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第42話 イリアのギルド登録 その1

 

(あぁ・・・やっと飲みにいける)


 中央城門当番を終えようとしていたラムダンは、思いっきり伸びをした。


 陽も傾き、あたりは夕暮れの橙色に染まっている。


 今日は、何事もなく平和に過ごせた。


 どうしてか当番のときに限って妙な事件が連発しているように思えてならない―――――――――


 昔は盗賊が押し寄せ、王都に乱入したこともあったし、馬車が止まらず突っ込んできた時もあった。

 一番驚いたことは、やけに色っぽい女性が入城しようとして身分証を確認したら、あの大賢者マーリンだったことだ。

(あの時のドタバタといったら・・・魔物が現れたときの比じゃなかったぜ)

 ふらっと現れるという噂はラムダンも耳にしたことがあった。しかし、まさか自分の当番のときにお目にかかれるとは夢にも思わなかった。彼女の作ったポーションを飲むだけで幸せが舞い込んでくる、なんて根も葉もない噂もあった。


 しかし、最近落ち着いてきたと安心していた矢先、また事件が起きた。


 あらたな大賢者、ジンイチロー・ミタという若い男が入城した時だ。


 マーリンの魔道具で『大賢者』と出たからには間違いなくそうなのだが、疑心暗鬼だったラムダンも念の為兵士長に報告し、兵士長も首をかしげながらも警備局へ報告したという。

 その後まもなくして押し寄せたのが、近衛騎士団だった。水晶魔道具による身分確認をしたのかと何度も確認され、それが間違いないと知るや否や一団は捜索に向かった。近衛騎士団の美しい女性からは『よくぞ放置せず報告してくれた』と言って、金貨を10枚も渡された。

(もちろん、あとでネーチャンのいる飲み屋と遊びに使っちまったがな)


 つい最近でいえば、王城に現れたという魔物襲撃事件の日。事件があった日も当番で、列をなして入城を待つ人々から天空の魔法陣について教えられ、慌てて城門を封鎖。

 緊急招集がかけられ、王城へ転移魔法陣で駆けつけたところ、すでに魔物が退治され、犠牲者は出たものの事なきを得た。このときの功労者が、彼が入城審査をしたあの大賢者ジンイチロー・ミタだった。王城にいたのは驚きであったが、報告しないで放置していたら彼と王城とのつながりもなかったことを考えると、彼が下したささいな決断が国を救ったことになる。


 ラムダンは小さくため息をついた。


 そのとき、突として勢いよく風が吹き込んだ。

 今日一日風もなく穏やかであったはずなのに、突然の突風。

 突風が止むと、再び穏やかな夕暮れの景色だけが目の前に広がっていた。



 不意によぎるいやな予感。


 彼はまさかと首を振る。もう刻は夜になりかけ、次の当番がすぐそこに控えている。


 水晶魔道具を丁寧に箱に入れ、蓋をする。


 これされ事務所にもっていけばそれで今日は終いだ―――そう思いながら箱を持とうとした瞬間だった。



『城門を閉めないで!』


 確かに声は聞こえた。箱を持つ手を離し、あたりを見回す。


『城門を閉めないでください!』


 いた。黒い影がこちらに・・・いや、一人ではない。黒い影が何人も、何人も・・・


 ラムダンは慌てて緊急の手持ち鐘を鳴らした。


 黒い影の集団は盗賊の可能性もある。早急に判れば鐘を鳴らして緊急招集することが城門兵には認められているのだ。

 城門の中から兵士達が何十人と駆けてきた。


 ラムダンはそれを見て安堵し、黒い影達の襲来を待った。


(嫌な予感はあたったな・・・)


