第60話 一服盛られたら『ジュノアール』。
「それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、気を付けて行くんだよ。決して油断しないようにね」
「えぇ。それと『これ』、大事に使わせてもらうわ」
「『生もの』を入れるにはちょうどいいだろう。私にはもう用無しだからね」
私はばぁばを抱きしめると、手を振って家を出た。
これから向かう先はミニンスク市。昨日、王家の紋章のある馬車が通っていくのを遠巻きに見たから、きっとジンイチローもイリアも今頃はミニンスク市で明日の準備をしていることだろう。
昨日はその馬車が通り過ぎるのを見送った後、ミニンスク市内から出ている依頼を見つけようとギルドに立ち寄った。
驚いたことに、私への直々の依頼として出されていたものがあった。
ゴルドウィン鉱山の岩オオトカゲ10匹の駆除依頼―――――。
それはハピロン伯爵からの依頼だった。その報酬たるや、前回の5倍の金貨80枚・・・。
お金に目がくらんだわけじゃないけど、リタからも勧められたから引き受けることにした。
王都を出て3時間ほど過ぎたとき、水浴びをした森が見えてきた。
森の入り口でばぁばからもらったパンを頬張る。
でも残念ながら今日は水浴びする時間はないのでまた来よう・・・。
ミニンスク市へ寄る前に依頼案件を片付けようと、ゴルドウィン鉱山に立ち寄った。
鉱山では男達が働いていたが、私を見つけるや否や若い男を中心に寄ってたかって握手を求められた。
岩オオトカゲの出没地域を男達に教えてもらった私は、単身その区域に乗り込んだ。
壁に張り付いていたオオトカゲが、私の気配を察知して飛び降りてきた。前回と同じような攻撃だから、なんなく避けられる。
着地した瞬間、姿勢を正すまでは動けない。そこを見計らって首を斬る。
駆けて近づくオオトカゲと、落下して私を潰そうとするオオトカゲが同時に来襲。
這ってくるトカゲから少し引きつつ間合いを取り、横に駆けて上からの潰しを避ける。
上から落ちてきたトカゲがバランスを崩し踏ん張る前足を潰したようで、遠慮なく後ろに回って首を撥ねる。
這ってくるトカゲも旋回して私を追ってきた。土魔法で片側の足だけを浮かすように一瞬だけ隆起させてみる。バランスさえ崩せばいいと思っていたけど、思いの外勢いが強かったみたい。トカゲが腹這いになった。
ごめんなさいね。詰め寄って首を撥ねた。
そんな狩りを続けていたらあっという間に15匹も倒していた。
いつの間にか鉱山の男達が私の戦いぶりを見ていたらしく、私が一息ついたところで指笛を鳴らしたり拍手したりと賑やかになった。
中にはニヤついている男もいたから、多分私の服を見てのことだろう。
以前も同じような男がいたからそれは承知の上だ。
討伐部位のしっぽを切り取って、ばぁばから借りた『袋』に入れ込む。
こんな貴重な物、持っているだけでも緊張する。
どういう原理で作られているのかはわからない。ばぁばが『所詮は貰いものさ』と言って渡してきたそれは、空間魔法が施された袋・・・『魔法袋』。
重たい部位を入れるにはちょうどいい道具だ。
袋を開くだけで空間の開閉が適い、入れたものが入れたその時の状態のまま『空間』に保管されるという、上級魔法士が使う空間魔法の縮小版・・・いや、それ以上に使い勝手がよく汎用性に長けた道具だ。
もちろんばぁばからは、他人に知られないようにと忠言をもらったことは言うまでもない。
この袋はいずれジンイチローが使うことになるだろう。
『カフィンの実』って言ったっけ?大山脈に行ったなら、きっと武器のことを忘れるくらい、その実を大量に持ち帰ろうと頑張るに違いない。苦心する彼の姿が容易に想像できるわ。
陽が傾きかけているから、急いでミニンスクへ行かないといけない。
そう思って鉱山を後にしようとしたら、鉱山の男達も今日は切り上げるというので一緒に幌馬車に乗せてもらうことになった。
みんなでこっそりじゃんけんしていたのは、敢えて知らないふりをしたわ。
ミニンスク市に到着して鉱山の男達と別れた。その際に真剣に愛の告白をしてきた人がいたけど、丁重にお断りした。鉱山の男の中では一番真面目そうで優しそうな人だった。
大丈夫。きっとあなたを見ている人は他にもいるから。だからごめんなさい。男達がその人を慰めるため飲みに連れていくという話を背中に聞き、もらった招待状を片手にミニンスクの貴族街へ向かった。
貴族街だからといって鉄柵が設けられているわけではないみたい。ただ、兵士の巡回は他の地区と比べて頻回に行われているみたい。何度も違う兵士とすれ違ったからだ。
ハピロン伯爵の邸宅は貴族街の一番大きな白い建物と書かれている。
わからなければ辺りの人に聞いてみようと思っていたけど、すんなり見つかった。
見れば一目瞭然。どの貴族の邸宅よりもずば抜けて大きい。
白亜の建物と合わせて白く高い壁。鉄柵から中を覗うと、緑の芝生に立てられている松明置き場の火が、夕日に照らされる建物と相まってとても幻想的だ。
邸宅でこれほどの建物を見たことがない私は、その光景に見惚れてしまった。
ボーっと立っていると、正門の番をしていた男がこちらにやってきた。
「あんた、アニーっていうエルフか」
「えぇ、そうだけど」
「そうか。あんたが来たら通せって言われている。もう入るか」
「・・・そうね」
「付いてこい」
男が顎をくいっと動かして誘導した。
白い建物の中は落ち着いた内装になっていた。高そうな絨毯敷きになっていて、靴の音が響かない。ここは自宅なのだろうか・・・。
連れてきた男は私を置いて外に出て行ってしまったけれど、代わりに奥から給仕の女性が現れた。
――――何あれ!スカート丈がすごく短い!あんな給仕服があっていいの!?
