第68話 イリアへのご褒美
その翌日――――。
緊急のミニンスク貴族会議が伯爵邸で行われた。
俺は特別この世界の貴族爵位については興味がなく無頓着だったけど、会議にはイリアの後ろにつくことになるので多少は知っておかなければと、イリアから教えてもらった。
上位から公爵・伯爵・子爵・男爵・准男爵となるようで、多くは子爵と男爵で占められているようだ。准男爵は王国に対して一定の貢献を果たすともらえるものらしい。つまりは平民であっても貴族爵位がもらえるチャンスがあるようだ。公爵は主に王家一族の家柄らしいが、ミニンスクには居を構えていないらしい。
ちなみに、貴族の特権は色々あるようだが、それぞれに王城から与えられたお役目を果たさなければならなかったり、一定額の税金を納めなければならなかったり、街の発展のための貢献計画を立てて実施しなければならなかったりと、特権を保持するための約束事項も多いようだ。
フレアさんが早馬で戻ってきたのはつい先ほどで、王からの書簡がイリアに手渡された。
書簡によると、イリアの対応で問題ないとして支持してくれたようだ。事件については王城でも緊急の会議を執り行うことになったという。
会議は上座にイリア、その後ろにメルウェルさんと俺が立ち、イリアの右手側のイスにエナリアさんが座った。貴族たちの暗黙のルールがあるのか、会場に到着したら席が決まっているかのようにイスに座った。
エナリアさんをイリアのすぐ右手側に置いたのは言うまでもない、イリアにとって『信用足る人物』と黙して訴えるためだ。
結果としては、会議は紛糾もせず平穏に終わった。王家に口出しする者などまずいないとは思ったがその通りになった。
だが、その中でも厳しい眼差しでイリアを見る貴族もいた。おそらくは先日のパーティーにも参加していただろう。伯爵の死を目の当たりにしたところで彼の資産を横取りしようと考えていたのかもしれない。ところが意外にイリアの行動が速い事と、まさかのエナリア商会のドンの登場は参加者の思惑を打ち消すには十分すぎるほどのインパクトだった・・・というのが本当のところだろう。
貴族たちの了解が得られたところで、俺とイリア、メルウェルさん、エナリアさん含め、伯爵の保持していたお金の捜索に当たった。エナリアさんに『銀行』のようなものがあるのか尋ねたところ、商会自身で金融サービスを展開しているようだが、コレットさんによると伯爵は商会の金融サービスを利用していないというのだから、どこかに隠し持っているに違いないとして、屋敷を探索した。
モアさんの情報によると、伯爵が誰にも近づけさせなかった部屋があると言うので案内してもらった。
そこは書斎のような部屋で、埃の乗った本の山と蜘蛛の巣が陽の光に反射しているのがよく見える。しかし、不自然なほどに床だけは綺麗・・・。
さらにはどう見ても邪魔な位置にある不自然な重い本棚を横にずらしてみたら、扉を発見。扉を開けると地下に続く階段があり、それを下ると大きな部屋にあたり、そこには金貨が直積みされていた。
あまりの量にさすがのエナリアさんも閉口してしまった。しかしエナリアさんはすぐに地下室を出てコレットさんを呼び出すと、誰かの名を告げて彼を使いに出させた。
「イリア様、早速配下の者をここに派遣させます。ご安心ください。決してネコババするような者ではありません」
エナリアさんはしばらくコレットさんと配下の人達と一緒に伯爵の屋敷に泊まり、資産管理と調査を順次行い、王城の管理員に託す準備をしたいと話した。
・・・
・・
・
そしてあっという間に出立の時――――――
屋敷の給仕や従業員が総出で玄関に勢ぞろいした。
「皆さん、以後のことはこのエナリア商会のエナリア殿にお任せしています。何不自由なく働けるように約束を交わしましたのでどうぞご安心ください」
口々に皆が『イリア様・・・』と呟く。
「イリア様への報告義務は在りませんが、問題がありましたらすぐにおしらせいたします」
