第58話 街へ繰り出して
「はぁ・・・疲れた・・・」
あてがわれた部屋で一人、ベッドに横になる。
外はもう真っ暗。このまま眠ってもいいのかも・・・。
今日の出来事をぼんやりと思い出してみる・・・。
―――――伯爵との会談を終えた俺達は部屋に戻り、雑談の後に・・・
モアさんからミニンスク市のおすすめエリアを聞いた俺達は、早速大所帯で出かけた。
大所帯での移動もあって相当目立ち、人々の注目を浴びた。
イリアを知っている人は跪いていた。
しかし、イリアが人々の注目を浴びたのはそれだけではない。こっそり持ってきていたミモザさん特製のあの服を着ていたおかげで、いやがおうにもそうなった。
イリアの美貌と体のラインを見れば、その服がいかに刺激的だったかは言うまでもない。男達は鼻の下を伸ばしてイリアを見つめていたのだ。
話しかけようとしていた男達もいたようだが、兵士の護衛が幾重にもついているため、近づこうものならすぐに剣が向けられた。
モアさんのおすすめの店は、かわいらしい内装の施された小さな喫茶店だった。
俺としては興味津々。この世界にも喫茶店があるのかと内心ワクワクした。
だって、もしかしたらコーヒーだってあるかもしれないしっ!
でも、そんな期待はメニューを見て露と消えた・・・。
ばぁばの家でもよく飲んでいたような香草茶があったため、それを所望。イリアも同じものを注文し、ささやかなティータイムを満喫。喫茶店の店主はそとの騒動を見て、俺達が只者ではないと思ったのか、玄関に兵士が張り付いて貸切状態になっても文句を言わなかった。
ちなみに、香草茶は大変美味だった。
しばらくばぁばのお茶も飲めないので、香草を売ってもらった。
にこにこ顔の俺の頭を、イリアは何故かナデナデした。
執事になんてことするんでしょう・・・。
夕刻に差し掛かり、空が少し赤みを帯びてきたころ、イリアが唐突に「エールが飲みたい」と言い出したため、これまた大所帯で飲み屋街を練り歩いた。
夜まではまだ時間があるにもかかわらず、店は客でいっぱいになっていた。
辛うじて数名分の席の空いていた店があったので入店。イリアの命令で入店したのは俺と彼女だけで、兵士たちやメルウェルさん達は外で待機となった。
入って少し後悔。ガラの悪そうな連中ばかりが飲んでいた。
案の定、イリアに対するまとわりつくような視線があちこちから絡んできた。
さらに案の定、イリアの周りを囲み、無理やり連れだそうとする連中も登場。連中の腕を掴んで離すが、キリがない。
しかし、ここでますます困ったことが発生。イリアのトンデモ発言が店の雰囲気をヒートアップさせてしまった。
「ここにいるジンイチローと腕相撲して勝ったら、わたくしを好きにして構いませんわ。ヒック」
空きっ腹にエールなんか入れるからこんなことになるんですよ、イリア様!!
ひょろひょろした若造になんか負けるものか、と店の男全員が対戦を希望。対戦順番が即席で決められ、イリア争奪腕相撲大会が始まってしまった。
俺はてっきり、トーナメント戦で勝ち残った者が俺と対戦するのかと思っていたが、総当たり戦の順番を決めていただけのようで、つまり、俺は店の男と全員対戦せざるを得ないことになってしまった。
俺よりごつい男がわんさかといたので、魔力循環させて身体強化。
筋肉モリモリのゴリラみたいな男が初戦であったため男達は勝負が決まったと嘆いていたが、開始のコール直後に俺がテーブルを破壊しながらゴリラ男を床に叩きつけるようにして完勝。男達は湧き上がり、イリアとの甘い夜を勝ち取るため士気を燃やした。
まぁ・・・結果としては俺が優勝。
イリアから頬にキスをされてしまった。
腕を交わした男達は、なぜか俺をアニキと呼んだ。
ミニンスク市に舎弟ができた・・・。
たまに冒険者業もやっていると話したら、ものすごい勢いで「アニキ!俺と組もう!」と迫られた。
それから間もなくして、ほろ酔いのイリアを腰で支えつつ、テーブルをいくつか破壊してしまった謝罪の意味も込めて大目に金貨を置き、店を出た。
騒ぎは外へも漏れていて、メルウェルさんがいたく心配していた。何をしていたのかと聞かれたので、あったことをその通り伝えたら、俺が静かに怒られた。ごめんなさい・・・。
ハピロン邸に戻った俺達は、来客用の晩餐の間に通され、そこでイリアが食事を摂った。
飲み屋でエールを飲んだので、果実酒は控えるように進言。口をとがらせていたが、違う種類の酒を飲むと気分が悪くなって翌日に差し障ると話したら目を丸くされた。
どうやら初めて聞いたらしく、その場にいた皆一様にそう言っていた。元いた世界では常識だったんだけどな。「さすがは大賢―――」とまで言ったフレアさんは、メルウェルさんによって口を塞がれた。
ありがとう、メルウェルさん。
ちなみに俺はビール派で、宴会の席や一人で飲みに行ってもビールしか飲まない奴だった。
お付きの者の食事は別室の共同食事部屋があるので、そこで食べた。兵士達にもおなじような食事が用意されるのは非常に稀で超がつくほどの高待遇だとメルウェルさんは言っていた。普通は用意されず、街で済ませて兵舎に身を寄せることになるのだそう。
ハピロン邸はかなり広いため、兵士や給仕の部屋も、相部屋ではあるが用意された。
俺は男だからてっきり兵士達と相部屋かと思いきや、モアさんから別部屋の用意ありと伝えられ、案内されてしまった。豪華ではないものの、10畳ほどの部屋をあてがわれた。案内してくれたモアさんに、どうして相部屋じゃないのか尋ねたら、ハピロン伯爵がイリアと会談したときに、彼女から『帯同を強く希望する者』として紹介されたことを受け、失礼があってはいけないと配意いただいたようだ。
さすがハピロン伯爵。抜かりがないと感心してしまった。
そしてその部屋で一人くつろぐ。
―――こんこん、と部屋のドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ドアを開けたのはモアさんだった。
「湯あみの湯をお持ちいたしました」
「ありがとうございます」
うっかりベッドに座ったまま応対してしまったので、慌てて立ち上がって一礼した。
少しでも怪しまれないようにしないと・・・。
モアさんは一礼して部屋に入ると、隅にあった小テーブルに桶を置いてくれた。
でも、すぐに出ていくかと思いきや、モアさんはそこに立ったまま動かない。
俺のことをジッと見つめている。
なんだ・・・?
