第67話 メイド・モア
「魔人石を入れられた後に魔力が急速に抜けていき、すぐに視界が闇に捕われました。それと同時に、私の中で別の誰かが湧き上がってくるのを感じました。それは、この屋敷で一緒に働いていたエリンという女性でした。エリンはつい先日までこの屋敷で住み込みで働いておりましたが、突然姿を消しました。当時入ってきた情報によると、『灰色ローブの方に見初められその方の屋敷に転居した』というのです。それ自体よくある話でありましたので、当時は意にも介しませんでした。ですが、彼女の感情と共に見せられた彼女の最期の記憶は、あまりにも消えゆく私の心を深く抉り取りました」
そういうと、モアさんはベッドの布団を手で固く握った。
「モアさん、無理しなくてもいいんだよ」
モアさんは俺を見ると首を横に振った。
「いえ、話さなければなりません」
ふぅっ、と一息つくと、モアさんは口を開いた。
「エリンは、ドルアンドに生きたまま魔人石に変えられたのです」
・・・なんだって・・・?
「ドルアンドが彼女に魔道具のようなものをかざした途端、エリンの体は音を立てて圧縮しはじめました。そして間もなく、耳を覆いたくなるほどの絶叫を木霊させながら彼女は絶命したのです」
何も言葉が出ない。アニーに至っては口を手で覆い、慌てて部屋の外へ飛び出して行ってしまった。
「私はその記憶を見せられた後にエリンに支配されていきました。正確に言えばエリンの『欲望』に覆われていく・・・という感覚です。彼女の後ろには清々しくて禍々しい『黒い影』がいたことも覚えています。エリンと黒い影・・・この二つによって私の心が消されていくように思えました。もうだめかもしれないと思ったその時、声が聞こえました・・・・・そう、ジンイチロー様の声です」
寸でのところで意識を保つきっかけを与えていたのか・・・。
「俺がモアさんを攻撃したことは覚えている?」
「なんとなくですが・・・。しかし、エリンは決してジンイチロー様を『攻撃』などしていません。これははっきりとしています」
「じゃあ、なんだっていうの?」
「攻撃しているように見えても、あれはエリンの抱いていた『欲望』の表れです」
「あれが『欲望』?」
「はい。エリンの『欲望』・・・それは、『男性と添い遂げたい』という強い想いです」
「・・・つまり、攻撃してくるように見えたのは・・・」
「おそらくは、自分の傍にいてほしいという想いからの、ジンイチロー様への行動だったのかと。手を伸ばそうとする行動が、ジンイチロー様にとっては命の危険を感じるほどの『攻撃』に見えたのだと思われます」
「『欲望』・・・モアさんは止めようとしたの?」
「必死に介入しようとしましたが、徐々にその力が失われていくのを感じていました。いよいよ乗っ取られるかと思った矢先、突然彼女は眠りました。何が起きたのかさっぱりわかりませんでした」
おそらく、それは俺の一発が原因だろう・・・。
「それでも彼女の後ろにいた『黒い影』は消えることはありませんでした。ところが、その『黒い影』も突如として消えてしまったのです。その直後から温かい何かで満たされていくのを感じました。すぐにそれがジンイチロー様であることがわかりました。しかし、それでも楽観的にはなれませんでした。エリンの『欲望』がなぜか大きくなっていったのです。とはいえ、『黒い影』が消えたこともあってか私はある程度その『欲望』を押さえることができました。この攻防の中で徐々に私の中に魔力が宿っていくという不思議な感覚を覚えました。魔力は取り戻されても中々『欲望』が消えずにどうしたらよいものかと諦めかけましたが、不意にジンイチロー様の体温を感じた途端、彼女の『欲望』が嘘のように萎んでいったのです。そして、もう大丈夫だと思い目を開けたら目の前にジンイチロー様がいた・・・というわけです」
「・・・エリンはまだモアさんの中にいるの?」
「はい。おります。ジンイチロー様に話さなければならないというのが、それに係ることなのです」
「エリンの・・・・?」
モアさんは大きくうなずいた。
「体験した私の見解ですが、魔人石は『欲望』を力の根源としているものと思われます。魔人石を入れられた人間の魔力が高ければ高いほど『欲望』に対する耐性が高くなり、低いとすぐに『欲望』に捕われ、魔物のようになってしまうのではないかと推測いたします」
