第57話 ハピロンとの面会
一貴族の屋敷ともあって広い。モアさんに案内してもらいながら、イリアの部屋の位置や屋敷の見取りを、頭の中で何度も反芻させ必死に入れ込む。
特に広いと感じたのはパーティーの会場となるホールだ。
敢えてこんなホールを造ったのも、度々人を集めて交流を図るためらしい。全て自費で造らせたのだからその財力には舌を巻いてしまう。
最後に案内されたのは、中庭だった。伯爵家のものと思われる紋章のタペストリーがいくつも下がり、祭壇には一際大きなタペストリーが飾られている。松明の火が灯り、厳かな雰囲気をつくりだしている。座席もしっかり用意されている。
おそらくは伯爵とイリアのための、特別な催しをするための会場だと思われる。
イリアの魔法発動が叶わないことを前提にしているのだろう。
用意の周到さには舌を巻いてしまう。
しかしそれ以上に俺が感心したのはイリアだ。
イリアはこの屋敷の人間に会う時は、必ずと言っていいほど左手で右手を覆うように手を組み、魔道具が見えないようにしている。
少しでもつけ入る隙を与えないでおくのが一番だ。
この場でイリアが魔法を発動できることを知っているのは、俺とメルウェルさんだけ。
しかし、モアさんは相変わらずチラチラとイリアを観察するような目で見定めている。
この人が給仕長になれたのもうなずける・・・。
人の気配がしたと思ったら、給仕の女性が小走りで現れた。
「モア様」
モアさんが給仕に気付き、手で一旦制すると俺達を見た。
「イリア様、失礼します」
イリアがうなずくと、やってきた給仕の女性がモアさんに耳打ちした。
モアさんは一度うなずくと、給仕の女性は俺達に一礼して数歩引いた。
「イリア様。ご主人様が戻られました。客間へご案内します。私は一度ご主人様と今後の予定についてお話しいたしますので、少しの間だけお待ちください」
「えぇ、結構です」
「それではこの者が案内いたします故、一旦失礼いたします」
モアさんは丁寧に頭を下げると、軽い身のこなしで中庭を颯爽と歩いて行った。
残された俺達は、耳打ちした給仕に客間へと案内された。
客間はそれほど装飾されたものはなく、いたってシンプルだ。
イリアが柔らかい布張りのイスに腰掛け、俺とイリアさんがその後ろに立った。
フレアさんは用意された部屋で待機させた。
イリアはこの客間に入ってからは一言もしゃべらず、姿勢を正したまま前を見据えていた。
あらためてイリアの職業の大変さというものを実感した。時には自分よりも勉が立つと弁論を交わさなければならないときもある。時にはそれを飛び越え、王家の権力をかざすこともある。時には折れ、折衷をしなければならないこともある。
時と場合に応じた『演者』となり、国の行く末を決めるかじ取りをしなければならないのだ。
いま彼女は、心の中にいるハピロン伯爵とどんな応酬を繰り広げているのだろうか・・・。
ドアをノックする音が聞こえた。
モアさんが入室した。
「失礼いたします。ご主人様が参られました」
そういうと、その後ろから男性が入ってきた。
見逃さなかった。男はモアさんのスカートの中に一瞬手を入れ、撫でまわした。
モアさんは一切表情を変えず、立っているだけ。
イリアの座っている位置からは見えないだろうが・・・。
脂ぎったガマガエルのような男が、にこにこしながらその巨漢を揺らして俺達の目の前にやってきた。
「イリア王女、わざわざお越しいただき感謝いたします」
「もともとはそういうお約束です。感謝されることでもありません」
「いやはや、そう固いことを言わずともわかっております。・・・おや、この御二方は?」
「紹介いたします。こちらがミニンスク市訪問中の特別警護兼執事のジンイチロー・・・」
俺はそう紹介され、深々と頭を下げる。
「こちらは第一近衛騎士団長、メルウェルです。この二人の帯同はわたくしからの強い希望としてお許しください」
「えぇ、それはもちろん構いませんよ。なんてったって、近い未来、妾になる方のお願いですからな。ハハハッ!!」
