第49話 死の淵(王城魔法士EP付)
私とイリアは村の入り口へと急いだ。
ジンイチローに限ってもしものことはないと思うけど、それでも心配だ。
相手はオーガキング。大森林に住まう魔物の中でも知性が高いとされ、Sランクの冒険者であっても対峙するときは万全を期して戦わなければならないと聞いたことがある。
まさか村のゴブリン退治に、そんな大物が待ち構えているなんて思いもよらなかった。
入り口が見えたとき、巨体が金棒を振るっているのが見えた。
でも明らかにおかしい。
巨体が歩みを止めて、ただ一か所に打ち付けるような――――
まさか!!
「ジンイチロー!!」
まさか・・・あぁ・・・
駆ける足が止まってしまった。
ジンイチローが倒れていた。
そこにオーガキングが容赦なく金棒を叩きつけている!!
「やめて!!」
私は精霊魔法で真空刃一閃をオーガキングに放った。
向かった真空刃は、私たちの叫びにも気付かなかったオーガキングの右腕を切り落とした。
GUMOOOOOOOOOOOOOO!!
イリアも眼を開き、魔法陣「風刃」を放った。
風刃もオーガキングの横腹に刺さる。片膝を落とし、痛みに耐えているようだ。
でも、ジンイチローは私たちが作った隙にもまったく反応してくれない。
オーガキングが立ち上がった。残った左腕で金棒を持って私たちを睨むと、そのまま駆け込んできた!
「イリア!回避!」
「はい!」
巨体であるにもかかわらず足が速い!
私とイリアは左右分かれて駆けて回避。その後すぐにオーガキングは元いた場所に金棒を振りおろした。
「イリア!魔法よ!」
「わかっています!『風刃』!」
「『真空刃』!」
よし!これでおしまい―――――
挟み込むように私たちは魔法を発動した。
でも、オーガキングは私の真空刃の方を睨むと、反対側のイリアの放った風刃めがけて走り出した!
そういえば、イリアの放った風刃をオーガキングは喰らっていて・・・
まさか・・・
「イリア!逃げて!」
私はイリアが見えるところへ駆けた。彼女はオーガキングの突然の行動にうろたえていた。
オーガキングは金棒を盾にしている。
やはり!イリアの風刃はその金棒に弾かれていた!
さっき喰らった風刃は金棒を盾がわりにすることで回避できるし、喰らっても致命傷には至らないと直感したんだろう。
風刃が止むと、オーガキングはイリアに金棒を振り上げる。
私はもう一度、より速い真空刃をオーガキングへ放った!
――――にやっと嗤われた気がした。
・・・まずい!オーガキングの背中に迫っている真空刃が!
オーガキングは横に転がって真空刃を回避。
イリアはそれでも動けず、目の前に迫る真空刃をただ眺めているだけだ。
「イリア!しゃがんで!!」
イリアはハッとした顔で真空刃を一瞥。すぐにしゃがみ、直上を刃が通り抜けていった。
オーガキングは再度立ち上がった。
あれは中々厄介ね・・・。致死性の攻撃魔法を繰り広げても回避されてしまう。
こうしている間にも、ジンイチローが・・・。
「アニーさん!私が囮になりますわ!隙を見て魔法を叩き込んでください!」
「えっ」
そういうと、イリアは短剣を構えてオーガキングへ駆けていく。
あまりにも危険な賭けよ!
私は迷わずイリアに駆け寄る。
でも、イリアも何も考えなしに飛び込んでいるわけではなさそう。
イリアはオーガキングの右腕に回り込んでいる。振りおろしにさえ気を付ければ・・・。
案の定、オーガキングは金棒を振りおろす。イリアはそれを読んでいたのか、咄嗟に転がり回避。起き上がると同時に、近距離から大きな『炎弾』をオーガキングの顔面に放った。
今だ!
