第7話 中央ギルドでのやり取り
マーリン水晶・・・それは理想の未来を阻む悪魔のような魔道具だ。
これは城門の時の二の舞になる予感しかしない。いっそのこと登録しないでサヨナラする手もある。でも、いざというときを考えればやはりしておいて損はない。場合によっては依頼する側にまわることもある。
ニコニコしていたリタの顔が徐々に曇り始める。
「あの、手を置いてもらえませんか」
「すみません。ボーッとしちゃって」
「それではどうぞ」
仕方ない。仕事を得て身銭を稼がないと、宿も食事にもありつけない。それに、この水晶で得られる情報は、名前と年齢でしかないかもしれないじゃないか。
俺は意を決して水晶に手を置いた。
水晶から白い光が放たれ、やがておさまった。ここまでは城門と同じだ。
「・・・はい、ジンイチロー・ミタさんですね」
「そうです」
「年齢が18歳、えーっと、職業が大賢者っと・・・」
リタは映し出された俺のステータスを書類に書き留めている。
何気なく大賢者と言ったが、反応の薄さから、このギルドでは大した職ではないのだろう。
「え・・・」
「・・・」
「え~~~!大賢者~~~!?」
はい、やっぱりそうなりますよね。
ホールにリタの叫びが響き渡り、騒々しかった冒険者達までもが静まり返ってしまった。
「ちょ・・・ちょっと、大賢者ってどういうことですか!?」
至極真っ当な疑問だと思った。何せ俺もそう思っているから。わかるけど、もう少し静かにしてほしい。
「大賢者ですよ!?あのマーリン様と同じ!大賢者ですよ!ムハーっ!」
ムハーっ!て何だよ・・・。
ホールから冒険者達の声が戻ってきたが、皆一様に突然現れた大賢者について口にしている。とても居心地が悪い。それに、たとえここが異世界であっても、示された俺の情報は曲りなりにも『個人情報』であるわけで、そんな大声で「ムッハー!」されて気分がいいわけない。
と思ったその時、突然背後から肩を掴まれた。
「ちょっと、あなた」
驚いて振り向いたら、あのエルフさんだった。さっきまで横にいたはずなのに気が付かなかった。
何かさっきより睨まれている気がするんですけど。
「す、すいません!ごめんなさい!」
エルフさんは怪訝そうに目を細めた。あぁ、謝り方に誠意が足りなかったのでしょうか。
でもさっきより近くにいるせいで、またまた見てしまった。俺のばか!
「マスター!ギルドマスター!」
そしてリタはとんでもない人を喜々と呼んでいる。後ろの騒ぎも大きくなってきた。
「あなた、どういうことなの」
ひいぃ!エルフさんの目が厳しいです!さらにエルフさんが寄ってきた!
胸が近い、顔も近い!
あ、いい匂い・・・。
いやいやいや、じゃなくて・・・。
「大賢者さん、今ギルドマスターを呼びましたから!」
フンス!と、リタは鼻息が聞こえそうなほどの気合の入れようだ。リタさん、ちょっと落ち着いて・・・
「あなた!私の話を聞いて!どういうことなの!」
エルフさん、グイグイ来ないで!
「すごいです!マーリン様以外に大賢者がいるなんて!」
リタさん、そんなキラキラした目で見ないでください。一方のエルフさんを見ると、相変わらずの険しい表情です。
「あの、本当にごめんなさい!悪気はなかったんです!」
「マスター、こっちで~す」
「な、何を言っているの?私が言いたいのは・・・」
もう何が何だか分からなくて、落ち着きたいのは俺の方だ。
謝って下げた頭を戻すと、リタの隣になんかすごい人が立っていた。この人が『ギルドマスター』か。俺の想像を遙かに超える激マッチョスキンヘッドおじさんだった。
身長だって190㎝はあるだろう。服を着ていても鍛え抜かれた筋肉の隆起がくっきりと見える。スキンヘッドは日に焼けた肌と同じく浅黒く、目元のホリが深いのもあって目力をより際立たせている。こんな人が世の中にいるのか・・・。でも強いて言えば、某国選りすぐりレンジャーな方々の教官役とでもいうべきか。
「マスター、この人のステータスを見てみたら、職業が大賢者だったんです」
「なにいいぃいいい?」
ギルドマスターが鬼のような形相で俺を睨んだ。睨まれてばっかりです、俺。そこらへんのチンピラなんか目じゃない。この人はきっと睨んだだけで魔物を倒したことがあると思う。
「おまえ、本当に大賢者か」
ドスの効いた声が俺の全身に響く。うん、怖いね。
「えぇ、一応・・・」
「ふん、そうか・・・。リタ、ギルドカードは渡したのか」
「いえ、まだです。もうできているので渡しますね。はい、どうぞ」
リタから受け取ったカードには、大きく『F』の文字が刻まれている。本当にアルファベットだ。
「おい・・・」
ギルドマスターの目が光ったように見えた。鋭い眼光だ。
「早速あんたに依頼したいことがある。国から魔道具の作成依頼がある。やってくれ」
「・・・」
突然この人は何を言うのだろうか。
怖いけど、イラっとした。自分もまだだが、ギルドマスターから自己紹介もされていない。
ちょっと冷静になってきた。
ギルドって、依頼者と請負人が平等である仕組みのはずだ。依頼者あっての請負人、請負人あっての依頼者であり、ギルドはそれが上手くいくように調整してあげる役割なんだろ?正直に言うとこのマスターのこの態度、横柄ではないか?
