第77話 アルマンの苦悩
イリアが出立した夕刻に刻を戻す――――――
なんとなく、こういうことになるのではないかとアルマンは思っていた。
ノルン警備局長から報告を受けた時、大して驚かなかったのはそれが理由なのかもしれない。
「とりあえず、警備局長を中心にして情報収集にあたれ。報告すべき情報が上がったら私のところに来い」
「はっ!!」
警備局長は青い顔をしてアルマンの居室を飛び出した。
ソファに力なく座るアルマン。ため息も深い。
(一言あればよいものを・・・)
給仕の報告が始まりだった。
どこにもイリア王女がいない――――――
捜索に当たってもらおうとメルウェル団長を呼び出そうとしたら、そのメルウェルはじめ、第一近衛騎士団そのものも行方不明だという。
会議が終わった後に、アルマンはイリアに声をかけようとはした。しかし、内務大臣の蒼白した表情をみて、彼を優先したのだ。
内務大臣の蒼白の理由は意外でもなんでもない、ハピロン伯爵と自身との繋がりがあったということにすぎないものだった。赤裸々に告白してくれたはいいものの、『灰色ローブの男』との繋がりが伯爵に会ったことへの衝撃や、自身はそれらとの繋がりがないことの主張、調査組織を束ねることの辞意を述べることまで、延々2時間も喰わされた。
すでにアルマンは、パトスが伯爵との繋がりがあったことについては承知していたためそれを話すとひどく驚き、さらにそこから謝罪の言葉を聞かされた。
ようやくパトスが部屋から去り、イリアの元へ向かおうとしたその矢先の、給仕からの情報だった。
ため息をさらに深くさせる。
(あぁ・・・やっぱり行先は・・・)
部屋にノックが響く。
「入れ」
「失礼します」
警備局長が息を切らして入室した。
「今度はどうした?」
「報告です。近衛騎士団が何人かに分けて、王城を正門から街へ出たという門番兵の報告があがりました」
「ということは、近衛騎士団は普通に外出したということになるぞ」
「はっ・・・。それは・・・まぁ・・・」
「その中にイリアはいなかったのか」
「はい、イリア王女の姿はなかったそうです」
「ということは、抜け道を使ったということか・・・」
「状況的に街へ外出したと思われます」
「・・・本当にそう思うか」
「え?」
「わざわざ街へ出るときに『こっそり』出る必要があるのか?」
「それは・・・王女様ですから・・・」
「私は街へ出ることについては警備さえつければ問題ないとイリアには言っていた。だから、街への外出だけであればコソコソする必要などない。おそらくイリアは王都を出るためにこっそり抜け出したんだろう・・・」
「となると、イリア王女は単身で王都外に・・・」
「近衛騎士団が付いていなければ・・・の話になるがな・・・」
アルマンは頭を抱える。
「では、中央城門他各城門の門番兵の聴取を行います」
「あぁ・・・行ってくれ・・・」
警備局長は短く挨拶すると颯爽と居室を飛び出していった。
再び一人になったアルマンは、再び深いため息をついた。
その時だった。居室が光に包まれた。
「!!」
アルマンが光の源に目を向けた。
マーリンとの定期連絡用の水晶だった。
「これは、まさか・・・」
こちらから連絡することはあっても、向こうから連絡が来ることはこれまで一度もなかったのだ。
アルマンは水晶に手をかざした。
『王様?元気~?』
「マーリン様!」
『私から連絡することなんて滅多にないから驚いたでしょう?』
「それはもう!しかし、あなたから連絡をいただくということは、何か緊急の用件ですかな?」
『モチ。この前の『魔人石』のことなんだけど』
「おお。例の結果ですな」
『結果というか・・・あの石について魔王に聞いてみたんだよね。そしたら『機会があればもってこい』ってさ』
「え・・・」
『というわけで、魔人石をもっている王様に行ってもらおうかと――――』
