第47話 ゴブリン襲来 その2
「『マグナ茸』・・・ですか?」
「はい。あともうしばらくすれば収穫の時期になります」
「俺はまだ王都に来て日が浅いので、どういうものか聞いたことがないんですが・・・」
朝食のあと、サリナさんがこの村のことについて色々教えてくれた。その中でもこの村の特産品である『マグナ茸』について、喜々に説明してくれた。
俺達は昨晩、ゴブリン達の襲撃から村を防衛した。
今頃は、村の男たちが討伐した数を数えているだろう。
サリナさんを助けると、ゴブリン達は撤退した。その引き際たるや、統率のとれた行動であったというほかない。
その後村人による警戒は解かれなかったものの、結局その晩はゴブリン達の再来はなかった。
サリナさんによると、轟音がしたときに何事かとついうっかり外に出て様子を見たら、ゴブリンと遭遇。手を引かれて抵抗していたら腹部に打撃を喰らい、気絶。目が覚めたら俺がいた、というわけだ。
入り口のゴブリン達は俺の『一閃」でほぼ全滅。残った数体をイリアが『炎弾』で片づけたらしい。
そして朝を迎え、朝食を食べ終わったところでサリナさんの怒涛の口撃がはじまった、というのが今である。
俺の横では、イリアも朝食を済ませ、水を口に含んでいる。
アニーはというと・・・この家に戻った後、お風呂を済ませた後からは一歩も部屋から出ていない。ゴブリンとの戦いはまた早かったんだろうか。今はそっとしておいた方がいいのかもしれない。
「マグナ茸は大森林の木の根元に生えるキノコで、このあたり一帯にしか生えない、特殊なキノコなんです。うま味が多くて、王都でも高値で取引されるんです。でも大森林での収穫になりますから、危険が伴います。その時期になるとうちの村からギルドに依頼して、冒険者の方々に収穫のお手伝いをしていただくんですよ」
「なるほど~」
笑顔いっぱいで説明してくれるサリナさん。
その時、イリアが「ふぅ~」と大きく息をついた。
「ねぇ、サリナさん」
「はい」
イリアが空になったカップを置いて、サリナさんを見た。
「ジンイチローもわたくしも、昨晩の襲撃で魔力を使い切ってしまいました。お昼までの間、お部屋で少々お休みしても構いませんか」
サリナさんが「あっ」と口を開けてバツの悪そうな顔をした。
「すみません!私、お疲れとは知っていながら、変なお話ばかり・・・」
「いえ、大変興味のあるお話ですわ。またお昼の時間に拝聴いたします」
「わかりました」
「ジンイチロー、部屋に戻って少し仮眠いたしましょう」
「そうだね」
部屋に行こうとする俺とイリアを、サリナさんは少し寂しそうな顔で見送った。
イリアと部屋の前で別れようとしたら、イリアが俺の部屋のドアを開け、部屋にねじ込まれた。
ドアを閉めたイリアは俺の胸に飛び込んできた。
「イ、イリア!」
「・・・」
イリアは何も言わず、ただそうしているだけだった。
「アニーさんと同じことをしてみたかっただけです」
伏し目がちに呟くイリア。そして、伏せていた顔を上げて、俺を見た。
「ジンイチロー・・・」
「・・・」
「・・・はぁ、まったく、仕方のない方ですね・・・」
イリアはそういって体を離し、部屋のドアを開けた。
「イリア?」
「・・・アニーさんのところへ、行ってあげてください」
「・・・」
「今アニーさんには、ジンイチローが必要です。それにミルキー様にもお約束していませんでしたか?わたくしたちを『守る』、と」
「・・・うん」
「何も、戦いの場で守るだけとは限りません。そばにいて、支えになって『守る』ことの方が大切なときもあります。そうは思いませんか?」
イリアの言うとおりだ。そっとしておいた方がいいかも、なんて勝手に思っていたことが恥ずかしい・・・。
部屋を出ようとするとき、ふいにイリアの顔が気になって足を止め、振り返った。
イリアは目を細めて俺を見ていた。
「・・・ごめん、イリア」
「・・・どうして、謝るのですか」
「・・・」
「さ、早くアニーさんの元へ」
イリアがそう言った途端、彼女にドアを勢いよく閉められた。
・・・・・・。
アニーの部屋のドアをノックする。
「アニー、ジンイチローだよ。入ってもいい?」
・・・返事はない。
ドアの鍵は開いているようで、そっとドアを開けてみた。
アニーはベッドで横になっていた。
「アニー?」
すぅ、すぅ、と寝息が聞こえる。
どうやら寝ているみたいだ。昨日の疲れが出ているんだろう。
俺はベッドの脇に立った。
アニーの寝顔を見ながら思う。
『守る』って、難しいんだな―――――
イリアの言葉が、やけに胸にひっかかる。
イリアは俺に諭しただけでなく、他にも伝えたかったことが・・・。
・・・・・。
いや、まさか・・・。
俺は寝ているアニーの髪に触れ、そっと撫でた。
アニーは未だ、あの時のゴブリンと戦っている。
そして昨晩、結局ゴブリンを倒せなかった。剣を一振りさえすれば、アニーなら容易く葬ることができるだろう。しかし、彼女はできなかった。
