第64話 『修行』の終わり
(アニー視点です)
足の先まで伸びた裾のせいでどうしても動きが鈍ってしまう。
こんなことになると始めからわかっていれば、このドレスに袖を通すことはなかったのに・・・。
イリアを追いかけ回すその執拗さは『元伯爵』だからなのかも。薄気味悪いガマガエルの化け物は背中の触手を伸ばしてイリアを捕らえようとしていた。イリアは懸命にそれを避け、容赦なく『炎弾』を叩き込んで善戦しているように見せてはいるものの、疲労の色は濃い。
イリアの炎魔法による攻撃はガマガエルにさほど効果をもたらしていないのか、化け物の勢いが弱まることはなかった。
「イリア様!」
列席者の避難を終えたメルウェルともう一人の茶髪の近衛騎士団員の女性、そして魔法士らしき女性が遅れて駆け付けてきた。メルウェルは何本か片手剣を持っていた。
「動かない標的などとるに足らない!」
茶髪の近衛騎士団員がそう言いながら斬りつけると、ガマガエルは身をよじって痛みに耐えていた。
女性の奮戦を見ていると、メルウェルが剣を差し出した。
「兵士から剣を借りた。アニー殿も使うといい」
「ありがとう」
「しかし・・・そのような格好で戦えるのか?」
「こうすればいいの」
私はドレスの裾を持ち上げて剣を射し込み、穴を開けて大胆に引きちぎってみせた。太腿を大いに見せることになるけどこれが一番動けるんだから。
私の大胆行動を、メルウェルはポカンと口を開けて傍観していた。びっくりさせてごめんなさい。
足を振って感覚を確かめてみる。うん、イケる!
さてと・・・イリアは未だにガマガエルの傍にいるみたいね・・・。
「イリア!あなたは下がって!」
「・・・わかりました!一旦引きます!」
アニーの後ろに付いたイリアは胸に手を当てて息を整えた。
「イリア、念のため確認したいのだけど、あの化け物は倒しちゃっていいのね」
「・・・構いません」
「戻る方法があるかもしれないのよ?」
「・・・そんな方法があるのですか?」
・・・ない。例えあったとしても、そのために誰かが犠牲になってもいけない、とも思った。
「元『伯爵』だから躊躇しちゃうのよ」
「わたくしが全ての責任をもちます。魔物だと思ってぶった切ってくださって結構です。皆さんよろしいですか?」
メルウェルの顔が引き締まり、大きくうなずいた。きっと覚悟が決まったのだろう。でもそれだけ、イリアの一声がなければ『元伯爵』への攻撃は政治的な配慮が必要だったのかもしれない。
そのガマガエルはというと・・・。
触手をウネウネさせるだけで一向に襲って来ず、攻撃する意思があるのかないのかすら検討がつかない。
やっぱり本命はイリアなのかしら・・・。
「ねぇイリア、ガマガエルのまわりをちょっとだけ歩いてみてくれない?」
「えぇ、構いませんが・・・・」
イリアが距離を取りながらその周囲を歩いてみた。
すると、触手がイリアの方へ向けて元気よく動き出した。
やだ・・・なんか粘液の分泌が激しくてダダ漏れじゃない・・・。
「イリア、もういいわよ」
「・・・気色悪いです」
イリアに対する反応度が高いから、私たちが手っ取り早く倒しちゃったほうがいいかも。
私たちが相手ならさほど反応を示さないのかも。
借りた片手剣を振って重さを確認。ちょっと重いけど大丈夫。
ようやくここで、私は騎士団員の女性と魔法士についてメルウェルに聞いてみることにした。
「メルウェル、その二人は?」
「紹介遅れました。こちらはフレア。私と同じ第一近衛騎士団員です。もう一人はノーラ。王城専属魔法士です」
「二人ともよろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
ふぅ・・・どうやってこのガマガエルをぶった切ろうかしら。
普通生き物というものは火で炙ると弱体化するから、大抵の戦闘では炎魔法を多用する。でもこのガマガエルに至っては炎魔法は大して効果を発揮していなかった。
じゃあどうすれば・・・。
「この化け物は完全なカエルではありませんが、一般的なカエルについて少し興味深い知識を持っています」
ノーラがそう言った途端、ガマガエルの触手が私達めがけて振り下ろされた。
四散して回避。
またもや振り下ろされたので回避すると同時に駆け、剣を突き刺した。
襲って来ないかと思いきや、突然の攻撃・・・。不意を突かれてしまった・・・。