私はオーガキングの背後に回ろうと駆ける。
イリアは構わず『炎弾』をぶち込んでいる。オーガキングが金棒を落とし、左手で顔面を押さえた。
よし、これで後ろから真空刃を――――
と思ったら、オーガキングは顔面を押さえていた左手を離し、イリアに素早く寄ると、その左手でイリアの首を掴んだ。
短剣を落としたイリアは足をばたつかせ、必死にか弱そうな腕でオーガキングの首絞めを解こうとした。
これでは、真空刃を放ったらイリアもろとも切れてしまう。
「がっ・・・・かっ・・・あ゛・・・」
イリアが危ない!
私はオーガキングに駆け寄り、剣でオーガキングの左わき腹を刺した!
抜いてさらにもう一突き!
GYAGOOOOOOOOOO!!
イリアの首絞めが解かれた。喉を押さえて苦しそうに倒れてしまうイリア。
腕を振り回して悶絶するオーガキング。イリアからは少し離れた。それを見測り、イリアの元へ駆けつける。
「イリア、大丈夫?」
「お゛ぁ・・・あ゛・・・だ、だいじょうぶ・・・え゛ず」
イリアを抱きかかえると同時に、オーガキングがこちらへ駆けだした!
まずい!
「イリア!立てる!?」
でも、イリアは苦しそうにしていて立てそうにない。肩を貸して持ち上げようとするけど、オーガキングの足が速すぎる!
これでは間に合わない!
すると、イリアがオーガキングに向かって腕を伸ばした。
「・・・『土塁』」
オーガキングの目の前に大きな土の壁が現れた。
「イリア・・・」
さらに左右、そして後ろにも『土塁』が出来たようで、オーガキングが土壁に囲われた。
「アニーさん、いまです・・・。どでかいやつで壁ごとぶった切ってください・・・」
苦しそうにも真剣なまなざしで訴えるイリア。
私はうなずくと、イリアからそっと離れ、オーガキングに腕を伸ばした。
これで本当におしまい!!
「『真空刃・超』!!」
先ほど放った真空刃の何倍もの大きさのそれが、速度を増してオーガキングへ向かう。
オーガキングは土壁を叩いて崩そうとし、その甲斐あってようやく顔が見えた―――――
その刹那、土壁ごと、オーガキングの胴体は真空刃によって真っ二つに割かれた。
悲鳴を発する間もなく、地面に倒れ込んだオーガキング。
念のため、オーガキングのところへ歩み寄って観察・・・。
息絶えている―――――
「イリア!やったわ!」
「ふ・・・ふふふ・・・」
イリアは含んだように笑うと、少しだけうなずいた。
でもこうしてはいられない!ジンイチローが!
「ジンイチロー!」
私はジンイチローのもとへ駆け寄る。
ジンイチローは仰向けに倒れていた。
あぁ・・・ひどい・・・。
顔が血だらけで、腫れている。体も・・・血が・・・こんなに地面に流れていて・・・
まさかと思い、心臓の鼓動を確かめた。
まだ生きている!!
でもひどく弱い・・・。このままでは・・・。
すると、イリアも駆けてきた。
「ジンイチロー!!!」
悲愴な顔でジンイチローの顔をさするイリア。
「あぁ、なんてかわいそう・・・。アニーさん、ジンイチローはまだ・・・」
「えぇ、まだ息はあるけど・・・どうしようもない・・・」
「じゃ・・・じゃあ・・・ジンイチローは・・・」
「このまま・・・」
「いやぁ゛!!だめです!!ジンイチロぉー!!起きてください!!起きて回復魔法をかけるのです!!」
イリアが大声でジンイチローを揺らすも、彼はピクリとも動かない・・・。
どうしたらいいの?
何をしたら・・・?