「モアさ・・・殿は何故その場に?」
「・・・ジンイチロー様」
モアさんが呟くように言うと、俺のすぐそばにやってきた。
近いな・・・。
「どうしたのですか?」
「ジンイチロー様にお聞きしたいことがございます」
「はい」
「なぜ王城を救ったと言われる『大賢者』がここにいらっしゃるのでしょう」
「!!」
俺は思わず足を引いて間を取ろうとしたが、後ろがベッドだということをすっかり忘れ、そのままベッドに座ってしまった。
モアさんはすぐにその場で片膝をついた。
ス、スカートの中が・・・。
俺はそっちをみないように、モアさんの目だけを見た。
「やはりそうでしたか」
そういうと、モアさんの目が安堵の色を見せた。
もしかして、これがモアさんの『笑顔』?
いやいやいや、問題はそこじゃなくて!
「私がどうして『大賢者』だと?」
「情報は得ていました。ご主人様にお近づきになるにはそれ相応の動きと情報を得なければ、ここまでの地位をもつには至りませんので」
「・・・一つ聞きたいのですが、伯爵は私のことを?」
「いえ、ご存じありません。ですが、時間の問題です」
「あの・・・あなたが知っているのに、なぜ伯爵には伝えないのですか?大変重要な情報なのでは?」
「お伝えしません」
「なぜ?」
「・・・」
「もしかして、伯爵のことをどこかで裏切ろうとか思ってますか」
「いえ。ご主人様はご主人様です。裏切ることはありません。この後ご主人様の部屋へ行くようにも命じられており、参ります」
「夜伽・・・そうですか・・・。それにしてもなぜ?」
「・・・申し訳ございませんが、今はそれを伝えるべきではありません」
「もしかして、後々俺に関係することだからですか」
「えぇ。関係はあります」
モアさんの目は嘘をついているようには見えない。
むしろ、その目の奥に不安が視える。
「どのようにして俺が大賢者だと知ったのですか?」
「雇った情報屋からの情報です。ここ最近、イリア様がジンイチロー様と行動を共にしていたという話も聞いております」
「・・・それも話していない、ということですね」
「はい」
「う~ん、早い話、あなたは私に協力してほしいということですか?」
「いえ、違います。ジンイチロー様はジンイチロー様の思うとおりになさってよいと思います。問題は、ご主人様です」
「え?」
「・・・詳しくはまだ申し上げられませんが、ご主人様が裏で何かをたくらんでいるのか・・・いえ・・・そうでなくても、誰かの危険が迫っているのは確かです。イリア様共々お気を付けください」
『危険が迫っている』ことも、情報屋からの情報だというのだろうか?
とにかく、この先何が起きるかわからないというのも確かに一理はある。警戒するに越したことはない。
周囲に配意しながら行動するように心がけよう。
「ありがとう・・・。それを伝えたかったのですか」
「はい。それともう一つ」
「何でしょう」
「明日ご主人様はアニー様とお会いし、お食事をなさると息巻いております。ご主人様はアニー様と夜をお過ごしになるおつもりのようです」
「なっ!!」
「アニー様はお断りになると思われますが、最近ご主人様は妙な薬を手に入れられております。おそらくは・・・」
アニーもパーティーに来ると言っていたが・・・それに宿を指定されていた。
「ううむ・・・」
「・・・ジンイチロー様は、つくづく面白い方です。そして、つくづくご面倒な方ですね」
「・・・それって、褒めているのと貶しているの、どちらですか?」
「・・・ご想像にお任せします。アニー様のお泊りになられる宿は、貴族街の中にあるご主人様の別邸です。一番大きな建物ですので、すぐにおわかりになります。ですが、行かれるのですか?」
「・・・」
確かに、『俺』が行ったのではその後に差し障る。透明になれるわけでもあるまいし・・・。
「ジンイチロー様、もしアニー様をお救いになりたいのであれば、ひとつ考えがあります。ちなみに、これは決してご主人様を裏切るわけではありません」
『裏切るわけでは』をやけに強い口調で言うあたり、むしろ怪しいような・・・。
まぁ、そこまで気にするところじゃないか・・・。
夜が更けていく最中、俺はモアさんのアイディアを聞き、頭を抱えてしまうのだった・・・。
いつもありがとうございます。
次回投稿は9/16午前深夜です。




