのだ・・・。
そしてその夜―――
森に接する部分の穀物は刈り取られたため、戦闘区域は大幅に拡がった。刈取りも気を遣い、戦闘の邪魔にならないよう地面すれすれのところで茎を切り取っていた。
走っても気にならないようにしろ、そう命じたのはイリアだった。
「皆さん、よろしくお願いします」
「イリア王女、皆であなたを守ります。どうぞ大船に乗った気持ちでいてください」
「頼もしい限りです」
『赤獅子』の長、ドナートは取り巻きと打ち合わせを始めた。
それを横目にイリアは王城の動きについて考えていた。
(こんなときに考えるなんて、集中が足りないということね・・・。でも気になってしまう。私がいなくなったことはもちろん承知しているでしょう。でももう二日目の夜。連れ戻しに来るのかと思いきや何の動きもなかった。お父様はこの地域の優先を外しているのか、それとも私に愛想を尽かして連れ戻しにも来ないのか・・・)
イリアは近くに立っている松明置き場の炎の揺らめきを見つめた。
(はぁ・・・。大見得切って飛び出したのにこんなことを考えるのはまだまだ私が子どもということ・・・。大した犠牲が出ていない今は皆前向きに私の考えを受け止めてくれているけれど、これでもし死者が出てしまったら・・・)
自分が推して戦場に駆り出された者達にもしものことがあったら・・・。
(これが15歳を迎える前に読んだ教本に記してあった、戦場で指揮を執る者の心理というものなのでしょう。死者の出ないよう指揮を執ることは重要だけれども、それに囚われすぎて全てを台無しにすることは避けなければならない。しかしそれを恐れない指揮者は部下からの信頼が薄れ、士気の低下にもつながる、と。両極端になってはいけないのだけど・・・難しいものね)
指揮についてはブランとメルウェルに一任しているため安心と言えば安心だが、冒険者たちに依頼を受けるよう吹っかけたのは自身であり守られるようではここにいる意味はない、ともイリアは思考を巡らす。
(民のためと言いながらも結局は自分が潰れないようにがむしゃらだっただけ・・・。『王家』に対する目を少しでもよく見せようとするだけの、ただの演技に過ぎない。いつも自分のことばかりで・・・)
気持ちばかりが辺りに広がる闇のように暗くなる。イリアはそれを吹っ切るように頬を叩いた。
『覚悟をもって臨むべきだ、でないとこの先何も生むことはない』
イリアははっとした。
ふいによぎった自分の言葉―――――
『下を見ないで前を見ようよ。不安で霞んでいても、君の望む未来はその先にあるんだよ』
(そう・・・そうでした・・・)
『大丈夫だよ。イリアならやれるよ』
(私としたことが・・・あなたのくださった言葉を忘れていたなんて・・・)
煌めきとなって甦った声に、イリアは微笑んだ。
『来たぞ!!オークだ!!多いぞ!!』
無意識に反応したかのように、イリアはすぐさま剣を抜いた。
「皆さん、来ましたよ!」
しかしイリアの威勢の良さとは裏腹に、『赤獅子』のメンバーはにへらとするだけでしゃがんだままイリアを見ていた。
「どうしたのです?すぐにこちらにも来ますよ!?」
ドナートが立ち上がった。
「えぇ、分かってますよ。ちょいと仲間同士で楽しんでいただけです」
「それはそれでいいことですが、けがをしますよ」
「何度も死線を潜り抜けてきたのです。もちろんやってやりますよ。よしお前ら、作戦通りいくぞ」
「「「おおおっ!」」」
怒涛のごとく、波のように押し寄せるオークの軍勢に、メルウェルは舌を巻いた。
「ドルラン!後ろに回られるぞ!一体だけに集中するな!周りを見渡せ!」
そう放った後、背後から襲いかかるオークに振り向きざまにそのまま振りぬき、真っ二つにした。
血しぶきがかかろうとも動じない。
「アベル!ドルランの援護に回れ!ブラン殿、援護は必要か!?」
ブランもまた振りぬき、オークを一体崩した。
「俺は大丈夫だ!他の連中はどうなっている!?」
「ぎりぎりだ!くそっ!この多さは戦力を温存していたということか!」
「そのようだ!森のどこかに集落を作ってやがったんだな!どこかに大将が潜んでるはずだがまだわからん!」
「出来る限り探してみる!」
「それよりも王女は無事か!?」
メルウェルはイリアの担当するエリアを見やった。
暗くて見えにくいが、善戦しているように見える。小麦が刈り取られた後で気を使う必要がないのか、昨晩よりも炎魔法の威力を高くしているようで時折火柱が立つのが見える。しかし、担当エリアから遠く外れつつあるようにも見える。数体のオークがイリア達に襲いかかってはいるがそれほど危惧するほどでもない。『赤獅子』の面々も手慣れたように連携して戦っている。自信たっぷりに護衛を願い出るだけある。
「しばらくは大丈夫だろう!オークの群れが弓持ちの多い区域に移動しているのが気にかかる!」
「よし、そうなればここも少ししたら余裕が出るだろう!メルウェル殿はそちらへ加勢してくれ!」
「承知した!」
ブランに元々の持ち場を任せ、心配していたエリアに駆けだしたメルウェル。
駆けだした進路にオークがいるときには剣でそのわき腹を刺し、冒険者たちの援護を惜しまない。
そしてエリアに到着した時、遠くからでは見えなかった惨状が明らかになった。
オークが殺到したのも無理はない。弓持ちが多いこともあり、間合いに入り込まれて剣の準備も整わないまま殴打され吐血して倒れている者が多かった。そして、女性の冒険者が比較的多かったためか、狙って殺到したようだ。メルウェルは女性を連れ去ろうと森に帰るオークに斬りかかった。
