第61話 誤算
――――――パーティー当日の朝がやってきた。
思い返せば昨日はとんでもないことをしてしまったな・・・。
衣装を着ていなければ到底できなかったことだ。
あの後は誰にも見つからないようこっそり屋敷に戻り、モアさんの部屋を訪ねて衣装を返却。
モアさんの部屋を出たところを他の給仕の女性に見られてしまったけど、あの衣装を着たまま出たわけじゃないからまだマシだ。
ハピロン伯爵は今頃誰かに見つけてもらっている頃だろう。念のため手足を縛って猿ぐつわもしておいたから、大騒ぎになっているかもしれない。
それに、アニーにもバレていないみたいだし大丈夫だろう。
何だかんだいって俺の演技も捨てたものじゃない。
―――――それから何時間か経ち、周囲が準備で慌ただしくなってきた。
俺は特に何もすることがないので部屋に籠ろうかと考えていたが、護衛は常に付きっきりだとイリアに諭され、ドレスに着替える彼女をボーっと見ていた。
なんというか・・・あまりにも当然のように下着でウロウロされるものだから、見慣れてしまった自分が怖い。
結局ドレスは城から持ってきたものを着るようだ。ハピロン伯爵が用意したドレスはあまりにも胸が見えすぎるらしい。アニーにもそんなドレスを着させていたことを考えると、あの人の趣味が垣間見える。
でも、胸は見えなくても背中がほとんど見えるドレスを選んでいる時点で、お嫁に行く前の王家の娘さんが着るドレスとは思えないのだけど・・・。
ん?腰のあたりに火傷のような痕が見えたけど―――気のせいか・・・。
ドタバタと周りが落ち着かない中、時折モアさんがやってきては、差し入れの軽食やお茶を持ってきてくれた。
でも・・・どうして俺だけ・・・?
「昨晩の御褒美でございます」
おっと、ここでその発言はいらぬ誤解を与えるだけ―――――
ほら言わんこっちゃない。この部屋の全員が足を止めましたよ。
「色々考えまして、勝手ながらアレはジンイチロー様の部屋に置かせていただきました。今後もご活用下さいませ」
つまり、何かあるたびに着ろってことですね。
そんな俺の気持ちを察したのか、モアさんの口元が3ミリくらい緩んだ。
イリアは目を光らせたままこちらを凝視している。
目を合わせたら石にされそうなので、落ち着くまでは決してそちらに視線を向けるようなことはしなかった・・・。
そして本番―――――
本当にこの屋敷はすごい。
王城に比べれば小さいものの、それでも一貴族が所有する屋敷にこれだけの広さと装飾を兼ね揃えたホールがあるのは素晴らしいと思う。
参加者は今日のパーティーの『目的』を知っているので、ホールから見える中庭の祭壇も参加者の注目を集めた。
取っ替え引っ替えにイリアのもとに貴族や商人達があいさつに集まる。普通の催しでもそうなのかもしれないが、今日はさらに特別だろう。
なぜなら、今日はハピロン伯爵とイリア王女の婚約パーティーになるかもしれないのだから・・・。
今後のことを考えてイリアに少しでも顔と名前を覚えてもらう意味はある。伯爵だけでなく妻となる王女に知ってもらえれば、イリアを通じて他にも大きな繋がりが出来るかもしれない。
しかしそういう『意図』があると知っていても、イリアはにこやかに応対していた。いや、だからこそなのか・・・。
ゲストで呼ばれる王家が一般参加者と同じ時間帯に会場入りして歓談するなんて普通ならあり得ないはずだ。敢えてそれを行うことで人気を集め、さらに魔法発動でハピロン伯爵の顔に泥を塗れば王家に対する求心力も高めることができる。
念のためイリアは会場入りする直前にハピロン伯爵にモアさん通じて伝えていた。初日にそれを話したら下手に警戒心を生んだだろう。
往路の馬車ではあんなに自信がないように見せていたのに、しっかりと考えて行動できるのはイリアの魅力だ。
後ろからでも彼女の気丈さがひしと伝わる。主人の魔法発動がままならないと思っているお付きの給仕が不安を顔に出さないのも、それを忘れるほど彼女が安心感を気丈さでもって与えているのだろう。
「ジンイチロー」
「はい」
ある商人からの贈り物を受け取る。そして俺の手から城から付いてきた給仕に渡した。
