第66話 グォール・エナリア
翌日――――――
メルウェル、屋敷に泊まったアニーも一緒に、イリア王女を囲んでの即席御前会議となった。
イリアの顔は晴れない。モアさんを一緒に運んだ時はそうでもなかったけれど、屋敷にいた給仕達の率直ともいえる言葉を耳にして重責を背負ったようだ。
「気にしないことよ、イリア。主が突然いなくなったんだもの」
「えぇ、わかっています。でも・・・」
給仕やその他ここで働く者たちは事情を知ったとはいえ取り乱した。いくら化け物となったとはいえ主は主。人によっては伯爵を慕う者もいたのだ。スケコマシではあったが家族を持つ者への取り計らいは厚く、泣いて悲しまれた。
仕方がないと嘆く者、当然の報いだと鼻息を鳴らす者、なぜ殺したんだと罵倒する者、反応は様々であった。その中でもイリアの身分に関係なく罵倒した者たちが厄介だった。伯爵を慕っていたのならばまだしも、給金をもらえなくなるとして明日の生活をどう保証してくれるのだと迫ってきたのだ。
あまりにもひどい罵声であったため、周囲にいた他の給仕や貴族たちによって取り押さえられ事なきを得たが、精神的にも疲弊していたイリアの心のヒビをさらに広げる結果となってしまった。
それでも屋敷に働く者、訪れていた貴族や商人たちはイリアを称賛していたのだが・・・。
「事実は事実なのです。主を失ったこの屋敷に住まう者、働く者には明日の生活のための新しい勤め先を見つけなければなりません」
はぁっ、と深くため息をつくイリア。皆も腕を組んでそれを見守るほかないようで、悩むイリアにどう声をかけてよいのか躊躇っている。
「ひとつ提案があるんだけど、いいかな」
「・・・ジンイチロー、提案とは何ですか」
「それはね・・・」
本当なら口出しするつもりはなかったのだけど、イリアが全ての課題を解決しなければならない雰囲気があまりにも不自然で仕方がなかったから仕方なく割り込んだ。仮に今屋敷にいる人物で最も決定権を有するのがイリアだとしても、彼女一人に背負わせるのは重荷になり過ぎているようにも思えたからだ。
課題が山積みの時には、とりあえず緊急性の高い案件と重要性が高い案件について優先的に取り組む必要がある。今回の場合、屋敷で働き住まう者達の住居確保と働き口確保が急務になるのではないか。屋敷の今後についてはイリア一人で決定できる案件ではないと思う。ましてや伯爵の資産管理をどうするのか、伯爵の後釜に着くミニンスクの治政者をどうするのかなどというのは、王城の思惑も絡むはずだ。イリアの判断だけでは成し得ないことだと思う。
しかし、伯爵の資産は莫大なものだと思われる。放っておけば誰かが我が物にせんとする者がいてもおかしくはない。
「・・・というわけで、色々考えなきゃいけないことはあるかもしれないけど、課題は一つ一つ解決していくしかないし、俺達は出来ることをできる範囲でするしかないんじゃないかな」
「そうですね。ジンイチローの言う通りですわ。でも、新たな働き口といっても・・・」
「確かに、急に用立てるのは難しいわね」
アニーもため息をつきながら伏し目がちに言った。
「給金はどうすればよいでしょうか」
「伯爵の資金は多分王城に没収になる予定になるんだろ?だったら喫緊の生活費問題を理由に一定の範囲の中でイリアが動かしてもいいんじゃないか?」
「確かにそうですね。ミニンスクを出る時には信用できる人物に依頼して、その後のことはお父様に任せましょう。『伯爵後』の統治を考えて資産調査も含めた調査管理部員として派遣させれば、後釜を狙う貴族の思い通りにはならないでしょうし・・・。それと、その『信用できる人物』には当てがあります」
「イリア様、まさか・・・」
「そうよ、メルウェル。会ったこともないからよくわからないけど、『エナリア商会のドン』なら、多分その方面の協力を得られる可能性があります」
「エナリア商会・・・ですか・・・」
メルウェルのオウム返しにイリアは大きくうなずいた。
