第65話 摂理を越えろ
紅く瞳を輝かせながら、硬質化させた長い爪を武器に一心不乱に斬りかかるのは、つい先程まで苦しんでいたモアさん以外の何者でもない。
彼女の身体が少し大きくなったせいで服が破れ落ちてしまったが、今はそれを恥ずかしがっている場合ではない。少しでも彼女から目を離したら八つ裂きにあってしまう。
それだけ今の彼女は、速い。これまで出会った魔物で比較すれば間違いなく一番だ。
本当のところ彼女の名を叫んで止めさせたいが、歯をくいしばって避けるのが精いっぱい。
魔力循環様々だが、それでも追い付かれる。頬を掠める鋭利な爪にゾッとしてしまう。
だけど苦戦を強いられる理由は、驚異的な戦闘能力があるからではない。
単純に、彼女が『モアさんだから』だ。
甘いと言われてしまうかもしれない。けれども、何の前触れもなく異物を体内に埋め込まれ、自覚のないまま異形の化け物となってしまったというのは、あまりにも切ない。
一体どうしたら―――――。
俺に決定的な一撃を与えられないもどかしさからか、『元モアさん』は唸り声を上げながらペースアップした。それと同時に、浮き上がる血管がより太くなったように見えた。
これは・・・魔力循環か?・・・。
彼女の速さが増してきたために間合いを詰められ、刀で応戦できなくなってきた。
これ以上武器に頼ると隙が大きくなるかもしれない。
俺は刀を捨てた。
次の瞬間モアさんが勢いよく爪を突き立ててきたので、それを躱すと同時に彼女の腕を掴んで動きを止めた。それでも激しく抵抗を見せるため、彼女の鳩尾に一発お見舞い。前かがみになったところで後ろ首を強打した。膝をついて倒れたため、俺はそのまま床に彼女をうつぶせのまま押し付けた。素早く反応した彼女は俺に向き直ったため、俺は馬乗りになったまま、彼女の腕を両手でバンザイ状態にして固定した。
恐ろしい力と不思議な筋肉の脈動を感じる。掴んでいるだけなのに弾かれる感覚に襲われるのだ。体を捻ったり足をばたつかせるが、それでも引っくり返されないように気張った。
「モアさん・・・」
紅い瞳が俺を睨む。
最初は瞳孔だけの変色だったのに、今はもう眼球全てが染まり輝くようになった。
徐々に魔物化しているというのか?
「モアさん、聞こえる?ジンイチローだよ」
必死に掴まれる腕を振りほどこうと躍起になるモアさんだが、俺も離すまいと魔力循環を強める。
「聞こえる?返事をしてくれよ!」
GUUUU・・・・・UUU・・・AA・・・
「大事な話があるんだろ!?」
GUA・・・JI・・・JIN・・・イチロ・・・
「モアさん!?」
確かに今俺の名を呼んだ!完全に魔物化していないということか!獰猛で荒々しかった瞳が、このときばかりは少しだけ落ち着きを取り戻したように覗えた。だが彼女の腕は弛緩せずにずっと緊張している。少しでも掴みを緩めればすぐに俺は突かれるだろう。
不意に、ドルアンドが言っていたことを思い出した。
『魔力の高いあの女で実験しようと思っていたのだ』―――――
魔力の高い人間に対して効果の見込める可能性があった、という解釈ができるのではないか。
では魔力の低い人間に対して『魔人石』を埋め込めばどうなるか・・・。
祭壇近くにいる化け物の方を横目にしながら考えてみた。
魔力の高低で、魔人石を埋め込まれたときの形態変化に差ができるということになるのか―――――。
つまり、魔力の高い人間は魔人石を埋め込まれても化け物に変態することなく、人間としての形を保ちながら形態変化が為されるということになる。そして先ほどのモアさんの、一瞬だけ見せた人間としての感情や記憶からして、魔力の高い人間であればあるほど魔人石に取り込まれにくいようだ。そしてバランスを保とうとしているのか、或いは魔人石との共存を図ろうとする真っただ中にあるのではないか。
考察が飛躍しすぎか・・・。しかし魔人石の存在自体が飛躍しすぎているから、どんな考えであっても可能性としては否定できない。それにドルアンドも言っていた。『実験しようと思っていた』と。この魔人石自体、未だに『灰色ローブ』達にとっても扱いに苦慮しているのかもしれない。
もし魔人石を人間に埋め込んでモアさんのようになると『実証済み』であるのなら、王城襲撃事件の際に、わざわざ大がかりな仕掛けを設置してまで魔物を放りこむことはなかったはずだ。人々の目の前で人々に魔人石を埋め込んで化け物にすれば、王都はそれだけで大混乱だ。王城に襲撃させればなおのこと、兵士たちはロクな攻撃などできずに全滅の憂き目にあっていた可能性だってあったはず。
せいぜい魔道具に添えて怪しい企図のための補助具としての役割しか望めていないというのが現状で、確立はされていないものの魔物化した人間を元に戻す方法もあるかもしれない、と希望がもてる。
回復魔法でもかけて元に戻るならいいんだけど・・・
回復魔法・・・
そういえば俺、ばぁばと魔法について話した時、何て言ってたっけ・・・
・・・・・・手当て?
