第59話 怪傑!ジュノアール!
翌日――――――
俺達は昨日と変わらずに市内を練り歩いたけれど、メルウェルさんを怒らせたくなかったので飲み屋街には行かなかった。
屋敷に戻ってもイリアは普段通りに過ごし、魔法発動の練習もしなかった。大丈夫かと尋ねても問題ないとにっこり返された。本人が大丈夫というなら無理に練習を強要することはないか・・・。
そして、あっという間に夜が訪れる。
夕食をおいしくいただいたあと、皆が部屋に籠ったところを見計らい、こっそり外へと抜け出した。
もちろん、正門から外出することなどせず、見回りにも気を付けながら屋敷の敷地を抜けた。
ただし、こっそりする理由は他にもある。
それは、今俺の着ているこの『服』だ。
モアさんの話によると・・・
彼女は昔、王都を訪れた際に立ち寄った図書館の中で偶然手に取った本があった。
その名も『怪傑!ジュノアール!』という創作小説。
主人公ジュノアールの悪の組織をやっつける様が印象的で、自分の中で主人公に想いを巡らし、その様を想像しながら衣装をこしらえたというのだ。
まさかと思い、それを着てジュノアールになりきったことがあるのか聞いてみたら、素直に「もちろんです」と返された。いわゆるコスプレってやつですか・・・。
つまるところ、モアさんから勧められた方法というのが『ジュノアール』となってアニーを救えばいいという、至極安直な提案であった・・・というのが昨日の話。
俺の正体がバレるわけでもないしモアさんが俺に教えたことさえ知られなければ、『ジュノアールがアニーの危機を聞きつけてやってきた』ということになるらしい。
『完璧無双の方法です、ジンイチロー様』
モアさんは目を光らせてそう断言した。
本当にうまくいくのか・・・?コスプレさせたかっただけでは・・・。
すぐに他の方法が思いついたわけでもない俺は、しぶしぶ『ジュノアール』になりきることを了承。
しかし、問題は『ジュノアール』の言葉づかいまでもご教示いただいた点だろう。
『フハハハハ!我こそは、怪傑!ジュノアール!悪を裁くため天より舞い降りた一筋の光なり!』
助けるときにこのセリフを必ず言えというのだ。
・・・むしろ喋らずに無言で助けたほうがいいのではなかろうか?。
今でもそう思うが、聞き入れてはもらえなかった・・・。
目元を覆う黒のマスク、黒のマント、黒のタキシード風の服、白のシャツ、黒いハット、赤い杖・・・。
これをモアさんの前で試着したとき、無表情の彼女の瞳に、一瞬火が宿ったのを感じた。
モアさんが地図を描いて教えてくれたおかげで貴族街への道はよくわかった。
とはいいつつ今俺が駆けているところは建物の屋根。
道を走れば人目に付きやすいので、教えてもらった道を見ながらの移動だ。
ミニンスク市の建物の屋根が平らなものが多いことが幸いした。
もちろん、ただ単に屋根を走っているわけではない。魔力循環させて身体強化を施している。
メルウェルさんとの試合を契機に効果がより実証されたこともあって、昨日の腕相撲大会では見事その恩恵に与れた。今回も大いに利用させてもらう。
アニーは夕食を食べている頃だろうか・・・。
モアさんから給仕情報を聞いておいて正解だったかも。屋敷に到着する頃合いには食べ終わっているというのだ。
貴族街に入ってから、大きな屋敷を探してみる。闇が深くて見えずらいが、一際白くて大きい建物がぼんやり見える。おそらくはアレだろう。
屋根伝いに近づくと、白亜の別邸が上から望めた。
あちこちに松明があり、辺りを照らしている。
見回りで警護をしているのは・・・兵士ではなさそうだ。雇った腕利きの者だろうか。
塀は高いが、魔力循環のレベルを上げれば飛び越えられるかもしれない・・・。
こんな方法、メルウェルさんとの試合がなければ考え付かなかった。
一番見回りが少なそうなあたりから侵入することにした。