一礼してから、女性が言った。
「お帰りなさいませ。アニー様ですね」
「えぇ、そうよ」
「ご主人様より、お部屋にご案内するよう伝えられております。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
2階の一番奥の部屋・・・客室としてはとても広く、『宿』にしてはあまりにも似つかわしくない。
ここは貴族専用の寝室か何かだろう。
案内してくれた給仕の女性が、部屋の中の開き戸から服を取りだした。
白いドレスだ。
「ご主人様よりアニー様への贈り物です。どうぞお召しになってくださいませ」
「これを・・・わたしに・・・?」
給仕の女性にも手伝ってもらってドレスを着た。
白いドレスは・・・艶めかしい。肩紐だけで上半身部を緩く支えるようになっていて、胸元がかなり露出する。腰はラインがでるように縫われているけど決してきつくはない。お尻も・・・形が丸わかりになっちゃうじゃない・・・。上下共に下着は着用しない前提のドレスのようね・・・。
怪しいけど、貰えるものは貰っておこう。
「お食事処にご案内いたします」
「えぇ・・・」
1階に戻り広い部屋へ案内された。
どの部屋よりも明るく、白い壁が映えている。
窓の外を、後ろに手を組み眺めている太めの男が立っていた。
「ご主人様、アニー様をお連れいたしました」
「うん」
ハピロン伯爵―――――。
言ってはいけないが、私がひそかに想像していた通りの、脂ぎっているガマガエルのような顔立ちだ。
「ようこそいらっしゃいました。アニー殿」
「お初目にかかります、ハピロン伯爵。お招きいただいて光栄です」
「いやはや、そのドレスはどうですかな。測りもせずに似合いそうだと思って勢いで買ってしまったのだ」
「素敵なドレスをいただいて恐縮です」
「思った通りよくお似合いだ。そして美しい」
「お世辞が上手ですね」
「はははっ!世辞など言うものか!この世であなたほど美しい女性などいるものか!私の本心だよ、嘘偽りなくね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「さぁ、早速二人で乾杯しようじゃないか」
勧められるまま、着席した。
あっ!いけない――――――
ドレスを着ていてそのまま案内されたからすっかり忘れていた。
ジンイチローからもらった『お守り』・・・。
まぁ・・・ちょっとだけなら離れていても大丈夫かな。
伯爵自ら、グラスに赤い果実酒を注いでくれた。
「二人の夜に、乾杯」
果実酒の入ったグラスを掲げ、伯爵は一口で飲み干してしまった。
私もそれを見て、半分ぐらいの量を飲む。
「アニー殿、鉱山の依頼を再度引き受けていただいたと聞いたぞ」
「耳が早いのですね。確かにその通りです」
給仕の女性たちが次から次へと、私たちの席に料理を運んでくる。
最初に出てきたスープは色が薄いものの、口に含むと濃厚な塩味とまろやかな風味が広がる。身体を動かした後だからとてもおいしく感じる。
色とりどりのソースが散りばめられた白い皿に、蒸した野菜と肉、魚が小さく切り分けられたものも並んだ。どれもあっさりしているけど、素材の味が生きていて、噛みごたえもあってイケる。
「岩オオトカゲには参っているのですよ。いくら駆除しても次から次へと湧いてくるかのように現れるのです」
「どこかに巣があるのかもしれません。岩オオトカゲは卵をいくつも孵す魔物として有名ですから」
「そうかもしれんな。そればっかりはアニー殿に任せるわけにはいかないので、他の冒険者に委ねることにしよう」
「それと伯爵、依頼報酬のことについてですが・・・」
「報酬?あぁ、あれか。気にしないでくれ。君に駆除してもらって本当に助かっているんだ。むしろ前回の金貨8枚の報酬が少なすぎたくらいだ」
「いえ、8枚でも大きい額です。まして80枚なんて・・・」
「君には感謝しているんだよ。何故か知らんが、鉱山の工員の士気が高まってね。採掘量が増加したから鉄と銅の生産も伸びてきてね。私としてはこれからも君に働いてもらいたいんだ」
「そうですか・・・」
「どうだね、もし君さえよければ私の下で働いてみないか?月に金貨150枚は約束しよう。働きによってはそこにもう100枚追加していい」
「・・・とんでもない額です」
「それだけ君には価値がある。冒険者業もいいが、私に付きっきりで色々なことを学ぶといい。将来は商会をいくつか持ってみて手広く事業を起こすことも可能だ」
「・・・」
給仕の女性がメインの料理を運んでくれた。湯気を伴ってこんがり焼けたお肉がソースと共に皿の上で主張している。おいしそう・・・。