商人はイリアを使って商売の贔屓を嘆願しなかったようだ。先ほど同じように贈り物をしようとした商人がいたが、王都の販促について贔屓してほしいということを言っていたがため、イリアは受け取らなかった。前者と後者に何の違いが?とも思ったが、それがこの世界の常識なのかと深く詮索しないようにした。
気付けばイリアとの面会を希望する者の長蛇の列が出来ていた。
まさかパーティー参加者全員とこんなことするというのだろうか・・・その多さに辟易としてしまった。
イリアにもそれが見えているはずだけど、笑顔を絶やさないあたりさすがだと思った。
それから1時間程してようやく列が消え、イリアが大きく息をついた。さすがに疲労の色が見える。
「イリア様、お疲れであれば部屋に戻られては?」
「ありがとうジンイチロー。でも大丈夫。魔法には影響しないわ」
「であればよいのですが・・・」
「心配性ね」
「いえ、思いすごしであればよいのです」
そう、思いすごしなら。
あまりにも『順調』すぎて不安に感じるほどだ。
あの伯爵が何も考えなしにこの場をセッティングするだろうか。
しかし、なんなく侵入できた別邸のセキュリティの甘さを見れば、先を見通して行動することに欠けているともいえる。慎重になるべきところで甘さを出すなんて・・・。
それならどうしてここまでの名声や富を伸ばすことができたのか。なにか裏があるのだろうか・・・。
モアさんが昨晩言っていた「企み」が関係するのか・・・。
「ジンイチロー、どうしたの?浮かない顔をして」
「え?あぁ、ごめ・・・申し訳ございません。少々考え事をしておりまして」
「そう・・・。あら、あれは・・・」
「どうされました?」
「ジンイチロー、アニーさんよ」
イリアの見ている方向に目をやると、ホールに入るアニーが見えた。
昨日着ていたドレスの色違いを着ているようで、ほんの少しだけ若草色が混じっている。
アニーの容姿とドレスを着た立ち姿が艶めかしく、周囲の男性が鼻の下を伸ばしていた。
それにもまして、エルフということも注目を集める原因かもしれない。
アニーは俺達を見つけると、イリアの前に立った。
凛と構える二人の姿は、見ていて美しいと素直に思える。
「ごきげんよう、イリア王女」
「えぇ、あなたも。昨晩はどこでお泊りに?」
「伯爵のお屋敷よ」
「あら、ここのお屋敷?気付かなかったですわ」
「いいえ、ここではなくて、別のところにあるお屋敷。多分別宅か何かじゃないかしら」
「ふふ、まさか伯爵とお泊りしたわけでは?」
「・・・」
「え・・・ちょっと・・・冗談のつもりが・・・」
「一服盛られたわ」
「なんですって!」
「油断した私がいけなかったの。それに、ジンイチローからもらった『オマモリ』もお部屋に置いてきちゃったから、それが災いしたのね」
「で、まさか、あなたの貞操は・・・」
「ふふ、そこは心配しないで。ちゃんと助けに来てくれた人がいたのよ」
「まさか、ジンイチロー・・・」
イリアは振り向いて俺を見るが、俺は首を横に振った。
「じゃあ、誰が・・・」
「その名も、『ジュノアール』様よ」
「じゅの・・・あーる?」
「伯爵に手を出される前に助けてくれて、抱っこされながらお部屋に戻してくれたみたい。黒い服に黒い仮面、紳士な出で立ちと颯爽と去っていくその後ろ姿・・・。惚れない女はまずいないわ」
アニーは俺をちらっと見た。
アニーは知る由もないだろう。俺がそのジュノアールだということに。
「どこの誰なのかしら。ねぇジンイチロー、あなたはその名に聞き覚えはある?」
アニーが俺に尋ねてくるが、俺は首を振った。
「どこの誰だか存じ上げません。アニー殿のお目にかなう相手・・・私も一度拝見したいものです」
「ジンイチローの言うとおりだわ。アニーさん、まさかジュノアールとかいう者に惚れたのですか」
「えぇ、そうね。ジュノアール様にもう一度会いたい・・・」
頬に手を当て、アニーはうっとりとしている。
「まぁ・・・まさかの・・・。でもこれでジンイチローは・・・」
何かぶつぶつ呟くイリア。不穏な事を口にしているようで怖い。
「私、ジュノアール様に惚れてしまったらどうしよう。ジンイチローはどう思う?」
「・・・アニー殿はそれほどまでにあの黒き騎士に魅入られたのですね」
「あら、ジンイチローはどうしてジュノアール様が『黒き騎士』だと知っているのかしら」
「あ・・・」
「不思議ねぇ・・・」