「それは俺もなんとなく考えていた。だから伯爵はあんなおぞましい魔物になってしまったんだ」
「『欲望』の主たる者が入れられた本人のものか、魔人石に封入された別の人間の『欲望』になるのか、どちらになるかはわかりません。ですが・・・私の中で渦巻いていた感情は『欲望』であったと断言できます。だからこそ、『添い遂げたい』と願ったエリンの『欲望』が昇華され、魔力を取り戻したこともあわせて今の私に戻れたのではないかと・・・」
「なるほど。それじゃあ、魔力の高い人間に入れられたら、真っ先に『欲望』を昇華させれば人間の姿に戻れるというわけか」
「おそらくは・・・」
「でも、モアさんの『魔力溜まり』は破壊されてしまっていて、魔人石を急きょ『魔力溜まり』にしなければならなかったんだ。そうでないと魔力を入れてもすぐに枯渇しちゃうから」
「やはりそうでしたか・・・次にお話ししたいことがまさにそれです。私は今でも魔力が徐々に抜けているのを感じます」
「・・・じゃあ、常に開放されているっていうの?」
「それだけではありません。開放だけなので生産や回復もありません。つまり、放っておけば私はまた彼女の『欲望』抗えずに魔物となる可能性が高いのです。これは昨晩寝てみてわかりました」
あの時の魔法陣・・・どこかに抜けがあったんだ・・・。
「つまり、私の推測からするに、魔力がある一定値を下回るとエリンの欲望が活性化し、誰彼かまわず男性を追い回すこととなり、下限値まで低下すると魔物になる・・・と思われます」
「どれくらいの期間でそうなると思う?」
「こればかりはわかりません」
「う~ん・・・これはどうしたものか・・・」
「それに係ることとして、最後のお話です」
モアさんがベッドから降りると、土下座をして頭を床にこすり付けるように下げたのだ。
「ちょ・・・モアさん、何してるんですか!」
「ジンイチロー様・・・お願いがあるのです・・・」
「できることならするから、頭を上げてよ。一体何のお願いなの?」
モアさんは上体を起こし、俺を見た。
「ジンイチロー様、このモアを雇ってはもらえぬでしょうか」
え・・・・・ええええええええええええ!!!
「モアさん、急にどうしたの!?」
「急ではございません。『大事な話がある』と昨日申しました」
「あ・・・」
確かに言った・・・。
「今回の事件がなくてもこうするつもりでおりました。それに、もう私は・・・この屋敷で務めることは適いません」
「それは伯爵がいないからだろ?」
「確かにご主人様はもういません。他の給仕達も働き口を探すことになるでしょう。ですがそれだけではありません。多くの貴族たちの前で化け物に変態した私を、どの貴族が雇ってくれるのでしょうか。人間に戻った時にあなたに支えられながら部屋に歩く私を見ていた多くの方々は、私を奇異の目で見つめていました。『きっとそういう固有スキルの持ち主なのだ』と小声で話しているのも耳にしました。信頼あってこその協働作業である給仕の仕事を、この屋敷では・・・いえ、このミニンスクでは続けていくことができません。私にはこれが天職なのです。他の職業へ変えることもできません」
「みんなそんな風に見てないさ。小声で話していたのだって気のせいだ」
「いいえ。違います」
モアさんは俺を睨むように見つめた。
「・・・ジンイチロー様、私はもう人間ではないのです。お忘れですか?」
・・・残念ながらその通りだ。
「昨晩以降、私の五感は異常なほど敏感になっています。小声であっても優に聞き取ることができますし、遠くのものも手に取るようにわかります。匂いについても然りです。それに、魔力がずっと放出しているこの体に魔力を入れ込むことができる方は、私が知る限りあなたしかいません。魔物にならないように定期的に魔力を注入していただく必要があるのです。助けていただいた御恩があるとはいえ申しますが―――――」
その時、ガチャッとドアノブを回してアニーが入室した。
「このような体にしたジンイチロー様に、責任をとっていただきたいのです」
あ、ちょっと、そのセリフ―――――
そっと手を肩に置いたつもりでも・・・イテテ・・・尋常じゃないぐらい力強いよ、アニー。
「どうして誰もいないときにあなたは節操もなく!!!」
アニーに振り向いたら・・・見てしまった!黒い影!
