第8話 中央ギルドでのやり取り ~大賢者のいない間に~
彼が去った後も、ギルドは静寂に包まれたままだった。
―――『大賢者がギルドを去った』
時間を経るごとに、この場にいた者たちに事実として認識されはじめた。
誰しも、『大賢者』がいることで得られる恩恵は理解できる。それはすでにマーリンが証明してみせた。
しかし、重大でまずいことが起きた、とはだれも言えない。口にしたいがギルドマスターのしたことに誰も逆らえないのだ。
そんな雰囲気を壊したのは、リタだった。
「マ~~~ス~~~タ~~~~!!!」
「受付嬢のリタ」と言えば、気立てがよく、可愛げがあり、誰からも好かれることで冒険者の間でも頼りにされる存在だ。そんなリタが、あの凶暴そうなギルドマスターに向かって睨みつけ、怒りを露わにしている。それだけ彼女が怒り心頭であることが窺えた。
「マスター!なんで大賢者さんに対してあんな口のきき方するんですか!大賢者さんなら、普通はわざわざこんなところに登録しないでも生活できる人なんですよ!それなのにあの方は登録して依頼を受けようとしていたんです。ギルドにとってそれがどれだけ恩恵にあずかれるか、マスターのくせに分かってないんですか!?あのマーリン様だってギルド登録はしていないんですよ!!」
「む・・・」
リタの勢いに、マスターの口元がピクリと応える。普段のリタからは想像ができないほど怒っているその様子に、さすがのギルドマスターも応え方に迷うようだ。
「どうしてくれるんですか!大賢者さんがいれば高難度の依頼だったこなせたでしょう!どう責任とってくれるんですか!」
「む・・・」
無論、リタも仁一郎の事情やそのほかのステータス事情は知らない。リタもまた、『大賢者に期待する者
』なのだ。
「大賢者と聞いて、魔道具なら作れると思ってな。魔物退治よりかとっつきやすい依頼かと思って勧めたら、あんなふうに返されてしまって・・・」
「あれが『勧めた』ですって?ただの依頼物件の押し付けじゃありませんか!言い訳も大概にしてください!」
「す、すまん・・・」
マスターはしょんぼりと肩を落とした。冒険者達はその光景に驚愕した。
(((あのマスターが、あんなに縮こまっている!!)))
『大賢者』の登場よりも目を丸くさせる一同。それほど彼の変貌に驚きを隠せないのだ。
リタは大きくため息をつく。
「でも本当に、あの人はこのままならギルドどころか街も出てしまいそう」
「ぬっ!」
「だってそうじゃないですか。威圧的に従わそうとする人のところに戻ってきますか?」
うんうん、と聞いていた冒険者達はうなずく。するとその中の誰かが口を開いた。
『でもよ、マスターにあんなことされたのに屈しなかったアイツは凄いな。俺だったら流されてそのまま言いなりだぜ』
そりゃそうだ、と声が飛び交う。時折笑い声が混じると、マスターは居心地悪そうに目を細めて口を真一文字にした。
と、その時。
誰かがギルドの扉を勢いよく開け、靴音高くホールを歩いた。
「マスターを呼んで貰いたい」
よく通る声だった。シルバーの王紋付きメイルにブルーマントの装備を一目見れば、この者が只者でないことは明白だった。
それは王家直属の近衛騎士団―――
市井の冒険者であっても知らない者はいない、選りすぐりの戦士集団だ。
しかし、ギルドはこの声の主に対して畏怖の念ではなく、興味の対象として見つめた。
そう、声の主は、若い女だった。
「俺がギルドマスターだ。何用か」
マスターは女を睨んだ。ションボリ肩の姿はどこへやら、腕を組み厚い胸板を強調するように立ち挑む。
すると、女は一礼した。
「私は王家第一近衛騎士団、団長のメルウェル・ランドと申します。ギルドマスターに情報の提供をいただきたく参上しました」
「中で話そう」
「いえ、早急な案件のためここで構いません」
「で、騎士団長殿がわざわざお越しになるほどの案件とは?」
「求める情報は一つ。この街に『大賢者』が入城したしたとの情報が王城に入ったため、ギルドがこの御方の動向や情報を掴んでいるのではないかと推測しました。ご存知ではありませんか」
和やかになりかけた空気が再び凍りついた。皆、このやり取りを固唾を呑んで見守っている。
「ふむ、知ってどうするのだ」
「それは私の知るところではありません。ですが、私が動くということがどういうことかはご存じで?」
誰もそれに応えない。わかりきったことだ。王家は本気で『大賢者』の行方を捜しているのだ。メルウェルはマスターから視線を逸らさない。