彼女は戦っている。俺が彼女の代わりにゴブリンを斬ることはできるが、彼女の心の中にいる巣食うものまでは不可能だ。彼女自身が断ち切る必要があるんじゃないだろうか。
・・・と、なんとなくそんなふうに考えて、浅はかな考えかと自戒する。
「おやすみ、アニー」
寝息を立てるアニーに声をかけ、俺は部屋を後にした。
1階の居間に降りると、村長が座っていた。村長は俺を見るや否や立ち上がって俺によると、固く手を握った。
「昨晩はありがとうございました!娘のサリナも救っていただき、本当に感謝しています!」
昨晩のドタバタで互いに全く顔を合わせられなかった。村長からの感謝の言葉はこれが初めてになる。
「偶然サリナさんが担がれていたのを見たからです。むしろそんな危険な目にあわせてしまって申し訳ないぐらいです」
「とんでもない!サリナへはこってりと叱ってやりました。あまりにも無自覚な行動をしたサリナが悪いのです。足を引っ張るような真似をしてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ・・・」
そういえば、昨晩のゴブリンの屍はどれくらい転がっていたのだろうか。
「村長さん、ゴブリンの死体の数なんですが・・・」
「おお、そうだ。それも報告したかったのです。まずはおかけください」
促されるままイスに腰掛ける。
「男衆にゴブリンの死体を焼くように伝えてきましたが、その時に数えさせました。総数で言えば、34体でした」
うーん、多いな・・・。リタさんが言っていたのは数十体。それでオマケをつけても多くて30体ぐらいと思っていた。
しかし、昨晩の様子を見る限りでは、ゴブリン勢には未だ余裕があると感じた。『ゴブリンキング』や『ゴブリンメイジ』なるものも俺の前には登場していない。
奴らはまだ戦力を保持しているとみていい。
「ジンイチロー殿、今日も昨晩と同様に襲撃があるでしょうか」
「・・・あるでしょうね。ただ・・・」
「ただ?」
「威力偵察のときにはいなかった『戦力』があると知ったゴブリン達は、戦法を変えてくるかもしれません。少し注意する必要があるでしょう。それに、破壊された丸太柵の方にもある程度の戦力を削がなければならないでしょうから、戦力を2分することになります。どちらかが突破されれば、一巻の終わりです」
「ふぅむ・・・。ゴブリンどもはそれほどに知力が高いのですか?私にはとてもそうは見えないのですが・・・」
「俺だってそう思いますよ。でも、ゴブリンだって仲間同士会話するみたいですし、指揮を執る者がいればその指示には従うでしょう。低能だと思って甘く見ていると、しっぺ返しを喰らうと思います」
「戒めないといけませんね。今晩の集会場ではそれについてしっかりと確認させます」
「そのほうがいいでしょう」
その後俺は部屋に戻ったが、イリアの姿はなかった。
イリアの部屋もノックして開けてみたが、誰もいなかった。
イリア・・・?
その夜―――――
「皆の者、よく聞け!今晩は昨晩と同様の戦いが待っている。ジンイチロー殿の話だと、ゴブリンどもは戦法を変えて臨む恐れもある。各自油断せず、警戒に当たれ!」
「「「 おおおおおお!!! 」」」
集会場でのミーティングが終わると、それぞれ持ち場に散っていった。
俺達は今日の配置については何の打ち合わせもしていない。
イリアは自分で村の入り口に向かったので、俺はそれに付いて行った。
入り口の見えるところでイリアが止まる。俺はイリアに相談しようと寄った。
「ねぇ」
イリアは村の入り口を見たまま動かない。
「ねぇ、イリア」
「・・・」
「イリア?どうしたの?」
「・・・いえ、なんでもありません」
「今日の配置のことなんだけど・・・」
「それなら提案があります。本日はアニーさんに付き添ってはいかがですか?」
「アニーに?」
「えぇ。あの様子は少し心配です。下手をすればまたもや昨晩のように、アニーさんの攻撃が軽くあしらわれることも考えられます。多少の支援は必要と思います」
「イリアは・・・」
「・・・・・わたくしなら問題ありません。一人でゴブリンを葬って差し上げます」
以後、いくつか提案しても、イリアは一人で十分と突っぱねた。
後ろ髪引かれつつも、イリアの言う通りアニーのもとへ向かった。
アニーは昨晩と同じ場所で待機していた。
アニーの横に立った俺は、昨晩破壊された丸太の柵を見る。昼間のうちに応急処置がなされ、すき間を埋めるように板を打ち付けてある。
でもこんな板っきれでは攻撃を防ぎきれないのは明白だ。侵入される覚悟は必要だろう。
そして早くも、板っきれが柵の外から破壊されようとしている。木片があたりに散らばっていく。
俺とアニーは後ろに引いた。
誰かが鐘を鳴らしている―――。
攻撃が始まった合図だ。