 飲みにいけるのはまた明日、なんてことを考えながら剣を抜く。



 黒い影がだんだん大きくなるが、違和感を拭いきれない。

 わざわざ手を振って近づいてくるだろうか。

 多くの兵士をわざわざ奥から出させて、戦うことを望む盗賊がいるだろうか。

 何かが違う、彼はそう思った。

 兵士長はこの場にはいない。彼は先に黒い影達と対峙すると覚悟を決め、一歩、また一歩と進めた。


「城門兵さん!」

 女性だった。年は自分よりも低いだろう、夕暮れに舞う長い髪と美しい容姿が、彼の鼓動を大きくした。

「城門兵さん!」

「どうした!」

 目の前までやってきた女性は、大きく方で息をしながら、必死に呼吸を整えようとしていた。

「落ち着け、何があった」

「ゴブリンが・・・あの女性達を・・・」

「ゴブリン・・・?」

 ゴホゴホと咳をし、少し落ち着いた女性は再び話し始めた。

「あの女性達は、ゴブリンの巣に連れていかれたのです。そこをやっと救出したので、かくまっていただきたいのです」

 ラムダンは近づいてきた集団をよくよくと見る。

 この女性の言うとおり、皆女性で、子どもまでいる。

 しかも、皆裸だ・・・。

「その話は本当か!?」

「はい、嘘偽りなく」

 集団は口々に『よかった・・・』と安堵の色を浮かべていた。

 女性の言うことに間違いはなさそうだ・・・。


「全員剣をしまえ!羽織るものと毛布を持ってこい!それと兵士長を呼べ!いなければ警備局だ!」


 少し遅れて状況をつかんだ兵士たちは、慌てて行動に移した。


 連れてきた女性は軽く身分証を見せると、城門の中に入ろうとするのでそれを制止した。

「ちょっとまて、このことについて話を聞かなきゃ―――――」

「話は後にして頂けませんか。わたくしはこのことをミルキー様に急いでお伝えしなければなりません」

 ラムダンは、真っすぐ自分を見据えるその瞳に、偽りはないと確信した。

 しかし、なぜここで大魔法士ミルキーの名が出るのか、それだけが不思議でならなかった。

「・・・わかった。いけ」

「ありがとうございます」

 女性はそう言って駆けて行った。

 礼を言う仕草が、妙に高貴さを漂わせていた。どこかの貴族の娘だろうか・・・。


 次々と持ち込まれる服や毛布・・・。ラムダン達兵士はそれを女性達に渡して着させたり被せたりと忙しく対応した。


 ラムダンは、とある女性に聞いてみた。

「あなた方は本当にゴブリンに?」

「えぇ。でも何もされずによかった。あの人たちがいなければ、そこにいる子どもだってどうなっていたか・・・」

「あの人たち・・・冒険者達か何か?」

「いえ、多分違うのかと・・・さっきの・・・藍色の髪の毛をした女性と、あともう二人いたの。一人は耳の長い『アニー』とかいう――――――エルフ族かしら?その方と、もう一人は・・・男性で、『ジンイチロー』と呼ばれていたような・・・ごめんなさい、よく覚えていなくて・・・」



 事件というものは突然にして起きるものだと、ラムダンは軽く眩暈を起こすのだった・・・。





 瞼を開けば、そこは俺の部屋だった。

 いつの間に部屋に移動したんだろう。確かみんなで話をしていて―――――――――

 ベッドの隣には・・・

「おはよう、ジンイチロー」

 アニーだ。俺は・・・寝ていたのか・・・。

「アニー・・・俺、寝ていて・・・」

「疲れたのね。急に眠っちゃったんだよ」

「そっか・・・」

 まだ頭がボーっとする。目も重たい。体も重たい。

「俺、どれくらい寝ていたの?」

「そんなに寝てない。今は昼食を食べるぐらいの時間」

 3、4時間ってところか。

「ばぁばとイリアは?」

「二人ともいるわよ。ジンイチローが起きたら居間に来てって」

「うん」

 ん?アニー・・・。

「アニー、首輪は?」

「ふふ、ばぁばにとってもらったの」

「どうやってとったの?付け具も何もなかったはずなのに」

「まぁ、その話は後にしましょう」


 俺は起きて、さっそく居間に行った。ばぁばが昼食の準備をしてくれていた。

「おや、ジンイチロー。もうお目覚めかい」

「うん。ごめん、寝ちゃった」

「いいんだよ。疲れていたみたいだからね。今お茶を淹れるよ」

「ありがとう。あれ、イリアは?」

「修行の真っ最中さ」

「???」


 俺の寝ている間に何か色々あったのかな・・・。



 昼食は野菜のキッシュだった。

「ジンイチロー、朝食を食べて間もないとは思いますが、ぜひあなたに食べていただきたいのです」

「うん、ありがとう。いただきます」

 確かにお腹はあまり空いていないけど、焼きたてのいい匂いが俺の食欲を刺激していた。

「うん!おいしい!」

「はぁああ・・・・・・・!」

 イリアが満面の笑み・・・だけど・・・

「ジンイチローや、これはイリアが作ったんだよ」

「そうなの!?すごくおいしいよ!」

「ミルキー様、ジンイチローがおいしいと!」

「よかったねぇ、イリア」

 そうか、修行ってご飯づくりのことだったのか・・・。

「王城では料理を作るなんてないんでしょ?」

「そうです。絶対に包丁はもたせてもらえません。剣の講習があったとしても『模擬剣の模擬剣』です」

 過保護が過ぎる・・・。

「まぁ、それも仕方のないことさ。王家の事情も事情だからね」

「えぇ。特にお父様が・・・」

「ふぅ~ん・・・」

 なんでも娘のいいなりというわけではないのか・・・。何かそうする理由でもあるということか。



 軽く昼食を平らげ、ゆっくりお茶をすする俺。片づけようとしたところを強く制されたので仕方がない。

 その片づけを終えたばぁばとイリア、そしてアニーが座った。

 ばぁばがこぽこぽとお茶をカップに注ぐ。

「本当は明日にでも、と思ったんだがね。意外とジンイチローが早く起きたから今日にでもどうかと思うんだが」

「何のこと?」

「イリアのことだがね。イリアをギルド登録させようと思ってね」

「・・・」

 俺は目を見開いて固まった。

 イリアがギルド登録?