「エナリア商会のドンは、確かドルアンドが『魅了』の魔法をかけたと言っていました。それまでは隠居の身となったという噂がありましたが・・・。貴族たちに依頼するよりもエナリア商会であれば働き口もすぐ斡旋していただけそうです」
「『魅了』の魔法は状態異常特性だから、俺の回復魔法で治せるよ」
「わかりました。おそらくはあるだろう王城からの調査管理部員派遣までの間の資産管理についても、わたくしから直接エナリア商会に提案してみましょう。ですが、お父様に何も報告なしに進めるのはいけませんね。早馬で昨日のことを報告するつもりでいましたので、あわせて報告としましょう。・・・メルウェル、フレアに報告の任を与えても問題ありませんか」
「構わないでしょう。イリア様の報告の文言があればあのフレアであっても問題ないかと」
「では後ほど報告文をしたためます。ジンイチロー、申し訳ございませんがあなたにはわたくしとともにエナリア商会の門をくぐっていただきます」
「うん、わかった」
「伯爵の事件が街に広がりつつあると思われます。タガが外れれば邪な考えを持つ者たちが騒ぎ立てるでしょう。野放しにすれば王城への求心力が低下するのではないかと懸念します。人とお金、物が大量に動くこのミニンスクではそれは避けたいところです。皆さん、しばらくはわたくしの我が儘にお付き合いください」
小会議は一旦お開きとなり、俺とアニーはモアさんのいる部屋へと向かった。
ノックしてから部屋に入ると、モアさんはベッドに腰掛けていた。
「ジンイチロー様」
「調子はどうですか?」
「問題ありません。以前と変わりありません」
俺が施した『魔力溜まり』は効果を発揮しているようだ。
「ジンイチロー様、今回の『魔人石』の件でお話があるのですがよろしいですか」
「何でしょう」
「少し長くなります」
「そうですか。このあとエナリア商会にイリア王女と顔を出しますので、そのあとでもいいですか?」
「はい、それで構いません」
「ジンイチロー、私はこの人のこと看てるわ」
「ありがとう、アニー」
イリアはすぐに報告文を書いたようで、すぐに俺達のいる部屋に呼び出しがあった。
イリアの元を訪ねたらフレアさんがちょうど部屋を出るところだった。
すぐに馬車が用意されて出発し、ミニンスク市の中心街に赴いた。
レンガ造りの建物の前で馬車が止まったので、俺が最初に降りてエスコート。
イリアが降り立つと何名かの男性と給仕が慌てて建物から飛び出してきた。どうやら伯爵の屋敷から誰かが来訪を事前に伝えてくれたらしい。
「イリア様、本日はようこそお越しくださいました」
「お出迎えありがとうございます。急な訪問となりお詫びいたします」
「とんでもございません!こちらが伯爵邸にお出迎えしなければならなかったのです!さぁ、どうぞ中へ!」
「ありがとうございます。早速ですが、グォール・エナリア殿との面会について早々に叶えたいのですが」
「・・・よろしいのですか?その・・・エナリア様は・・・」
「事情は知っています。だからこそ、この者を連れて参ったのです」
イリアは俺をちらっと横目に覗った。
「イリア様、こちらは?」
「わたくしの特別警護人、ジンイチローです」
「ジンイチローと申します。以後よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。それではエナリア様のもとへ早速ご案内いたします」
建物の入り口は大きく、開けると多くの商人や街人がロビーで語り合っていた。『企業受付』という看板も見えた。
ロビーを抜けてから施錠されたドアを通ると邸宅につながっていた。
しばらく歩くと、男性が大きめのドアの前に立ち、ノックした。
「エナリア様、お客様でございます」
差男性は返事を聞く前にドアを開け、俺達を部屋に入るよう促してくれた。
背もたれの長いイスに腰掛け、外の景色をぼんやりと眺める老人がいた。
男性はその老人の横にしゃがんだ。
「エナリア様、王城よりイリア様がお越しくださいました」
「・・・・・」
男性は小さくため息をつき、エナリアと呼ばれた老人の後ろに立って姿勢を正した。