「アニーさん!ポーションは!?」
「ごめんなさい。持ち合わせていないの。ジンイチローの回復魔法があると思って・・・」
「ですよね・・・。村には置いてあるでしょうか・・・」
「わからない。あったとしても、中ポーションが限度だと思うけど・・・」
「村長に聞いてきます!」
イリアはそういい残し、駆けていった。
私はまた彼の手を握る。
冷たい・・・
まだ生きているというのに、もうこんなに・・・。
何もできない自分が悔しい。
あんなに助けてもらったのに、私はなにも返せないまま。
このまま彼が死んでしまうのを見届けるしかないのだろうか。
私は唯々涙を流すことしかできないのだろうか・・・。
「だめよ・・・お願いだから・・・ジンイチロー・・・」
握り返してくれない手を必死に擦てみても、彼は何も応えてくれない。
仮に、イリアが中ポーションを見つけて持ってきてくれたとしても、ジンイチローは目を覚ますだろうか。
彼は今死の淵にいる・・・。中ポーションでは・・・。
――――?
何だろう、今、何か聞こえたような・・・。
うん、聞こえる。すぐ近くで、何かが音を立てて・・・。
―――――かしゃ、かた、かたかた・・・・
金属が地面を擦るような音・・・。
そんなものが近くに―――――――
あった。
私はそれを見て全身に鳥肌が立った。
意思をもったかのように、勝手に動くそれ。
ジンイチローの剣に間違いなかった―――――。
・・・
・・
・
マグナ村でオーガキングとの戦闘が行われた翌朝のこと――――――。
いつもと変わりなく起床し、変わりなく王城の兵士食堂で朝食を摂る彼女。
それでも、今日は辞令を正式に受け取る日とあって、少し落ち着かないでいる。
彼女の名はノーラ。ミニンスク市出身の平民である。
王城に勤め出したのは5年前。ミニンスク市にある王立魔法学校ミニンスク分校において、魔力の高さが他の生徒よりも抜きん出ていたことから、学校長の推薦で王城への勤務に就くことができた。同級生の貴族からは恨まれもしたが、特段相手にすることなく両親の涙と謝意の言葉をもらい学校を卒業した。
就いた職業は、王城の専属魔法士。
良し悪しは別として、思っていたような仕事ではなかった。
簡単に言えば、学校と同じであった。
魔法士が戦術的にどのような役割を果たすのか。
どのような場所でどのような魔法が効果的か。
魔物が基本的に嫌がる魔法とは何か。
王家の護衛に際しての注意点とは何か。
挙げればキリはないが、ひたすら学びに学び、頭に叩き込まれる。
新人であった頃は先輩魔法士から手厳しく指導を受けたものだが、中堅になった今は、自身が後輩を指導する立場に置かれるようになった。
本当は厳しい指導など向いていない・・・。
毎日悩みながらも、疎まれながらも、両親の涙を思い出しながら耐えに耐え、毎日を過ごした。
ところが――――
事件は唐突に舞い降りた。
次の日の教習訓練に向けて予習をしようと、本を捲っていたときのこと。
やけに王城内が騒がしくなったので、人の流れに任せて外に出てみた。
血の気が引いた。
大森林にしかいないはずの魔物、グランドベア―――――。
次々と地面に降り立ち、次々と外に出ていた人たちを喰らっていく―――――。
地獄絵図だ。
そして、見たくもない光景が―――――。
後輩がグランドベアの前足によって地面に押し付けられると、すぐさま頭を喰いちぎられてしまった―――――。
血しぶきが芝生の上にひろがった。
先輩が魔法を放ってグランドベアを邀撃した。放った魔法は炎のバレット。
見事グランドベアに命中した。
ところが、その背後にまで気が回っていなかった。
グランドベアの爪が、先輩の胸を後ろから一突きにした。地面に叩きつけられ、そして、喰われた。
逃げ惑う者、抗う者、入り乱れる王城の庭で、ただ立ち尽くしていた彼女。
そんな彼女を目覚めさせたのは、他でもない、グランドベアだった。
彼女を見つけたグランドベアが間合いを詰めようと駆けあがる。