「いやいやいやいや!!!」
『え~!?どうして嫌がるの?』
「だって相手は魔王ですぞ!?」
『うん。王さまだって、フィロデニアの王じゃない」
「王は王でも王の意味とか強さが全く違うのです!」
『そうかなぁ・・・』
その時、警備局長が再び慌てて王の居室に飛び込んできた。
「失礼します!」
「なんだ、騒がしい。今はマーリン様の報告を聞いておるのだ。静かにせい」
「ま、マーリン様と!?それは大変失礼しました!イリア王女の消息について重要な情報が入りましたゆえ・・・」
『イリア王女の消息?どうしたの?』
「・・・娘が突然行方をくらましたのです」
『ふーん・・・。あの王女がね・・・』
「・・・マーリン様は驚かれないのですか?誘拐されたのか!とか・・・」
『王城にいる限りは誘拐なんてほぼないんでしょ?だとしたら自分で飛び出したんじゃない?何かに愛想でも尽かしたんじゃないかしら」
警備局長が王の元へ歩み寄った。
「マーリン様のおっしゃるとおりかもしれません・・・」
「・・・」
「イリア王女が中央ギルドで冒険者たちの目前で、穀倉地帯への魔物討伐に向かうと公言したそうです」
「・・・中央ギルドで?」
『ふーん。王様、多分イリア王女はご立腹だったんじゃない?』
クスクス、とマーリンは嘲る。警備局長は続けた。
「マーリン様のおっしゃる通り、イリア王女は穀倉地帯への守備兵派遣に慎重になっている王城の姿勢に疑問を感じ得ず、自らが討伐に向かうと話し、自らの血を流しても皆の暮らしを守りたい、そうお話しされたそうです」
「・・・」
『なるほど・・・。王様、これを聞いてあなたはどうする?イリア王女を処罰するの?』
「なお、このイリア王女の言葉で多くの冒険者の心を掴み、不人気だった王城の依頼に受諾の意思を伝える者が殺到したそうです」
『自分の血を流しても守りたいものを守る・・・。血気盛んな若人だからこそ言えるかもしれないけど、私は嫌いじゃないな。代々そういう人間がこの国にいるからこそ、気にかけているのよ。おっと、上から目線で失礼』
「大変ありがたいことです」
『ふふ、新しい世代が台頭する時ってこういう風が吹くのよね~。無茶しちゃうところに若さを感じるわね~。若いっていいわね~』
「あの・・・どういたしましょう・・・」
ノルンが困ったような顔で王を覗う。目を閉じたまま反応しないアルマンに、ノルンはもう一度声をかけた。
「イリア王女は穀倉地帯へ向かったものと思われますが、いかがいたしますか」
王は腕組みをしながら遠目になる。
「今ここで呼び戻したとしても、イリアに同調した冒険者たちからの反発がひどいものになるだろう。王城からのギルドを通じた依頼には今後触れることもあるまい。いやはや・・・正直な話、いないと聞いたときはこうなるだろうとは思った。案の定穀倉地帯に向かったと聞いて、逆にほっとした自分がいた。だがしかし、無論許可なく王城を・・・王都を抜け出したことは処罰の対象だ」
「つまり今のお言葉を解釈しますと、王女は連れ戻さずに戻ってきたら処罰するという事でよろしいのですか?」
「いや、穀倉地帯への派兵はすべきだ。そうでないと、王城は、王女が抜け出しても何の興味も示さないと考えられてしまうし、穀倉地帯そのものへの関心もないと勘違いされてしまう。まったく・・・イリアの行動はむしろ羨ましいほどだ。私は・・・私は、穀倉地帯への常駐兵増員は反対ではない。ただ、今の王都の兵士は皆戦闘未経験の者が多い。王城の警備兵を王都内からかき集めたということは、どこかの部署が手薄になっているか新人を入れての対応をせざるを得ないか、そのどちらかになる。わが国では戦闘兵を警備兵と大別しているわけではないから、事実上、警備兵が派兵されることになる。だがその警備兵をどこから派遣させる?警備局長ならどう判断する?」
ノルンは渋い顔を見せた。