アニー、君もか!
・・・
・・
・
「まったく・・・さっさと事情を話せばいいのに・・・」
いやぁ・・・その暇を与えないほどの気迫でしたよ、ええ、ほんとに。
アニーは呆れ顔のままため息をついて、腰に手を当てた。
「ジンイチロー、いいんじゃないの」
「え・・・」
「だって、野放しにしたら魔物になっちゃうんだったら近くに置いておく方が安心じゃない」
「でもアニー、雇うってことは給金を払わなくちゃいけないんだよ?そんなお金―――――」
あった。アルマン王からもらった金貨がたっぷり・・・。
「それに今回の事件のことや色々なことで、おそらくまた報償がでるわよ」
「そうなの?そういうものなの?」
「伯爵の口づけから救ったのはどこの誰かしら?」
「確かに・・・それなら納得だ」
アニーは突然ニヤニヤし始めた。
「あらぁ?確かあれはジュノアール様が助けて下さったのに、どうしてあなたが納得顔なのかしら?」
「がっ・・・・・」
「からかうと面白いわね、ジンイチローって。あなたもそう思わない?」
「同感です」
モアさんの目が鋭く光った。激しく同意している時はこんな目をするのか・・・。
「ごめんなさい、話がズレてしまったわね。ということで、ジンイチローが雇えばいいのよ。これからあなたが行おうとすることにも私以外にも多少の支援は必要になるときが来るわ」
「ジンイチロー様、決してご迷惑はおかけしません。あなたのお役にたてるよう誠心誠意この身のすべてを捧げるつもりでいます」
いくら緊急であったとはいえモアさんの体を魔改造してしまったのは、確かにこの俺だ。
「アニー、念のため聞くけど、他人の体の『魔力溜まり』に自分の魔力を流して補充するなんてできる?」
「まず間違いなく誰もが出来ないと言うに決まってる。それが出来れば苦労はないわ」
「ですよね~」
俺は土下座のモアさんの手を取って立たせた。
「モアさん、君を雇うよ」
「ジンイチロー様・・・ありがとうございます。今日からあなた様は私のご主人様です」
「ご主人様はやめてよ。これまで通り名前で呼んでよ」
「承知いたしました」
「契約書がないんだけど・・・」
「私に契約書は不要です。全てを捧げる所存であることをあらためて宣言します」
「わかったよ。給金は―――――」
「ジンイチロー様にお任せします。なお、ジンイチロー様の代理又は代行で物品等購入を行うことがありますので、いくらかの金貨をお借りすることとなりますのでご承知おきください」
「うん、わかった。それと・・・」
ずっと気になっていたことがあった。『給仕』という職業名はどうしても入ってこない。でもモアさんは『執事』ではない。となれば・・・。
「モアさん、君の職業名のことなんだけど、これから俺の傍で働くにあたって『給仕』というのは少し違うんじゃないかと思うんだ」
「お好きに名づけていただいて構いません」
「それじゃあ・・・今後は『メイド』として働いてください」
「『メイド』・・・何だかとても強そうな職業名です」
メイド・モア・・・確かに何でもやれそうな韻の響きを感じる。
「ジンイチロー様、末永く務めさせていただきます。拾っていただきありがとうございます」
「よろしくね」
行動を共にする仲間(?)が増えて賑やかになりそうだけど、ばぁばの笑い声が今にも聞こえてきそうだなぁ・・・。
いつもありがとうございます。
次回投稿は10/3となります。
よろしくお願いします。