殺気を感じた彼女だが、動けない。
中堅とはいえ、彼女にとってこれが初陣だった。
並の冒険者であればある程度の依頼をこなして経験も積む。十分な間合いもあれば逃げおおせることもできただろう。しかし彼女は最初から平和な王城勤務。外の世界に出て魔物と対峙する機会もなかった。
初陣が大森林の魔物―――。
彼女の足が固まった理由がそれだ―――
理性を無くしたかのように雄たけびを上げながら彼女に向かってくるグランドベア。
万事休すか―――――
このとき、不意に両親を思い出した。
『誇りを持って仕事をしなさい。あぁ、お前は本当に立派に育ってくれた。心から感謝するよ』
抱きしめてくれた両親。大きな期待を背負いながら、見えなくなるまで手を振り続けたあの日・・・。
仕事だ・・・これは魔物との戦争だ・・・このままやられるわけには・・・
彼女の眠っていたスイッチが押された。
刹那、彼女は無詠唱で炎のバレットをグランドベアに打ち込んだ。そして次の動作に入った。
巨躯とインターセプトしないよう、少し離れ気味に駆ける。
グランドベアが彼女を見た瞬間、その巨躯の横腹にバレットが命中。グランドベアは悲鳴を上げながら転倒した。
昔から教わったことを忠実に再現した。生き物は総じて炎に弱い、ということを。
苦しむグランドベアに駆け寄り、その頭部に数十センチの距離でもう一度バレットを打ち込む。
巨躯は、沈黙した・・・。
この数分の間に、王城の兵士が随分とやられた。辺りを見回すと、魔物が『食事』をとっている。
彼女はその食事中のグランドベアにバレットを打ち込んだ。
しかし相手が悪かった。もっと吟味すべきだった。
そのグランドベアの周りにいた魔物達がバレットを察知。一斉にその場から引いた。そして彼女へと狙いを切り替える。食事を邪魔された怒りに震える魔物もいた。
彼女はその後それら複数体の魔物と対峙したが、体力が切れかかり、フォレストホーンラビットの足蹴りをまとも喰らってしまった。そこに追い打ちをかけるようにグランドベアの突進―――――。
終わった―――――そう思った。
しかし、奇跡は起きた。
うわさに聞いた、大賢者―――――。
彼が自分の目の前に現れるや否や、たった一太刀で撃破してしまった。
初めて異性に見惚れてしまった―――――
颯爽と現れ、颯爽と去っていく後ろ姿に、悲惨な場に似つかわしくない淡く温かな風を感じた。
彼が再び彼女の目の前に現れたとき、彼は魔法を詠唱した。何かと思えば、回復魔法だった。
彼の後ろ姿に感じた温かい風が包み込んだかと思えば、それ以上の温かい光の渦に包み込まれた。
まるで全身で彼を感じるようだった。
使い切ったと思われた魔力が戻り、ある者は毒が消えたと言い、ある者は喰われた腕が戻ったと言った。
伝説の完全回復魔法―――――!!!
胸躍るとはこのことだ。兵士も皆も、そして彼女も、意気を奮い、残った魔物を全力で駆除した。
あれから何日かした今日―――。
ノーラに辞令が正式に言い渡される。
ミニンスク市で行われるハピロン伯爵主催のパーティーにイリア王女が招待されているということから、道中の護衛魔法士として帯同することとなった。
今や彼女は中堅ではない。王城の勤続魔法士としては最高位に位置する。
つい先日行われた王の御前会議にも出席したのだ。
そこで嬉しい謀も聞くことができた。
大賢者ジンイチローを、王城魔法士の特別顧問として着任させ、回復魔法等の指導を行わせるというものだった。いずれ王から直々に依頼されることだろう。そして、ミニンスク市へのイリア王女の護衛を、近衛騎士団員とともに帯同してはどうかとされる依頼も合わせて行われると聞いた。
ノーラはその時を今か今かと待ち望んでいた。
彼の温かい風を再び感じることができる――――。
ノーラは窓に映る空を眺める。
彼女が見る王都の空は、この上なく青かった。
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