手当て・・・そうか・・・手当てで『観察』・・・
突飛な方法だ。でも・・・
ふふふ、こんなときに自分が『大賢者』だということを思い出してしまった。
マーリンさんも言っていたじゃないか。『新たな摂理を生み出してみせろ』と。
だが、今のモアさんの状態ではゆっくりと観察や考察をする余裕がない。
仕方ない。あまりやりたくはないのだが、ここは我慢してもらうほかない。
俺は魔力循環をさらに強めた。軽い眩暈を起こしてしまった。でもここは耐える。
両手で掴んでいた彼女の腕を片手で掴みなおす。彼女は空いているもう片方の手で抵抗するが、魔力循環を強めた俺の力には敵わない。
空いた手に魔力を込めた。
「はぁっ!!!」
ド級の力を込めて彼女の腹部に魔力と共に拳をねじ込ませた!
魔力が衝撃となって伝わったのか、床の石にひびが入った。
BYAAAAAAA・・・・・
モアさんは痙攣しながら気絶した。ちょっとやりすぎたかもしれないけど、多分こうしないと気絶しなかっただろう。体術っぽいこの技、魔物以外に使うのはやめておこう。
さて・・・俺は気絶したモアさんの横に立ち膝で居直り、彼女を観察した。特段変わったところはないが、魔物化した当初よりも筋肉が隆々としたように思う。徐々に魔物化が進行しているのか。
魔人石が埋め込まれたのはへそよりも少し下あたりか・・・。俺はモアさんのその部分に手を当てた。
目を閉じイメージする。
俺の手から魔力を流し、それが彼女の体を隈なく通り抜けより深い『観察』ができるようなイメージを・・・。魔力は俺から離れることなく、垂れ下がる無数の糸のように・・・。
できる。手の平、指の先がチリチリと反応し始めた。
わかる。彼女の中に俺の魔力が張り巡らされ・・・・・彼女の中で起きていることが『情報』として溢れていく!
まずは彼女の中にある魔人石を・・・。
なんてことだ・・・半分が彼女の身体に融合していて、残りも融解に近い状態になっている。徐々に魔物化が進行していたのはこれが原因か?
融合は進んでいるようで、無理やり取りだすなんてこともできそうにない。
それにしてもこの魔人石とは・・・。融合しかけている魔人石に魔力を巻きつけてみる。
・・・『黒い影』が見える。淀みのない黒色だ。それはとても小さいけど、はっきりとした形の影だ。これが魔人石の原動力となっているというのか?それにしてもこの黒い影、どこかで見たような・・・。
あ、王都だ。魔道具を壊したときに見た『瘴気』と勝手に思いこんでいたあのモヤと同じ色だ。
・・・それと・・・え?
給仕の女性?
俺の脳裏に見えた人は、この屋敷の給仕の服を着ている女性だった。もちろん見たことはない。
なぜ魔人石に給仕の女性のイメージが・・・。
続いて彼女の魔力の状態をみてみよう。
魔力を通わせているとよくわかるが、俺の魔力とよく干渉している・・・気がする。魔力が高い証拠だろうか。だが、その魔力は暴走を起こしているようで、体中を勢いよく駆け巡っている。いや、駆け巡るというよりも『常に開放されている』といったほうがいい。魔人石によってバランスが損なわれているのか。
魔力が開放されているということは、魔力が少なくなるということだ。そしてそれによりさらにバランスが悪くなって魔物化が進行し・・・。
ということは、魔力を回復させて『開放』に耐えられるようにすれば元に戻るのか?