腹に刺せたはいいものの、あまり深くはないみたい。きっと脂肪かなにかが守っているのだろう。
急いで引き抜き間合いをとった。
「カエルは温度変化に弱いと聞きました。炎魔法がこのカエルの特殊性で防がれているとするならば、もう一つの温度変化を試してみます」
ノーラは杖を宙に掲げると、詠唱を始めた。
その間彼女を襲おうと触手が伸びてきたため、彼女に張り付いて剣で触手を切り落とした。
切り落とされたそれは、床に落ちてもなおウネウネと蠢いていた。
気色悪いわ・・・。
「いきます!『風雪演武』!」
ガマガエルの直上に向かって、幾重にも小さな氷の塊が集まっていき、やがて大きな結晶が出来上がった。
結晶が4つに割れると、ガマガエルの周りを囲うように四方に床に突き刺さった。
これが一種の結界になっているのか、氷と雪の嵐が結晶で取り囲んだ中にだけ吹き荒れ、見る見るうちにガマガエルの体に雪が乗り、その一部が氷結した。
四方に突き刺さった結晶が消えると、風雪も止んだ。
元気よく蠢いていた背中の触手はだらりと力なく垂れ下がり、ガマガエルの動きも落ち着いた。
「思った通りです。『冬眠』と呼ばれる状態になりました。攻撃するなら今です」
ノーラがそう言った途端、飛び出したのはフレアだった。
一瞬見えた彼女の顔は喜びに溢れていた。
剣を持つと人格が変わるのかしら・・・。
彼女の剣はガマガエルに深く突き刺さった。効いている!
私はその背後に回り、垂れ下がった触手を根元から斬り落としていく。まさかまた生えてくるなんて・・・ないわよね?
触手が襲って来なければ何の問題もない。フレアとメルウェルがガマガエルを突き刺したり斬りつけたりする中、ちょっと余裕ができた私は奥にいるジンイチローを窺った。
本当なら加勢した方がいいのはあちらの方かもしれない。
でも二人のスピードについていけなさそう。私たちが加勢すればジンイチローの邪魔になりそう。それだけあの二人の速さは尋常じゃない。
それに、ジンイチローの相対する者はこんなガマガエルのような出で立ちではない。
体躯は長身。元は女性だからなのか胸の膨らみがよくわかる。服が全て破れ落ちているのですぐにそうとわかる。体は紫色に変色し瞳が赤く光っている。目から発せられる光が残像となってチラチラと目の奥に残るようだ。
「ノーラ!この開いた切り口の中に弩級の炎魔法をぶち込め!!」
メルウェルの声が聞こえたのでそちらに回り込み、ガマガエルと距離を置いて様子を見た。
ノーラがメルウェルの斬りつけた傷口に手をかざす。
ところが詠唱をする最中、ガマガエルが突然震えだした!
まさか!!
「ノーラ!下がって!」
「え?」
私の声と重なるように、ガマガエルが口の中から無数の触手を吐き出し、瞬く間にノーラの体を巻きつけてしまった。
慌ててメルウェルとフレアが駆け寄ってノーラに巻きついた触手を切ろうとするが、この二人にも触手が襲いかかり、敢え無くノーラ同様に巻き付かれてしまった。
「ぶぇええええ!!ヌメヌメでずぅううう!!」
「くそっ!不覚を取った!」
「く、くるしい・・・」
メルウェルとフレアはメイルのおかげである程度耐えられそうだけど、ノーラは柔らかいローブを着用しているからか、触手の力が直に体に伝わっているみたい。早く何とかしないと・・・。
「アニー殿!我々ごと魔法を放て!」
「メルウェル様ぁ!そんなことしたら私たちまでヤラれちゃいますぅう!」
「うるさい!近衛騎士団たるもの、覚悟をもって臨め!」
「いやぁああ!こんなヌメヌメ触手に巻きつかれたまま死んじゃうのはいやぁああ!!」
フレアが近衛騎士団らしからぬ発言をしているけど、彼女の言う通りこんな状況で魔法を放つのはちょっと気が引ける。早くしないといけないのだけど、不思議なことに、彼女たちを締め上げるだけで特に何もしないことだ。叩きつけたりとか食べたりするのかとヒヤヒヤしたのだけど・・・。
まさか、伯爵だから?女の子を縛るのが・・・。
いけないわ。こんな時に何を考えているのかしら。
「アニー様!提案があります!」
ノーラが苦悶の表情を浮かべながら私に叫んだ。
「先ほど私がやろうとした魔法を試してください!内部から一気に焼き付ける方法を―――」
ノーラの説明を聞居ていたその時、触手が幾重にも私に向かって振り下ろしてきた!