アニーは頬に手を当てたまま、じっと俺を見つめている。これはまずい。
「なんとなくそのような気がしただけですよ。ははは・・・」
「あら、その口ぶり、ジュノアール様とそっくりだわ」
「え!?そんなはずは・・・」
「そんな気がしただけよ。どうしてそんなに動揺するのかしらぁ。不思議ねぇ・・・」
俺の演技に抜かりはなかったはずだ。それなのにアニーのこのニヤニヤ顔といったら・・・。
周囲の注目が消えたころ、アニーは辺りを見ながらイリアの横に付いた。
「ねぇイリア、魔法は大丈夫?」
アニーはひそひそと声を潜めた。イリアも合わせてトーンを落とした。
「えぇ、問題ありません。部屋を出る前に少しだけ試しましたが、普通に発動しましたわ」
「それなら大丈夫ね。さてと、お腹空いちゃったし、いっぱい食べようかな」
「アニーさんたら・・・。わたくしの魔法発動が余興に思われているようです」
「あら、ばれちゃったわね」
二人が笑ったそのとき、伯爵が登場した。
会場の参加者が拍手で迎えた。ここからが正念場か・・・。
「みなさん、大変お待たせいたしました。遅れての到着となってしまい申し訳ございません。別邸にいたところ、急きょ片づけなければならない仕事が出来てしまいまして」
部屋に縄があるなんて思いもよらなかったから動転して固く縛ってしまったようだ・・・。解くのに時間がかかったのかな。
「本日は日頃よりお世話になっている皆さま方をお招きしてこのように盛大に開催できますこと、厚く感謝申し上げます。本日はどうぞお楽しみくださいませ。そして本日はフィロデニア王国第三王女、イリア様もご列席で在られます。イリア王女、こちらにお越しいただけますか」
伯爵に促されイリアはひな壇に登壇した。割れんばかりの拍手がホールに響く。
「本日のパーティーは皆さんもご存じのとおり、もう一つの『目的』があります。それは、私がこのイリア王女と婚約を――――――――」
伯爵は言葉を切って参加者を見た。
参加者は顔を見合わせて、まさか、と目を丸くさせていた。
「するかもしれない!というものであります!」
な~んだと、どっと笑いが起きた。
「長年イリア王女は人知れず大変なご苦労を重ね、魔法発動の鍛錬を続けてこられました。私はイリア様のお力になりたい一心で、苦労を重ねるよりも私の妻となって安寧にお過ごしいただくことをご提案をいたしました」
おお、と会場がどよめく。
「ですがイリア王女の決意は固く、苦労を重ねても王家の人間としての責務を果たそうとされております。ということで、私はこのパーティーに参加する皆さまの前で魔法発動を披露していただくこと提案いたしました。さらに、もしそれが果たせない場合はその日をもって私の婚約者になるという約束を交わしたのです。そして今日がその本番を迎える日であります。皆さま、ぜひとも王女の魔法発動の応援をしていただきたく、よろしくお願いします」
伯爵がお辞儀すると、会場が拍手に包まれた。
「さて、それまでお時間がありますので、ごゆっくりお過ごしください」
イリアは伯爵と目をあわせず無言でひな壇を降りた。俺たちのいるところへ戻ると、大きくため息をついた。
「さて、わたくしたちも何か口にしましょう。ジンイチロー、好きなものをとって食べてもいいのよ」
「えぇ・・・」
イリアが言うのなら、遠慮なく・・・。
と思ったら、俺の行く手を遮る者が現れた。
「・・・モアさん」
「ジンイチロー様、少々お時間をいただいてもよろしいですか」
モアさんの目を見る。
瞳の奥に緊張の色が見える―――――。
「わかりました。会場を出た方がよろしいですね」
「はい」
イリアに少しだけ会場を出ることを伝えてから、モアさんに連れられ会場を後にする。
人気のない廊下の隅に隠れるようにして向かい合った。
「で、話というのは?」
「王城では今、『灰色のローブ』を着た男が王城襲撃事件の主犯とされているようですね」
「・・・王城の動きはよく分かりませんが、少なくとも俺はそう思っています」
「そうですか。私はどんなに忙しい時でも情報屋からの情報が入ったときには時間を作って聞くよう心掛けています。それがつい先ほどでした」
「つまり、その『灰色ローブの男』について今しがた聞いたと?」
「はい」
「本題はそれじゃないですよね」