いや、しかし・・・。
それでは魔力の開放が進めば魔人石の影響を残したまま再び魔物化する。魔人石でバランスを崩した魔力循環が正常に戻るには、魔人石そのものを除去しなければならない。
だが、それはもう不可能だ。
こうなった以上、さきほど考えに至ったとおり魔人石と融合している彼女の魔力を『開放』に耐えさせなければならない。それにはより多くの魔力が必要となるということになる。
つまり、魔力の値を底上げして開放に耐えられるようにすれば『共存』が可能ということになるのではないか。
魔人石と共存を可能にするほどの魔力とは、いったいどれくらいの高さなのか・・・。それに、魔力の値を底上げって・・・。何もせずにレベルを上げることど同義じゃないか。
あ・・・俺がされたことと同じだ。レベルをハチャメチャな値にされたアレだ。
『新たな摂理を生み出してみせろ』・・・か。
このまま放っておけば彼女の『意思』はなくなる。時間がない。
やってみるしかない。
俺のありったけのイメージをぶつけてみよう。
俺は再び魔力を『黒い影』に戻した。
元凶と思われるコイツには黙ってもらい、魔人石の『本来の働き』をカットして『開放』に対して少しでも影響があればいい。
魔力を手繰って『黒い影』を貫いてみた。『黒い影』は消えることなくその存在を誇示したままだ。俺は手繰った魔力自体に『フル・ケア』を乗せてみた。
魔力そのものが光り輝いているように思える。魔力に『突き刺す』イメージをもたせたあと、先ほど同様貫いてみた。
――――『黒い影』は綺麗に消えてしまった。
その瞬間、魔力の暴走具合が少し落ち着いた。でも相変わらず姿はそのままであるし状態も変わらない。
試しにモアさんにフル・ケアをかけまくった。
体色が紫色から人間らしい色に一瞬戻ったが、すぐに元に戻ってしまう。
しかし希望の持てる結果だ。考察した方向性は間違っていない。
あとは魔力の底上げか・・・。
俺はばぁばに教えてもらったことを思い出した。人には必ず『魔力溜まり』というものがあり、そこから魔力を引き出す、ということを。
この『魔力溜まり』を活性化させてやれば・・・。
ここまでくれば自分自身を信じるしかない。モアさんを助けられるのは俺しかいない。やってみようじゃないか。
彼女の魔力の根源である『魔力溜まり』・・・魔人石を埋め込まれたその場所に魔力を当ててみた。
―――――ない! 『魔力溜まり』がない!
まさか、魔人石を埋め込まれた時点で掻き消されてしまったのか!?だとしたら体内に残った魔力がなくなった時点でおしまいじゃないか!
・・・いや、よく考えてみろ。そもそも『魔力溜まり』って何だ?魔力を生み出し安定した循環ができるように作用するものだろ?
だとしたら、そうできるように、魔人石を改変できないか?魔人石そのものを『魔力溜まり』にすれば?
その時、モアさんの容態が急変した。
突然体が痙攣したかと思えば、あちらこちらの部位が急激に膨れ上がった。
魔力が少なくなってきたのか!
イメージしろ。そうやって回復魔法も為したじゃないか!
魔人石は『魔力溜まり』に改変させ、以前のモアさんの魔力の値を大幅に上回る魔力量を確保できるようにも強化させる。魔人石が彼女に融合しているならそれを利用してやるんだ!
俺は揺れる彼女の体を押さえるように両手を当てて叫んだ。
「『我が魔力よ、この者の魔人石を魔力溜まりへと改変せよ』!」
その瞬間――――――彼女の体を覆うほどの大きく青い魔法陣が目の前に現れた!
赤い文字が円陣に描かれ始め、おびただしい複雑な模様が円陣内を満たしていった。
不思議な感覚だ。魔法陣から詳細を訊かれているような気がする。魔力に対して詠唱魔法のようなことをしたからか?俺がしたことって『魔法』だったのか?
いや、今はそんなことよりも―――――
「そうだ!彼女の魔人石を魔力溜まりに―――いや、もっとだ。魔力の開放に耐えられるほどの魔力を蓄えられるよう、魔力溜まりの強化を!いや、もっとだ!もっと!もっと!もっと!!!」
赤い文字がさらに埋められ、模様が濃くなった。
すると、魔法陣が光を強弱させるように点滅した。
この感覚は『プログラムを実施しますか』とPCから尋ねられるような――――
「――――実施だ」
魔法陣が赤く染まった。彼女に降りた魔法陣は静かに消えると、彼女の体から火花が飛んだ。火花の現出にあわせて彼女の体も揺れた。
これがマーリンさんの言っていた『新たな摂理を生み出す』ということなのかどうかはわからない。
でもこれが成功したということなら彼女の魔力は十二分に上昇したことになる。マーリンさんが俺にやったようなことができたということになる・・・。
やがて火花は収まった。しかし、彼女の異形の変化が治ることはなかった。
そんな・・・ここまでやって・・・。
「モアさん、起きてくれ、頼むよ・・・」
俺はモアさんの上体を起こして抱きしめた。
「お願いだ。本当に・・・戻ってきてくれ・・・」
すると、モアさんの体から紫色のモヤが煙となって浮き上がり、体色が徐々に人間の色を取り戻してきた。顔つきだって見慣れたモアさんの顔だ!!
しかしその顔色はすこぶる悪い。俺は慌ててフル・ケアをかけた。
フル・ケアの光から戻ったモアさんは、すべて元通りのモアさんだった。
あんなに紅かった瞳も、美しい深茶色になった。
「・・・・・ジンイチロー様」
「よかった・・・モアさん・・・」
モアさんはこれまで見たこともないほどの笑顔を見せてくれた。
口角を1センチも上げた、最上級の笑顔だ。
いつもありがとうございます。
次回は9/29投稿となります。
やっとハピロン編が終わりそうです。
書くことって、本当に難しいですね・・・。
次回投稿時もよろしくお願いします。
※一部修正しました。