「イリア様、このようにエナリア様は話しかけても反応をお示しになりません。せっかくお越しいただいたところ恐縮ですが・・・」
「一つ聞きたいのですが、エナリア殿はいつからこのような状態に?」
「2、3年前からでしょうか、ハピロン伯爵邸の使いという方が来たときに『エナリア様の様子がおかしい』と申され、それからというもののずっとこのような状態に・・・」
「なるほど、わかりました。ジンイチロー」
「はい」
イリアは俺に目で合図すると、俺はエナリアの前にしゃがんだ。
「これからジンイチローの行うことをその目で確認してください」
「は、はい・・・」
気の抜けたような返事をした男性は、俺から少し離れたところで俺の様子を窺った。
そうだな・・・ここは敢えて詠唱をしてわかりやすくいこうか。
「『エナリアに命の炎をかかげ、力と魂の源泉となり、内なる魔毒すらも打ち消し、幸福に満たされたまえ!フル・ケア』!」
エナリアが光に包まれた。見ていた男性は「うぉおおお」と声を上げて感嘆していた。
やがて光が収まると、エナリアの瞳に生気が宿っていた。
うん、成功だな。
「コレット、コレットか」
「えぇ・・・えぇ!そうですともエナリア様!コレットでございます!」
「なにをそんなに泣きそうに・・・ん?・・・イリア様・・・イリア様ではないか!?」
「初めまして、グォール・エナリア殿」
「無礼を働き申し訳ございません!」
エナリアさんは跪いた。
「顔を上げてください、エナリア殿」
「はっ・・・」
エナリアさんは立ち上がり、俺達をソファにいざなった。
イリアは座ると早速切り出した。
「あなたはこの数年間のことを覚えていらっしゃいますか」
「この数年間・・・のことですか?もちろん・・・」
「わたくしの年齢をご存知ですか」
「それはもちろんです。イリア様は現在16歳であられますな」
イリアは小さくうなずいた。
「そうですか・・・記憶も遮られてしまうのですね」
「・・・イリア様のご年齢に何か問題がおありで?」
「コレット・・・といいましたね。エナリア殿にわかりやすく説明を」
「はい・・・イリア様・・・」
コレットはエナリアさんにこれまでの経緯を説明した。
エナリアは当初口をあんぐりと開けていたが、やがて締まった顔つきへと変化させた。
「2,3年も・・・呆けた顔で過ごしていたというのか!?」
「残念ながらエナリア様、コレットが申した通りです」
その後ドルアンドのことや『魅了』の魔法、回復魔法で状態異常を治したこともイリアから伝えられた。
「この歳になって、まさかそのような稚拙なことに嵌まってしまうとは・・・何とも情けない・・・」
「エナリア殿、無理もありません。相手は手練れでした」
「しかし、なぜ私に『魅了』の魔法をかけたのだ?」
「エナリア様、それについてですが・・・その後ハピロン伯爵がこの邸宅に参られて、商会が保有する鉱山の無償譲渡についてエナリア様ご自身が契約を結ばれました」
「なんだと!!!・・・と・・・失礼しました」
「『魅了』の魔法で思考をそぎ落としたとわかっていれば、このコレットも対処できたのですが・・・。申し訳ございません」
「コレット、お前のせいではない。稚拙な術に嵌まった私の不甲斐なさが原因だ。気に病む必要はない。それにしてもハピロンめ・・・目に物を見せてくれるぞ・・・」
「その必要はありませんわ。ハピロン伯爵は亡くなりました」
「な・・・なんだと・・・。いや、待て・・・ここにイリア様がお訪ね上がられたことと何か関係があるのですか」
「その通りです。そこのコレットもここでの話は口外しないよう願います」
「コレットは口が堅いですからご心配には及びません」
「そうですか・・・。単刀直入に申します。ハピロン伯爵はドルアンドの手によって異形の化け物と化し、そして、わたくしがこの手で退治いたしました」
「・・・・・」
目を丸くして固まるこの二人の反応はもっともだと思った。
「イリア様が・・・やったのですか?」
「えぇ。バッサリと」
「なんと・・・」
「エナリア殿、今日お伺いしたのは他でもない、『伯爵後』のことについてです」