剣で弾き、走っては転がって攻撃を躱していく。
それでも触手の数には敵わなかった。
私は死角に伸びていたそれに気づかず、足元に巻きつけられ、逆さまのまま宙にぶら下がってしまった!
もう!!
「アニー殿!大丈夫か!」
「う・・・痛みより、恥ずかしさでいっぱいだわ・・・」
私の今の状態については何も考えたくない。このワンピースドレスを着るために下着を着けなかったことが仇になってしまった。他に人がいなくて本当によかったわ・・・。
引っかかった服の合間から見えたのは、ガマガエルを睨みながら片手剣を握るイリアの姿だった。
「イリア・・・」
「やはりここはわたくしがケリをつけます。アニーさん、すぐに降ろして差し上げますわ」
「お願い。そうしてもらえると助かるわ・・・」
最後の標的となるイリアに向かって、ガマガエルは触手を振り下ろした。イリアは剣で上手くそれを弾き、周囲に目を配らせながら身を躱す場所を探っていた。私の戦いを観察していたのだろう、死角に入り込む触手を警戒しているようだった。
そして私は、イリアの成長を感じる瞬間を目の当たりにした。
剣で弾ききれない触手が彼女を襲った時に、彼女は空いていた左手で触手を弾こうとした。
それでは捕まる―――――!!
と思わず顔をしかめたけど、触手が一瞬のうちに黒こげになり床に落ちてしまった。
・・・何が起きたの!?
「す、すごい・・・」
私からは見えないけど、今の声はノーラだと思う。
「体内で魔力を常に循環させ、接触と同時に爆ぜるように炎魔法を展開しています!この触手の攻撃を無効化するには、普通の盾よりも確かにあの爆ぜる炎魔法の方がはるかに効果的と思われます!」
やるじゃない、イリア!
そうこうするうちに触手の攻撃が少なくなり彼女の行動範囲が広くなってきた。やがて彼女はガマガエルの懐に飛び込むと、剣を振りおろして大きな傷を開けた!・・・ように思う。
GEROOOOOOOOOOOOOOOOO!!
うん、今の悲鳴は確実にそうね。
「イリア様!カエルの中に思いっきり炎魔法をぶち込んでください!」
「承知の上!!」
イリアが自分で開けたガマガエルの傷口に手をかざすのが見えた。
「同情の余地はありますが自身で歩んだ道の末路です。ミニンスクと雇っていた者たちの後のことはわたくしにおまかせください」
イリアが大きく息をついたように聞こえた。
「さようなら、伯爵」
ガマガエルの腹の中からまばゆい光が放たれ、その光はやがて橙色へと変化した。
すると、ガマガエルのありとあらゆるところから火が噴きだし、悲鳴ともいえる雄叫びを叫びながらゆっくりと体を横たえた。
触手の巻きつけが弱くなり、私は床に落とされた。
イリアは、燃えるガマガエルを黙って見つめていた。
あんな伯爵とはいえ、自分の手で元人間を殺めたのだ。
そんな後ろ姿に、王国を背負う将来の彼女が見えた気がした。
「みなさんに業を背負わせず終えることができました。助けることができず残念ではありますが、現状としてはこれが精いっぱいの『伯爵のための行動』だと思います」
振り向いた彼女の笑顔はとても清々しかった。彼女にとっての長い長い魔法の修行が、今ここで終わりを迎えた・・・ということね。
いつもありがとうございます。
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