依頼者が国であろうと何であろうと、俺はこの依頼を・・・
「お断りします」
「・・・」
マスターは表情を変えず、俺を見つめたままだ。
「俺は魔道具なんか作れないし、今のところ作る気もない」
「大賢者が魔道具を作れないだと?そんなバカな話があるか」
マスターの疑問は最もだ。マーリンさんが『大賢者の基準」である以上、そう思われても仕方がない。
でも俺は、本当に作れない。これはどんな感情を抜きにしても言える事実だ。
「作れないものは作れない」
「おい、それでも大賢者か!偽物じゃねぇだろうな!」
マスターはそういうと、俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「マ、マスター!やめてください!」
リタが慌ててマスターにしがみついた。
「ふん・・・」
マスターは掴んでいた手を離した。思った通り、すごい馬鹿力だ。
聞いてほしい願いを暴力で訴える・・・そんな人がギルドマスターだなんて、がっかりしてしまった。
『大賢者』と聞いて頼りたい気持ちはわかる。自分も反対の立場ならそうだろうし、今の俺も『大賢者』に頼りたいくらいだ。でも期待を裏切られただけでどうしてここまでひどいことをされなきゃいけないの?できないものはできない。『できるけどできません』じゃなく、『できないものはできない』んだ。
本当に、嫌な気持ちになった。
こんなことならギルド登録なんかしなければよかった。
マーリンさんは「入城税分のお金を入れた」といってポケットに銀貨を忍ばせてくれたことを不意に思い出した。これはきっとフィロデニアへ入れと暗に語っていたからだ。『有名になりたくない』という俺に対して、スキルに『鍵』をかけ、せいぜいがんばれと送り出した。こんなこともあるとわかっていたはずだ。
もっと早く気づいていればフィロデニアには入らなかったかもしれない。俺は見事に彼女の思惑通り行動したのだろうが、結果的には失敗だったかもしれない。こんな騒ぎになって、好奇の目にさらされてしまった今の俺は、最初に思い描いたのんびりと有名にならない生活を送ることからは遠く離れた場所にまで来てしまった。
王都から離れよう。都外の小さい村で住み込みで働かせてもらいながら暮らしていくことも一つの手だ。これだけの大都市を支える食糧事情は確保の面で課題となる。それだけ農業政策も重視されているはずだ。つまり、しっかり作物を育てれば必ず自分に返ってくることになるのだ。
大きな穀倉地帯か。次の目的地はそこになるだろうか。
「お世話になりました。二度とここには来ません。リタさん、いろいろありがとう。それと皆さん、お騒がせしました。ごめんなさい」
リタさんとホールのみんなに頭を下げて謝った。ホールは気付いたら静かになっていた。もしかしたら日ごろ、あんなマスターでも世話になっている人もいるかもしれない。気分を害したことだけ、謝った。
「それでは失礼します」
もう一度リタさんに頭を下げて、翻ってギルドの扉へ歩いた。
「大賢者さん、そんな、ちょっと・・・」
リタさんの悲壮な声と、やり取りをジッと見ていたエルフさんの視線も背後に感じつつも、振り返らずに俺は扉を開け、再び大通りへと戻った。
2/20に誤字報告いただきありがとうございます。適用させていただきました!