オークは為すすべもなく崩れ落ちた。女性は殴られたためか気絶したまま動かない。
(息はあるが放っておいたら同じことが・・・)
するとどうだろう、次々に同じことがこのエリアで起きはじめたようで、オークが女性を担いで、あるいは引きずったまま連れ去ろうとしているではないか。
メルウェルは飛び出さず、オークの位置を確認した。
女性を連れ去ろうとしているオークの位置を視認し距離を目測。
斬りかかる順番を瞬時に頭の中でなぞった。
まずは左。
十歩ほど駆けたところでわき腹に一刺し。悲鳴を上げながら女性を地面に放り投げたところで上から降りぬく。
崩れ落ちる姿を見届けないうちに女性に手を差し伸べる。殴られたようだが立ち上がれるようだ。女性は戦えるようなので無理のない範囲で援護を依頼。
次は右。
女性の髪の毛を掴んで引きずっている。女性は抵抗しておらず、力が抜けているようにみえた。
駆けるメルウェルに気が付いていない。直前で死角に回り込み、髪の毛を掴む腕を一閃して切り落とす。斬られた腕を見ながら叫ぶオークに上から降りぬいた。
骨を断ち切る感触がメルウェルの手に伝わってきた。
崩れたオークはピクピクと痙攣した。
気絶している女性は前歯が折れている。よほど強い力で殴られたのだろう。隣のエリアに余裕のありそうな冒険者がいたので、叫んで呼び寄せ、安全なところへ連れて行くよう頼んだ。
次はエリアの中心に駆ける。間に合うだろうか、メルウェルは思う。
一体だけであれば何のことはないのだろうが、三体にも囲まれれば勝手が違う。おそらくはすぐそばに倒れている男性を始末したあとで残った女性に食らいついているのだろう。女性は片腕を力なく垂らしたまま必死の形相でオークの猛攻を凌いでいたが、背後から組みつかれ仰天する女性に、正面にいたオークがみぞおちに深く拳を突いた。
女性は胃袋の中身を吐き出し、気絶してしまった。
(三体か。どいつからやるか)
三体のオークはメルウェルの動きを察知したのか、女性を担いで森の方向とは違う方へ駆けていく。そこには戦闘に加わらず静観しているオークが群れていた。
舌打ちをしながら後を追うメルウェル。深追いは危険だが黙って見過ごすわけには行かない。
群れから五体のオークが飛び出してきた。
(援護に回ろうというのか・・・)
このオーク達は武器を持っていない。戦闘を繰り広げるオークたちの一部には冒険者から巻き上げた武器を片手に暴れるものもいるが、向かってくるオークは素手でメルウェルとやりあおうとしている。
(まともに向き合ってはあの女性が連れ去られてしまう)
メルウェルはオークたちが剣の間合いに入り込む直前に転回。駆けるオークはメルウェルの速さについていけていない。メルウェルはオークたちの背後に回ると、脚、背中、首に斬りつけていく。倒すまでにいかないものの行動不能に陥らせた。残りのオークを鋭く睨んだメルウェルの気迫に、オークたちはすぐさま遁走した。
女性を担いだオークはメルウェルの快撃を知らぬままのんびり背を向けて歩いていたため、敢え無くメルウェルの剣の餌食となり、崩れ落ちてしまった。
メルウェルは女性を抱き寄せる。口の周りには吐瀉物がこびり付いていた。
「大丈夫か!?」
「う・・・ぁ・・・」
「一旦引き上げるぞ。担当区域の他の者は?」
「アマンダ・・・弓の・・・」
メルウェルは先ほど助けた者の近くに弓が落ちているのを思い出した。
「髪の長い幼い顔立ちの者か」
女性は小さくうなずいた。
「大丈夫だ。オークに連れ去られるところを助けた」
「ありが・・・と・・・」
女性は再び目を閉じた。息はある。休ませたほうがいいだろうとメルウェルは思い、ちょうどこのエリアを歩いていた男性を呼び、詰め所へ女性を運ぶよう依頼。男性が女性を背負い歩くところを見届けると、意気をついた。
「次は――――――」
『オーガだ!戦えない奴は退け!!』
ブランの声だ。オークは皆の奮闘もあり、負傷者が大勢いるが何とか退けた。しかしこの状況で獰猛といわれるオーガを相手にすることに、善戦していたメルウェルにも決断が迫られた。
安全なところへ退却をする―――――
もちろんブランとはそれについても確認はしていた。本当にマズイと思ったら逃げることも選択肢の一つだ、と。
しかしブランは『どこに逃げるか』とは言わなかった。
メルウェルや冒険者たちには『いざとなれば逃げろ』と言い、つまり自分たちは退路のない戦いをするという意味になる。
彼らには退却の選択はもとよりなかった。常駐兵が逃げれば、穀倉地帯が危機に陥るのだ。
だがここで常駐兵だけを残して逃げれば、間違いなく彼らは全滅するだろう。それに手練れのブランも疲労の色が濃い。善戦しているとはいえ囲まれて隙を突かれれば敢え無く倒れてしまうのは目に見えている。メルウェルは一間、目を閉じた。
――――――逃げることなどできない。
(よし、ブラン殿のところへ戻ろう)
そう思い、駆けようとした。
不意に、イリアのエリアが気になり目を向けてみた。
「!!」
メルウェルは目を疑った。
担当エリアから随分と遠くにオークとイリア、『赤獅子』が戦っている。松明の炎の明かりさえ届かない。
しかも、現れたオーガの群れと残ったオークがその方向に駆けているのが見えた。
(なぜあんなに離れる必要がある!?何を考えている!?)