か細い防衛線が完全に破壊されると、ゴブリン達が顔を出してきた。
横目でアニーを見ると、苦しそうな顔をしていた。
「アニー」
「・・・・・」
「アニー、俺を見て」
アニーは聞こえていないのか、ゴブリンを見たまま体を固めていた。
俺は軽く息をついて、アニーの目の前に立った。
ゴブリンが後ろに構えているが、そんなことは構わない。
「ジンイチロー・・・」
「アニー!もしゴブリンとの戦いに打ち勝ったら・・・」
「な、なに?」
「エルフの国に、いつか一緒に行こう」
「・・・・・」
「アニーと一緒に、行きたいんだ」
「ジンイチロー・・・」
「でも、今のままだとアニーはゴブリンには勝てないかもなぁ・・・」
アニーはムッとした。
「そんなことないわ。冒険者でいえば私の方が先輩なんだから!」
「それなら、今日はどっちが多く討伐するか賭けてみないか」
アニーは口元を緩めた。
「いいのかしら、そんな無謀な賭けにでて。ジンイチローの剣術はここではほとんど披露出来ないだろうから、私の方が圧倒的に有利よ」
「どうかな。俺はもう火魔法を発動できるんだ。出力を抑えれば村の中でだってやれないこともないさ」
ギャアギャア、とゴブリンが短剣をもって駆けてきた。
「来たか!行くよ!アニー!」
「待って!ジンイチロー!」
「何?」
「・・・ありがとう!」
アニーに向けて、俺は口角を上げて返した。
わたくしはなんと愚かなことをしてしまったのでしょう。
ジンイチローはわたくしを心配して声をかけてくれたというのに、あんなに冷たい態度をとってしまいました。
後悔先に立たずとはよく言ったものです。時を戻せるなら、あの時の自分に平手を打ってやりますわ。
でも、ジンイチローはわたくしの言葉通り、アニーさんのもとへ走っていきました。
その背中を見て、胸が張り裂けそうになりました。
これでいいのだと思う自分と、行かないでと大声で叫びたい自分が、あの背中を見て大きくわたくしの心の中で争っているのです。
アニーさんには今、ジンイチローが必要なのです。でも、わたくしにだって・・・。
・・・はぁ・・・わたくし自身、どうしてよいのかわかりません。
一体、何が正解なのでしょうか。
・・・いえ、それは・・・それはもうわかっていること。
本当に望む自分の未来は、わたくしの手の届かない所にあるのです。
仮にスケコマシから逃れられたとしても、わたくしにあてがわれる殿方は、結局のところ一度もお会いしたこともない方でしょう。
あぁ、『王族』という立場の何と重々しきことか!
これほどまでに『王族』である自分の立場を恨んだことなどありません!
ジンイチローと出会わなければ、こんなに苦しい思いを抱くこともなかったでしょう・・・。
ジンイチローの部屋で一人涙したわたくしは、その想いに耐えきれずそっと抜けだし、何もない平原に向かってひたすら魔法陣の『風刃』を発動していました。
それも愚かなことです。戦いがあるとわかっているのに、捌け口にしようとむやみに乱発・・・。魔力切れぎりぎりまで発動していました。休んで魔力の回復はできましたが、どれほどのものかは定かではありません。
――――鐘の音が・・。
どうやら、ジンイチローがいる丸太柵の方にゴブリンが現れたようです。
そろそろ、こちらにも現れるでしょうか。
わたくしは魔法陣を手にとり、発動の準備を整えようと―――――。
「ぎゃああああああああああ!!」
何事ですか!?
村人の肩に、矢が突き刺さって・・・。
「がっ!・・・・」
わたくしの隣にいた村人には、頭に矢が刺さって・・・そんな・・・・。
闇に潜むゴブリンの姿は見えません。
ですが、あの中に確実にいるようです。鐘を鳴らす役割の村人もいたはずですが、一向にその気配が見えません。おそらくは―――。
『炎弾』の魔法陣を手に取り、入り口の向こう側に向けて発動。
一体のゴブリンに命中!
ああ・・・まさか・・・。
燃えるゴブリンの周りにいた者たちは皆、弓を装備してこちらを窺っている・・・。
わたくしは咄嗟に身を伏せました。
次々に矢が射られ、村人たちに突き刺さりました。
うずくまる村人たちを見てか、闇の中からゴブリン達が姿を現しました。
薄笑いを浮かべるゴブリン達・・・。
わたくしは立ち上がり『炎弾』を所構わず発動――――
・・・しない。
魔力が切れている・・・。と思ったその時、ふいに眩暈が襲いました。
立つことすらままならぬわが身。満身創痍の村人たち・・・。
一体どうすれば・・・。
いいえ、何を迷うことがあるのでしょう。ここでゴブリンに倒されては目も当てられない事態になることは明白です。
隣に倒れている村人が持っていた短剣――――。
自然とそれに腕が伸び、手に取ると、静かにやってくるゴブリン達に構えました。
そうです!! ここでやられるわけにはいかない―――――!!
昨晩は投稿できませんでしたが、本日は何とか(汗
いつもありがとうございます。