「部署に穴をあけてまで派兵し、穴の開いた部署は交代兵のいない状態で一日中、いえ、四六時中勤務に当たることになります。新人を派兵させたとなれば、訓練もロクに積んでいない者が魔物と戦闘し、かえって倒れる者が続出。あらたな人手不足を招く恐れがあります」
「うん、つまり、簡単に派兵できない事情がある。周辺の街や村からの常駐兵だけでは間に合わんし、その街や村の警備にも支障が出る」
「・・・王は、イリア様にそのことをお話しされましたか?」
「・・・話そうとしたのだが、内務大臣がな・・・」
「あぁ・・・」
ノルンは納得顔で何度もうなずく。どうやら事情は承知しているようだ。
『あのー、私のこと忘れてません?』
「はっ!!申し訳ございません!!忘れておりましたぞ!!」
『うん、素直でよろしい。じゃあ、魔人石のことはよく考えておいて。誰を派遣させるか決まったら連絡を頂戴。そのときに色々打ち合わせをしましょう』
「ありがとうございます」
『イリアや取り巻きの人達のことは寛大にしてあげたら?私利私欲の為に動いているんじゃなくて、皆のために何ができるか考えての行動じゃない?』
うーん、と唸るアルマン。
「えぇ、配慮はします。が、内部的にみてまずい点もあります。ここは決まりに則り配慮を含めたうえで措置を講じます」
『まぁ、私には何も権限はないからただのお節介な意見だから。それじゃあまたね、王様』
「えぇ、お元気で」
水晶の光がすぅっと消えた。
アルマンは鼻で息をつく。
「さて警備局長。派兵の話だが、現段階でどれほどの兵を向けられる?」
「・・・これはあくまでも案ですが・・・」
「うむ」
「依願した者を派遣する案がまず一つ。これは長期にわたり戦闘を継続することにおおむね前向きな者が出向くことになります。あらたな兵を投入することなく、かつ、派兵はこれ一度のみとして説明することもできましょう。ただし、王都の警備に穴が開くことは必至です」
「・・・」
「もう一つの案が、中隊程度の兵を1日おきに交代派遣する案です。この案の最大の要点は、王都の警備を通常の範囲に治めつつ、各部署痛み分けをしながら派兵し、疲労度の蓄積がない状態で王都へ帰還させることが可能となる点にあります。ただし、穀倉地帯の兵からすれば連携も何もなく、一から戦闘についての説明や申し送りを行わなければならないので、現地の評判はすこぶる悪くなるでしょう」
「うーん・・・」
「もう一つの案が、王城守備に徹している騎士団隊の派遣です。交代で王城を警備しているとはいえ、先の魔物襲撃事件からは警戒度が低くなってはいますので、そろそろ放してもよろしいかとも思われます。しかしあの事件の衝撃は今でも濃く、何か会った時にどうするんだとする反対意見も多く噴出することも想定されます」
「それは私も考えていた。だが、王城の守備は私の守備ではなく、ここにいる皆のための守備でもあるからな」
ノルンはうなずいた。
「えぇ。ですから、ここでイリア王女の出立について述べるか否かに懸かります。処罰を承知で抜け出し、魔物討伐に出かけたとあれば、尊厳に懸けても出立すると騎士団は申し出るでしょう。まぁ・・・城の騎士団の命令については私の管轄に及ばない所が大きいので、その可否については何とも言えませんが・・・」
アルマンは腕を組んだ。
「騎士団か・・・。内外にも王城は派兵を行ったとみるだろう」
「厭らしい言い方をすれば、そうなります」
その後王とノルンは打ち合わせを行い、穀倉地帯への派兵の段取りを決めた。
またイリアの出立の早さを考えると、大賢者ジンイチローへの依頼を行っていないとアルマンは考え、大魔法士ミルキーのもとへ行き派遣の依頼を行うようノルンに命じた。
夕闇が深くなる王城の空を窓越しに見つめるアルマンは目を細めた。
アルマンは亡き妻ネフィーリアを想う。