路地に降り立って塀の前で魔力循環を上げる。体がもっと軽くなった気がする。
よし、いけそうだ。
少し助走をつけてジャンプすると。あっという間に塀の縁に手が届いた。素早くよじ登ってすぐに降りる。
・・・見回りの男と目が合い固まった。
唖然としている男は俺よりも体格がよく、剣を握っていた。
俺は素早く男の間合いに駆けこむ。
男が何かを言おうとしていたので、左手で口を押さえつつ、みぞおちに力強く一発入れた。
男は俺にもたれかかるように気絶した。ごめんなさい。
息をしていることを念のため確認してから、男を茂みに隠す。
あ、しまった。入り口をしっかり確認してから侵入すべきだった。
慣れていないことをやるものじゃないな・・・。
屋敷の裏手に回ってみる。建物の陰から裏手を望むと、見回りの男が一人いた。ちょうど背中を向けて歩いている。音をたてないようにして背後から襲おうかと近づいたら、中に入れるドアを発見。男が振り向く前に侵入できた。鍵は駆けられていない。不用心極まりない・・・。
入った部屋は、何かの倉庫のようだ。色々な大きさの木箱が積みあがっていて、畳まれた服が入っているようだ。中につながるドアに鍵はなさそう。ほんの少し開けて覗うと、長い廊下が見えた。
ミニスカートの給仕服を着た女性たちが、せわしなく奥の方で行ったり来たりしている。なにやら騒いでいる声が聞こえる。給仕達の喧騒に向かう途中に階段があるので、そこまで行ってみる。
女性たちの声がはっきりしてきた。
『――――はどういうこと!?』
『お食事が――――です』
『ご主人―――ていっても――――2階へもう―――』
『お客様―――2階の――――』
『うそ!?――――もちあげ――――わけ!?』
女性たちも突然の『何か』で混乱の様子。
『2階』としきりに喚いているところからして、この上に伯爵がいるのか・・・。
俺は階段途中の踊り場で警戒しながら2階に上り、そこから続く廊下を身を隠しながら覗く。
薄暗い、長い廊下にいくつかの大きめの扉がある。
こういうとき、客間にするとしたら・・・奥の部屋になるのか?
誰もいないことを確認して、階段から見て右手側の廊下を駆ける。
扉の前に来たところで、ドアに耳をつけてみた。
―――――物音一つしない。
開けてみると、広い部屋の奥にベッドがある。服がベッドに置いてあるのが見えた。
中に入ってドアを閉め、ベッドに駆け寄ると、そこには見慣れた服が畳んであった。
アニーの服だ・・・。やはりここに来ていたか。
さっきの給仕の女性たちが、客も2階に行ったというような話をしていた。ここにいない、ということは・・・。
まずいな・・・。
ドアを少し開け、誰もいないことを確認してから退室。
誰も来ないことを考えると、もしかしたら2階に上がるなと命令されているのかもしれない。
階段付近へ戻ると、さらに奥にある部屋の扉が一際豪華なことに気付く。
そこか・・・。
・・・
・・
・
こんな重さなど屁でもない。
これからの楽しみのためなら、気を失っている人間の体重など気にしてなどいられない。
彼はそう思いながら、抱き上げる女性の顔を見た。
美しい―――――
エルフという種族は総じて美人が多いと噂には聞いていた。しかし、これほどとは彼も思わなかった。
人脈を駆使して、北方にあるとされる奴隷市場を開催する都市『アナガン』にエルフ族の出品を何度も確認させたが、現れることはなかった。だからこそ、鉱山の岩オオトカゲの駆除依頼を引き受けたのがエルフだと知った時、絶好の機会だと確信した。
彼は腕の中で眠るこのエルフを見て、衝動を滾らせた。
ゆっくり自室の扉を開けたハピロンは、金髪のエルフ、アニーをベッドに寝かせる。
そして、肩から胸、腰、脚と、両手でゆっくりと撫でる。
(夢にまで見たエルフの体だ!明日のイリアとの夜を楽しむ良い前座ではないか!!)