「・・・」
「さて、パーティーはあと2日後に開催となりますが、魔法の発動には―――いや、それは最後の楽しみに取っておきましょうか」
「わたくしは、覚悟をもってここへ来たのです。察していただければ幸いですわ」
「そうですか・・・。わかりました・・・」
ハピロン伯爵は笑いを抑えきれないのか、ニヤニヤと口を緩めた。
「晩餐はいかがなさいますか」
「申し訳ございませんが、パーティーまでの間は最後の晩餐として、帯同する者たちと共にありたいと思っております」
「ほほぉ、ということは、パーティー後はこの屋敷に住まわれると?」
「・・・どう解釈いただいても構いません。わたくしは『覚悟』してここに来たわけです」
「承知しました。私は心が広いですからな。あなたの望むように手配いたしましょう。もしよろしければパーティーまでの間、この市内を巡ってはいかがですか。もちろん、この先もあなたをこの屋敷に閉じ込める気はありませんので、住まう地を廻るというのも興です」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、滞在の間は市内を巡らせていただきます」
「案内はつけさせますか」
「いえ、結構です。モアからお勧めの場所をお聞きします」
「そうですか。それでは彼女には私からのお勧めも教示します」
「何かとご心配いただいて恐縮ですわ」
「ははは、これも将来の妾となる方への配慮というもの。お気になさらずに」
イリアは小さくため息をつくと、話題を変えた。
「ところで、パーティーにはどのような方々が御列席に?」
「私が日頃世話になっている方々はもちろん、周辺地の貴族、商業の重鎮をお呼びしました。若干名、特別にお呼びしたお客様もおりますが」
「そうですか。随分賑やかなパーティーになりそうですね」
「ご期待に沿えるよう、誠心誠意準備を進めております」
「中庭にあった会場は何ですか」
「あれですか。あれは・・・ふーむ・・・」
伯爵はにやにやと顔を歪め、満足げに顎を触る。
「当日まで内緒にしておこうかと思ったのですが・・・」
白々しい嘘を・・・
声が聞こえてきそうなほど、二人がため息をついているのがわかった。
「イリア王女、あれは私と王女が婚約の契りを結ぶ祭場です。永遠の愛を誓い合う場として最高の雰囲気づくりに努めました。あの場てあなたと私が口付けを交わすのです。パーティーの最後を飾るには最高だとは思いませんか」
「・・・」
横目でメルウェルさんを窺うと、目を閉じて無表情を装ってはいるが、歯を食いしばっている。よほどこの男に対して怒り心頭なのだろう。伯爵からは見えないものの、イリアの背に隠している彼女の右手はいつでも伯爵を殴れる準備を整えている。
さすがのメルウェルさんも決壊しそうだな・・・。
俺は少しだけかがんでイリアの耳元に近づいた。
「イリア様、長旅でお疲れです。少し休まれてから市内巡りをされてはいかがですか」
わざと伯爵にも聞こえるように話す。
イリアは迷わずうなずいた。
「そうですわね。確かに」
イリアは伯爵に向き直った。
「申し訳ございませんが、本日はこれで失礼いたします」
「お疲れのところ申し訳ございません。滞在中はどうぞごゆるりとお過ごしください」
「お心遣い感謝いたします。それでは」
イリアが席を立ちドアへ向かうと、俺とメルウェルさんさんも伯爵に一礼してからそのあとに続いた。
伯爵はそんな俺達を黙って見送った・・・。
・・・
・・
・
「やはり最高だな、イリア王女は」
退室したイリア王女の後ろ姿を舐めまわすようにして見送ったハピロンは、一人客間で呟く。
美しい顔立ち、張り出た胸と臀部、ドレスを着ていてもわかるその肉付きのよい身体を自分の好きに出来ると思うと衝動が抑えられない―――――
彼は誰もいない部屋でニンマリと頬を緩めた。