「なんでまた、そんな・・・」

「わたくしが、希望したのです」

「イリアが・・・急にどうしたの?」

 イリアはお茶を一口含み、ふぅと息ついた。

「王城での魔物の襲撃の一件、それと昨日の一件も重なり、わたくしは色々と考えました。王城にいれば、必ず誰かはわたくしのことを守ってくださいます。この前の襲撃であらためてそれを目の当たりにしましたが、同時に、わたくしは何もできないということを思い知らされました。昨日だって、わたくしがもう一段階何かに秀でたものがあれば、アニーさんのこともなかったはずです。魔法の練習は継続することと合わせてギルド登録し依頼を完遂することで、得られる何かがあるのではと考えたのです」

「・・・」

「ジンイチローや、イリアが魔法を使えるようになる・・・その目的は覚えているね」

「もちろんだよ」

「実はそれほど時間がない。イリアがここにいられるのも、今日を入れてあと6日が限度だ」

「イリア・・・」

 イリアは静かにうなずく。

「期日については申し上げておりませんでしたが、ハピロン伯爵からはミニンスク市の大邸宅で行われるパーティーの日と指定されているのです」

「アニーも誘われたという、あのパーティーのこと?」

 アニーを見ると、静かにうなずいた。

「ハピロン伯爵は皆の目の前で、約束のことと魔法を使えないことを大々的に喧伝し、婚約を衆人の前で正式発表する心づもりです。そのパーティーは、およそ2週間後・・・。王城で出立の準備とミニンスク市入りの日を考慮すれば、今日を入れて6日が限度なのです」

 思ったよりも短い。まだイリアは発動に難が残る。あと少しなんだけど・・・。

「ばぁばは、イリアの魔法発動については聞いたの?」

「あぁ、もちろんだ。魔法陣を使えば発動できること、少しだけ具現化したこともね」

「ギルド登録して何かすることは有効なのかな」

「内容にもよると思うが・・・。少なくとも、私が指導しなくてもそこまで出来たのであれば、おそらく『勢い』でやれると思ってね。ジンイチローだってそうだろう?勢いで火魔法を出したんじゃないのか?」

 そういえば・・・がむしゃらにやってたから、どうして魔法陣なしで発動できたのか未だにわからないけど・・・。

 あれ?どうしてばぁばが知っているのか・・・そうか、アニーか。

 アニーを見ると少しだけ口角が上がった。アニーが話してくれたのか。

 ばぁばが続けて話した。

「それとギルド登録は、水晶魔道具での身分と氏名、職業確認が行われる。イリアが普通に登録しようもんなら、騒ぎになっちまうだろ。だから、ジンイチローが一緒に行ってやって、誰もいない所で登録してもらえるよう便宜を図ってもらうんだ」

「なるほど・・・」

 マーリンさんの魔道具の性能はピカイチだからな。イリアがあの水晶魔道具に触れればどういう表示がされるのか見てみたい気もする。

「さらに、ギルド登録後の活動はジンイチローもセットだ。しっかり守るんだよ」

「うん」

 力強く俺はうなずく。

「それと、何度か依頼を完遂したアニーも一緒に連れて行ってほしいし、行動にも同行すること。これはイリアも了承済みだ。アニーには精霊魔法のカンを戻すことも必要だしね」

 俺はアニーを見た。アニーは首を触っている。

「これの影響なの。よく見ればわかるわ」

 よく見る?アニーの首に・・・・・あ!!

「ばぁば、アニーの首に模様が・・・」

「うむ。魔力の操作や循環を行いにくくする類のものだろう、と私は見ている。大変言いにくいが、アニーはゴブリン達に危うく飼われそうになったとしか思えん。実はなジンイチロー。あの首輪は奴隷に付けさせる類のもので、付けていると、模様が体に染みついて中々消えなくなる」

「そんなものをゴブリンが!?」

「詳しいことはわからんよ。偶然持っていて、思いがけずアニーの魔法を見て、計らずも知っていた使い方をアニーに施した・・・としか言いようがない。ただし一日とつけていないことを考えれば、魔法を発動しようとすることで循環も操作も徐々に追いつき、やがては消えるだろう」

「だから、まだ魔法は使えないの」

「そっか・・・でも、どうやって外せたの?」

「解呪魔法さ。染みついた模様までは取れんがね。今回の首輪はごく一般的な部類の魔道具だったからよかったものの、そう簡単に解呪されては困る奴隷の主人などは、解呪に必要な言葉を、装着と同時に首輪に入れ込む事があってね。ゴブリンがそれをやっていなくてよかったよ。稀に『ゴブリンメイジ』がいるからね・・・。解呪魔法は回復魔法を覚えていればできるから、そのうち教えてやるさ」

「うん、よろしく」


「それじゃあ、三人とも、気をつけて行ってきな!」

「「「 はいっ 」」」




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