「今の『大賢者』の動向など、俺は全く知らん」
一切表情を崩さず、マスターは言い切った。それに対してのメルウェルも、一切表情を崩さずマスターの目力を受け止めている。
「なるほど、ご存じでないか。情報では、黒髪で冒険者風の装いの若者がこのギルドに入っていくのを何人か目撃していたもので」
すると、メルウェルの後ろからクスクスと声が漏れた。
メルウェルがゆっくりと振り返る。
「何がおかしい?」
メルウェルは、やれやれと手を挙げている男をその目に捉えた。
『いやはや、まさかあんなことがあってからすぐに近衛騎士団長様がいらっしゃるとは思わなかったんで。クセが悪くてすまねぇな。こんな面白いこと滅多にないからよぉ。なぁリタちゃん』
メルウェルには見えなかったが、リタはその刹那顔を強張らせた。リタに視線を移す。
「どういうことか説明してほしい。リタとはあなたか。何があった」
「あー、えーっと、うーん、そう・・・ねぇ・・・」
リタはマスターをチラリとみる。『ふん』と鼻息であしらった。
リタは今日何度目かのため息をついて答えた。
「マスターが大賢者さんに無理な依頼をした挙句、胸ぐらを掴んで威圧的態度を取ったので、大賢者さんが怒ってギルドを去ったのです」
メルウェルは驚きに満ちた顔で、マスターに視線を移した。しばらく開口したまま何も話さなかったが、リタがもう一度ため息をつくと、それをきっかけにマスターを睨み、怒鳴った。
「なんということを!この国の将来を左右する『大賢者』の出現を、あろうことか暴力で脅して退去させたのか!?」
リタは手を顔の前で振って否定した。
「違います。退去させたのではなく、自分から「同じであろう!!」」
メルウェルが般若のような形相でリタに声を荒げる。
「自ら退き、このギルド・・・いや、この国との関与を断とうとしているやもしれない。もしこれでノーザン帝国にでも拠点を移したらどうなる!?」
「ふん、国の動きなど知ったことか」
火に油を注ぐという意味をここにいる皆が身をもって知ることになる。メルウェルは怒りで震える手で、帯同させていた両手剣を抜いて、マスターへ向けた。
ギルドがにわかにざわついた。
「国あってこそのギルドの安定と繁栄だ!例え中立の精神があってもだ!平民や貴族、商人も皆、安定のない国や土地に根を張り暮らそうとは思わん!生活あってのギルドであり、ギルドあってこその皆の暮らしと安定であろう!・・・『大賢者』はこの安定に必要不可欠な存在だ。マーリン様はこの国に常駐こそせずとも常に気にかけてくださり、魔道具の開発や都市整備にお知恵を貸していただけた。他国にはない豊かな暮らしは、『大賢者』とともにあるのだ。この王都では、王家の血と等しく崇めなければならない存在だ!」
メルウェルの言葉に冒険者たちは聞き入った。メルウェルの言葉は国を想う気持ちそのものであるし、真っ当なものだったからだ。
「マスターは・・・」
リタがポソリとつぶやく。
「こんなマスターですが、大事なことはこんな人でもわかっていますよ」
重々しく口を開いたリタだったは、直に笑顔に戻った。
「まったく、この素直じゃないところはどうにかならないものですかね。・・・メルウェル様、マスターに代わり、非礼をお詫びいたします」
リタが頭を下げると、冒険者たちから色々なヤジが飛んだ。
『これだからマスターが誤解されるんだよ』
『マスターはああ見えて絶対謝りたいんだよな』
『それよりメルウェル様!俺とデートしてくれよ」
ワハハ、とギルドに笑いの渦ができた。
メルウェルの顔から険相が抜けた。マスターは、静かに頭を下げた。
「悪いのは俺だ。メルウェル殿、失礼した。大賢者は責任をもって探す」
「わかってくれればよい。捜索は無論我々も協力しよう」
メルウェルは剣を下げ、マスターの前に手を差し伸べた。マスターも続いて手を差し伸べ、固い握手を交わした。
リタは安心して、イスの背もたれにへたり込んでしまった。
やっと和やかな空気が戻った―――そう思った時だった。
またもやギルドの扉を勢いよく開けた者たちがいた。
「今度は何よ、もう・・・」
リタは苦々しくつぶやき、立ち上がった。
入ってきたのは3人の男達で、喜々と話しながらやってきた。彼らは大きな袋を抱え、わざとらしくそれを振り回している。小さく舌打ちしたリタはすぐに営業スマイルを取り戻す。他の受付嬢はゴタゴタがあってからは皆引いてしまっていた。
「ようこそ。何かありましたか?」
「いやっははは!今日は酒場でみんなにおごるぜ!」