「ぎゃああああああ!!」
メルウェルは悲鳴のする方へ目を向けた。ブランのいるエリアの常駐兵が、武器を持ったオーガに斬りつけられ、血しぶきを上げて倒れ込んでしまった。
次々とオーガが倒れた常駐兵に剣を突き刺していた。
オーガの密度が高くなってきた。
森からは追撃のオーガの現れる気配はないが、どこからか奪ったであろう剣を片手に人間達と剣劇を交わしている。
「くそ、このままではイリア様の元へはいけぬ・・・」
放っておけばこのあたり一帯の人間は駆逐されてしまう。それだけは避けなければならない。
「イリア様・・・しばらくお待ちください。すぐにそちらに向かいます!」
メルウェルはブランの元へ駆けた・・・。
オーガの現れるほんの少し前――――――
不思議な事に、オークの群れがなぜかイリアのいるところへ押し寄せて行く。
動きはそれほど速くはない。イリアの敵ではないにせよ数が多いせいもあり『赤獅子』の面々も疲労をにじませていた。
「皆さん、まだ来ますよ!」
イリアがそういうと、ドナートの取り巻きの一人が彼の目の前に来て大げさに腕を広げて見せた。
「親分、もう駄目だ!もうやっちまおうぜ!」
ちっ、とドナートが舌打ちをした。
「イチイチ騒ぐな。もう一波ある予感がする。それまでは耐えろ」
「りょ、了解です!」
イリアもまたドナートの目の前に立った。
「ドナート殿?今の話は?」
「あぁ・・・えぇ。まだまだ魔物がやってくるような、そんな気がするという話です。長年冒険者業をしていると、なんとなく『気配』のようなものを感じるのです」
「それにしても、随分と遠くまで来てしまったような・・・。皆さんの顔すら見えづらいので、これでは戦闘に差支えが―――」
「ご心配なく。何があっても我々がお守りします。さあイリア様、こいつらがオークと戦っている隙に、もう少し移動しましょう。詰め所に近い方が何かと便利なのです」
「はぁ・・・そういうものですか・・・?」
「えぇ。作戦的にはその方がいいのですよ・・・」
メルウェルが見たイリア達が離れている理由は、このドナートの誘導だった。
イリアは疑いもせずにどんどんと暗闇に紛れていく。
その時だった。
遠くでオーガが現れたという声が響いた。
イリアは声のする方を見やった。確かに、松明の揺らめきが魔物の姿を捉えていた。
「いけません!弱っている皆さんのところにオーガがあれほど押し寄せては―――――」
「ふふ、頃合いだ・・・」
「頃合い?」
「大丈夫ですよ、イリア様」
「ですが・・・」
「なぜなら、あなたはこれから先、戦う必要がないからです」
「え?」
「俺達があんたをちゃんと匿うからさ」
イリアのみぞおちにドナートの握りこぶしが勢いよくめり込んだ!
「ぐ・・・お・・・げ・・・・」
突然のことに何が起きたのかわからないまま、イリアは地面に倒れ気絶してしまった。
『赤獅子』のメンバーは「やったぜ!」と歓喜の声を上げた。
「よしお前ら、縛りあげろ。目隠しと猿轡も忘れるな」
「「「 へい! 」」」
「この魔法封じの首輪を王女に装着して・・・よし、はまった。おい、アッチからは誰も見ていないな」
「見る限り、誰も駆けつけてはきません」
「よし、オークとの戦闘はきりあげるぞ。ん?お~お~、あっちではオーガがやばいぞ。早いところ王女を連れて逃げるぞ」
大きめの背負子に縛りあげられたイリアは、ドナートの背中に背負われる。
暗闇の中、イリアを誘拐した『赤獅子』達は戦場から静かに姿を消したのだった・・・。
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