「エナリア殿、ありがとうございます」
「礼を言わなければならぬのはこちらです。分けもわからぬ魔法から私を目覚めさせてくださったのですよ。感謝してもしきれぬほどです」
「わたくしは何もしていません。このジンイチローの才能がなければあなたはずっと闇の中にいたことでしょう」
「ジンイチロー殿、感謝いたします。しかし、あなたのその非凡な才能―――――王城の魔法士よりも・・・いや、ここでの深い詮索はよしましょう。恩人に対して失礼だ」
「お気遣いありがとうございます。おそらくまた近いうちに会えるような気がします。その時は商会にお邪魔させていただきますね」
「あぁ、そのときは歓迎しますよ」
色々あったが、ようやくここで一区切りだ。馬車に乗り込んだ俺達を笑顔で見送る給仕たちの顔を見ながら肩をなでおろした。
ミニンスクの中心街を抜け、街の入り口に差し掛かったところでようやくイリアが口を開いた。
「ところでジンイチロー」
「なぁに?」
「なぜモアがここにいるのです?」
「え?」
「屋敷に留まるはずのモアがなぜここにいるのです?」
あぁ、そういえばイリアには話していなかったっけ・・・。
「モアさんは、俺が雇うことになったんだよ」
「イリア様、その通りでございます」
「や・・・雇う!?」
「ということでよろしく」
「よろしくお願いいたします」
「よろしく・・・ってお~~~い!事情を話してくださいまし!!」
「え~~~、話すと長くなるから面倒くさい・・・」
「イリア様、その通りでございます」
「簡単でいいですから!」
というわけでこれまでの経過と簡単にモアさんの症状について話した。
「なるほど。それは確かにジンイチローがいなければ為せないでしょう」
「だから、実は今実験をしているんだ」
「実験?」
「そう。モアさんの魔力開放がどれだけ進めば症状が現れるか、魔物となるのか」
「危険な実験ですわ」
「承知の上さ。でないと今後互いに困るだろ?」
これはモアさんも合意の上で決めたことだ。敢えて魔力を入れずに日数を経過させればどうなるのか、どれくらいの日数でエリンが顕現するのか確認しておいた方がいいだろうと考えたのだ。
ただし、王城でもしものことがあってはいけないので、滞在中は少量の魔力注入を行って一時的な実験の中断を行うつもりでいる。
「無理をしないようにしてください。何かあれば王城は過剰反応します」
「うん、気を付けるよ」
「さて、ジンイチロー。あなたは覚えていますか」
「・・・なにを?」
「はぁ・・・やっぱり忘れていますね・・・」
呆れたようにイリアは大きくため息をついた。
「『事が上手く運べばご褒美をいただく』と、わたくしは言いましたよ」
「あぁ!確かに!」
「というわけでご褒美についてですが、城に帰ったところでお伝えします」
それから王城へは何のトラブルもなく到着した。
給仕の女性から王の元へ行くようお達しがあったので、早速アルマン王の元へ案内してもらった。
「イリア!!」
「お父様!!」
二人は抱き合い、互いの無事を喜び合った。俺とモアさんはその様子を少し離れて見た。
「お前の報告文とフレアからの報告で肝を冷やしたぞ」
「ご心配お掛けしすみません。ですがわたくしはこうして元気に戻って参りました」
「うんうん、何よりだ。それにジンイチロー殿」
アルマン王は俺に視線を送るとイリアから離れ、俺に手を差し伸べた。俺は彼に歩み寄ってその手を取り、固い握手を交わした。
「娘を守ってくれてありがとう。礼を言うよ」
「俺は何もしていません。すべて彼女が自分の力で成し遂げたことです」
「いや、貴殿がいなければ娘は脅威を前にして立ち上がることはできなかっただろう。そうだろう、イリア」
「えぇ、お父様の言う通りです。ジンイチローがいてくれたからこそ、わたくしは全力を出すことができたのです」