気分が高揚しているのか、リタの声が届いていない。軽い苛立ちをおぼえたリタだったが、平静を努めた。
「何かあったのですか」
男たちは持っていた大袋をカウンターに置き、中身を見せた。
「嬢ちゃん、これが何かわかるか?」
リタはそれを見て、怪訝そうにつぶやく。
「フォレストホーンラビットの角に・・・パープルホーンラビットの角・・・」
「そうよ。場所は中央城門の丘だ。わかるだろ?」
リタはハッとした顔で男たちを見た。
「まさか、あの一団を!」
「ははっ!そうよ!王国とギルド双方からの高難度討伐依頼、フォレストホーンラビットの一団の討伐。これを俺らがやり遂げたのよ!」
刹那、ギルドに喧噪が戻った。これを聞いたメルウェルはカウンターの角を手に取った。
「確かにこれはフォレストホーンラビットの角だ。間違いない」
「お、この綺麗な姉ちゃんの言うとおりだ。さぁ、報酬を出してくれ」
メルウェルは一瞬目を細め男たちを睨むが、すぐに視線を逸らした。
その時、ギルドマスターが突然カウンターを飛び越え、男達の前に立った。
「今の話は本当だな」
「あぁ、もちろんだ」
「本当、なんだな」
「何度も言わせるなよ」
ギルドマスターは、じっと彼らを見つめる。
「お前らのランクは?」
「3人とも最近Cランクに上がったばかりだ」
「なるほど・・・」
ギルドマスターはそうつぶやき、男達との距離をさらに詰めた。
「ちなみに俺はギルド登録すれば『A』になる自信がある。だが、その俺でさえ、フォレストホーンラビット1匹を苦労して倒せる程度だ。それをCになったばかりのお前らが、集団で襲ってくるアイツらをどうやって倒したのか教えてもらいたい」
「なっ・・・え、と・・・」
「さぁ、教えろ」
グイッとギルドマスターが迫る。
「どうした。本当にお前たちが倒したのだろう、まさか嘘だったとは言わないよな」
「いや、その・・・」
腕を組み、仁王立ちするギルドマスター。男たちは互いに顔を見合わせ、ばつが悪そうに首を横に振っていた。さらにそこに彼は畳み掛けた。
「今、正直に白状したら情状酌量の余地は与えようと考えている」
「・・・・・すまねぇ!!」
男たちは同時に頭を下げた。
「やっぱり俺たちは嘘はつけない!申し訳ない!ほんの出来心だったんだ。本当にやった奴は別にいるんだ」
「なに?お前らのついた嘘は置いたとしてもだ、あの一団を本当に倒した奴がいるのか?」
「あぁ、そいつから譲ってもらった。黒髪の坊主で、王都に行くって言ってた。ギルドにも登録したがっていたみたいだが・・・。とりあえず、そいつがたった1人で倒したようなんだ」
一部始終を聞いていたメルウェルは、口元に笑みを浮かべてギルドマスターへ寄った。
「ふふふ、まさかこれほどとはな。マスターよ、どうする?」
「ふん、決まっている・・・」
ギルドマスターはホールに向かって声を張り上げた。
「このギルドにいる者全員に依頼だ!この街を去ろうとする大賢者を探し出せ!報酬はそれ相応のものを約束する!」
「「「 おおぅ! 」」」
ギルドマスターの掛け声に、冒険者たちは大きく応えた。次々と建物から走り去っていく。
そしてメルウェルは連れてきた騎士達に命令した。
「聞いたとおり、ギルドマスターからの協力は得られた。この王都からは大賢者を一歩もださせないぞ!副隊長は各分隊より2名ずつ各城門に配置させ、監視を続けろ!10時間ごとの交代とし、大賢者を抜かせるな。いいな!」
「「「 はっ!!! 」」」
騎士達は颯爽とギルドを後にした。メルウェルはマスターを見た。
「城門は我らに任せろ。街も残りの隊より率いて探させる故、貴殿も冒険者を遣って協力願いたい」
マスターは大きくうなずいた。
「あぁ、元はといえば俺のやらかしだ。こちらこそ感謝する」
「うむ。それでは失礼する」
ブルーのマントを大きく翻し、メルウェルもギルドを後にした。
「あの・・・」
リタは声のする方を見た。
「アニーさん」
アニーと呼ばれたのは、あのエルフだった。アニーはうなずいた。
「私も探す。あの人には聞きたいことがいっぱいあったから。大分勘違いされて謝られちゃったけど」
「ありがとう。お願いします」
「見つけたら連絡する」
アニーの顔は清々しく、凛としていた。
第8話投稿しました!間に合った!修正は順次行います!
それと、いつの間にかPVが増えててびっくりしました。PTで評価もしていただきありがとうございます!とても励みになります!今後もよろしくお願いします。