「その『灰色のローブの男』が、ご主人様の側近にあたる方なのです」
「・・・え?」
「本日はこのパーティーに帯同する予定なのですが、会場に全く見当たりません」
「・・・」
「警戒してください」
「・・・わかりました。でもなんでそこまでしてくれるんですか?」
モアさんは開きかけた口をすぐに真一文字に固めてしまった。
「・・・ごめんなさい。今は話せないんだっけ?」
「申し訳ございません。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・パーティーが終わった後、大事なお話があります。お時間を作っていただいてよろしいですか」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます」
モアさんの瞳の奥に安堵の色が広がった。口元が5ミリくらい緩んだ。
――――――それから1時間ほどしたころ・・・
会場のテーブル類が一切取り除かれ、ホールの端に人が寄せられた。人々の視線の先には、ホールの中央に一人立つイリアの姿がある。
「さてイリア王女。約束の時間です。あなたの魔法を拝見いたしましょう」
「望むところですわ」
イリアは公衆の面前において、初めて前に組まれていた手を解いた。指輪をつけていないイリアを見た伯爵の顔がうろたえていた。
やはり、あの指輪は伯爵が手を回していたものだったのか。
「どうされましたか、ハピロン伯爵」
「い、いえ、どうということも・・・。その~、指輪・・・は、どうされましたか?」
「指輪?あぁ、あの指輪ですか。最近手の荒れがひどいものですから、薬を塗ることもあったのでずいぶん前に外してしまいました」
「な、なに!?」
「指輪がどうかされましたか?」
イリアは覗うように伯爵を見やる。取り繕ったように笑い顔を浮かべる伯爵。
「いえいえ・・・」
「それでは、参ります」
イリアはその手を伯爵に向けた。
「ちょっ・・・俺に・・・」
「あなたにぶつけるわけではありません。ご安心を」
本当はやりたかったのかもしれない、なんてことをのんきに考えてしまった。
その姿勢のままイリアは立っていたが、しばらくして、その顔は次第に焦燥感に満ちたものに変わっていった。
あまりにも長い時間そのまま立っているだけだったので、周囲からざわめきが起きはじめた。
おかしい・・・。今のイリアなら詠唱なしにすぐに発動できるはずだ。
俺はイリアからも見える位置に移り、イリアにむけて咳払いをしてみた。
イリアはそれに気づき、こっちを見た。
(どうしたんだ)
クチパクで聞いてみた。
イリアは困った顔のまま首を横に振った。
魔法が発動しない――――――――!
「ふぅ~、どうやら残念ながら魔法は発動しないようですなぁ・・・」
伯爵は持っていたハンカチで顔の汗を拭うと、そのハンカチでパタパタと顔に風を送った。
「そんなことありませんわ!すぐにでも発動いたします!」
「ではしばらく待ちましょう」
イリアは何度も腕を伸ばしたり縮めたりして発動を試みるが、一向に魔法が発動されることはなかった。
そして、イリアは伸ばしていた腕を静かに下ろした。
「時間ですなぁイリア王女。あなたは私に言ったはずだ。『覚悟』をもってこの屋敷に来た、と。まさに今がそのときではありませんか」
ニヤニヤする伯爵を余所に、うつむき加減のイリアは少し項垂れ気味に呟いた。
「確かに・・・言いましたわ」
「それでは、約束を守っていただきましょうぞ」
「・・・・・」
イリアは、静かにうなずいた。
「皆さま!今この場をもって、私モサロ・ハピロンとイリア王女の婚約が決定しましたぁ!」
会場が大きな拍手に包まれ、伯爵は両手をあげてそれに応えていた。
まさかこんなことが・・・。
俺達の見通しの甘さか・・・?
たしかにそれもあるが、不確定要素があったことも否めない。
『灰色ローブの男』――――――
その場にへたり込むイリアを見て決意した。
彼女を置き去りにするのは心配だが、近くにいたメルウェルさんにイリアのフォローをお願いして、俺はホールを後にした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回投稿日は9/21となります。よろしくお願いします。