「ということだ、ジンイチロー殿。娘の・・・いや、それだけではない。この王城を守ってくれたということにもなるのだ。感謝してもしきれん」
「俺はそんな―――」
「謙遜するでない。それだけ貴殿らの関わった事件は内外部の両面からして大ごとなのだ」
ハピロン伯爵の金策は、この王城の深くまで蔓延っていたということなのだろう。
彼の死は、それほど大きい事件だったということか。
「アルマン王、イリアは何か罪に問われるのでしょうか。それが心配です」
アルマン王は口元に笑みを浮かべると、二度三度とうなずいた。
「心配には及ばん。魔物化してしまった以上は自己防衛の範疇だ。それに多くの目撃者がいたのも幸いした」
「それならよかった」
「ジンイチロー、わたくしを心配してくれていたのですね」
「当たり前じゃないか。自分の身を護るためじゃなく、会場にいた貴族や商人の命もかかっていたんだ。これでイリアを貶めようとする奴が現れたらと思うと気が気じゃないよ。ミニンスクの貴族会議で屁理屈をこねる奴が現れなくて本当に良かったと思ってる」
「・・・ありがとう、ジンイチロー」
「ふふん、なるほど・・・」
アルマン王は顎を軽く触ってニヤついていた。
「アルマン王?何かよからぬことを企んでいる顔つきですが?」
「いや、なんでもないさ。大賢者殿は本当にイリアに献身してくれて助かっていると思っただけだ」
「まぁ、お父様ったら!本当のことを言われると照れますわ」
「さて、モアさん。行きますか」
「はい、ジンイチロー様。帰宅しましょう」
「「 ちょっと待ったぁあああああ!!! 」」
翻そうとした身を止めて、アルマン王とイリアへ居直った。
「どうしました?」
「どうしたもこうしたもありませんわ!何故あなたをこの王城まで送ってきたと思っているんですか!」
「・・・特に思い当たる節は・・・」
イリアの背後から黒い影が沸き起こった!
「『ご褒美』をお伝えするとわたくしは言いましたよね~~~~」
―――はっ! 忘れていた! ・・・とは言えない!
「ジンイチロー様、観念する時がやってまいりました」
「モアさん、いちいち俺の感情を読まなくてもいいよ。それに『もうおしまい』みたいな言い方は止めて」
「失礼いたしました。ジンイチロー様の空気を読んだ結果でございます」
仕方ないな。イリアも必死に自らに伸びた希望の糸を自らの力で手繰り寄せたんだ。
何かしら『いいこと』でもないとな。
「で、イリアのいう『ご褒美』ってなんだい?」
「ここでは申し上げられませんわ。今日の夜はこの城で過ごしてください。その時にお時間を作っていただきます」
「ありがとう。モアさんの部屋も用意してくれると助かるな」
「私はジンイチロー様のメイドでございますから、いかなる時も半径65㎝を超えることは許されません」
「近いよ!?」
「ジンイチロー様の所作に係る全ての事が奉仕対象となるのですが」
「モアの部屋もしっかり用意しますわ。色々あった後ですから、あなたもこのときぐらいゆっくりなさったら?」
「・・・ジンイチロー様もお望みであれば」
「俺は構わないよ」
「誰かの奉仕を受けるよりもジンイチロー様のすべてをご奉仕することが『メイド』のお役目なのですが」
傍らで聞いていたアルマン王が『そうだった』と言って手を叩いた。
「ジンイチロー殿、忘れておった。突然で申し訳ないが、以前貴殿に話したマーリン様との定期連絡の事なんだが」
「あぁ、そういえばそんな話もありましたね」
「それを明日執り行うこととなってな。帰宅する前に同席願いたいがよろしいか?」
「明日ですか!?もちろんです!」
「うむ、それでは決まったな。今日はゆっくり休んで英気を養うとよい」
その夜――――――
コンコン、と俺の部屋をノックする音が聞こえた。ベッドに腰掛けていた俺はそのままの姿勢で返事した。
「どうぞ」
開いたドアの向こうにはイリアがいた。
「ジンイチロー・・・」
いつものイリアのドレスとは一変し、薄手のネグリジェを着用していた。