「どうだね、やる気になってくれたかね」
「・・・ごめんなさい。私は今の生活で十分です。お金には困っていないですし」
「そうか。それは残念だ。しかし私はいつでも大歓迎だ。お金に困ったらいつでも頼りにしていい」
「そういう状況にならないよう気を付けています」
「もしものこともあるだろう。頭の隅にでも入れておいてくれたまえ。・・・あ、いかんいかん。このメインにはこの酒と決まっている!」
伯爵は慌てて自分の皿の横に置いてあった小ボトルの栓を抜き、まだ使っていないグラスに注ぎ始めた。
「この果実酒は苦味があるんだが、肉と相性が良くてね。試してくれないか」
「はい・・・」
口の中に少し果実酒を含むと、確かに苦味が広がった。これはこれで悪くない味だけど・・・なんかイガイガするような・・・。
それに勧めるわりには伯爵はこのお酒を飲もうとしない。
「伯爵はどうしてこのお酒を飲まないんですか」
「ははっ。人に勧めておいて何だが、私は苦いのが苦手でね。おいしい組み合わせと知っていても手が伸びないんだ」
メインの料理と果実を食べたあと、水を飲んで口の中を整えた。
それにしても・・・今日は疲れたのかしら。目がチカチカして重くなってきた。
急に身体も上手く動かなくなって・・・。
伯爵が立ち上がって私の後ろに立ったと思ったら、肩に手を置いた。
彼はそのまま私の肩と首を撫でた。
全身に鳥肌が立った。
「アニー殿、このあとは私の部屋でお酒を飲まんかね?」
「いえ、それは――――」
いけない、すごく・・・眠くて・・・まさかこれって・・・
「その割には私の手を払いのけないのだな。この肩紐を下ろすお手伝いはできるのだが?」
「やめ・・・」
だめ・・・これ・・・体・・・ねむ―――――
ふわふわしている。
夢うつつ、わたし、夢――――
『あれほど『オマモリ』をもっていろって言ったのに・・・』
どっかで聞いた声・・・ふわふわ・・・
『ベッドで・・・いいよね』
あ。 置かれた。 抱っこされてたんだ。
あれ、伯爵と食事して―――記憶が―――
『ほんと、危なかった・・・』
どんどん冴えてきた。そうだ。伯爵と食事していて、多分薬を盛られて眠くなっちゃったんだ。
でも、この聞き覚えのある声・・・どうしてここに・・・。
薄らと目を開けてみる。
――――え・・・なにあれ!?
どう聞いてもジンイチローの声なのに、その格好!!
黒い服と黒い仮面、黒い帽子に――――変装?にしてはあまりにも・・・。
『薬を盛られてぐっすり・・・。何されても気付かないよね・・・」
ちょっと!!これってまさかの!!
そう!今なら何されてもわからないわ!
「おやすみ、アニー。また明日」
って・・・おーーーい!!
「う、うーーん!!」
「はっ!!」
「あ、あなたは一体!?」
臭い演技をしてしまったわ・・・。どうして私がここまでしなきゃいけないのよ。
「ふ・・・フハハハハ!我こそは怪傑!ジュノアール!悪を裁くため天より舞い降りた一筋の光なり!」
「・・・」
「・・・」
ツッコミたい!黒い服着ておきながら「一筋の光」とか何!?ってツッコミたい!
でもここは我慢する。私エラいわ。
「ジュノアール・・・様?」
「お目覚めになられましたか。美しき姫君よ」
「ぷ・・・コホン。私、一体どうしていたのかしら・・・」
「あの心醜きガマガエルに染められてしまうところでした。しかしご安心を。もう大丈夫ですよ」
「まぁ!ありがとう!ジュノアール様!」
私はベッドを降りて『ジュノアール』に抱きついた。
「どわぁ!ちょっ・・・お、落ち着きたまえ!」
「あら、ごめんなさい。まさか女性経験がないのかしら、ジュノアール様は」
「なっ、そんなことない!これでも大学生のころはちゃんとカノジョいたし!」
・・・ほぅ?
「やべ・・・フハハハハ!余計なことを話してしまった!それではアニー、これで失礼するよ」
「なんで私の名前を知っているの?」
「うぐっ!」
「ジュノアール様、とっても不思議。なんだか初めて会った気にならない」
「それは気のせいさ」
「ふーん、そうかしら・・・」
「・・・と、とにかく!これで失礼する!また会える日が来るだろう!」
フハハハハ・・・・
ありがとう、ジンイチロー。助けに来てくれたのね。
でも・・・何かしら、当の本人以上に恥ずかしくなるこの気持ち。
面白そうだから明日突っついてやる!
いつもお読みいただきありがとうございます。
連投できました・・・。
次回投稿は9/19午前深夜となります。