準備は順調だ。パーティーに呼ぶ者は皆、彼の息のかかった人間だ。イリアの魔法発動の失敗の折には何をすべきかを心得ている者たちだ。慰めつつも、王家のためと吹聴して諦めさせることが重要だ。
そしてあの祭場で、永遠の誓いとして妻となることを誓わせる。
さらにはハピロン家の家訓に従うとも約束させる。
だが家訓などあってないようなもの。ハピロン家の家訓とは、つまり、モサロ・ハピロンそのものだ。
列席者のもとで誓い合ったそれは、すぐに王都に知らされる手筈となり、婚儀準備に追われることになるだろう。婚儀を済ませたのち晴れて妻となった暁には、跡継ぎを考えなければならない。
その間に、ドルアンドが『次の手立て』を実行に移す。
(いや、あの話しぶりではすでに実行に移している・・・という解釈も・・・)
そうなれば、次期国王候補はモサロ・ハピロンまたは跡継ぎの子となる。跡継ぎの子が候補になっても、自らが後見人として立てば問題ない。
順調だ。順調すぎるぐらいだ・・・。
部屋のドアがノックされた。
「入れ」
「失礼いたします」
モアが深々と頭を下げて入室した。
「どうした」
「イリア様が半刻したら市内を巡回に参られるとのことです」
「うん、分かった。適当に旨い店を紹介してやれ」
「承知いたしました」
「・・・」
「・・・」
ハピロンは、モアをじっと見つめた。
「モアよ。こっちへ来い」
「はい」
モアは言われたとおりハピロンのもとへ近づき、隣へ立った。
ハピロンは強引にモアを抱き寄せた。
「お前はいつもいい匂いをさせている」
「ありがとうございます」
モアは表情を変えずに淡々としている。
「あのエルフはまだ宿にはつかんか」
「未だ来訪の報は届いておりません。明日には来るものと思われます」
「ふん、つまらんな・・・。だが、こちらへ来ることはわかっているのか」
「はい。中央ギルドでゴルドウィン鉱山の岩オオトカゲの駆除依頼を再度引き受けたとの情報が入っています」
「ほぅ。献身的だな。私の指定した宿に泊まることにもなれば予定通り実行に移すか・・・」
ハピロンは鼻息を荒げて、まだ会ったこともないエルフの美女に想いを巡らした。
そして彼は、モアの胸をまさぐりながら耳元で囁く。
「今夜は俺のところに来い。いいな」
「承知いたしました」
ハピロンは彼女を離し、自分の服を整えた。
彼女もまた、手際よく衣服の皺を直す。
「エルフの来訪があった際はすぐに知らせよ」
「承知いたしました」
モアは深々と頭を下げると、「失礼いたしました」といって部屋を後にした。
「ふん、あの給仕はいつになっても表情を変えんな。ドルアンドはなぜあんな給仕を欲しがるのかよくわからん・・・。まぁ今夜は、ドルアンドのもとに差し出す前に俺が味見してやる」
舌なめずりするその顔は、まさしくガマガエルと揶揄されてもおかしくない、醜悪な顔であった・・・。
・・・
・・
・
「ジンイチロー殿、助かりました。私としたことがカッとなって・・・」
「無理もありませんよ。あのガマガエル野郎、モアさんのお尻まで触ってました」
「スケコマシですわ・・・」
イリアの部屋に戻った俺達は好きなところに腰掛け、水を飲んでいる。給仕の女性は退出させたので、好きなことをしゃべっていられるというわけだ。
「市内を巡られるというのは本気ですか、イリア様」
「えぇ、本気よメルウェル。この屋敷にいると息が詰まりそうで・・・。ジンイチローも一緒に行くのですよ」
「もちろんです。イリア様」
イリアはきょとんとしたが、すぐに法悦の表情を浮かべた。
俺が丁寧な言葉を使ったことがそんなによかったのか・・・。
「あぁジンイチロー!それいいです!わたくしに跪くような喋り方がたまらなくいいです!」
跪くって・・・。面白がって言ったセリフではないのだけど・・・。
妙なスイッチを入れてしまった、と少し後悔してしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回は9/14午前深夜になります。
※タイトル入れ忘れてました。9/14修正しました。