ちょっと目のやり場に困ってしまう・・・。
「約束通り・・・参りました」
「うん・・・」
妙にモジモジしているイリア。ドアを閉める前にも廊下の様子を何度も窺いながらゆっくり閉めていた。
「ジンイチローの隣に行ってもよくて?」
「どうぞ」
「ふふ」
小走りで俺の元へ駆け寄り、俺の隣に腰掛けるイリア。
「もしかして、『ご褒美』を伝えに?」
「へぇぁ!?そ、そうですわ」
「うん。じゃあ、何か教えてくれる?」
「・・・」
イリアは顔を伏せながら口を開いた。
「ミニンスクでは・・・わたくし、泣きそうでしたわ」
「?」
「伯爵と口づけを交わそうとしたときです。わたくしはあの時はもう伯爵のものになると覚悟――――いえ、諦めておりました。そこへ登場してきたのが――――」
「そうだったね。本当にヒヤヒヤしたよ。間に合ってよかった」
「・・・登場したのはジュノアール様では?」
「・・・」
「いいですわ。ジンイチローは『見ていた』のですわね」
「そ、そうさ。危なかったなぁ。あははは・・・」
「いずれにしても、わたくしを何度も助けていただいたこの御恩は、必ずお返ししなければならないと思っております」
「そんなの別にいらないよ」
「その・・・モノではなく・・・その・・・」
「・・・」
「・・・『ご褒美』なのですが、よくよく考えまして・・・」
「うん」
「・・・しいのです」
「うん?」
「・・・アニーさんと、同じことをしてほしいのです!」
イリアは大きい声を出して俺に迫った。潤む瞳は真剣そのものだ。
茶化す雰囲気じゃないよな・・・
「ゴブリンの集落を壊滅させて戻ってきたときのアニーさんを見て、わたくしは本当に心配しましたわ。でもそれと同時に・・・」
ぎゅっと手を握り、また俯いてしまった。
「ですので・・・」
イリアはすっくと立ち上がり、着ていたネグリジェを勢いよく脱ぎ捨て、下着もスポポーン!と取って投げてしまった!
「ちょっ!イリア!うわっ!」
イリアは座る俺の正面に立ち、白い肢体を露わにさせた。
「アニーさんと同じことをするだけです。それ以上はありません。わたくしは・・・本当に伯爵との恐ろしい夜を想像すると・・・でも覚悟を決めたときのあの絶望は、言葉では言い表せぬほどの恐怖と未来を奪われた虚無を感じました。本当に怖かった・・・でも・・・あなたが・・・ジンイチローがいてくれたおかげで、わたくし・・・」
瞳を潤ます彼女を、たまらず抱き寄せた。
やっぱりイリアはそういう子だ。自分を押し殺してまでもギリギリまで『王家』を演じていたのだ。
貴族会議をしていたときの凛とした態度も然り。
パーティーの時の人々への対応も然り。
伯爵との口づけの時も然り。
誰かがこの子のそばにいて、こうして吐き出させないと潰れてしまう―――
「ミニンスクでイリアは本当によくやったよ。『王家』をよくぞあそこまで纏えたね」
咽びながらもコクコクとうなずくイリア。
「今だけはただの女の子、イリアだ」
「・・・・・」
流れ落ちた涙を指で拭ったイリアは俺の首に腕を回し、顔を近づけたと思ったらそのまま俺の口に――――
「うふふ・・・」
「・・・」
「今日は、このまま私と一緒に寝て」
「え・・・」
「アニーさんと同じことがしたいっていったのよ」
「いつもと口調が―――」
「・・・恥ずかしいけど、こんな風にあなたと話してみたかったの」
仕方ないか・・・
俺はベッドに横になるとイリアも同じく横になり、甘えるように俺の胸の中に顔をうずめて抱きつかれてしまった。
・・・だけどイリアは疲れていたのか、途端に寝息を立ててしまった。
「おやすみ・・・」
柔らかい感触を感じながら、なかなか寝付けない夜を過ごした・・・
いつもありがとうございます。
次回投稿日は10/5です。
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