知らず知らずのうちに、彼は口を半開きにさせて舌を出していた。
(いいぞ、この体・・・。怪しいとは思ったが、薬を買っておいて正解だった・・・)
ハピロンはドルアンドに勧められるまま、屋敷を訪ねてきた流れの薬屋から液体の薬を購入していた。
身体に取り込めば1時間以内に眠りにつくと説明された。
『魅了』効果のある薬も勧められたが、紫色が濃すぎて食事には混ぜられないと感じ、それの購入は控えた。
(今思えばそれも買って、この場で飲ませてしまえばよかった・・・)
しかし、その残念な気持ちを補うほど、目の前にいるエルフに情欲を掻きたてられる。
(まずは、その口からいただこうか・・・)
ハピロンは唇を尖らせ震えながら、夢にまで見たエルフの美しい顔に近づいた。
『フハハハハハハ・・・・・・』
(・・・?)
ハピロンは扉に顔を向けた。
『フハハハハハハ!』
「な、なんだ!?」
バーン!! と音を立てて入り込んできたのは、黒い出で立ちのマスクをつけた男だった。
「な、何者だ!!」
「フハハハハ!わ、我こそは怪傑!ジュノアール!悪を裁くため天より舞い降りた、ひ、一筋の光なり!」
「・・・・・」
「・・・・・あれ?」
「あぁ、そうか、明日のパーティーの出し物か何かの練習か?今は機嫌がいいから咎めはしない。下がっていいぞ」
「あ、は~い。失礼しま~・・・・・ってちがーう!!」
黒い出で立ちの男は手の甲で空を切った。「ノリツッコミ」という言葉を知らないハピロンは怪訝そうに男を見た。
「その女から離れてもらおうか、ハピロンよ」
「なんだと・・・」
「言ったはずだ、我こそはジュノアール!悪を裁きし天の光!」
「よくわからんが、お前はこの女をさらっていくというのか」
「ううん。離れてもらえばいいよ」
ケロッと黒い男は言った。
「ふん、そんな要求、受け入れるわけにはいかんだろう。こんなに極上のエルフに何もしないで寝かせたままにするなんて、男としてあってはならんだろう」
「寝たまま手を出そうなって、お天道様が許さないぞ」
「・・・」
「あれ、こんなキャラじゃ・・・」
ハピロンはベッドの脇に置いてあったベルを手に取り、チリンチリンと鳴らした。
「曲者―――――」
『がでた!』と言おうとしたそのとき、黒い男が突然ハピロンの目前に迫った。
「ひぃ!」
「やっぱりあんた、おとなしくしてろ」
男の声を眼前で聞いたハピロンは、刹那、腹に重い衝撃を感じ視界を闇に染めていく・・・。
ハピロンが目覚めたのは翌朝――――。
手と足が縛られ猿轡もはめられていた。起きたときにはベッドに横になっていて、律儀にも『ジュノアール』は布団をかけてくれていた。
脂肪によってベッドから落ちても大した衝撃ではない。必死に芋虫のように這いつくばり、ドアを目指す。
何とかドア伝いに立ち上がったハピロンは、後ろ手を上手く回してドアを開け、廊下の壁を思いっきり叩いた。
給仕たちが慌てて2階へ駆けのぼり、ハピロンの姿をみたとき、大変な騒ぎになったのは言うまでもない。
縛りを解いてもらったハピロンは、『ジュノアール』を即刻指名手配させた。アニーの部屋に駆け込んでみたものの、すでにアニーはドレスを持って出立したと給仕から伝達され地団太を踏んだハピロンの姿は、後々有名な逸話となった――――。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回投稿は明日または9/17の午前深夜となります。
次回はアニー視点です。