(イリア・・・。迷いし時も自らの心に忠実に動く性格は、母親譲りということか・・・。ネフィーリアが生きていたら此度のことをどう考えるだろうか・・・それに・・・プラムも聡明だがイリアもまた才ある子・・・。次の王にはプラムの伴侶と決まっていたが・・・)
ドアをノックする音が響いた。
「入れ」
「失礼します」
入室したのは外交部局長のリヒデルだった。
「どうした?」
「コロウヌス市からの報告にあがりました」
「・・・プラムか」
「はい」
アルマンはソファに歩み体を委ねると、リヒデルにも促した。
「失礼します」
「して、報告とは?」
「はい。ケヴィン様の容態とプラム様の王都への出立日程についてです」
「容態はどうなっている?快方に向かっているか?」
「いえ、悪化の一途をたどっているようです」
アルマンは深くため息をついた。自身でも今日で何度目か、と思ってしまうほどだった。
「先日の報告は会議中であったため細部にまで至りませんでしたが、そのような状況でもあるため再度確認させたところ、プラム様が怯えるほどの症状をみせています」
「・・・怯える、とな?」
「症状は主に『腹を掻き毟る』、『時折肌が紫色になる』、『魔物のような声を出すことがある』だそうです。専属医者もかつてない病状に首を傾げているとか・・・」
「プラムはスナイダー家でどのように過ごしておるのだ?」
「懸命にケヴィン様の身辺の世話をしているそうですが、その・・・その時に恐ろしいほどの勢いで襲い掛かってくるそうです」
額の皺を深くさせるアルマン。
「どういうことだ?つまり、プラムに向かって『攻撃』しているとでも?」
「目撃情報もあります。どう見てもそうだった、と」
「一体なんだというのだ?」
「こればかりはわかりません。この事件もあり、スナイダー家はプラム様にもしものことがあってはいけないとして、プラム様の王都への『返還』とケヴィン様のスナイダー家への『帰還』を決断されました」
アルマンは目を丸くさせたが、すぐに細めた。
「ケヴィンはどうなる?」
「快方の目途が立たないことからスナイダー家が身の回りの世話を行う、と」
「つまり、それは事実上の・・・」
「・・・前代未聞です。婚儀で約束した事項の一切を破棄するということを暗に王家に伝えたということです。次期王となる者の席を返上してまでも」
「それだけケヴィンの病状が深刻ということか」
「スナイダー伯爵の苦渋の選択といったところでしょう」
「・・・プラムは何と言っている?」
「スナイダー伯爵とも連日話し合いを重ね、結果的には伯爵の決断を支持するとのことです」
「・・・プラムには辛い思いをさせてしまったな」
「ケヴィン様の病状は思った以上に深刻のようです。このままではプラム様の身の危険も確かに考えられます」
「・・・わが国民にはどう表向き伝えればよいのか・・・」
「国民も然りですが、辛いのはスナイダー家です。多くの批判にさらされるのはあの家です。王からの配慮ある対応を望みます」
「心得ている。ちなみに、前回の会議では来月に城に戻るという話だったがどのくらいの期間で実行できる?」
「ただ単に城に来るということであれば警備の課題が残る程度でしたが、今回は王城にプラム様のみが『返還』されるということになりますので、警備だけでなく今後の活動についても詳細に打ち合わせなければなりません。来月に戻るという予定をそのままにするのであれば、かなり忙しい話になります」
「わかった。来月すぐに戻るという話に固執するわけではない。来月の『返還』というのはあくまでも目安として考慮し、手続きや事後処理等にも配慮して日程を組んでくれ」
「承知しました」
リヒデルは書類を手に取ると、颯爽と去っていく。
アルマンは深く、深くため息をつき、思わず頭を抱えてしまうのだった・・・。
いつもありがとうございます。
次回投稿は11/2となる予定です。
よろしくお願いします。
※下部余白部分を削除しました