途端にエナリアさんの顔が厳しいものに変わった。言わんとすることが見えたのかもしれない。
「まず一つ目ですが、伯爵の資産についてです。これまで伯爵の保有していた資産はおそらくは王城に没収となります。ですが問題なのは王城がまだこの事実を知らないということです。早馬で知らせを届けている最中ではありますが、この時間差を利用して伯爵の資産を狙う輩がいないとも限りません。そこで、王城からの管理部員が派遣されるまでの間、貴族ではなく、あなたに資産管理をお願いしたいと思い参ったのです」
「私が・・・ですか?」
「えぇ。ミニンスクの隅から隅までご存じのあなたなら、王城に資産を引き渡すまでの間に資産調査もしていただけるのではないか、と期待を寄せております」
「大変光栄ですが・・・貴族たちの承認なしに進めてよいのですか?」
「わたくしが全ての責任を負います。貴族たちへの説得は近いうちに伯爵邸で行います」
「・・・ふぅ・・・。目覚めたと思ったら、とんでもない爆弾が降ってきましたなぁ」
「目覚めの悪い話で気分を害されましたか?」
「滅相もない!イリア様、助けていただいた恩義があります。ここはこのグォール・エナリアにお任せください」
「ありがとうございます」
「それでは早速取りかからせていただきます。コレット!」
「はい」
「出納部より3名を屋敷に派遣できるよう調整をとってくれ。あぁ、それと、グォールに光が戻ったとあちこちに吹聴して回ってほしい」
「承知いたしました」
コレットさんが一礼すると部屋を出た。
「エナリア殿、もう一つお願いしたいことがあります」
「えぇ、できることならば協力いたします」
「ハピロン邸にいた給仕達や従業員の住まいや新たな働き口を斡旋願いたいのです」
「なるほど・・・ハピロン亡き後、主人がいない者たちは行く当てがない・・・というわけですな」
「えぇ」
「あの屋敷と・・・確かもう一つ別邸がありましたな。その二つの屋敷にいる従業員のしばらくの給金と住まいは約束します。のちにこのエナリア商会が屋敷を買取しますので、その後は私共の従業員として働いてもらいます」
「ありがとうございます!それにしても買い取りまで・・・」
「まぁ・・・資産は王城に一旦没収となりますからな。そうなった後に動く、ということになりますが」
「そこまでしていただけるなど・・・よろしいのですか?」
「えぇ。当てがあります。形だけとはいえ契約書には必ず『特記事項』がありますからな」
「まさか、ゴルドウィン鉱山のことですか?」
「契約書を見てみないとわかりませんが、不貞行為による契約の逸脱行為があった場合は無効となる旨の文面を、私が取り交わす契約に必ず添えるのです。もしコレットが関わっていたのならば、それは承知のはず。契約の有効と時限については王城から来るだろう管理員と相談させていただきます。それにもし当てにできないとわかればすぐにでも従業員の職の斡旋を行いますのでご安心ください」
「何から何まで・・・ありがとうございます」
「助けていただいたお礼です。それとジンイチロー殿、あなたにも礼がしたい。なにか私に求めるものはあるか?」
「いやぁ・・・特には・・・」
「それでは、将来にわたり貴殿の身に困ったことができれば私を尋ねてほしい。極力応えるようにしよう」
「ありがとうございます」
こうして面会を終えたイリアと俺は屋敷に戻った。
イリアは自分の部屋に籠ったが、おれはアニーとモアさんのいる部屋へ足を運んだ。
ドアをノックすると、アニーの声が帰ってきた。
「ジンイチロー?いいわよ」
ドアを開けると、ベッド脇にアニーが腰掛け、モアさんもベッドに横になっていた。
「疲れているところ悪いけど・・・モアさん、さっきの話・・・」
「えぇ、私に起きた出来事についてお話したいと思います・・」
モアさんは静かに語ってくれた。
いつもありがとうございます。
次回は10/1投稿となります。
修正個所がいくつか見えますので、ちょこっとずつ実施します・・・。
※9/30 一部修正しました。




